69 人ひとり斬りて、初段の腕前
19/10/24 削除し忘れていた一文を削除(同じ表現の文章が二重になっていました)。
デイブレイカー。
常盤お兄さんが私のインベントリに放り込んだ武器の中で、唯一のアーティファクト、いわゆる神器枠の武器だ。
不死の怪物を徹底的に嫌悪している魔神が、それらを滅ぼすためだけに創りだした魔剣がこのデイブレイカーだ。なにしろ――
私を崇めるなどどうでもいい、不死の怪物を滅ぼすのだ。
というようなことを、主人公に云い切った魔神の神器である。その威力たるや、いかほどのものか想像がつこうというものだ。
……などと、いかにも最終兵器的なことをいっているけれど、この剣の威力自体はかなーり微妙な代物なんだよね。正直、一対一で使うような武器ではない。
いや、剣としては十分な代物なんだけれど、自作して強化しまくったものに比べるとどうしてもね。この剣、強化の伸び代が、恐らくは同等であろう黒檀鋼の剣より短いんだよ。だから主武装とするには微妙なのだ。
なので、剣としては私は微妙な評価を下してはいるが、それでも、不死の怪物共と戦う時には、この剣が最強である。
デイブレイカーの真価は、ぶっちゃけ、不死の怪物の大群と対峙した時にある。
やろうと思えば、この剣一本で、数万の不死の怪物の大群を殲滅することもできるからね。いや、冗談じゃなしに。
特殊能力が異常に強いのだ。
デイブレイカーで不死の怪物を倒した時、一定確率でその不死の怪物が爆発する。そしてその爆心部から放射状に光の環が周囲に放射される。
この光の環に触れた不死の怪物は、混乱(棒立ち)、逃走、灰化、そして爆発のいずれかの効果が発揮される。
そして爆発はまたしても光の環を放射し――
と、いう感じで、連鎖反応を次々と起こす。なので、不死の怪物の数が多ければ多いほど、その真価を発揮する。
とはいえ、今は一対一。現状では武器なんてまともなものは作っていないし、そもそも不死の怪物に有用な武器はこれくらいしかない。ゲームと違って、魔法の武器じゃないと効果が殆どないみたいだからね。
それ以前に、常盤お兄さんがどこまで再現しているのかが分からないから、どこまで有用なのかはっきりしないけど。
まぁ、なんとかなるでしょ。唯一の問題は、私がヘタレないかが心配なだけで。
この戦闘でなんとか日本のモラル教育を踏み倒せればいいんだけど。
矢を射るのは平気なのに、刃物で斬り付けるの躊躇するっていうのもなんだけどね。
「くそっ、逃げたか? ……まさか!」
お、この感じは、案内してくれる流れかな?
男が私の脇を走り抜けていく。
って、速いな!
慌てて追いかける。いくら足に【無音歩行】の付術が施されているとはいえ、走れば音はせずとも気配は漏れてしまう。
気付かれない程度に距離をとって追いかけないとね。
◆ ◇ ◆
男が向かった先は、恐らくは私がさっき通り過ぎた部屋。多分、リスリお嬢様が軟禁されていると思しき部屋だ。
角を曲がり、その部屋へと通ずる廊下に入ったところで目に入った光景。それは、犬に思い切り首元を噛まれ押し倒されている男の姿だった。
おぉ、【走狗】だ。弱っちいのに頑張ってる! それともあの男が弱いのかな?
うん。あの部屋にリスリお嬢様がいるのが確定。
あの男を片付けて、とっとと合流しましょうかね。
……そういや、あの男、本当に不死の怪物だよね? もう一度確認。うん、大丈夫、不死の怪物だ。吸血鬼かどうかはわからないけど、そう簡単に死なないってことだよね。
これは、おあつらえ向きかも。
武器を切り替える。デイブレイカーを腰に差したまま、新たにインベントリから竜司祭の短刀を取り出す。
少々形状が特徴的な短刀だ。刀身と柄の間の部分が、カクンってなってるんだよ。……もうちょっと分かりやすい云いようがないかな? うん、あれだ。油絵で使うペインティングナイフ。あんな感じに曲がって刀身が付いているんだよ。
さて、ついでだ、軽装鎧と片手剣の技量上げをちょっとさせてもらうよ。
それじゃ、ちょっと声を掛けましょうか。煽ってやろう。
「やれやれ、随分と無様じゃないか」
「くそっ。誰だ!」
男は怒鳴りながら【走狗】の腹を殴りつけ、引き剥がした。そしてすかさず立ち上がると、再び向かってくる【走狗】を思い切り蹴飛ばした。
【走狗】は淡い光の粒子となって消えた。
ぱち。ぱち。ぱち。
気の抜けた拍手をする。
「お見事」
「くっ、誰だ!」
「案内ご苦労。おかげで邸内を捜して回らずに済んだ。ありがとう」
……ほんと、無駄に渋い声だな。ララー姉様の好みなのかな?
「どこにいる! 姿を見せろ!」
「おっと、これは失礼。これでいいかな?」
指輪を入れ替え、姿を現す。一応、ランプの灯りはあるものの、現代の照明や【灯光】の明かりに慣れている私に、この廊下は薄暗い。
【夜目】をそのままに、片手剣の技量を上昇させる指輪を装備する。
世界が青いままだけど、薄暗いよりはマシだ。
急に目の前に現れた私に、男は少しばかり驚いたようだ。
まぁ、朧気にしか見えない異様な顔、仮面を着けたガタイのいい男が現れたらねぇ。
ちなみにこの顔はあれだ、某サンドボックスゲーに登場する、緑色をした自爆するモブの顔にそっくりである。まぁ、あそこまでシンプルではないけれど。
「お前、いったいなんだ?」
「不死の怪物を粛清する者だ。もちろんそこに囚われているお嬢さんも連れ帰る」
「そんなことができると思うのか?」
「できるできないではない。やる。それだけだ」
男が私を睨む。
「貴様に連れ去られるくらいなら、俺はあの小娘を殺すぞ」
「どうぞご自由に」
さらっと答えたところ、あからさまに男は驚いたようだ。
あれ? なにかおかしいこと云ったかな?
