64 あぁ、面倒臭い
「いつまで待たせるつもりなの? 早く、ここに、魔法に関する、全てを、まとめて、持ってきなさい!」
ふたりの護衛? を従えた、黒い法衣の女性が礼拝堂の真ん中で怪気炎を上げていた。
喚かれ、怒鳴り付けられ、地神教の侍祭や助祭がオロオロと右往左往している。
その女性の後方、私たちから見ると正面にいる護衛ふたりは、長柄武器、えーとハルバード? を手に立っている。
体格からして男性だね。というか、室内でハルバとか、武器のTPOくらい弁えたらいいんじゃないかな。確かに礼拝堂は広いけど、戦闘になったらいつまでも相手の有利な場所に陣取ったりはしないよ?
それにしてもだ。
……なにこれ?
「誰あれ?」
「ジョスリーヌ主教様です」
主教か。というか、私に付加されてる【言語理解】さんがどういう翻訳をしているのかわからないけど、結構、いい加減な気がするよ。
えーと、主教だから、英語だとビショップってことだよね? ビショップというと、某RPGのせいで司教のほうがしっくりするけど、まぁ、いいや。
なぜビショップの日本語訳が複数あるのかなんて、私は知らん。
位的には上から五番目くらい? 会社の職でたとえると部長ってところかな。
確か、こっちの教会の位って、下から【侍祭】【助祭】【助祭長】【司祭】【司祭長】【主教】【補佐主教】【大主教】【枢機卿】【教皇】だったかな? あと助祭と同等で【修道士】がいるらしいけど、地球のキリスト教の修道士とは違って、どちらかというと、仏教でいうところの僧兵的なもののようだ。結婚可。でも他に【聖堂騎士団】なるものもあるというから、いまいち細かいところはわかんないんだよね。
やらかさないように、バレンシア様からこの辺りのことは教えてもらったんだよ。常識は必須ですよ。そういや、男神様のところは男性、女神様のところは女性が教会を構成しているとも聞いたな。
まぁ、それはさておき。見たところは二十代そこそこにみえるお姉さん。この年頃で主教ってことは、それだけの実力があったか、あるいは無視できない権力が働いたか、もしくはお金ってことだろう。
ガブリエル様も若いけれど、あの方は完全に実力だろうからなぁ。話してて思ったことは『絶対に喧嘩を売っちゃダメだ』ってことだし。
話してて普通に人のいいお姉さんに思えるって時点で、怖いことこの上ないよ。だって大主教様だからね。そこまでの地位に若くしてのし上がった人物が、凡人であるはずがないよ。絶対に妖怪か女狐のタイプだ。
でもこの目の前にいる主教さんは、ただのアホだ。
勇神教のあのクルクル髭を彷彿とさせるな。
「……もしかして、元貴族のお嬢様だったりとかしない?」
「あ、はい。詳しくは知りませんけど、伯爵家のご令嬢だったとか」
おぉう……。これあれだ。多分、やらかして、もう家に置いておけないと、教会に放り込まれたパターンだ。いわゆるお家の面汚し。なにやらかしたんだか。
まぁ、そんな不確定な部分で責めるつもりはないからいいか。そんなことをしたら、こっちがあっという間に手詰まりになって、ごり押し論破されちゃうからね。
まぁ、ここは、真っ向から馬鹿にしてさしあげましょう。
「魔法販売に関する責任者をお呼びとのことですが、何用でしょう?」
私はそのまま後ろから声をかけた。
「あら? なにあなた。随分と趣味の悪い仮面を着けているけど。あなたのような輩には用はないわよ」
あからさまに見下すような視線。
うん。清々しいまでに感じが悪いね。昔、良く浴びた視線だよ。あっはっは。
あぁ、気持ち悪い……。
「いえ、あなたのお呼びになった魔法販売の責任者のひとりですが」
「あなたみたいな子供が? まぁ、いいわ。あなたの持つ魔法に関するすべてを私に渡しなさい」
「お断りします」
私はにこやかに答えた。
彼女が眉を潜める。
「私の聞き違いかしら? 断ると聞こえたのだけれど」
「そちらこそ言葉が理解できないので? どうぞ、お帰りはこちらですよ」
それこそ芝居がかった調子で、優雅に礼拝堂の大扉を指し示す。
あ、顔色変わった。
「あなた、私が誰か分かっているの? いったいあなたになんの権限があるというのかしら?」
「アレカンドラ様からの命を受けた者としての権限ですがなにか?」
かくん、小首をかしげて見せる。
というかさ、ここは地神教が主体の教会でさ、月神教はいわば分社というような扱いなんだよ。ここの大親分はディルルルナ様。アンララー様の信徒であるあんたたちは分を弁えるべきなんだけどね。
しかもだ。責任者たるバレンシア様はもとより、ここの月神教の現状トップであるガブリエル様がいない時を狙ってのこの狼藉、自分のやってることわかってるのかしらね?
