63 ズルくないですか?
六月三日。
私はのんびり過ごそうと決めた。決めてから三日が経過したわけだけれど、のんびりすることと、暇をもて余すことは別だと思うの。
メインホールの大テーブルに突っ伏して、うーうー呻いている私はいったいなにをやっているんだろう?
傍から見たら鬱陶しいことこの上ないと思う。
収穫した素材はみんな薬にしてしまったし。おかげで大分錬金の技量も上がったけれど。確か、ゲームだとできる薬の価値で、技量の上り幅が決まっていたけれど、リアルだと薬の作成難度で決まるみたいだ。
まぁ、当たり前のことだね。二種類の素材から薬を作るより、三種類の素材を使う方が難度が上。もっとも全部が全部そういうわけではないけれど。ゲームでは金策兼技量稼ぎだったレシピは、リアルでも有用みたいだ。いや、ゲーム以上だよね。技量が上がること上がること。
技量が七十を突破して、実際、リアルだと訳の分からない技能を習得しましたよ。
【緑の親指】。海外での、『園芸上手』な人に対する代名詞、だっけ? その名を冠する技能だ。私が収穫すると、収穫量が増えるんだよ。
……いや、収穫量が増えるって、増えた分はどっからでてきたのよ。
だって、木に一個だけ生ってる林檎をもいだら、なぜか手の中には林檎がみっつ、なんてことになるんだよ、この技能。
わけがわからないよ。
必ず増えるというわけではないみたいだけれど、それでも温室でベリーを収穫したら、凄い量になって自分でドン引きしたもの。
あ、収穫と云えば、このあいだ植えた、このあたりでは絶対に栽培できないアレも収穫できた。
なのでさっそく加工? したよ。
壜に酒精の強いお酒……えーとアクアビットっていったかな? お芋からつくる蒸留酒を入れて、そこに鞘を割いた豆を入れて蓋をする。
この壜、地味にこっちだとオーパーツだから、持ち出されたりしないようにしないとね。金属製のくるくる回して締める蓋なんてないし。
なにを作ってるのかというと、バニラエッセンス。やっぱりお菓子には欠かせないからね。かといって、バニラビーンズなんて本当なら手に入らないし。
ナルキジャ様から授かった神器様様ですよ。
完成は三ヵ月後、先は長いな。
あ、味噌の下準備として、麹菌の培養も始めたんだっけ。うん、菌類も例の植物図鑑部分からサンプルを取り寄せできたからね。
……菌も植物扱いなのはちょっと疑問だけれど。でもキノコが載ってたからね。なら菌類も載っているんじゃないかと。
うん、あった。ただ、とんでもないものもあったけどね。絶対に取り寄せたりしないけど。コレラだの天然痘だの炭疽菌だの。
まぁ、麹菌に関してはこっちにもいることは確認できてるんだけど、捕まえるの面倒だから、神器――植物図鑑に頼りましたよ。
ん? 見えないものをどうやっているのかを確認したのかって? 【道標】さんが反応したんだよ。
ここにきてやっと【道標】さんの仕様がある程度分かったよ。
まず、不特定多数のモノ。これを探索させると、もっとも近い場所を示してくれる。もちろん、その探索するモノがなにか分かっていないとダメ。
で、特定個数のモノ。これは明確に探索するモノを知っていないと反応しない。だから、特定個人の名前だけ分かっていても、姿形が不明であると探索できない。
例の召喚アイテムが反応しないのは、このせいだね。あれ、一個一個形が違うっていうし。現状、神様に封じられたのはふたつ。捻じくれた木の枝の球と水晶の宝珠。ほかの召喚アイテムはどんな形をしているんだか。
闇雲に探しても無駄だから現状は放置しているけど、いずれ探す方法を考えた方がいいのかなぁ。いや、ララー姉様が商会という名目で、探索組織を作っていたのに、いまだに見つからないんだから、私如きが頑張ってもたかが知れてるよね。
餅は餅屋。プロに任せましょう。
あー、修行が一段落しちゃったら、本当にやることがないなー。
鍛冶関連は、錬金の技量が百になるまでやる気ないし。耐火装備作らないとやってられないよ。あと、なんとか【魔氷】でアクセを作らないと。耐火装備で防げるのは熱さで、暑さじゃないからね。
服に縫い付けでもすれば、ひんやりするかな? いや、下手すると風邪ひきそうだね。まぁ、いろいろ工夫しよう。
そうそう。装備。装備箇所。リアルだと圧倒的に増える。重ね着とかできるし、装身具も指輪と首飾りだけじゃなく、イヤリングやピアス。バングルにブレスレット。アームレットにアンクレット。あ、ベルトのバックルもあるね。って、これは装身具じゃないか。
あぁ、あともうひとつ、チョーカーっていうのがあるか。私は絶対に着けられないけど。首にまつわりつくモノがダメだからね。タートルネックはもちろんのこと、マフラーもダメ。首飾りは、まぁ、なんとか大丈夫だけれど。
だから学校の制服がかなり辛かったんだよね。いや、ネクタイだったからさ。
これ、私が赤ん坊の時にでも、首を絞められたりとかしたんですかね?
