62 今後はのんびりやっていこう
「思ってたより多いね」
付術リストを見たダグマル姐さんが誰ともなく呟いた。
「もし素材にしていい武器なり防具なりあるなら、いま付術していきますよ」
「あぁ、廃棄品は準備してあるよ。ただ、武器の方は足りるけど、防具と装身具のほうは足りないね」
「それじゃ、武器だけ付術していきますね」
そう云って私は付術台のところへいくと、その上に極小、ビー玉サイズの魔石を十二個置いた。もちろん、ポシェットからだした振りをして。
仮面もこんな感じで、さっき出して被ったよ。予備を作っておいてよかった。こっちにはまだなんにも付術はしてないんだけどね。
ややあって、ダグマル姐さんが木箱を持ってきた。木箱には酷いことになっている武器が無造作に放り込まれていた。
「刀身の折れた小剣に、補修されまくった短弓。刃の真ん中が大きく欠けた斧……」
「また酷い代物ばかりですね」
「知り合いの工房から集めてきたんだ。なんに使うんだよって、胡散臭い目で見られたけどな」
いや、おじさん、笑いごとでいいの? それ。
「あの、キッカ様? このような武器でよろしいのですか?」
「ん? あぁ、どうせ分解してしまいますから、これで十分なんですよ」
「分解……ですか?」
「見ていれば分かりますよ。それじゃ付術していきますので、ダグマル姐さん、右から順に武器を渡してください。
あ、おじさんは左に。できた武器を渡すから」
ゼッペルさんとダグマル姐さんにお手伝いをお願いする。
「なんでゼッペル師にはお友達みたいな口調なんでしょう?」
「ちょっと羨ましいですね」
リリアナさんとリスリお嬢様の会話が聞こえてきた。
そういえばなんでだろ? なんでか職人のおじさんとかとは仲良くなれるんだよね。近所に住んでた陶芸家のじっちゃんとも仲良かったし。
と、それよりも付術をやっていかないとね。
武器用の付術は十二種類。防具と装身具の付術は二十六種類。
今回は武器だけ付術していく。
【炎】【氷】【雷】【体力吸収】【魔力吸収】【スタミナ吸収】【魔力打撃】【スタミナ打撃】【恐怖】【狩人の業前】【不死怪物退散】【月映えの刃】の計十二種類。
右から武器を渡され、付術を、ばぢん! とやって、出来た物を左へ。
そんな流れ作業で、二分と掛からずに付術は完了。
次いでダグマル姐さんができたばかりの魔法の我楽多武器を分解し、掛けられた付術用の魔法を習得していく。
「斧が消えちゃいましたよ!?」
「呪文書が消えるのと同じようなものですよ。ああやって、付術用の魔法を覚えるんですよ」
「……一番最初にそれを覚えた人は、どうやったのでしょう?」
リスリお嬢様、そこに気が付きましたか。そのへんの設定は分からないんだよね。でもここはリアルだし、ゲームとは関係ない。なので――
「神様からの授かりものですから」
これが事実。というか、この世界での付術を行った最初の人は私ですからね。少なくともこの形式での魔法の武具の作成に関しては。
納得いったのかいかないのか、リスリお嬢様は微妙なお顔。
「キッカちゃん、この【月映えの刃】っていうのはなんだい?」
あぁ、ダグマル姐さん、それを訊きますか。
「浪漫溢るる付術ですよ。月夜の晩にのみ、魔法の効果を発揮する炎の魔剣です。
夜のみの制限がついているので、実用性は凄く低いですよ」
「制限が付いてるなら、強力だったりするんじゃないのかい?」
「いえ、ぜんぜん、さっぱり。【炎】の付術と変わりないです」
そんな残念そうな顔をしないでくださいよ。
「でも面白そうですね」
「名前だけは、なんというか、恰好良い? ですからね。多分、この付術を行った剣なんかは、【月映えの剣】という名称で鑑定されるんじゃないですかね」
「贈答品には良さそうですね。ただ、量産されると価値が欠片もなくなりますが」
リリアナさんの言葉に、思わずクスクスと笑みがこぼれる。考えることは一緒だね。
「実用性を考えると作る気になれないね。まぁ、現状は刀剣鍛冶を本職にするつもりもないから、魔法の武器を作ることはそうはないだろうけど」
「実際、使ってみないと解らないものもありますからね。
それじゃ、今日はこれから組合と教会をまわらなくちゃならないので、これで失礼しますね。
あ、おじさん。これ、例の作業台の図面ね」
杖付術台の図面、やっと貰えたんだよ。どうにも現状の技術レベルだと作るのが困難だったらしくて、常盤お兄さんが苦心して、どうにか改良したみたい。
今度、逢うことができたときには、できうる限りのサービスをせねば。
ゼッペルさんに図面を渡し、呪文合成台をふたつ受け取った私たちは再び馬車へ。
組合はここからすぐ近くだけれど、だからと云って荷物を担いで歩くわけにもいかない。私ひとりならともかく、リスリお嬢様がいることだし。
組合は丁度込み合い始める時間ともあって、簡単に説明をして荷物と呪文合成台を置いてきた。
邪魔をするわけにはいかないからね。
誰が呪文書作成担当になるかは知らないけれど、ひとまず実演はしてきたよ。
【堅木の皮膚】の呪文書を作ってみせて、簡単に説明。サミュエルさんが指輪の山を見て顔を引き攣らせていたけれど、私は見ていないことにするよ。
大丈夫。あれは魔法の指輪としては粗悪品。木製指輪としては優良品なだけだから。
組合にはちょくちょく顔を出すから、疑問点があったら、その時に訊かれるだろう。
ということで、そそくさと用事を終えて、ある意味本番となる教会。
組合と違って、各教派? って云っていいのかな? での兼ね合いとか色々あるからね。一応、月神教が主導ということになるけれど、販売の中心地が現状だと地神教の教会となるからね。
宗教戦争とかごめんですよ。それに巻き込まれるのはもっとごめんです。
まぁ、あの勇神教の髭がみせしめ的に神罰喰らってるから、大丈夫だとは思うけど。
……あの髭、神罰喰らってまともに生活できてるのかしらね?