まさか魔法に関する資料やらなんやらをすべて掌握できれば、どうとでもなるとか、おめでたい事を考えてるわけじゃないよね?
……いや、まさにそんな感じの浅はかさだよね。まずいなこれ。道理が通じないと、まともな会話にならないんだけど。
あぁ、面倒臭い。
「アレカンドラ? 騙るのもいい加減になさいな。そんな教会もなく、いもしない神の命などあるわけがないでしょう。
とにかく、あなたが責任者なのね? 早く、魔法に関する資料、呪文書、技術書、すべてを渡しなさい!」
こいつ、アレカンドラ様を呼び捨てにしやがったよ。というか、教会の規模を権力の判断基準にしてないか? ってことは、完全に神を信じてないだろ。これだけ神が身近に存在しているのに信心がないって、ある意味凄いぞ。
「なるほど。つまり、アンララー様の信徒であるあなたの意見こそが最上であり、アレカンドラとか云う、御姿も伝わっていない、いるかどうかも分からないあばずれなんか知ったこっちゃないと、そういうわけですね、あなたは」
あ、たじろいだ。この程度でそんな反応するなら、端から神様もちだした挙句に否定して脅してくるなよ。
「あなた方に渡す物など、なにひとつありはしませんよ。さぁさ、お帰りはあちらですよ。どうぞお引き取りを」
再度、大扉を指し示す。
「ちっ。この娘を捕らえなさい! 話をすることができれば問題ないわ」
実力行使ですかい。またあからさまだな! 短絡過ぎでしょ。
っていうか、暗に手足を斬り落としていいって云いやがったよ、この女。なら、こっちも自重せずにやるよ。それも、穏便な方向は無しでだ。この手の輩に慈悲を掛けるのは、マイナスでしかないしね。
それじゃ、ちょっとのあいだ氷漬けにでも――
『我が聖堂を穢す者は誰ぞ』
礼拝堂内に、やや低めの、怒気を孕んだ女性の声が響き渡った。
正面の神像の前に光の柱が降り立ち、その中にひとりの女性の姿が現れた。
金色の髪、漆黒の角、真っ白のキトン、そして金色の瞳。
女神ディルルルナ様、その方だ。
突然の女神降臨に、ジョスリーヌをはじめ、皆がディルルルナ様に視線を向けた。そして、女神の圧倒的存在感に、みなが次々に跪き、頭を垂れていく。
そんな中、ジョスリーヌは呆然としたままディルルルナ様を眺めていた。
『ほぅ。アンララーの所の娘か。我が領域で、よくも我が母を侮辱する言葉を吐けたものだな』
ばん!
眩い光と破裂音。
お、おぉう。びっくりした。雷が落ちたよ。室内なのに。
さ、さすがは嵐を司る女神様ですね。
雷の落ちた先。それは護衛ふたりの持つハルバード。ふたりは雷の衝撃で弾け飛び、倒れたまま動かない。生きてはいるけれど、体が麻痺してまともに動けないみたいだ。眼だけがギョロギョロしてるよ。
……あれ? そういえば月神教は女性ばっかりの筈だよね? ならこの男ふたりはどっから連れてきたんだろ?
ま、どうでもいいか。それよりもディルルルナ様に挨拶をしないと。
私はジョスリーヌの隣をすいと通り抜けると、ディルルルナ様の前にまで行き、跪いた。
「お久しぶりにございます。ディルルルナ様」
『あぁ、キッカ殿。久しいな。いったいこれはどういう事か?』
「あー。簡単に申し上げますと、自己の欲に溺れた馬鹿な謀反人です」
こういう喋り方のディルルルナ様は新鮮だな。とはいえ、女神様の威厳っていうのもあるしね。
会議の時はみなさん素の喋りだったけど。あれはあれで、人間ひとりのことなんて、それこそ塵芥程度にしか思っていないという雰囲気がアリアリとでていたから、効果的だったと思ったけど。
というか、随分と簡単にでてきちゃいましたねディルルルナ様。
これはあれか、自分の庭先でアレカンドラ様が侮辱されたからか?
