80 同士がいましたよ
飛竜襲来、及びリスリお嬢様誘拐騒動後は、なんの問題もなく、穏やかに過ごしていた。
うん。平穏がいちばんですよ。
まぁ、イリアルテ家の方はまだ解決していないみたいだけど。
いや、イリアルテ家に嫌がらせ的に行われている慢性的な攻撃と、オルボーン伯爵は無関係だったんだよね。
オルボーン伯爵が引き起こした、というか、伯爵の命をうけたあの吸血鬼が独自に引き起こした事件はふたつ。
ゾンビの集団による馬車の襲撃。私がリスリお嬢様たちと初めて会った時のことだね。それとお嬢様誘拐時のゾンビ飛竜襲来。
あと、多分だけど、テスカセベルムであったゾンビ騒ぎもそうなんじゃないかな。王太子が引っ張り出されてたあの事件。詳細はわからないけど、ゾンビの扱いの実験でもしてたんじゃないかと思うのよ。
距離的にもあまり離れてないみたいだし。
まぁ、その辺りはもう済んだからいいだろう。あとは普通の貴族間抗争みたいだから、その辺りに私が首を突っ込む余地などないハズだ。というか、するべきじゃない。
問題と云えば、伯爵が最初に召喚したという吸血鬼が生き延びているということだ。
ルナ姉様とララー姉様から教えられて、げんなりとしたよ。
あれ? 不死の怪物だから、生き延びているという表現は厳密にはおかしいか。
まぁいいや。意味が通じりゃいいのよ。
この吸血鬼に関しては保留。姿が分からない以上、追跡は不可能だし。かなーり厄介な性格のようだから、その内なにかやらかすだろう。
……いや、無視したいんだけど、アレカンドラ様に頼まれちゃったからさ。
ひとまず、私の周囲の状況はこんな感じだ。
で、私はあのあと何をしていたかというと、生産に勤しんでいましたよ。
まずはサミュエルさんに注文をうけたクロスボウ。きっちりと作りましたよ。現時点での全力で仕上げましたとも。しっかりと磨き上げて、ぴっかぴかでですよ。木目がとっても綺麗ですとも。
まぁ、使い始めたらあっというまにくすむんだけどね。
強化型にしようかと思ったけど、そうすると形状が大分変わるからそれは止めておいた。
どう形状が変わるのかって? ほら、アーチェリーとかで使う弓があるじゃない。機械式弓っていうの? えーっとたしかコンポジット……じゃないな。それじゃただの複合弓だ。あれ? これも和訳だと複合弓だっけ? えーっと、コン、コン、コン……パウンド? あのリムの両端に歯車がついてるやつ。
……違う。歯車じゃなくて滑車だ。なんで間違えるかな私。
滑車の原理を用いたものになるから、形状が弓、リムをふたつ重ねたようになって、かなりごつくなるんだよ。その分、威力も跳ね上がるけど。
自分用に形状をライフルみたいにしたクロスボウは、強化型にしたよ。しかも金属製にして、耐久力も上げた。設計図があったからなんとか作れたけど、無かったら途方に暮れてただろうなぁ。地味に匠の技みたいな細かな工夫があるんだよ。
そうして出来上がったものを試し射ちしたら、的の藁束をあっさり貫通したよ。嫌な予感がしたから、的の後方に藁束と木の板を積んどいてよかったよ。危うく塀に穴を開けるところだった。
ふふふ。きっとこれなら飛竜級に固いやつが来ても、十分に打撃を与えることができますよ。ただやっぱり装填速度が遅いから、普通の弓の方が使い勝手がいいかな。やっぱり一撃に賭ける浪漫砲よりも、手数で押す方が私の性格にはあってるみたいだ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、ですよ。
私用のクロスボウは、現状、私が扱える最良の金属、ゲームでいうところのドワーフ金属で使って作ったよ。ドワーフ金属は完全なファンタジー金属というわけではなく、真鍮みたいだね。いや、銅と亜鉛以外にもなにか混じってるみたいなんだけど。多分、その混じり物のせいで、よくわからん合金になってるんだと思う。
ただこれを、こっちでドワーフ金属って呼ぶわけにはいかないから、なにか別の名前を考えないといけないんだよね。実際、ドワーフさんたちとなんの関係もないしね。面倒だから真鍮合金でいいか。
そういや、ドワーフ金属と対を成すようなエルフ金属ともいえる合金もあるんだよね。こっちは素材が手に入るから、この金属製の装備を注文されたら作ろうと思う。
あ、そうそう、玉ねぎ鎧も原型が完成。とりあえず骨でひとつ作ってみた。
