73 得体の知れない骨
あったかい。
やわらかい。
ちょっと息苦しい?
でもいい匂いがするよ。
んん?
目が覚める。
私は誰かに抱きすくめられていた。ララー姉様……じゃないね。
ララー姉様、ここまで胸はふくよかじゃないし。
……え? 誰?
ガバッと、私は飛び起きた。
ベッドに座りこみ、私を抱き枕にしていた人物が誰かを確認する。
癖のある金髪ショートヘアに羊角。
ディルルルナ様じゃないですか。
え? なんでここにいるの?
状況がわからず思考停止していると、ディルルルナ様が目を覚ました。
なんだかポケーっと私を見つめてるんだけど。
「お、おはようございます」
「おはよー。ふふー」
ひとまず挨拶をしたら、またディルルルナ様に抱き着かれた。
「おやすみー」
いや、おやすみって。
「ディルルルナ様!? 朝ですよ!? いや、もうお昼かも知れないですけど。起きましょうよ!」
……。
って、もう寝てる? 寝つきいいな!
というか、このままだと私もまた寝ちゃいそうなんだけれど。
なんだかすっごい気持ちいいし。
リスリお嬢様がやたらと抱き着いてくるのは、こういうことなのかな?
いや、そんなことはいいとして、起きないと。力強いな。どうやって起きよう!?
「姉さーん? いつまで寝てるのかしらぁ。キッカちゃんに迷惑かけちゃダメよぉ」
ごすっ!
ちょ、何が起こってるの? すごい鈍い音がしたけど!?
もしかしてララー姉様、ディルルルナ様を殴った!?
「いったーいぃ。ララー、なにするのー?」
「いつまでも起きないからよぉ。ほら、さっさと起きなさいな」
ディルルルナ様からの腕から逃れ、再びベッドの上に座りこむ。丁度正面、ディルルルナ様を挟んだ向こう側に、腕組みをして仁王立ちしているララー姉様の姿があった。
顔を洗い、【清浄】掛けて全身の汚れだのなんだのを落とし、ざっと身だしなみを整えてからメインホールの大テーブルについた。時間はいつもの朝食の時間。二、三時間しか眠らなかったみたいだ。
テーブルではディルルルナ様が朝食を摂っていた。
朝食は簡単なもので、茹でたソーセージと玉子焼き。それと、私がこのほど収穫してきたジャガイモのバター炒めだ。
「はぁ、美味しいわねー。ララーはズルいわー。毎日こんなにおいしいものを食べてー」
「これも私の領分よぉ。食文化の発展をお母様に仰せつかったんだものぉ」
おふたりとも微妙にのんびりした喋り方なのに、微妙に違うんだよね。面白いな。
「決めたわー。私もここに厄介になるわねー」
「私は構わないけどぉ、家主はキッカちゃんよぉ。そういうことはキッカちゃんにきいてねぇ」
え? ディルルルナ様もここに住むの? 部屋、というか、寝床はあるから大丈夫だけど。
……女神様がふたり。我が家はどうなるんだろ?
「キッカ様、私もここに住まわせてくださいー」
そう云ってディルルルナ様が頭を下げた。
「ちょ、頭を上げてくださいよ。角さえ隠してもらえれば、まったくもって構いませんから。それと敬称は止めてください。前から思ってたんですけど、凄い恐縮してしまいます」
気にしないようにはしていたんだけど、やっぱり思うところはあるからね。
「ありがとー。これからよろしくねー」
「でも姉さん、こっちではどうするのかしらぁ? 私は商会をもってるけどぉ」
「あー、そうねー。うーん……農研の方でなにかしようかしらねー」
のうけん?
