71 貴様の求める理想の未来は
19/10/18 台詞を一部変更。それに伴いサブタイトルも変更。
貴様の欲しがる理想の世界は → 貴様の求める理想の未来は
噛まれた!
吸われた!
穢された!
ふざけるな!
【疾病退散】【解毒】【清浄】【神の霊気】。
立て続けに魔法を発動する。
突然出現した球状に体を覆う光に、男は弾かれたように私から離れた。
体から白い煙が少しばかり立ち上っているところを見るに、かなりの効果があるようだ。
でも、どうでもいい。
のそのそと立ち上がる。
舐めプしてた自分の自業自得だ。それは分かってる
だからといってこの暴走してる感情をどうにかできるわけでもない。
竜司祭の短刀をインベントリに格納する。
そして抜き放つはデイブレイカー。
ここは廊下だ。広さなんてたかが知れてる。剣を振り回すのは無理だ。
振り回すのが無理なら、振り回さなければいいんだよ。敵は目の前のひとりだけだ。振り回し、周囲を牽制する必要もないんだ。
振るのが無理なら突けばいいんだよ。あいつだってそうしてただろう? 小器用に振ってもいたけれど。
奴は考えあぐねているかのように、こちらを見ている。
そういえば『従え』とか云ってたような気がしたな。
あぁ……血を吸ったからか。でも生憎と、もう感染症は治したよ。呪い的なものがあったのかもしれないけれど、どうやらそれも無効化したみたいだ。魔法が効いたのか、それとも、もとより私には効かないのかはわからないけれど。
神様が手ずから作ってくださったんだ。薄々は感じてはいたけれど、私の体が普通ではないのは明らかだろう。
『我が武技は神速也』
攻撃速度上昇の言音魔法【電光石火】を発動する。
確か、ゲームだと付術済み武器を装備していると効果が無い仕様だったけれど、ここではそんなことはない。
周囲に迷惑を掛けることのない言音魔法は、一通り試してみたんだ。なにができて、なにができないのか、それを分かっていないと、いざという時にしくじるからね。
効果時間は十数秒しかないんだ。とっとと刻む!
一気に踏み込み、間合いを詰めつつ突きを繰り出す。
って、速っ!
ちょ、こんなに速かったっけ? っていうか、突きだとこんなに速くなるの!?
そこれそ、どこぞの漫画の――
『本来のスピードをお見せしよう』
な、感じなんですけど!?
あかん、体の動きに私が振り回されてる。あ、でもあいつを穴だらけにしてるからいいや。
恐ろしいまでの連続突きで、たちまちの内にガスガスと刺し貫き続ける。なんとか逸らそうと男は剣を繰り出すも、それを容赦なく弾き貫いていく。
……ぜんぜん血がでないね。まぁ、生命活動してないんだから、滲みだすような感じではあっても、噴き出すことはないのか。なにせ心臓というポンプが動いていないわけだし。
それにしてもこの魔法、ゲームだと一度も使ったことなかったけど、これ本当に地味に凄いな。いや、リスリお嬢様がきっと覗き見してるだろうから、地味な効果を選んだつもりだったんだけど。
……キレて見境無くしてたけど、自制はなんとかできてますよ。なんか、凄い他人事みたいな感覚になってるけど。一回死んでも治らないんだね、精神疾患的なものって。
やがて言音魔法の効果が切れた。
デイブレイカーを持つ右手をだらりと下げる。
さすがに疲れて右手が重いよ。でもその甲斐はあったと思う。
奴は刺され空いた穴から煙を立ち上らせていた。炎上することはなかったが、傷口がくすぶり、いまもその体を焼き、蝕んでいるようだ。多分、放置して置いても本当の死に至るだろう。
その炎は消えることがないだろうから。
左手で胸を抑え、私を睨みつける。
「な、なぜだ! なぜ俺の命令を聞かん! お前はもう俺のモノの筈だ!」
「貴様如きが、神に護られし私の魂を操れると思っていたのか? 身の程を知るといい。さぁ、これで仕舞いとしようか」
私が淡々と云う。
「せめてもの手向けだ。貴様の為に祈ろう」
私は刀身が真上を向くように、デイブレイカーを胸元に掲げる。
「南 無 三!」
半ば叫ぶように云い、私は男の胸にデイブレイカーを突き立てた。途端、その場所から青白い炎が噴き出し、男の全身を包み込んでいく。
男は驚いたような顔をしていた。
周囲が燃えたせいだろうか、剣は抵抗もなく簡単に抜けた。
男が膝をつく。その顔にはもう諦めの表情しかなかった。
「あぁ……燃える……オルボーン……さ……ま……」
まるで、紙が燃え尽きるように男の体が燃え落ちていく。だが、身に付けている服の類には一切の影響はない。
たちまちのうちに男は崩れ落ち、灰となってしまった。
ん? なんだろ?
