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67 私からは絶対に逃げられない


「キッカ様! お願いです! 助けてください!」


 玄関を開けるなり、飛び込んできたのはリリアナさんだった。


「ど、どうしたんですか? リリアナさん」


 私にしがみついてきたリリアナさんの腕を掴みつつ、私は問うた。

 肩ではなく、腕をつかんだのは、リリアナさんの方が背が高いからだ。


「お嬢様が、攫われてしまいました!」


 は?


 リリアナさんの答えに、私は思わず目をパチクリとさせた。


「え、攫われたって……」

「ふたりとも玄関にいないで、中にはいりなさいな。慌ててたって、いい案はなにひとつでないわよぉ」


 ララー姉様に促され、私はリリアナさんを宥め、メインホールへと入った。


 ◆ ◇ ◆


 リリアナさんの話はこうだった。


 飛竜の襲来により、領邸の警備はほぼ皆無に近い状態となっていた。残っていたのは三馬鹿のみ。もっとも、ここはディルガエア。リリアナさんはもとより、他のメイドや使用人たちも、そこらの兵士並には戦える者たちだ。


 警備としては十分だ。


 街の外縁部で飛竜との戦闘が始まった頃、突如として領邸内に、ゾンビが出現した。数は五体。だが、まとまって現れたのではなく、すべてが別個の場所に出現したため、対応に遅れがでた。


 この世界のゾンビは非常にタフだ。ゲームや映画のように、ダメージを与え続ければ死ぬわけではない。頭を潰しても無駄。基本的な対処方法は四肢を切断して燃やすというものだ。