なんというか。装備して思ったのは、昔の潜水服? もしくは宇宙服。まず兜は鎧に固定しないとダメだったためだ。顎紐で頭部に固定は無理だったからね、形状的に。やはり兜周りはいろいろと問題しかなかった。そこかしこデザインは変更して作った結果、かなり丸っこい印象の鎧に仕上がった。鎧としての性能は、実践してみないと不明。視界の問題点がどう影響出るかが問題かなぁ。
こっちにあるフルフェイスヘルムも似たようなものだけど。剣道の面みたいなものだから、慣れればどうとでもなるけど、玉ねぎ兜は……。
さて、そろそろ組合も人が空き始めるころかな? クロスボウの納品をしてきてしまおう。
木箱にクロスボウを入れてと。クロスボウを固定できるように、仕切りもつけてあるから、多少揺れても問題ない。空いた場所にはボルトを入れる。ボルトも専用の矢筒に入れて、こっちも仕切りの間に詰めてしっかりと固定。
本数は全部で三十本だけど、追加は矢を専門にしている職人さんに作ってもらうように云っておこう。
蓋をして、留め金をパチンと。それから両端をベルトでぐるっと巻いて固定。
恰好は……この玉ねぎ装備でいいや。ちょっと他に人の感想も聞いてみたいし。
◆ ◇ ◆
組合に到着。そこかしこから大工仕事の音が聞こえるから、飛竜騒ぎで燃えた家の再建がはじまったみたいだね。この間まで後片付けで大変そうだったし。
黒焦げになった家の残骸やらなんやらはどこに運んだんだろ?
あぁ、ゼッペルさんたちは忙しいだろうな。とはいえ、忙しい原因が原因だから、複雑な気持ちだろうな。ヒャッハー、仕事だー! みたいな調子ではないだろう。
寄ろうかと思ってたけど、邪魔しちゃ悪いからまた今度にしよう。
それじゃ、中に入りましょ。
からんころんからん。
この時間は相変わらず閑散としている。時刻は十時半ばを回ったくらいかな。
木製アタッシュケースをぶら下げて、のっしのっしと受付へと進んでいくと、僅かばかりにいた傭兵さんかな? それとも探索者さん? 少なくとも狩人ではなさそうな男性三人と女性ふたりの隊が慌てたように道を開けた。
……いや、なんで? なにあれと指差されて笑われるのならともかく、なぜ避けられる?
こんな丸っこい、ユーモラスな玉ねぎ鎧なのに。
さて、納品だけど、依頼人はサミュエルさんだからね。タマラさんのところでいいだろう。そうだ、タマラさん用に装備を作ろう。ペスト医師の仮面に合うやつ。ちょっと怪しげなペンダントと指輪。黒いコートに中折れ帽なんかがいいかな。もちろんフリルのついたシャツに黒いズボンは必須ですよ。
「おはようございます、タマラさん」
「あぁ、やっぱりキッカさんでしたか。おはようございます。今日はどんな御用でしょう? もしかして、その鎧も販売されるのですか?」
……ペスト医師の仮面を側頭部に被っているけれど、くちばしが邪魔じゃないかな? なにかにぶつけたりしなければいいんだけれど。
「この鎧は試用中です。物語の中にあったものを、興味本位で実物化してみただけなので。使い勝手がわからないので、現状では販売は予定していませんよ。まぁ、デザインだけで、素材はそこの鎧と一緒ですから」
そう云って見本として置いてある刻削骨の鎧を指差した。
「今日はサミュエルさんから受注した武器の納品に来ました」
「あぁ、あの変わった弓ですね。いま副組合長を――」
「タマラさん、僕が呼んできます」
そういって男の子が走って行った。いや、正式に働いているんだから成人しているんだろうけど、なんだか中学生くらいに見えたよ。こっちだと十二、三でも新成人くらいには見える人が多いのに。
そういやあの子の名前聞いたっけ? 知らないよね? まぁ、いいか。
「あのう、お話、いいですか?」
おや、珍しい。話しかけられたよ?
「なんですか?」
「あなたの装備している鎧ですけど、売り物なんですか?」
私とタマラさんの会話が聞こえてたのかな? 話しかけてきたのは私より頭一つ背の高いお姉さん。だいたいこっちでの女性の平均身長くらいの背丈かな? 髪の色は赤褐色で白い肌。日焼けもしていないし、傭兵さんじゃなくて探索者さんなのかな?
「今着てるこのデザインのものは試験中ですね。この兜の関係で、使えるかどうか分からないので。同性能の鎧なら受注販売をしてますよ。そこの見本の鎧がそうです」
そういって、受付脇に展示されている鎧を指差した。
するとお姉さんはちょっぴり渋い顔。あれ?
