68 これ、生きてる人いないでしょ
門を出る前に【道標】を掛ける。指し示す方向は西。
ってことは、テスカセベルムは関係なしってことかな? やっぱり貴族間抗争ってことなのかなぁ。娘を攫ってどうこうって云うのはありなのかしらね?
いや、ダメだよね。
確か、貴族間戦争にまで発展させないために、地味ーな嫌がらせをしてるって分析をしてたし、リスリお嬢様。
……まぁ、ここで、ああだこうだ考えても時間の無駄だ。とっとと行って、一緒に帰って来ましょう。
【透明変化】を掛けて街中を移動。そのまま西門脇の通用門から外へとでる。
この通用門は、街門の閉まっている時間帯に使われるものだが、基本的に緊急時以外は施錠されている。
まぁ、衛兵の隙を見て、私はサクッと開けて出てきたわけだけど。
【開錠】魔法は反則ですね。
そのまま門から離れたところで、先ほど作った指輪を装備。
きちんと思った通りになっているのかを確認をします。
まずは既に装備している【夜目】の魔法を付術した指輪。
【夜目】。いわゆる暗視。ただ、視界が青くなる。暗視カメラの映像は、全体的に緑色になっているのをみたことがあるけど、その緑を青にした感じだ。
五作目で削除された魔法。まぁ、ダンジョンでも明るいからね。正直、無意味になったから削除されたんだろう。
うん。世界が真っ青だよ。これ慣れないとキツイね。地味に気持ち悪いよ。
そしてもひとつ。というかもういつつを装備。
いずれも同じ付術を施したものだ。
【不可視】の魔法の指輪。【不可視】は【透明変化】の劣化版ともいえる魔法。でも【透明変化】は付術不可だけど、【不可視】は可能。最大で透明度二十パーセント(装備補助、ドーピング無しなら)。それを五つ装備することで、【透明変化】と同様の効果を得ることができる。
これも五作目で削除された魔法。まぁ、時間制限なしで完全透明化は、完全にチートだからね。仕方ないと云えよう。
今回は慌てて作って来たから、すべて透明度二十パーセントの代物だ。
正直、指輪六つ装備は気分的に嫌なんだけど、仕方がない。
ん? ひとつの装備にふたつ付術できるんだから、【夜目】と【不可視】をなんで一緒にまとめなかったのかって?
いや、この【不可視】の指輪は廃棄する予定だし。【夜目】は残しておくけれど、【不可視】も一緒に付術しちゃうと使いにくいからね。
常時透明度二十パーセントとか、微妙に影の薄い人になっちゃうよ。
さて、問題なく透明になれました。透明になったらなったで問題もあるんだけどね。いや、今は体が疑似的に大きくなっちゃってるからさ。えーと、なんていえばいいの? 身体感覚? 手の長さとかが把握し切れてないから、ドアを通り抜けるときとか、どこかに体をぶつけそう。
まぁ、いまからあれこれ心配してても意味がないね。
では、ここから言音魔法の【風駆け】(バグ版)で、一気に追いかけますよ。
『――――――――――』
◆ ◇ ◆
……初めて使った時も思ったけど、【風駆け】は心臓に悪いな。
途中で方向確認のために、何度かわざと転倒して無理矢理止まったりしたしね。発動中と発動終了後数秒はダメージ無効だから怪我はないけれど。
そんなこんなで約二時間くらい移動しましたよ。ディルガエアは本当に平原の国なんだね。丘や森はいくらかあるけれど、山がちっともありませんよ。
そして今いる場所は、恐らくは目的地と思われる街。もっとも、まだ街の外だけど。
時刻は真夜中ってところかな。多分、深夜零時くらい。かなり遠くまで来たんだけど、リスリお嬢様を攫った奴はどうやって運んだんだ?
私は相当おかしな速度でここまで来たと思うんだけど。
転移とかしたのかしら? さすがに私は転移とかはできないからなぁ。
それとも飛竜ゾンビにでも乗って来たのかなぁ。飛竜がどれくらいの速度で飛ぶのか知らないけど。
ん? ゲームでいうところのファストトラベルがあるだろって? あれは行ったところしかいけないし、そもそも歩いて移動した場合の三倍の時間が掛かってるからね、アレ。
で、【風駆け】だけど、速さ的には秒速で三十メートルくらいなんじゃないのかと思うのですよ。さすがに五十メートルはいかないと思う。
ということはだ。時速換算するとどのくらいになるんだ? えーと……。
……百八キロ? よりによって煩悩の数と一緒ですか。
って、速いな! 修正前の仕様なら普通に大事故だよ!? バグ版は激突しない限り止まらないんだから。
ってことは、サンレアンから約二百キロか。……え、馬でも休みなしで約三十時間かかる距離? 帰りをどうしよう?