……まぁ、いまさらどうでもいいや。
それよりも装備だ。
鎧を身に着けるとなると、着けられる装身具は指輪、首飾り、ピアスくらいになるかな? バングルならぴっちりしてるから着けられるかな? 軽装鎧ならアームレットもなんとか。となると、最大いくつだろ?
装身具だけで十はいける。指輪六つなら十二。そこに鎧の四部位になるから、十六。これ全部に付術したら、とんでもないことになりそう。あ、兜をフードにすれば、サークレットも着けられるね。さらに一個追加。
おぉう、装備を身に付けるだけで凡人を超人にできそうですよ。
というか、魔法系統二種どころか三種ぐらい、消費魔力ゼロにできそう。
とりあえず、攻撃魔法の消費魔力ゼロは必須だ。なにしろ、装備している武器の消費魔力もゼロにするからね。そして私の主武装となる眩惑魔法。あとひとつは回復か召喚かなぁ。
って、そうだよ。アクセでも作ってればよかったんじゃん。
……指輪でも作るか。台座を作るのが難しそうだけど、シンプルなシルバーリングとかなら楽だしね。
あぁ、そうか、針金状にしたのを斜めに三重に巻いて彫金すれば、そこそこ見栄えのいい指輪が簡単にできそう。こっちで見たことあるのは、普通の輪っかの指輪ばっかりだったし。目新しく思われるんじゃないかな。
いや、それとも出来損ないと思われるか……。まぁ、自分で使うんだから、気にしなきゃいいのよ。要は私が満足できるか否かだけだ。
よし。
「指輪つくろ」
むくりと起き上がる。
「あらぁ、やっと復活したわねぇ」
「あはは、なんだかいろいろと下手ですよねぇ、私」
「はい、お茶をどぉぞ」
ララー姉様が私の前にマグカップを置く。一応、ティーカップとかもあるけれど、基本的にリスリお嬢様が来た時にくらいしか使わない。
マグカップの方が量が入るし、私的にはこっちのほうが気楽だ。
お茶請けはパウンドケーキ。今回のは果物じゃなくて人参が入ってるね。これもある意味、キャロットケーキと呼べるのかな?
……普通に美味しいな。むぅ。これなら豆とかをいれてもおいしそうね。そういえば、甘納豆とか豆だし、白あんも豆を使うか。あぁ、お兄ちゃんは豆大福が好物だったっけ。
「ところでキッカちゃん。台所の棚に置いてあるあの壜はなぁに? なんだか黒くて細長いものを漬けてあるけれど」
「あぁ、あれは……香料でいいのかな? お菓子用の素材ですよ」
うぉっ!? ララー姉様の目の色が変わった!?
「それはどういうものかしらぁ?」
ずずい、っと、ララー姉様が身を乗り出す。
「いや、どういうものかと訊かれましても」
アレ、どう説明したらいいんだろ? 個人的にはお菓子には必須って感じだけれど。
市販のホットケーキの粉にはあらかじめ入ってたと思うし。
「説明し難いです。洋菓子にはほとんど必須みたいなものでしたし」
「気になるわねぇ」
いや、そんな、ぢぃ、って見つめないでくださいよ。
「どうしたんです? なんだか今日は随分と食いついてますけど」
「昨日、お母様たちとお茶会をしたのねぇ。その時にパウンドケーキとか持って行ったんだけど、そうしたらお母様に凄い勢いで食文化促進を命じられてねぇ」
うーん……今回の召喚で、地球の文化を知った弊害? かな?