「ちょっと失礼するよ。あたしはラウラ。こいつはミランダ。どうもあんたの鎧に一目惚れしちゃったみたいでねぇ。性能云々じゃなくて、そのデザインがいいみたいなんだよ」
お仲間さんであろうラウラさんの言葉に、ミランダさんが凄い勢いで頷いている。
おぉ、ある意味同志がいましたよ。見た目が好きで作りましたからね、この鎧。
とはいえ、販売を考えたら実用性を無視するわけにはいきませんからね、身を護るための物で、身を危険にさらすようなことになったら、本末転倒もいいところです。まぁ、だからこそいま試用して問題点の洗い出しをしているんですけど。
なので、そのことを伝えたところ。
「それ、私にやらせてもらえませんか!」
必死とも思えるくらいにやる気に満ちているミランダさん。
そんな彼女を見て私が思ったことは、『探索者とかやってる割に、丁寧な言葉遣いの人だなぁ』ということだった。
そんなに気に入ったのかなぁ。どうにも判断がつかないな。
チラッと、探索者担当受付のナタリアさんに視線を向ける。
「【燃ゆる短剣】の皆さんなら、問題ありませんよ。信用できる方々です」
うん。組合のお墨付きなら問題ないだろう。
「失礼しました。何分、私は皆さんの事をまるで知りませんでしたので」
「いや、問題ない。依頼でもないのに、馬鹿なことを云ったミランダに問題がある。仲間が失礼をした。アラムだ。【燃ゆる短剣】のリーダーをやっている」
茶髪を短く刈上げた、なんというか、格闘家みたいな雰囲気の男性がミランダさんの脇に並んだ。
ミランダさん、頭を掴まれて痛い痛いと騒いでるけど、他の皆さんは特に気にした様子もない。
いつものことなのかな?
「いえ、お気になさらず。組合のお墨付きもでましたし、依頼という形にしましょうか? それなら問題ありませんし。あ、私はキッカといいます」
「あぁ、そうしてくれると助かる。こっちも評判ってもんがあるからな」
「え? え? どういうこと?」
ミランダさんが意味を把握できず、キョロキョロしていると、コツンとラウラさんに小突かれた。
「あんたねぇ、ちょっとは理解しなさいよ。あんたが云ったことは、持ち逃げしますと云ってるようなもんなのよ。よっぽどのお人好しじゃなきゃ、了承なんてしないわよ。というか、問題視されて組合に訴えを起こされ兼ねないことだよ」
云われ、ようやく理解したのか、ミランダさんは青くなった。
「ご、ごごごごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんです」
「いえいえ。では、依頼という形で鎧の試用をお願いしますね」
そう答え、私はミランダさんの装備を見て確認しないといけないことに気が付いた。
「あ、肝心なことがひとつ。これ、重装鎧でそれなりに重量がありますけど、大丈夫ですか? 見たところ、装備は硬革鎧みたいですけど、比べるとかなり重いと思いますよ」
「まぁ、全身金属鎧だしな。ミランダ、大丈夫なのか? 金属鎧は装備したことないだろう?」
「えーっと、ちなみに重さはどのくらい?」
「一式装備で四十キロくらいですかね?」
確かそのくらいだったはずだ。まぁ、今の私にとっては重量は意味ないから、ロクに覚えてないんだよね。
何しろ、装備した重装鎧の重量はゼロになるから。鎧の技能の訳の分からなさ、ここに極まれりって感じだよ。特に重装鎧技能は、物理法則を無視しまくってるからね。落下ダメージ半減とか。
「そういえば。キッカさん、随分と身軽に動いていますが、重くないのですか?」
タマラさんが訊いてきた。
「えぇ。そのためにこの間修行してきましたからね。いやぁ、熊の一撃は重かったですね」
またあれをやりに行かなくちゃならないと思うと、ちょっと気が重いけどね。軽装鎧の技量もあげないと、現状、装備した際の重量が重装鎧より上というおかしなことになってるからね。いや、重装鎧の重量ゼロがおかしいんだけど。
「あ、あの、キッカ様、もうやめてくださいね? 血塗れで戻って来た時はみんなびっくりしたんですから」
「……あは」
「ちょっ、キッカ様!?」
「すいません、タマラさん、ちょっと部屋を貸してもらえます? 鎧を脱ぐんで」
チャロさんの心配を笑ってごまかし、タマラさんに着替えのための部屋をお願いした。
錬金用に準備したと思われる部屋で鎧を脱いで、一応【清浄】の魔法を鎧に掛ける。これで問題なし。いや、大丈夫だとは思うけど、私の体臭とか汗の匂いとかね。
あ、いまの恰好はいつもの見習ローブに仮面という恰好。玉ねぎ兜だからね。仮面を着けたままでも装備できたのさ。
さて、これを持っていくわけだけど、どうしましょうかね?