馬を調達するとしても、この格好のままリスリお嬢様と旅することになるのは問題でしかない。
……。
えぇい、問題は先送りだ。とにかく、さっさとリスリお嬢様を助け出さないと。
相手はゾンビを使ってたんだよね。ってことは、ゾンビがいっぱいってことなのかな?
……まさか街の人、全員がゾンビとかないよね?
不安になって【死人探知】をつかってみる。
大丈夫。すくなくとも門を護ってる兵隊さんは生きてる。
では、とりあえず街の中に入るとしましょうか。
この街はディルガエアの北部。王都の北北東あたり、魔の森と王都の中間ぐらいにある街だ。この街がどの領に属しているかなんて知らない。知る必要もない。
街の規模はさほど大きくはない。人口的には。見た感じ、五千人は住んではいなさそう。
街の活気はどうなんだろうね? 夜中だからそんなものはさっぱりだよ。
さて、リスリお嬢様はどこに居るのかな?
【道標】さん発動。足元から目的地に向かって伸びる靄を追って進む。
ややあって、大きなお屋敷に着いた。
うん。ここはどこぞの領都確定だね。お屋敷が校舎サイズで別棟もある。多分、あの別棟は使用人の宿舎かな?
よし。それじゃもうひとつ確認。
【死者探知】。
……うわぁ。
ゾンビだらけだ。これ、生きてる人いないでしょ。どうなってんのよ。
どうしましょうね、これ。
全員始末した方がいいかな? リスリお嬢様誘拐の首謀者は、確実にここの親分だろうし。トップがいなくなったら、このゾンビがどうなるかわかったもんじゃないよね。
始末するのか……。【神の息吹】を使えば楽そうなんだけど、あれ喰らわせると、ゾンビ共駆けずり回るからなぁ。
街中に飛び出したら大問題だよ。傍からみたら、炎上した人間が突っ走ってるんだもの。あぁ、いや、あの青白い炎は、普通の炎には見えないけどさ。
とはいえ、騒ぎを大きくしたくはないんだよね。リスリお嬢様がこの状況をどう捉えてるかによるけどさ。
貴族のお嬢様+誘拐=キズモノ
だからね。嫁ぎ先がなくなるよね。まぁ、侯爵様の溺愛具合からして、嫁がなくても問題ないかもしれないけど。
各個撃破という形で進めるしかないかぁ。死体とはいえ、人を射つのはちょっと抵抗があるなぁ。刃物で斬るのはもっと抵抗があるよ。
日本のモラル教育の賜物だよ。
以前に一度やってはいるけれど、そうそう慣れるもんじゃないよ。
まぁ、こっちじゃできるようにしとかないと物騒だからね。治安がいいとは云えないから。むしろ、死体で練習できる私は運が良いと思うべきだろう。
いや、こんな運の良さなんていらないよ。
それじゃ、全部始末してからリスリお嬢様を回収しましょう。
かなり不格好ながらも、塀をよじ登り、敷地内へと侵入する。よじ登る際に踏み台にした、ロープを縛り付けて置いたテーブルをインベントリに格納する。
インベントリに入れるには、入れる対象に手を触れていなくてはならない。テーブルにつないだロープの端を握っていたわけだけど、うまくテーブルも格納できた。
ロープだけしか格納できなかったらどうしようと思ったんだけど、上手く行ってよかったよ。
さて、【霊気視】で再度確認。……むぅ、隔離されてたりすれば分かりやすかったんだけど。
【生者探知】も使う。
むぅ。【生者探知】も射程が短いからなぁ。とりあえず、【生者探知】の範囲内には生きている人間はいない。
それじゃ、作業を開始しよう。
身を屈め、隠形スタイルになる。
庭に三人ほどうろついている。簡素な作業着の男と、革鎧を着た兵士ふたり。
作業着の男は庭師かな? 革鎧のコンビは、衛兵のようだ。もちろん三人ともゾンビだ。
【召喚弓】! 矢を番え、狙いながら引き絞り、放つ!