服を残し、灰となった男。その一部が妙に盛り上がっていた。服を手に取ってみる。サラサラを零れ落ち、辺りに舞う灰に辟易としながらも、そのふくらみを確かめた。
服の内ポケットに、短杖のような物がはいっていた。
なんだろ? ……骨? え、なにこれ、アラビア語っぽい文字がいっぱい刻まれてるんですけど?
インベントリに入れてみる。名称のみが【召喚器】とだけ表記された。
……は? え、もしかしてこれ、例の召喚アイテム?
い、いや、判断がつかないな。帰ったらアンララー様に見てもらおう。
と、【夜目】の指輪もインベントリに入れないと。この木製指輪はリスリお嬢様に見られない方が良さそうだしね。
私は立ち上がると、微妙に閉じ切っていない扉を開いた。
思った通り、扉を開くとすぐそこには、リスリお嬢様が腰を抜かしたようにペタンと座りこんでいた。
「ふむ、覗き見とは、少々はしたのうございますな、お嬢さん」
そういうと、ぽかんとしたように私を見上げていたリスリお嬢様の視線が、ほんの少し右往左往したかと思うと、お嬢様は慌てて立ち上がった。
「た、助けて戴き、ありがとうございます」
リスリお嬢様の顔が酷く強張っている。
……あぁ、うん。いまの私、百八十以上の背丈で、怪しげな仮面をつけてるものね。そりゃあ怖くもあるわね。
「怖がらせてしまったようだな。申し訳ない。それと、先の酷い発言も謝罪しよう。すまない」
「酷い発言、ですか」
リスリお嬢様が首を傾ぐ。
あれ? 気にしてなかったのかな?
「お嬢さんのことなど、どうなろうと構わんと云っただろう?」
あ、顔を引き攣らせた。忘れてたみたいだね。まぁ、謝罪は大切だよ。こっちに非がある限りは。
「さてお嬢さん、これから私は件の下手人の捕縛に向かう。お嬢さんはそれが終わるまでここで待機してもらいたい」
「私も一緒に参ります!」
お、おぉう? 急に元気になったよ?
「あの御仁にははっきりと云わなくてはならないのです。私はあなたのモノにはなりませんと! でなければ、私に想われたまま死ねるなどと、思い違いをされたまま死なれるのは心外というものです!」
……いや、多分、いい様に操るつもりだったんだと思うよ。なんですぐにそうしなかったのかは不明だけど。
あの男、聞き出してから始末すればよかったかな。
……あぁ、そういえば、私、殺したんだね。微妙に逆上して暴走してたから、その辺の実感がなかったけど。
あー、いろいろとヤバいなぁ。呵責の類が一切ないよ。
これはあれだ、必要さえあれば、私は簡単に人を殺せるってことだ。うん、人を殺すことは大変なことだよ。だからそのあたりの判断は間違えないように、きちんとしないと。
「私についてくるつもりか?」
「はい。私にはオルボーン伯爵の最期を見る権利があると思います」
んんっ? この感じだと、一応、顔は合わせているのかな?
