表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/363

75 リスリお嬢さま頑張る

72~73のリスリお嬢さま視点となります。



 バタン! と、音を立てて扉が閉まりました。


 部屋の中をざっと見回します。部屋の大きさとしては少々手狭ですが、侯爵令嬢を滞在させる部屋としては合格点でしょう。


 部屋の内装、家具、そしてそれらの状態はもちろんのこと、部屋の清掃も行き届いていますね。いますけれど……。


 ここに来るまでにすれ違った数人のメイドを思い出します。


 あれ、どう見てもゾンビですよね? 反応も鈍かったですし、挨拶もありませんでしたし、なにより目が濁っていて臭いが……。


 普通に屋敷内の仕事をしていましたが、ここの清掃も彼女たちがしたのでしょうか?


 天蓋付きの豪華なベッドに視線を送ります。自分のいつも使っているベッドよりもずっと豪華ですね。とはいえ、天蓋付きのベッドに関してはいつも疑問に思うのです。なぜ屋内で天蓋が必要なのかと。


 目隠し的なものなのでしょうか? それならカーテンでもつかって、部屋を仕切るほうが実用的でしょうに。


 ……あぁ、護衛に見られないようにするためですか。でも声が聞こえてしまうのですから、あまり意味がないような。


 うぅ、顔が熱くなってきました。


 ほぅ、とひとつ息をついて、改めて周囲を見回す。


 ここから逃げ出すことを考えましょう。屋敷のみんなは、サンレアンは大丈夫でしょうか?


 飛竜は、きっと退治できるでしょうが、どれだけの被害がでるでしょう? 五年前のこともあって、以来、対策を練って来たと云っても、実践はこれが初めてのはずです。誰も命を落とさなければよいのですが。

 命さえあれば傷は跡形もなく治すことができるのですから。


 どんな傷でも完治するキッカお姉様のお薬があるのですから。


 問題は屋敷のゾンビです。


 確か、残っていた騎士はあの残念な三人だけ。とはいえ腕は十分ですから、ゾンビぐらいは対処できるでしょう。何体いたのかは知りませんが。


 青とオレンジは大丈夫でしょうか? 最後に見たときはゾンビと殴り合っていましたけれど。


 窓を確かめてみる。外開きの窓ですが、開かないように施錠されていますね。窓を叩き割れば逃げることも可能でしょうが……。


 割れたガラスは凶器でしかありません。もっとも、それ以前に強化処理がされているであろう窓ガラスを割るのは難しいでしょう。ここの硝子は赤味がかった曇りガラス。しっかりと強化されている証拠ですしね。


 ペタンと座りこむ。


 あぁ、あの御仁の妻とされてしまうのでしょうか? いえ、それをお父様が許すはずもありませんね。となると、領地間戦争となるわけですけれど、そもそも私がここに囚われていることを知らないでしょう。


 ……助けは来ない。


 あ、あはは。どうしましょう。怖くなってきました。


 なんとしても逃げなくてはなりません。ここがオルボーン領であることは分かっています。

 えぇ、あの爺はオルボーン伯その人でしたからね。

 隣のサラサール子爵領とコロン男爵領を通り抜ければ、イリアルテ侯爵領。問題は、そこまで行くための路銀ですね。


 今の私は一文無しです。例えここから首尾よく逃げ出せたとしても、辿りつく事は不可能でしょう。


 ここから単独で家に帰る着くために必要なもの。食料、もしくはそれを買うためのお金。それと馬。馬さえいれば、魔物や猛獣と遭遇した際に、逃げ切れる可能性が高いですからね。


 となると、ここを出た後、食糧庫から食料を入手し、馬を奪取して逃げるのが妥当でしょう。

 馬がいるのは確認できていますしね。


 あぁ、でも、その為にはあの飛竜の側を通らなくてはならないのですか。


 ……困りました。計画が頓挫してしまいました。いえ、計画と云えるようなものではありませんけど。


 集中し、【走狗(バウンドドッグ)】を召喚します。


 ぶぉん! という音と共に、青白い猟犬が現れます。見た目的には犬というよりは、狼に見えますが。


 召喚された【走狗】が首を傾げるように私を見つめています。


 キッカお姉様はこのような事態を想定していたのでしょうか?