いや、かさばるからさ。……誰かに手伝ってもらうのが賢明だよね。
手を借りようと錬金部屋から出ると、そこではタマラさんとさっきの男の子が待っていた。
「キッカさん、お手伝いします」
「ありがとうございます、タマラさん。それで――」
「カミロといいます。よろしくお願いします」
「キッカです。こちらこそよろしくお願いしますね。それじゃ、鎧の運搬の手伝いをお願いします」
そうして、私が手甲と足甲、タマラさんが兜と小盾、カミロ君が一番重い鎧を抱えて待合所にまで移動。
ミランダさんはすでに着ていた硬革鎧を脱いで待っていた。
鎧一式を近くのテーブルに置き、まずは装備をしてもらう。
さて、ミランダさんが装備しているあいだに、本来の予定を消化しないと。
「サミュエルさん、すいません、お待たせしました」
「いえ、問題ないですよ。それで、注文していた品はどちらに?」
「はい、こちらになります。お確かめください」
そういって、チャロさんに預かってもらっていた木箱をサミュエルさんに示す。
ベルトを解き、留め金をバチンと外し、箱を開ける。
「ボルトは三十本用意してあります。追加は、矢を専門にしている職人にお願いしてください」
「わかりました。値段の方は?」
うん。値段。すっごい悩んだんだよ。武器屋さんにいって、弓の値段を参考に決めてきたよ。ついでに、短剣用の革製の鞘も買って来たよ。
「金貨二枚と銀貨二十枚です」
「ふむ……」
「長弓の値段を参考に値付けしたんですけど」
「金貨三枚半、支払いましょう」
「安かったですか?」
私が訊ねると、サミュエルさんがなんとも微妙な笑みを浮かべた。
「それもありますが、キッカさん、ボルトの値段を入れていないでしょう?」
「あ」
「それも含めての値段です。クロスボウ本体は、金貨三枚が妥当だと思いますよ。切りもいいですしね」
ということで、クロスボウのお値段は金貨三枚で確定。ボルトの値段は……矢職人さんが値段を決めてくれるだろう。
「それで、あの妙に丸い鎧はなんです?」
「あぁ、そこの刻削骨の鎧のデザイン違いですよ。私の知る物語に登場する鎧を興味本位で作ったんですよ。せっかくなので、使えるかどうか試用していたんです」
ミランダさんは鎧を装備し終えたようだ。重量の方は大丈夫なのかな? ちゃんと動けるといいんだけど。
「ミランダさん、どんな塩梅です? 動けます?」
「はい、なんとか大丈夫です」
「それで、依頼としますけど――」
「やります!」
ミランダさんの答えを聞き、私はアラムさんに視線を向けた。
「まぁ、当人がやる気だからな。引き受けさせてもらうよ」
「はい。では、依頼料は銀貨五枚。もしくは、その鎧を買い取るなら二割引きというのでどうでしょう? ちなみに、二割引きの方が断然お得です」
「値段は幾らなんだ?」
「一式で金貨二十枚ですよ。二割引きなので、十六枚ですね」
「買います!」
ミランダさんが即答した。
「いや、鎧に問題があるかもしれませんから、それは後程。改良するか、あきらめて破棄するかどちらかにするので」
「そんな! 破棄するなんてもったいない!」
「いや、命に関わることですからね!? 欠陥品は販売できませんよ!」
いや、どれだけ気に入ったんですか、ミランダさん。
その後、依頼書を作成。その場でミランダさんが個人で依頼を請け、この件は完了した。
微妙に心配なんだけど、大丈夫かなぁ。数日後にはまた【アリリオ】に行くみたいだけれど。
そんなこんなで、本日の組合でのやることは完了。
帰り際に、またサミュエルさんから注文をひとつ受けたけれど。
弓をひとつ頼まれましたよ。素材やらなんやらはお任せで。クロスボウの出来を見て、弓も見てみたくなったみたいだ。
鍛冶の技量上げもしないといけないから、丁度いいね。
うん。作る弓はエルフ弓にしよう。問題は、これも名前を変更しないといけないんだけど。
さて、なんて名前にしましょうかね。
ドワーフ弓は真鍮合金弓って、まんまな名前にするとして――
そんなことを考えながら、私は組合を後にしたのです。
誤字報告ありがとうございます。