「でもアレカンドラ様って、銀河管理をしてるんですよね? ほかにも文明を持った星はあるでしょうし、そっちの食文化とかは参考にできないんですか?」
「それが参考にならないのよねぇ。食材が違い過ぎるし、それ以上に味覚もねぇ……」
あぁ、なるほど。そりゃ参考にならないわ。
それで地球のお菓子関連が好評と。
ここは一応、並行世界の地球らしいし。もっとも、地球が生まれる以前に分岐した時間軸の世界らしいけど。
私がいまいる北方大陸は、いわゆる北米大陸っぽいんだよね。地図を見た限りだと、形状は全然違うけど。南方大陸とのつながりをみると、北米と南米って感じなんだよ。
で、北方の国があるのは、位置的にはメキシコあたり? メキシコ湾の部分も陸地にすれば、多少は似たような感じになるかな。まぁ、緯度的にはメキシコよりちょっと上だけど。
アメリカはすべて森林帯ってところだね。そっから先はどうなってるのかは知らない。さすがにそんな遠くまで探検にはいけないよ。
「んー。やっぱり気になるわねぇ。ちょぉっと、ズルしちゃうわねぇ」
「はい?」
悪戯っ子みたいな笑みを浮かべたと思うと、ララー姉様は台所からバニラビーンズを漬け込んだ壜を取って来た。
「あの、どうするんです?」
「少しばかり経過を進めるのよぉ。どのくらい漬け込む予定だったの?」
「三ヵ月くらいですけど」
「ふむ。それじゃ切りのいいところで、百日進めましょう」
リズムを取るようにララー姉様が指を左右にチクタクと振ると、壜の中の透明だったお酒が、琥珀色へと変わっていく。そしてゆっくりと、最終的には褐色と云えるくらいに濃い色に変化した。
例えとしてはどうかと思うけど、薄めた消毒薬みたいな色。
あぁ、いや、あれは褐色っぽいけど、どちらかというと黄色だったね。
「……ズルくないですか?」
「ズルいわねぇ。でもここで使うだけだからねぇ。この漬け込んである……種? は、こっちでも育てられるのかしらぁ?」
「暑い地域じゃないと育たないって聞きましたけど。……え、流出させるんですか?」
「いいんじゃない? ダンジョンからもいろいろと出て来てるわけだし、生態系に関しては、もうこの星は混沌そのものといっていいわよぉ」
いや、ケラケラ笑ってていいんですか、女神様。まぁ、確かにそうですし、どうにもならないんでしょうけど。他称魔王様をどうにもできませんからね。
「まぁ、いまさらだしねぇ。それに、ダンジョンを創ったかつての管理者って、どうもキッカちゃんのいた時間軸系の元人間らしいしねぇ。それもタイムスリップで過去に落っこちて非業の死を遂げた。不思議に思わなかった? ここの度量単位はキッカちゃんには慣れ親しんだものになってるでしょう?」
えぇ……言葉もでませんよ。どう反応したらいいのよ、これ。
いや、度量単位に関しては、まぁ、なんとなく関係してるんだろうなぁ、とは思ってたけれど。ダンジョンについても、なんだかRPG黎明期の、アイテム蒐集系のダンジョン探索ゲーを思わされましたしね。
いや、ララー姉様、こんな爆弾発言的なことを云って置いて、嬉々としながら壜を開けないでくださいよ。本当にどう反応したらいいのか、さすがにわかりませんよ。
絶賛、困惑中ですよ、私は。
「わぁ、いい香りするのねぇ。……香水とかにも使えそうねぇ」
「実は、リスリお嬢様に付けてみようかと思ってました。まぁ、かなり甘ったるい香りですから、下手につけると匂い酔いしそうですけど」
ララー姉様が慎重に蓋を閉める。
「どのくらいの量を使うのかしらぁ?」
「少量ですよ。パウンドケーキならそれこそ二、三滴ってところです」
「ふむ、ちょっと作ってみようかしらねぇ」
あ、パウンドケーキで思い出した。型をつくって、食パン作ろうかと思ってたんだ。まだ酵母は作ってないから、重曹で代用するつもりだけど。
膨らみゃいいんだよ! の精神で作るつもりだけど、大丈夫かな?
後で酵母を仕込んどこう。壜にリンゴと水を入れて放置しとけばいいだけだし。
ドンドンドンドン!
「うわっ!?」
「あらぁ、また乱暴なノックねぇ」
顔を顰めつつ、私は玄関にまでいくと、突っ掛けに履き替えて土間に降り、扉を開いた。
ちなみに、この突っ掛けは私の自作だ。
扉を開けると、そこにいたのは先日見た侍祭の女の子だった。女の子といっても、背丈は私と同じくらいあるけれど。
……なんだかいまにも泣きそうな顔をしているんですが。
えぇ、なにが起きたの? 厄介ごとは嫌なんですけど。
「こんにちは。どうしたの?」
とりあえず話を訊こう。知らない人というわけじゃないし。
「き、きききキッカ様! すいません、教会まで来ていただけませんか? 魔法販売に関してトラブルが起きてしまって」
「え、バレンシア様とガブリエル様はどうしたの?」
「おふたりとも、今はイリアルテ家に――」
あぁ、会議か報告会か、魔法販売のテストケースみたいな状況だものね、今は。
まぁ、仕方ないか。
「ちょっと待って、すぐ出かける準備をするから」
「はい、お願いします」
侍祭の子を玄関に残し、私はメインホールに戻るとお出かけ用の装備に手早く着替えた。
インベントリを使っての着替えだから、それこそゲームでの装備変更と同様に一瞬の早変わりだ。
あとはテーブルに置いてある仮面を着けるだけだ。
「キッカちゃん、ちょっといーい?」
「なんでしょう? ララー姉様」
「今日はとっても忙しくなるわよぉ」
「はい?」
「私は都合、手伝えないからねぇ。あ、教会の方のトラブルは、呼んでもらっても問題ないわよぉ」
「あ、はい」
え?
こうして私は困惑しながらも、仮面を着けると侍祭の子と一緒に家を出たのです。
にこやかに手を振り振りするララー姉様に見送られて。
誤字報告ありがとうございます。