 私はそんなことを考えながら、【走狗】の首に抱き着いたのです。


 ◆ ◇ ◆


 あぁ、あれから少しばかり眠ってしまったようです。


 何かの気配を感じ、私はむくりと起き上がりました。【走狗】に抱き着いていたところまでは覚えています。多分、そのまま眠ってしまったのでしょう。


 まるで自覚はありませんでしたが、疲れていたのでしょう。飛竜騒ぎ、ゾンビ騒ぎ、そして攫われて、飛竜に乗せられ、すごく寒い思いをしながらここにまで連れてこられたのですから。


 ばたばたとした足音が聞こえてきます。きっと、ここに来るのだと、なぜか確信じみた予感がしました。


 私は【走狗】を迷わず召喚します。


 直後、部屋の扉が開きました。飛び込んできたのは私を攫った男。たちまち怒りが沸き起こります。


 するとその怒りに呼応したのか、【走狗】が男に飛び掛かり、そのまま部屋から転がり出ました。

 私は慌てて扉を閉め、再び開かれないように背を押し付け座りこみました。


 こうなったらささやかながらも抵抗してやりましょう。無意味かもしれませんが、えぇ、してやりますとも。


「やれやれ、随分と無様じゃないか」

「くそっ。誰だ!」


 え、誰の声でしょう? その、なんだか凄く聞き心地のよい男性の声ですが。


 そっと扉を開いて外を覗いてみます。

 あの男が【走狗】にのしかかられてもがいています。あ、短剣を脇腹に――


 【走狗】は悲鳴じみた声を上げると消えてしまいました。ダメージで消えたのか、それとも時間で消えたのかはわかりません。時間で消える時も、あんなふうにギャン! と鳴いて消えますからね。


 ……私、良く起きませんでしたね。それほどまでに疲れていたのでしょうか。


「お見事」

「くっ、誰だ!」

「案内ご苦労。おかげで邸内を捜して回らずに済んだ。ありがとう」


 なんというか、すごい気の抜けた拍手が聴こえます。あからさまに侮辱していますね。


 いいですね。もっとやっちゃってください。


 助けが来てくれたのでしょうか? むぅ、この程度の隙間からだと見えませんね。かといって、これ以上開くのも――


 視界が半分以上塞がれました。男の立つ位置が邪魔です。

 本当に腹立たしい男ですね。もう一度【走狗】を召喚してみましょうか? 多分、少しの間ですが眠ったのですから、あと一回くらい召喚する程度には魔力は回復していると思います。それに、キッカお姉様から頂いたこの指輪もあるのですから。


「お前、いったいなんだ?」

不死の怪物(アンデッド)を粛清する者だ。もちろんそこに囚われているお嬢さんも連れ帰る」

「そんなことができると思うのか?」

「できるできないではない。やる。それだけだ」


 あぁ、助けだ。私のことも知っている。あ、それでは【走狗】を召喚するのは止めましょう。姿がここからだと見えないのです。誤って【走狗】が助けに来た方を攻撃してしまうかもしれません。


「貴様に連れ去られるくらいなら、俺はあの小娘を殺すぞ」

「どうぞご自由に」


 え? あ、あれ? 私、見捨てられた?


「貴様、あの小娘を助けに来たんだろう!」

「運がなかったな」

「なんだと?」

「間に合わず、救うこと叶わなかった。それだけのことだ。むしろこちらが訊きたい。お嬢さんを殺すと云ったところで、私がどう行動すると思ったのかね?」


 あまりの言葉に涙があふれてきました。私はいらない子なのでしょうか?


「お前がすべきことは、私を殺して存えるか、私に滅ぼされるかのいずれかだ。さぁ、選ぶといい」


 あ、違う。これは、私が人質に取られないようにするため。かなり乱暴なやり口ですが、これで人質をとろうとすることは、しないとは云い切れませんが、する確率は落ちるのではないでしょうか?


 ごしごしと溢れた涙をぬぐいます。


 なにより、これは交渉というよりは挑発です。


 腕に覚えのあるものなら、乗らざるを得ないのではないでしょうか? ……お兄様だったらさっくり乗せられて、勝ち目があろうがなかろうが戦いになっているでしょうね。


 お兄様にはもう少し、現状分析をできるだけの落ち着きをもって欲しいものです。いまのままでは練磨の商人にいいようにカモにされそうで不安です。


 イネスお姉様がいれば……いえ、お姉様も物事を深く考えませんでしたね。お父様と同様に、とりあえずもめ事の真っただ中に飛び込んで、それからどうしようかと考えるような人でしたし。


 ……お姉様を娶った王弟殿下は大丈夫なのでしょうか? あまりの奔放さに、頭とお腹を痛めていなければよいのですが。


 あ、戦いが始まりました。


 お願いします、見知らぬ方。その男をけちょんけちょんに、やっつけちゃってください!