「あの、『のうけん』ってなんですか?」
訊いてみた。
「あー、ディルガエアでは国と教会の共同で、農作物の品種改良とかをやっているのよー。その組織というか、行っている場所が農業研究所。サンレアンには分所とかないから、適当なところに場所を確保しないとー」
「家じゃダメなんですか? 作物なら、ある程度なら庭で栽培できますけど。さすがに温室の方は異常なことになってるので、ダメですけど」
提案すると、ディルルルナ様の顔が目に見えて明るくなった。
「キッカちゃん、姉さんをあんまり甘やかしちゃダメよぉ」
「いえ、ひとつ栽培をお願いしたいものがありまして」
私は奥義書を出すと、植物図鑑部分からその作物の頁を開いて、サンプルとして種子を取り寄せた。
布製の小袋に入った種子。数的にはそこまでは多くない。ホームセンターとかで数百円で売ってるのと同じくらいの量かな? 百粒くらい?
その小袋をディルルルナ様に差し出した。
「これを育ててもらえませんか?」
「これはなんの種かしらー?」
「お砂糖の原料です」
ディルルルナ様の顔が硬直した。
「お、お砂糖?」
「はい。甜菜っていう作物です。別名、砂糖大根。絞った汁を煮詰めて水分を飛ばすと、お砂糖になります。残った搾りかすは、家畜用の飼料になりますよ。ただ、作付け時期はちょっと過ぎちゃいましたかね」
「まぁ。まぁまぁまぁ!」
胸元で手を合わせて、本当にうれしそうだ。
「それはありがたいわー。お砂糖の原料は、いまのところキビだけだったしねー」
「原産地も南方だしねぇ。それはこっちでも栽培できるのかしらぁ?」
「大丈夫ですよ。むしろ、ある程度寒くないとダメだったと思います。うちの庭の畑だと、多分、一週間くらいで収穫できると思いますけど、試しに育ててみますか?」
「それじゃ、畑の一画をお借りするわねー」
これでお砂糖が安定して手に入るようになれば、私としてもありがたいからね。
あと、個人的に使うためのスパイスもいくつか栽培しよう。
「そういえば、実際のところディルルルナ様はどんな御用でこちらに?」
まさかご飯を食べに来たわけじゃないよね? ここに住むっていうのも、なんだか突発的に思いついたみたいな感じだったし。
「あー。そのー。えーとー。あのね……」
「姉さん、ちょっとやらかしちゃったのよねぇ。それでキッカちゃんに謝りに来たのよ」
はい? やらかした?
「その、キッカちゃんに与えた加護なんだけれどねー、ちょっと変更しちゃったのよー」
「変更ですか?」
奥義書の頁をめくって、私のステータス関連の部分を見る。
……あれ? ディルルルナ様からの加護が【抗毒】から【即死回避】に変わってる。
「えーっと、なにか問題がありましたか?」
「も、問題はなかったんだけどー」
「この間、お茶会があったっていったでしょう? その時にテスが姉さんを煽ってねぇ。『姉上の加護はキッカ殿の役にまるでたっておりませんな!』って云う感じでふんぞり返っててねぇ」
「いや、ディルルルナ様の加護がそんなに発動していたら、正直それは問題でしかないんですけど」
だって、毒による即死回避だよ。この加護が発動しまくっていたとしたら、どれだけ私は無茶な食生活とか、もしくは他人に命を狙われるんだってことになっちゃうよ?
「そうなんだけどねぇ。あの子バカだから。で、煽られた結果、毒だけじゃなくて、あらゆることから、即死は絶対にしないように加護を変えちゃったのねぇ」
えぇ……。いや、まぁ、死なないわけだから、ありがたいっちゃありがたいのかも知れないけど。
「そのー。死なないけど、痛みは感じるから、かなり酷いことになるかもしれないけどー」
……え?
「頭が粉砕されるような一撃を受けても耐えられるけど、痛みは普通にくるからねぇ。もちろんダメージも死ぬはずのモノが入るし」
うぇっ!? そ、それはちょっと……。
「……い、痛みで精神に異常をきたしたりとかしませんよね?」
ふい。っと、ディルルルナ様が目を背けた。
ディルルルナ様!?
「えーっとぉ、大丈夫というか、却って大丈夫じゃないというか、気が狂うことはないわねぇ。そこも守られてるから……」
代わりのララー姉様の説明。
……えぇ。
ま、まぁ、そんな状況にならなければいいんだよ。そう思おう。
それにしてもライオン丸は何をしているのか。そんなことしている間があるなら、自分のところの信者をなんとかしろよ。
あれだけ地下牢でお仕置きされてたのに、まともに対処してなかったじゃないか。はた迷惑極まりなかったぞ、あの髭!