どうもライオン丸はお仕事が大雑把に思えてならないんだけれど。
……いまだに時々ライオン丸って勝手に頭の中で呼んでるけど、神様に対して不敬もいいとこだね。ちゃんと改めないと。
でも妙にしっくりしちゃってるんだよねぇ。
と、教会に着いたね。
「ラミロさん、ありがとうございます」
御者のラミロさんにお礼。教会での用が終わったら、私はそのままお家に歩いて帰るからね。教会のお向かいだし。
私が呪文合成台を持ち、リリアナさんが呪文書の入った木箱を抱える。木箱は重そうにみえるけれど、実質、木箱のみの重さだからさほどでもない。
呪文書は重量が無いからね。いや、測ってないから断言はできないけど、有って無いようなものだ。
リスリお嬢様が自分だけ何も持っていないのが不満だったのか、指輪の入った小箱を持っている。
立場的には持たせちゃダメだと思うんだけれど、本人の希望だからなぁ。
まぁ、重いものでもないし。
教会、礼拝堂の大きな扉を押し開けると、丁度、行儀よく並んでいるテーブルの拭き掃除をしている侍祭の女の子と目が合った。
茶髪にそばかすの女の子。パウンドケーキを幸せそうに食べてたのを覚えてるよ。ああいう顔を見ちゃうと、また差し入れしようとか思っちゃうんだよねぇ。
そうだ。どら焼きを作れるようになったんだから、今度はどら焼きを持って来よう。
「キッカ様! お久しぶりです。今日はどんなご用でしょう?」
「販売用の呪文書を持ってきました」
「じゅ、じゅじゅじゅ呪文書ですか!? どどど、どうしましょう!?」
「バレンシア様をお呼びいただいても?」
「は、はい! 少々お待ちください!」
女の子はバタバタと奥へと走って行った。
「私のことに気が付いてませんでした」
「まぁ、キッカ様がいますからね」
リスリお嬢様とリリアナさんの会話。
もう私は、教会での私に対する扱いに関しては諦めましたよ。
変に担ぎ上げられたりしなければいいや。
ややあって、バレンシア様が慌てたように礼拝堂に入って来た。それに続いて、黒い法衣の女性も。って、ガブリエル様だ。本格的にこっちに配属になったのかな? いや、でも月神教の第三位の人が地神教が国教の国に常駐ってどうなの?