 かれこれ一時間が経ちましたよ。決着がつきません。

 いえ、それよりも、助けに来た方が一方的にやられている様子。

 でも一向に弱るというか、負けるそぶりも感じません。


 むぅ、良く見えませんね。なんだか黒づくめの恰好をしているのはわかるのですが。


 おや、さすがにこの状況が異常と感じたのか、男が挑発しはじめましたよ。


「ははは、それはそうだろう。なにしろ、こうして刃物を手に戦うのは、これが初めてだからな」

「嘘をいうな!」

「嘘ではないさ。私は魔法使いだからな。気が付かなかったのか? 貴様の斬り付けた傷は、すべて魔法で治療済みだ。

 あれだけ斬り付けたのだ。普通ならもうとっくに失血して動けなくなっていないとおかしいだろう?」


 ……ま、魔法使い? 魔法使いがなんで近接戦闘なんてしてるんですか?


 そういえば、キッカお姉様も魔法使いでしたね。どういう戦い方をするのでしょう? リリアナから聞いた感じでは、いわゆる殴り合いはせずに、魔法を放っていたと聞きますが。


 あ、あの男が剣を捨てて――え、突撃!?


 男が一気に走り込み、助けに来た方を押し倒しました。

 なにを?


 なにか光って、男が蹴り飛ばされました。


 あ、あれは、リリアナが使っていた魔法じゃないですか! え? ということはあの方はキッカお姉様の関係者? あ、姿が見え――


 え? あのお顔は……。髑髏? え? 不死の怪物?


 私が驚いていると、髑髏の方は目にも止まらぬ速度で男を連続で刺し貫いていきました。


 速い。本当に。ロクスが突きを主体とした剣術を使いますが、速度がまったく違います。


 ロクスが見たら、膝から崩れ落ちるんじゃないかしら?


「な、なぜだ! なぜ俺の命令を聞かん! お前はもう俺のモノの筈だ!」

「貴様如きが、神に護られし私の魂を操れると思っていたのか? 身の程を知るといい。さぁ、これで仕舞いとしようか」


 髑髏の人が、光り輝く剣を胸元に掲げるように構えます。


 鍔本で輝く宝珠。どうみても普通の剣ではありません。だって、あの構造では刀身と柄が繋がっていませんもの!


「せめてもの手向けだ。貴様の為に祈ろう」


 再び男が突撃します。


「エイメン!」


 それを髑髏の方が迎え撃ち、男は全身から青白い炎を噴き上げ、灰と消えました。


 あれは見たことがあります。ゾンビがキッカ様の魔法によって灰になった時と同じです。


 その様にぼうっとして、床にペタンと座っていると、急に扉が開かれました。


 扉を開いたのは髑髏の方。正直、怖いです。


 あ、お顔は髑髏ではなく、なんでしょう? ぼんやりと影が揺らめいているようにみえます。そのせいで髑髏のように見えるのでしょうか? 仮面、なのでしょうかね?


「ふむ、覗き見とは、少々はしたのうございますな、お嬢さん」


 ハッ!


「た、助けて戴き、ありがとうございます」


 私は慌てて立ち上がり、感謝の言葉を述べます。私としたことがなんという失態を。


「怖がらせてしまったようだな。申し訳ない。それと、先の酷い発言も謝罪しよう。すまない」

「酷い発言、ですか」


 私は首を傾げました。なにかありましたっけ?


「お嬢さんのことなど、どうなろうと構わんと云っただろう?」


 あ。確かに云っていましたね。ですがあれは駆け引きというものでしょう? こうして助かっているのです。なにも文句はいいませんとも。


「さてお嬢さん、これから私は件の下手人の捕縛に向かう。お嬢さんはそれが終わるまでここで待機してもらいたい」

「私も一緒に参ります!」


 私は間髪入れずに答えました。えぇ、このまま泣き寝入りするようなできた娘ではありません!