放った矢は男の左肩に当たり、男はもんどりうって倒れた。
慌てて男に近づき、右手で【聖水】を撃つ。
撃ち出されたハンドボールほどの水球が倒れた男に当たると、男は体を硬直させるようにビクンと震えると、仰け反り、手を突き出したような恰好で死んだ。
正しい【聖水】の使い方。効果覿面だ。
男を濡らしていた【聖水】はあっという間に乾き、その直後、死体は青白い炎に包まれた。
お、おぉ? 聖水でも燃えるのか。これは死体処理が捗りそうだ。
……吸血鬼とかに飲ませたらどうなるんだろ? 連中にとっては、多分、猛毒だろうし。
まぁ、試す機会がないことを祈ろう。
さらに兵士のひとりを射る。すぐ隣でひとりが射倒されたのに、反応はない。
自身で状況判断する能力はないようだ。ただ生者を殺そうとするだけか。
知性は失せてしまっているみたいだ。
もうひとりも射る。魔力の矢の一撃は、ゾンビにも十分に有効なようだ。
この二体にも【聖水】をぶつけて、屋内へと侵入を試みる。
モラルに反することを行うと云うのは、精神に多大なストレスを掛けることになる。結果、度を過ぎると、精神が麻痺してくるのである。
人を射ることにためらいがなくなる。これが慣れというものなのかな?
私みたいな性格の人間が、人を射ることに慣れちゃダメだろう、と思うが、身を護る力をつけるには必要なことなんだと思う。
……まずいな。また離人症じみた感じになってきてる。
【開錠】を掛け、邸内へと入る。
あ、ここ厨房だ。端から入ろうと思っただけだったんだけどな。
くすねるか。砂糖ないかな、砂糖。
ざっと家探しし、ハムとチーズと砂糖を拝借。
そして邸内をゾンビをもとめて彷徨う。射倒し【聖水】を掛ける。その繰り返し。だが、いつまでたってもリスリお嬢様がみつからない。
むぅ、どこに居るのよ。
邸内一階をほぼ一周し、現在は東翼の廊下でメイドを倒したところだ。
灰になっていくメイドを見つめながら、私は顔を顰めた。
……あ。
アホか私は。なんで【生者探知】を使わないのさ。射程は短いけど、やらないよりましだ。恐らくは、リスリお嬢様にだけ反応するはずだ。
魔法を発動させ、周囲を改めて見回しながら移動する。【生者探知】は魔力を消費している間だけ発動するタイプの魔法だ。
魔力があっというまに削られていく。
見つけた。えーと、客室のひとつかな? 思いっきり素通りした部屋にいるみたいだ。よし。場所は覚えた。先にゾンビを始末してから回ろう。
「なんだこれは」
背後から男性の声が聞こえてきた。
目を向けると、そこには簡素な皮鎧を身に付けた、みたところ三十歳くらいの男が身を屈め、灰となったゾンビを検分している。
この男が、生きているのか、死んでいるのか、【死者探知】を用いて確認する。
【死者探知】の魔法に反応し、男が赤い光に包まれたように見える。
見た目が人のままの知性ある不死の怪物。
私の知る限り、そんな存在はひとつだけだ。
永遠の命を持ち、人の生き血を啜る化け物。
そう、吸血鬼だ。
だが、たとえ吸血鬼だろうと、やることは変わらない。
とはいえ、この男が首謀者であるのなら、話は別だ。
あれだけのことをやらかした者なのだ。簡単に殺す訳にはいかない。なんとしても、生かしたまま侯爵様の前に突き出さなくては。
なにより、ここで殺してしまったら、単なる賊の仕業とされそうだ。
「くそっ。ただでさえオルボーン様の機嫌が悪いってのに……」
お、こいつがトップじゃないことは判明したよ。なら、倒してしまっても構わないね。
【召喚弓】!
左手に弓を持ち、背の矢筒から矢を一本抜き取り、番え、ギリギリと弓を引く。
男が立ち上がり、廊下を走りだす。
矢を放つ。
ビシュっと、真っすぐにすっ飛んでいった矢は、狙いたがわず、男の両の肩甲骨の間に吸い込まれるように突き刺さった。
その衝撃で、走り出していた男はつんのめって転倒した。
だが、すぐに起き上がると、辺りを見回し叫んだ。
「誰だ! どこに居る!?」
あまりにも素早い反応。
さしたるダメージもないように見える。
あぁ、こいつは厄介だな。
この男がいったいなんなのかはわからない。本当に吸血鬼なのかもしれない。
まったく。倒すのには一苦労しそうだ。
でも、アンデッドであるのなら、効果的な武器はあるのだ。
私は、インベントリからそれを取り出した。