「いや、ここで殺すつもりはないが。捕縛し、お嬢さんの御父上であるバレリオ卿に身柄を渡す予定だ。
お嬢さんは伯爵とは会っているようだな」
「はい。ここに連れてこられてすぐに。私を伴侶にするなどと戯けたことを云っていました! 今時、よほどのことが無い限り、数十以上の歳の差での婚姻などありえませんよ!」
……伯爵、そんな歳なのか。っていうかおじいちゃん? いや、こっちの人間の寿命ってながいんだよね。
魔素の影響なんだろうけど、人間だと長いと百五十歳くらいまで生きるって聞いたし。七十、八十が現役なのは当たり前だしね。年寄りらしい年寄りって、だいたい百歳越えたあたりかららしいし。
まぁ、寿命以前に病やらなんやらで命を落とす人が殆どだけど。平均寿命は最長の半分以下の六十とかって話だからね。
魔物だのゾンビ病だのがあるんだから、さもありなんってことなんだけどさ。
「たとえダメと云われても、私は勝手について行きます!」
あぁ、ダメだこれ。こうなったお嬢様はどうやっても止まらないんだよ。いつもはリリアナさんが止めてくれるけど、ここにはいないしね。
「やれやれ、これはお嬢さんから目を離すわけにはいかないようだ。一緒に来るといい」
私はリスリお嬢様に背を向けると、歩き始めた。
【霊気視】を使い、伯爵の居場所を確認する。二階、三階かな? まだ上にはいくらかゾンビも残っているようだ。
階段を登り、廊下を延々と掃除しているゾンビメイドを【聖水】で滅しながら進む。伯爵の下へとたどり着く前に、すべてのゾンビを片付けなくては。
伯爵を連れた状態でのゾンビ処理とか願い下げだからね。
それにしても、予想外にリスリお嬢様が静かだ。てっきり質問攻めにされるかと思っていたけれど。
うん。評価をやり直そう。お嬢様は年齢以上にしっかりとしている。
私が十三歳だったころは……あぁ、お父さんが病死したばっかりで、また少しばかりおかしくなってたんだっけ……。
十二体のゾンビを始末し、一際豪奢な扉の前を素通りして、先にいたゾンビを二体始末する。
豪奢なあの扉の向こうはきっとラスボス。伯爵様がいるに違いない。リスリお嬢様も、あそこが伯爵の執務室だと云っていたしね。
最後にもう一度、【霊気視】で周囲を見渡す。屋敷内には、私とリスリお嬢様、そして伯爵しか残っていない。ほかにある反応は、屋敷の外。
あれは、馬と……あのでかいのは飛竜? あれもあとで始末しないと。ほかの遠くに見える反応は、街の人たちだろう。
「さて、この扉の向こうに伯爵がいるわけだが、準備はいいかね?」
「はい、大丈夫ですとも!」
大丈夫かなぁ。なんだかやたらと張り切ってる感じなんだけど。
あまりの異常状態に、現実逃避が行き過ぎた結果とかじゃないよね? この事態が現実じゃなくて、夢の中の大冒険とでも認識していないよね?
不安だ。
まぁ、なんとかしましょう。まさか首謀者を放置して帰れないしね。逃げられたら捕まえるのが大変になるしね。
では、身も蓋も無いラスボス戦といきますか。
「失礼する」
ノックもせずに扉を開き、私たちは部屋へとはいった。
正面に重厚な作りの机。初老の男がひとり、その机についていた。
白いものが混じった褐色の髪。年相応に皺の刻まれた顔。だがその見た目に反し、その眼光はギラギラと鋭く、視線が私を突き刺している。
屋敷にはほかに人はいない。この人物がオルボーン伯爵、その人だろう。
「ふむ。ペテルを殺したか。よくぞここに来たと褒めるべきか。後の為に、どうやってここを突き止めたのか、是非とも聞きたいところだ」
「追跡した。それだけだ」
淡々と答える。するとリスリお嬢様がすいと隣に立った。
「伯爵、私はこれにてお暇させていただきます。なかなか楽しいご招待でしたけれど、これ以上はさすがに不快でしかありませんからね」
「リスリ嬢、君はもう私のものだ。君の意見は非常に私を楽しませてくれるが、ことこれに関しては、まったくの無用なものだ。その意思などすぐに変わる」
「誰があなたのモノになど――」
私は左隣にいるリスリお嬢様の眼前に左手を差し出し、お嬢様を制す。そして伯爵に向けて言葉を紡ぐ。
「あぁ、伯爵。まさにその通りだ。まったくの無用、無駄なことだ。なにしろ、あんたの物言いは単なる戯言に過ぎないからな。あんたはこのお嬢さんを手に入れることはできないし、ましてや血を吸うことなどできようはずもない。これまでもそうだったように、これからもそれは一切変わらない」
口元がにやける。仮面があってよかったよ。私にポーカーフェイスなんてロクにできやしないからね。
「なんだと……」
ガタッと音を立てて伯爵が立ち上がった。
「もう一度云ってみるといい、小僧……」
伯爵の目の色が、文字通り赤く変わる。白目の部分が赤く染まり、まるで灰色の瞳の部分が血に浮いている様に見える。
「私にいえることはひとつだけだ、吸血鬼」
私はデイブレイカーで伯爵を差し、言葉を続けた。
「貴様の求める理想の未来は――」
誤字報告ありがとうございます。