「あの御仁にははっきりと云わなくてはならないのです。私はあなたのモノにはなりませんと! でなければ、私に想われたまま死ねるなどと、思い違いをされたまま死なれるのは心外というものです!」


 少々鼻息荒くなりましたが、私は一息に主張しました。

 髑髏の方の表情はさっぱり分かりませんが、すこしばかり困っている様に感じます。


「私についてくるつもりか?」

「はい。私にはオルボーン伯爵の最期を見る権利があると思います」


 私は引きませんよ。あの御仁の一方的な言葉は本当に不快でしたからね。なにが『我が伴侶として迎えよう。我が子を産む栄誉を得られることを喜ぶがいい』ですか! 戯言も大概にしてほしいものです! そもそも歳の差を考えるべきです。


「いや、ここで殺すつもりはないが。捕縛し、お嬢さんの御父上であるバレリオ卿に身柄を渡す予定だ。

 お嬢さんは伯爵とは会っているようだな」

「はい。ここに連れてこられてすぐに。私を伴侶にするなどと戯けたことを云っていました! 今時、よほどのことが無い限り、数十以上の歳の差での婚姻などありえませんよ!」


 歳の差。多分、六十以上あるはずですよ。あり得ません! なんでお父様はおろか、おじい様より年上の方と結婚せねばならないのですか!


「たとえダメと云われても、私は勝手について行きます!」


 宣言すると、髑髏の方は大仰に首を振りました。

 動きが妙に芝居がかっていますね。それにしても、声が素晴らしく心地よいです。


「やれやれ、これはお嬢さんから目を離すわけにはいかないようだ。一緒に来るといい」


 進む髑髏の方の後を追うように、私もついて行きます。


 途中にいるゾンビメイドに対し、髑髏の方が水の魔法を撃ちこむと、ゾンビメイドはたちまち燃えて灰となっていきます。


 水で燃えるとはわけがわかりませんが、そういう魔法なのでしょう。


 キッカお姉様も使えるのでしょうか? 呪文書販売は比較的問題を引き起こさないと思われるもののみ、と云っていましたからね。きっと、他にも多くの魔法があるはずです。殺人兎を連れてきた晩に見た【召喚盾(バウンドシールド)】や、現状、私にだけ譲っていただいた【走狗】とかもありますしね。


 髑髏の方は伯爵の執務室を素通りして、さらに先にいたゾンビメイドを始末しました。灰になるのを確認し、伯爵のいる執務室の前へと戻ります。


「さて、この扉の向こうに伯爵がいるわけだが、準備はいいかね?」

「はい、大丈夫ですとも!」


 私は答えました。


 えぇ、準備はできていますとも。


「失礼する」


 髑髏の方はノックもせず扉を開けると、ずかずかと室内へと入っていきました。私も慌ててそれに続きます。


「ふむ。ペテルを殺したか。よくぞここに来たと褒めるべきか。後の為に、どうやってここを突き止めたのか、是非とも聞きたいところだ」


 伯爵は正面の重厚なテーブルにつき、なんらかの書類に目を通していたところだったようです。化け物と成り果ててしまっても、貴族としての責務はしっかりと果たしているようです。そして、私たちが来ることも承知していたようです。


「追跡した。それだけだ」


 淡々と髑髏の方。


 私は前に一歩進み出ると、伯爵に言葉を云ってやりました。


「伯爵、私はこれにてお暇させていただきます。なかなか楽しいご招待でしたけれど、これ以上はさすがに不快でしかありませんからね」

「リスリ嬢、君はもう私のものだ。君の意見は非常に私を楽しませてくれるが、ことこれに関しては、まったくの無用なものだ。その意思などすぐに変わる」


 むぅ。まったく人をモノとしてしか見ていませんね。生憎、イリアルテでは女を政争の道具として扱うことはしません。


 立派な御仁と耳にしていたというのに、とんだ好色爺じゃないですか! ご家族を疫病で亡くしたことは同情しますし、新たに跡取りが必要なのでしょうが、だからといって何故に成人もしていない私なのですか!


 あなたの地位であるなら、喜んで妻になる方もいるでしょうに。


「誰があなたのモノになど――」


 もうひとこと云ってやろうとした時、目の前を髑髏の方の手が遮りました。


 え? あの、喋るなと?


「あぁ、伯爵。まさにその通りだ。まったくの無用、無駄なことだ。なにしろ、あんたの物言いは単なる戯言に過ぎないからな。あんたはこのお嬢さんを手に入れることはできないし、ましてや血を吸うことなどできようはずもない。これまでもそうだったように、これからもそれは一切変わらない」

「なんだと……もう一度云ってみるといい、小僧……」


 え、なにが……。伯爵の目が真っ赤に……。


「私にいえることはひとつだけだ、吸血鬼」


 髑髏の方があの魔法の剣で伯爵に向け、さらに言葉を続けます。


「お前の求める理想の世界は、この世の何処にも作れはしない」


 思わず私は髑髏の方を凝視してしまいました。

 何でしょう。まるで王都で演じられている芝居のようですよ!

 気分が高揚します!