となると、あのお姉さん、髭より酷いことになりそう。
まぁ、ご愁傷さまだよ。同情はしないよ。自業自得だ。
『アンララー』
ディルルルナ様がアンララー様の名を呼ぶ。するとアンララー様の立像の前に光の柱が沸き上がったかと思うと、アンララー様が光の中に降臨した。
黒い髪、白い顔、真っ黒なドレス、そして深紅の瞳。
あぁ、うん。ディルルルナ様の降臨だけでも、礼拝堂内は半ばパニック染みていたのに、加えてアンララー様まで降臨とあって、いままで跪いていたみんなが腰を抜かしてへたり込んだり、失神したりしているよ。
大丈夫なの? これ。
そんな中。渦中のジョスリーヌはしっかりとしている様子。
いや、もしかしたら正気を無理矢理保たされているのかもしれないね。パニックになることも、失神することも許されない。
女神様直々の審判からは絶対に逃げられない。
『申し訳ありません、姉上。我が信徒がご無礼を』
『そんなことは構わぬ。それ以上に度し難いことがある』
『えぇ、確かに。処分は私が。これ以上、姉上の手を煩わせるわけには参りませぬ』
『……満足のいくものであろうな?』
『もちろんですとも、姉上』
アンララー様が立像の場所から、跪くジョスリーヌ主教の下へと歩を進める。その歩みに合わせ、邪魔となっている、行儀よく並んでいた長椅子とテーブルが、ガタガタと勝手に道を開けた。
『ジョスリーヌ。我が信徒。主教に名を連ねし愚か者。貴様に相応しい罰をくれてやろう。安心するがいい。この場で命を取るようなことはせぬ。姉上の神域をこれ以上穢す訳にはいかぬからな。
今日より一日に一度、貴様の下には我が粛清者が訪れる。一日が終わるまでに彼の者を見つけ出せ。あらゆる暗がりを警戒し、闇を恐怖せよ。さもなくば――』
容易く命を落とすぞ。
不意に耳元で囁かれたような言葉に、背筋がぞくりと震えた。
って、ララー姉様、演出凝り過ぎてませんか。
あ、ディルルルナ様、微妙に震えてる。あれ、笑いをこらえてませんかね。
うん。ディルルルナ様はまごうことなきドSだ。
というか、降臨しているものって、確か端末的なものだよね。パーソナリティをあまりに人間らしくし過ぎじゃないですかね?
『それと、斯様に無粋な得物を以て武威をひけらかし愚か者。貴様らにも同様の罰を与えよう』
それだけ云うと、アンララー様はディルルルナ様の下へと進む。その進む先にいた侍祭や助祭の娘たちが慌てて、這うように道を開けた。
『アンララー?』
『姉上、どれほど保つか、見物するとしましょう』
そうして二柱の女神様は姿を消した。
残されたのは私たちと、絶望を顔に張り付かせたジョスリーヌたち三名。
なんだか魂が抜けたみたいになってるけど、しっかりと自覚してもらいましょうかね。
「さて、なんでこんな有様になったのか、理解できますか? 主教様」
私は彼女の目の前に屈みこんで質問をした。
彼女はすっかり憔悴した表情で私を見上げた。
暫し待つものの、答えはない。
なんだよ、まったくの興冷めだ。
「身の程を弁えないからだよ、不信心者。神の罰に慈悲は無いよ。せいぜいじっくりと噛み締め、味わうことだね」
そういって私は仮面を外した。
うん、効果覿面。
まさか所属する組織の崇める女神様(正確には女神像)と、同じ顔が出てくるとは思わなかったんだろう。
彼女は泣き出してしまった。
……うん。初めてこの顔が役立ったとは思うんだけど、これ、どう収拾つけよう。泣く子と地頭には勝てないっていうけどさ。
あぁ、面倒臭い。
◆ ◇ ◆
あれからややあって、バレンシア様とガブリエル様が慌てたように戻って来た。
そして礼拝堂内の有様を見、三人組の姿を確認した後、なぜか私に事情説明を求めてきた。
なんで私なんですかね? 一応、私は教会組織においては部外者なんですが。
まぁ、説明しましたけども。
ガブリエル様は額に手を当て、眉間に皺を寄せ、まさに苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ジョスリーヌ、いったいなんということをしてくれたのです」
「私は――」
「喋るな。あなたの言など訊く必要はない。訊きたくもない」
目を瞑り、ひとつ息をつく。