 一体を行動不能にするのにも、時間が掛かる。


 現状、不死の怪物を相手に有利に戦えるのは、対不死の怪物用の魔法を習得しているリリアナさんのみとあって、リスリお嬢様から離れ、邸内を奔走していたらしい。


 庭に出現した一体は、格闘兎の二羽が対処。


 邸内に沸いた四体の内一体を侯爵様が対処。


 もう一体を三馬鹿が対処。

 ……三人で一体に当たったのかよ。せめてふたりで抑えろよ。そんなんだから三馬鹿って、名前を呼ばれなくなるんだよ。しかもひとまとめだぞ。


 嫌なことはできる限り忘れようとする主義だから、私はもうひとり以外は名前を憶えてないけど。


 何故かサントスだけ憶えてるんだよ。くっそ、消し去りたい……。


 そして残り二体をリリアナさんが対処。もっとも、一体を仕留めるまでは、残りの一体はほぼ野放しとなっていたようだ。


 そうして約二時間でゾンビを完全に無力化。


 ばたばたと暴れるバラバラ死体は、リリアナさんの放つ【太陽弾】の効果により、単なる死体へと戻された。


 それらゾンビの片づけを終わらせ、一段落ついた時、リスリお嬢様の姿がみえないことに気が付いた。


 邸内をくまなく探すも、どこにも見当たらない。


 ただ、リスリお嬢様の部屋の扉の鍵が壊されていたことから、何者かによって攫われたと推測されている。


 ゾンビ五体は陽動のために送り込まれたと思っていいだろう。


 いや、それどころか、あの飛竜共も。


 脅迫状はもとより、要求も一切なことから、完全な手詰まりとなっているのが現状だ。


 そして一縷の望みを懸け、リリアナさんは私を頼ってきたということだ。


「お願いです、キッカ様。お嬢様をお助けください」


 リリアナさんが私に懇願する。

 でも、私の答えは決まっている。


「ごめんなさい。できません」

「そんな、キッカ様!? 何故ですか!?」

「リリアナさん、そうはいわれましても。魔法は万能ではありませんよ」

「キッカちゃん?」


 ララー姉様が眉を潜め、私の名を呼ぶ。


 うん。悪いけれど、でもここで『できる』というわけにはいかない。問題が起こることを避けるために、頒布する魔法を制限しているんだ。


 ここでその制限を取っ払うわけにはいかない。


「ごめんなさい」


 私はそういって席を立つと、二階の錬金台のところへと向かった。先ほど、万病薬のを教会へ持っていくために、現状のストックをすべて錬金台の上に出してそのままなのだ。


 私は七本手に取ると、階下に戻った。


「リリアナさん。これを。ゾンビの対処をしていた人や兎たちに飲ませてください。全部で六名ですよね?」

「……はい」

「ゾンビ病に感染しているかもしれませんから。リリアナさんも」

「……はい。ありがとうございます」


 リリアナさんは万病薬をエプロンドレスのポケットにしまい込むと、立ち上がった。


「不躾なお願い、申し訳ありません」

「いえ、力になれず、すいません」


 頭を下げるリリアナさんに、私も頭を下げた。


 ◆ ◇ ◆


 リリアナさんは肩を落とし、トボトボと帰って行った。ひとりで来ていたことから、独断で私に助けを求めに来たのだろう。


 って、ひとりで帰すの心配だな。送って……あ、大丈夫だ。青が一緒にいる。うん。なら安心だ。


 さて。それじゃ、はじめましょうか。


 私は家の中にもどると、二階に駆け上がり付術を開始した。


 使う木製指輪は六つ。五つには同じ付術を行う。


 まさか指輪六個装備をしなくちゃダメになるとか思いもしなかった。


 造った指輪はひとまず必要になるまではインベントリに放り込んでおく。あぁ、いや、ひとつはすぐに必要になるかもしれないけれど。


 次いで装備を変更。


 全身を【暗殺者装備】で統一する。


 こういう時は、この格好とずっと決めていたんだ。いずれ自作して、好みの付術をするつもりだ。


 よし、行こうか。


「キッカちゃん、行くのかしらぁ?」

「えぇ。ちょっと迎えに行ってきます」

「その恰好で?」


 云われ、私は自身の姿を見下ろした。


 ……見下ろしても胸が邪魔でまともにみえないんだけどね。


「はい、姿見」

「あ、ありがとうございます」


 鏡に映る自分の姿を見る。


 うん。黒とほぼ黒に近い赤色の装備。見るからに怪しい。しかも仮面の意匠の効果なのか、フードの中は朧気にしか見えない。

 いや、正確に云うと、ぼやけている様に錯視している。


 特に問題ないと思うんだけどな。


「その背格好じゃ、すぐにリスリちゃんにバレるわよぉ」


 ぐぅ……。


 た、確かに私はちっさいせいで分かりやすいですけど、こればっかりはどうにも……。


「ふむ。キッカちゃん、仮面のスペアとかある? いま着けてるそれ、付術してあるんでしょう?」

「あ、はい。いくつか作るつもりでしたから、金型用の原型がありますけど」

「ちょっと貸して頂戴な」


 インベントリから仮面を取り出し、ララー姉様に渡す。

 木を削りだして作っただけで、表面のペイントは一切していない。まぁ、原型だからそんなものは一切していない。


 その木の仮面が、ララー姉様の手の中で淡い光に包まれたかと思うと、暗殺者の仮面へと変化していた。

 まるで黒い雨でも被ったかのように見える暗殺者の仮面。


「はい、完成。これを着けて」

「あ、はい」


 云われるままに仮面を装着。


 んおっ!? 視界が高くなったよ。


 ちょ、高っ! 怖っ! え? 何が起きたの!?


「ララー姉様!?」


 はっ!? なにいまの低い声!?


「キッカちゃん落ち着いてねぇ。もう一度姿見を見て頂戴」


 オロオロしつつも、私は鏡に今一度視線を向けた。


 鏡には、ガタイのいい男性が映っていた。恰好は私の着ている暗殺者装備一式だ。


「え、どういうこと」


 って、聞き違いじゃなかった! 私の声が大変なことになってる!?

 なんというか『ぶるぁああああああああ!』な声優さんか、『待たせたな』の声優さんを連想させる声なんですけど。もしくは白狼と呼ばれたモンスターハンターな人。


「これなら誰もキッカちゃんだって思わないわよぉ」

「いや、確かにそうでしょうけど、どうなってるんです? これ?」


 体を動かしてみる。なんというか、完全におっきくなってるんですけど?


「幻術みたいなものよぉ。ただ、幻に実体を重ね合わせた形にしているけどぉ。まぁ、変身したといっても仔細ないわねぇ。だから本来より大きくなっている体の部分を怪我すると、実体も怪我するからねぇ」


 えぇ……。あの、この仮面、神器になってませんか?


「今回のは間に合わせでやったから、効果は数日くらいかしらねぇ。あ、ちゃんとした仮面ができたら、それに永続的な形で付与するからねぇ」

「え、本格的に作るんですか?」

「必要でしょう?」


 ……。


 必要かな? どうだろ? でも今回みたいなことがあったら、私は同じ選択をするだろうしなぁ。


「帰って来てからじっくり考えます」

「そうしてねぇ。それじゃ、準備は出来たのかしらぁ?」

「はい、準備は出来ています」

「あ、キッカちゃん。言葉遣いは変えてねぇ」


 ……。


 そ、そうか。普段の喋りのイントネーションだと、微妙にオネェっぽくなりそう。

 男性口調か。できるかな? まぁ、いざとなったら、なんか適当に誰かの真似をすればいいや。


「それじゃ、いってらっしゃい」

「はい、行ってきます」


 私は体を確かめるようにゆっくりと歩きつつ、玄関をでた。歩幅、リーチの長さ。しっかりと確認し、門のところで足を止める。


 そして先ほど作った指輪をひとつ嵌める。


 さぁ、追跡をはじめよう。




 私からは絶対に逃げられないよ。





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