「貴様、あの小娘を助けに来たんだろう!」
「運がなかったな」
「なんだと?」
「間に合わず、救うこと叶わなかった。それだけのことだ。むしろこちらが訊きたい。お嬢さんを殺すと云ったところで、私がどう行動すると思ったのかね?」
スッ、と、短剣で男の顔を差す。
「お前がすべきことは、私を殺して存えるか、私に滅ぼされるかのいずれかだ。さぁ、選ぶといい」
シュラン、と音を立てて、男が剣を抜いた。
……こ、殺し合いか。熊と違って、殺気の度合いが大分違うな。熊のアレは、殺気とは微妙にちがったしね。あれは食欲だったのかな?
迫力は熊に比べたら可愛いものだけど、緊張感はこっちのが上だね。なにより現代社会のモラル教育との勝負ですよ。
簡単に殺人を犯す連中って、きっとネジが外れてるか、そもそも嵌ってないんだろうなって思えるよ。
なんというかね『怖い』の感覚が違うんだよ。『殺されるのが怖い』ではなく、『殺すのが怖い』になってるんだよ。殺すことで、自分にはまってる箍が外れるのが怖いんだろうね、これ。自分がなんに成るのかわからないから。
かくして、斬り合いがはじまった。
いや、斬り合いじゃなくて、私が一方的に斬られ、刺されるだけだけど。
あっはっは。私は剣術なんてからっきしだからね。というか、足の障害があったせいで運動関連は壊滅的ですよ。いくら今の新しい体で治ってるとはいっても、体の扱い方が私の頭にまだ入ってないからね。漸く普通に走れるようになった程度だし。
あぁ、なんかあの映画を思い出すな。決闘で何度も何度も剣で刺し貫かれる主人公。死ぬことができないから、延々と殺され続けるんだ。確か「貴方の奥さんを豚と呼んだのは謝ります」とか云って、足元をフラフラさせながら帰ったんだ。フラフラしてたのは泥酔してたから。相手の貴族も呆然と見送ってたんだよね。
あの映画、なんで二作目と三作目はあんな残念な出来になっちゃったんだろ?
で、私の今の様はまさに主人公のそれ。いやぁ、刺されたところが痛いというより、熱いんだか冷たいんだかわけがわかならいよ。肌を伝う血の感触が気持ち悪い。
刺される側から回復はしているけれど、それでも少しは出血するからね。
あ、もちろん、こっちも攻撃してるよ。
ちっとも当たらないけど。とはいえ、鈍臭い私だって学習はするんだよ。
剣の振り方、扱い方、じっくりと観察する。その度に刺されて痛いけれど、これは授業料と思おう。
斬り合いを始めて小一時間は経っただろうか。男の攻撃に明らかに焦りが見えはじめた。そりゃそうだ。私がいまだに元気いっぱいだからね。
私の【治癒】は、技能によって傷だけでなく体力も回復する。だから経戦能力は異常に高いのだ。
「どうした? 俺を殺すんだろ? 一発も当たらないじゃないか!」
言葉とは裏腹に、男の顔は冴えない。
「ははは、それはそうだろう。なにしろ、こうして刃物を手に戦うのは、これが初めてだからな」
「嘘をいうな!」
「嘘ではないさ。私は魔法使いだからな。気が付かなかったのか? 貴様の斬り付けた傷は、すべて魔法で治療済みだ。
あれだけ斬り付けたのだ。普通ならもうとっくに失血して動けなくなっていないとおかしいだろう?」
男の動きが一瞬止まる。その隙を逃さず、私は短刀を男の胸に突き入れた。
ドスっと、刀身が柄にまで突き刺さる。すかさず私は左足を上げると、思いきり突き放すように男を蹴飛ばした。
あっぶな。危うく短刀が抜けなくなるところだった。深く突き入れ過ぎたよ。っていうか感触が。感触が! 軟っこい感触と、ゴリっとした感触が手に伝わってね。おぉう、兎の解体とは大分違うよ。
こ、こういうのに慣れないといけないのか。
そういや、『人ひとり斬りて、初段の腕前』なんていうけど、こういう事なんだろうな。
男は胸を抑えつつ、すぐに立ち上がった。
あぁ、うん。確かに死んでるわ。不死の怪物だ。今の一撃は、絶対に肺にまで到達しているもの。なのに、出血はおろか咳き込みすらしていない。
「丁度いい機会だからな。刃物の扱いにも慣れておこうと思ったのだよ。なかなか勉強になった。だが時間も押している。そろそろ終わりにしようじゃないか」
と、とりあえず落ち着こうね、私。なんか気持ちが浮足立ってるけど。今の、声、震えたりしてないよね? よし、大丈夫。嘯け嘯け。
ガシャン。
男が剣を落とした。
あれ?
やや俯き加減の姿勢で、領の腕をだらりと下げている。
フッと、男の体がブレたように見えたかと思うと、一気に走り込んでくる。それこそ、まるで私が【風駆け】を使った時みたいに。
反射的に私は手の竜司祭の短刀を突き出していた。
短刀が再び男の胸に刺さる。
だが、それでも男は止まらない。
ちょ、うそでしょ!?
すさまじい衝撃を受け、私たちはもつれるように転倒した。
そして男は私を抱きしめるように組み伏せると――
私の首筋に噛みついた。