「ジョスリーヌ。あなたの咎はラクール家にも及ぶものと知れ」
「そんな! これは私が独断で――」
「なにを云うか。あなたがラクール伯爵の命のもと、魔法に関する利権を掌握しようとしたのでしょう? まさか私が欠片も知らぬとでも? また随分と強引な方法でしたが、こんなことで上手く行くとでも思っていたのですか。
それに魔法は魔法。人の開発した技術ではなく、神よりの授かりものなのですよ。そのことは周知したはずですが、どうやらあなたはそれを信じることをしなかったようですね。さすが無神論者というべきでしょうか」
そこまでまくし立てるようにいうと、ガブリエル様は大仰にため息をついた。
「此度の事はヴァランティーヌ教皇猊下に報告します。すでに神御自ら罰を下されていますから、我らから罰を与えることはありません。ですが、今後、あなたは教会においてはいろいろと不自由することになるでしょう」
そういってガブリエル様は冷たい視線をジョスリーヌに突き刺した。
「さぁ、早くこの場から失せなさい。これ以上、地神教の神域を汚す事はまかりなりません」
◆ ◇ ◆
「はぁ。もう、本当に、本当に肝が冷えました。まさか怒声という形で神託をうけるなんて思ってもいませんでしたよ」
「まったくです。心臓が止まるかと思いました」
バレンシア様とガブリエル様はぐったりとしながら、椅子に座りこんでいた。
ここは礼拝堂奥にある休憩室。淹れられたハーブティーにはいまだ手を付けられず、ただ香りだけを室内に供給している。
ふむ、とりあえずお茶請けにクッキー……じゃないや、ボーロでも出しましょうかね。インベントリに小腹が空いた時の為に幾らか放り込んであるんだ。
ハンカチに包んである体を装って、テーブルの真ん中にそれを置いた。
うん。置いた途端にお茶の消費がはじまりましたよ。お菓子は偉大だね。
で、おふたりはというと、どうも会議中に神託を受けたようだ。それも怒声ということもあって、ふたりとも慌てて教会に戻ってきたとのこと。
……これ、ディルルルナ様とアンララー様、相当に腹に据えかねたんだな。大丈夫かな? ご機嫌取りというわけでもないけれど、なにか新作でお菓子でもつくろう。生クリーム擬きを作って、ベリーを具材にケーキでも作ろうか。
そんなことを決めた後、今回のことについて話しているおふたりに割り込んだ。
「思うんですけど、やらかした人物を教会で引き受けるのは考えた方がいいかもしれませんよ。特に貴族出身の人物は、癖があり過ぎるでしょうし、なにより悔い改めるなんてことはしませんよ。それどころか、現状から脱却するためなら、どんなことでもするんじゃないですか?
今回のことなんかいい例だと思いますけど」
「そういうわけにもいかないのですよ」
「教会としての義務のようなものですしね」
うーむ、よくわからないけど、犯罪者の更生機関みたいなこともしているのかな。とはいってもねぇ。
「一度、犯罪者の再犯の度合いを調べてみたらどうです? きっと頭を抱えたくなる結果がでると思いますよ。それらの資料をまとめて、国に出せば、適切な方策を立てると思いますけど」
「……結果が分かっているような口振りですが」
ガブリエル様が怪訝そうな顔で私を見ている。
「えぇ、まぁ。人間は救いがたいと、思い知る結果が――」
そこまで私が行った時、外が突然騒がしくなった。
カーン! カーン! カーン! と鐘を打ち鳴らす音が聞こえる。
え、火事!?
ん? バレンシア様とガブリエル様が青い顔をしてる。
「まさか、集団暴走?」
「確認しないと」
ふたりがバタバタと部屋を出、さらには礼拝堂からも飛び出した。
広場は完全に混乱し、人々が逃げまどっていた。
兵士が多数来ているが、避難誘導の助けにはなっていない。そもそも、そういった訓練などしたことがないに違いない。
今度、侯爵様に進言しよう、などと、私は呑気に考えていた。
多分、この目の前の光景に、少しばかり逃避していたのだろう。
「みんな走れ! 避難しろ! 家の中に入れ!」
兵士が喚きながら、出歩いていた人々に避難を促してている。
そして更に兵士はさけんだ。
「飛竜だ!」
その言葉に、私は空を見上げた。
誤字報告ありがとうございます。