無能か!
がたっ!
ん? あ、ディルルルナ様が肩を震わせてる。あぁ、そういえば、私の思ってることとかは筒抜けなんだっけね。
「姉さん、今度会った時にそのあたりのことを突きましょう。お母様の前なら、さらに効果はあるんじゃないかしらぁ?」
「そうねー。キッカちゃんにもまた迷惑をかけていたしねー」
ライオン丸にはライオン丸らしく、正しいポジションにいてもらいましょう。へたな下克上はロクなことにならないんだから。
だいたい、これまで平和だったんだろうに。
そんなことをぼんやりと考えながら玉子焼きを味わっている時、確認をしなくてはならないことを思い出した。
インベントリから、昨晩手に入れた、あの得体の知れない骨を取り出す。
「昨日、これを回収したんですけれど、ちょっと確認してもらえませんか?」
テーブルの上に、よくわからない文字と思しきものが刻まれた骨を置いた。太さは人差し指と親指で作った円ぐらい。長さは三十センチとちょっとくらいかな。関節の感じから大腿骨っぽい。それも人間かそれに類する生物の。
「骨?」
「見たことのない文字が彫られてるわねぇ」
ララー姉様が手に取る。途端、表情が固まった。
「ララー?」
「姉さん、これ」
あれ? ララー姉様の口調が……。
ディルルルナ様がララー姉様から骨を受け取る。たちまちその表情が険しくなった。
「なにこれ。気持ち悪い。あの宝珠と一緒じゃない。……え!?」
お二方が一斉に私を見つめた。
「「どうしたの? これ?」」
おぉう、この反応。やっぱり例の召喚具か。
「昨日とっちめた吸血鬼が持っていたものです。インベントリに入れたら【召喚器】と名称がでたので、もしやと思ったんですけど……」
顔を見合わせ頷くと、再び私に視線を向けた。
「キッカちゃん、ちょっと留守にするわね」
「ララーはそれを持ってお母様の所に。私はほかのみんなを招集するわ」
いうや、ララー姉様とディルルルナ様の姿が消えた。
うん。対処が早い。
というか、やっぱり例のブツか。
……あれ? ああやって持ち歩いてたってことは、多分、使ってるよね?
召喚された人はどうなったんだ?
伯爵が知ってるかな? あ、マズい。伯爵、まず処刑されるだろうから、その前にその辺りを確かめないとまずいんじゃ。
私は慌てて連絡用の魔法を発動した。アレカンドラ様とのいわゆるホットライン的なものだ。
ひとまず事情説明。結果、神託という形でバレンシア様とガブリエル様のところに連絡、情報を聞き出すまで伯爵の処刑を止めるようにするとのこと。
あと尋問の為に、審神教から【看破】の祝福を持っている者の派遣が決まった。
そうそう、いまので疑問に思ったので、加護と祝福の違いを聞いてみたよ。いや、おなじ【看破】だったからさ。
要は、パッシブかそうでないかの違いらしい。祝福の場合は、魔法のように使うのだそうだ。しかもかなり疲労するらしい。加護は基本常時発動で、疲労も何もないとのこと。なるほど。結構な差別化がされていますね。
アレカンドラ様への連絡も終了。食事も終わった。いつも昼過ぎにやってくるリスリお嬢様も、さすがに今日は来ないだろう。というか、まだ寝ているんじゃないだろうか? 夕べは大変だったもの。
さて、午後はなにをしよう?
あぁ、そうだ。ケーキを作ろうと思っていたんだっけ。
お砂糖もくすねてきたし。ちょっと頑張ってつくってみよう。
そうと決まれば、温室からベリーを摘んでこなければ。
赤と黒、どっちのほうがケーキにあうだろう?
そんなことを考えながら、私は温室へと向かったのです。
誤字報告ありがとうございます。