「芝居がかった口調で、随分なことをいうじゃないか、小僧」

「なに、性分でね。それに、この方が雰囲気がでるだろう?」


 笑い声を含みつつ、髑髏の方が伯爵を煽ります。


「愉快な小僧だ。だが僕に欲しいとは思わんな。丁度腹も空いてきたところだ。食事とさせてもらおうか」

「あぁ、最初に謝罪しておこう。申し訳ない」


 は、はい? 私は思わず彼を見上げました。


「なんのつもりだ? 小僧」


 伯爵が推し量るようにこちらを見ています。

 うぅ、明らかに人外の目が怖いです。血に浮かぶ月みたいです。


「誤解をしないで欲しいのだが、私は貴殿と争うつもりはないのだよ」


 そう云い、ほんの一瞬の間。


「我ここに、汝を凍てつく棺に封ず」

「はえっ!?」


 は、伯爵が凍り付きましたよ!?


 髑髏の方が素早く机を回り込んで、どこからか取り出したロープでグルグルと拘束していきます。そしてさらに目隠しをした上に口を覆面のように手ぬぐいで覆い縛りました。


 ――――


 あ、あれ? なんだか意識が飛びましたよ?

 あ、伯爵が完全に拘束されています。そこは変わっていませんね。


「あ、あの……」

「なんだい? お嬢さん」

「その、さきほど、争うつもりはないと仰っていましたが」


 気になったので聞いてみました。


「あぁ、争いは苦手でね。好みではないのだよ。私の好みは、一方的に相手を殴りつけることだからな」


 と、とんでもない答えが返ってきましたよ。


 あれ? ではなぜ、あの男との戦いでは、一方的にやられていたのでしょう?

 剣は使ったことがないと云っていましたが……。


 修行?


 伯爵を担ぐ髑髏の方について屋敷を出ます。屋敷をぐるりと回り、飛竜のところへと行くと、彼はたちまちの内に飛竜を燃やしてしまいました。


 え、この飛竜もゾンビだったんですか?


 もう、驚くこともできません。驚くようなことが今夜は多すぎます。

 髑髏の方は灰になっていく飛竜を見ながら、なにか考えているようです。

 そういえば名前を聞いていませんね。さすがに髑髏の方と呼ぶわけにもいかないでしょうし。


「あの、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「なにかね、お嬢さん」

「お名前を教えてください」


 髑髏の方が私の方に顔を向けました。

 本当にこの朧気に見える顔はなんなのでしょう?


「レイヴンだ」


 レイヴン様。覚えましたよ。ふふふ、きちんとこの礼はさせていただきますよ。


 伯爵を馬に乗せ、レイヴン様と一緒に歩いていきます。徒歩だと、イリアルテ領まで一週間くらいでしょうか?

 この一週間でレイヴン様と十分に親睦を深めるとしましょう。


 あれ? 門のところに誰かいますね?


 黒いドレスに黒い髪……。


 え? アンララー様!?


「我が粛清者よ、よくぞ任務を果たしました」


 レイヴン様が跪きます。私も慌てて跪きました。

 粛清者? レイヴン様が? また随分と物騒な肩書です。ですが、アンララー様の使徒であるのならば、納得とも云えます。

 謀略をも司る女神様なのですから。それにはもちろん、暗殺も入るのです。


「恐縮です。アンララー様」

「さぁ、この光の門を進みなさい。さすれば、あなた方の居るべき場所へと帰り着くでしょう」


 レイヴン様は立ち上がると、迷わずに水面のように揺らめき輝く門(?)へと足を踏み入れました。伯爵を積んだ馬もやや躊躇しながらも入り、私が最後に続きます。


 門に入る直前、しっかりと目にしたアンララー様の姿は、本当にキッカお姉様と瓜二つに思えました。




「あれ?」


 私は目を瞬きました。


 目の前にあるのは、見慣れたイリアルテの屋敷です。いつの間にか私が伯爵を積んだ馬の手綱を握っていました。


 あたりを見回します。レイヴン様の姿が見当たりません。


 あ、門衛のフィデルと目が合いました。


「お、お嬢様、ですか?」

「ただいま戻りましたよ、フィデル」


 私がそういうと、フィデルがポロポロと涙を流し始めました。


「お、お嬢様が、お嬢様がお戻りになったぞー!」


 ちょっ、こんな夜中に声が大きいです! あ、アマンドが屋敷に走っていきました。

 静かに、静かにしましょう。夜中なのですから、我が家が騒ぎ出したら、街全体が目を覚ましてしまいます!




 こうして私が戻ったことで、再び屋敷は大騒ぎとなったのです。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