「キッカ様、おいで頂きありがとうございます」
「こんにちは、キッカ様」
「はい、先日ぶりですね。今日は呪文書の納品にきました。あと、呪文書作成用の作業台を持ってきました」
そういって私は足元に置いてある箱を指差した。
「まず、呪文書は一種類ずつ、どなたかに覚えてもらってください。複数人に分けても、ひとりに集中しても構いませんが。
今後は、その魔法を覚えた方に、呪文書の作成をお願いします」
私はそう云うと、呪文書の作成手順を説明し、とある呪文書を二冊、実践してみせた。
作った呪文書は【治療】と【加療】。他者を回復させる魔法だ。
【治療】は見習級の魔法で、集中しているあいだ発動し続けるタイプだ。
えーと、秒間二十五ポイントずつ消費するんだったかな? 魔力消費が高い。
そして【加療】は一定量の魔力を消費して発動する。消費魔力は八十ポイント。
コスパ的には【加療】の方が良いんだけど、どっちも消費が大きいからね。さして差はないといっていいだろう。私みたいに魔力が千超えしてれば別だけど。
「こんな感じで呪文書は作成できます。ただ、呪文書は開いた時点で、開いた者の頭に刻まれてしまいますので、取り扱いには注意をしてくださいね。ついうっかりで、魔法を覚えかねないので。一応、対策としてバンドで縛ってきましたけれど、バンドは最低限の数しかないので、販売後回収してください」
うん。必要数とはいったけど、四十本しかないからね。組合と教会にそれぞれ二十本ずつだ。
「お二方、ちょっとこちらに」
そういって、バレンシア様とガブリエル様のふたりと、礼拝堂の隅の方へ移動し、いましがたこの二冊をお二方に渡しておく。
「他者の怪我を治す魔法、ですか」
「そうです。非売品という形でお願いします。できましたら、教会内でのみ普及させてください。多分これ、危険な魔法といっていいと思いますから」
「危険、ですか?」
「とても有用なように思えますが」
ふたりとも不思議そうな顔をする。
正直、回復魔法はある意味、回復薬より厄介なんだよ。使って消えるってことがないから。
「えぇ、有用すぎるんですよ。戦争などでは、死なない限りいくらでも兵士を回復させて、簡単に戦場に送り返すことができます。それに、これがあまりに普及すると、医療技術が伸びなくなります。最悪、衰退します。それはよろしいとはいえませんよ」
ヒソヒソと話す。
戦争云々はともかく、医療技術に問題が起こるのは望むところではないからね。
……というか、なんでふたりとも顔を引き攣らせてるんだろ?
「とはいえ、事故などで命を落としかけている人を、ただ指をくわえて見ているしかないというのも、嫌ですからね。
なので、これの扱いは教会の判断にお任せしますが、普及させることは避けてください。
【神の奇跡】と云って人々を癒すことには、まったく問題ありませんし。事実、魔法は神様からの授かりもので、奇跡のようなものですしね」
「病気を治す魔法はないのですか?」
ガブリエル様が問うた。
うん。訊かれると思っていたよ。
「あります。ありますが、自身の病を治す魔法しかありません。なので、こちらは薬で対処して頂くのがよいかと」
先日、いくらか渡したしね。魔法を合成すれば、他者の病気を治す魔法も作れるけど、多分、実用的じゃなさそうなんだよねぇ。消費魔力的に。
「それでガブリエル様。魔法の販売の直接的な窓口は月神教になるわけですが、問題はありませんか?」
「えぇ、問題ありません。当面は私がこちらで担当いたします」
おぉう、大主教様自ら販売窓口とな。というか、買いに来た人恐縮しちゃうんじゃないかな。
……まぁ、変に値切ろうとかする輩はでなくなると思うけど。
「当面の呪文書作成担当は?」
「それも私が。見たところ、指導するほどのことでもないのでしょうが、立場的に上の者が行った方が、いろいろと問題もありませんしね」
あぁ、位が下の人が上の人にっていうのは、確かに。
「それでは、この二冊はいま身に付けてしまってください。それから練習がてらその呪文書を作っていただいて、それをバレンシア様に」
「わかりました。ところでキッカ様、勇神教へは?」
「あぁ……」
勇神教、いまガタガタしてるらしいね。まぁ、あんなことになったからね。
「落ち着くまでは放置しておいていいんじゃないですか? それに、今渡すとまた戦争がどうのってなりそうですよ。あの王様、残念な人のようですし」
王太子はまともそうだったのになぁ。
って、お二方、なんでそんな冷めたような目で見てるんですかね?
「スパルタコ二世をご存じなのですか?」
あ。
やっちゃったよ。私は会ったことなんてないことになってるんだった。
「知っているというか、見たことがあるだけですよ。なんというか、薄っぺらな人に見えましたけど」
「薄っぺら……」
「確かに、あの御仁は子供みたいな方でしたからね。それも悪い意味で」
ガブリエル様、辛辣ですね。
「では、どうしましょうか? 呪文書を各教会に送るのは、いささか危険では?」
「そうですね。魔法を担当する方にこちらに来ていただく方が、安全でしょう。経費の面でも、安上がりになりますし。もちろん勇神教は除いて」
「えぇ、勿論ですとも。ではさっそく、書状を送るとしましょう」
「確か、ラドミール殿は【アリリオ】に潜ってるということですが」
え、あの審神教のおじさん、なにやってんの。
いや、いかにもバイキングな感じのおじさんだったけどさ。たしか大主教だったよね?
立場ある人がそんなことして、危ないだけじゃ……。
いや、あの人も南方人だから、なにかしらの能力は持ってるのかな? とはいえ、なんでダンジョン攻略なんてやってるんだろ?
「あぁ、あの御仁は……」
「【アリリオ】の宿場の視察という名目で、ダンジョン探索をしているそうですよ」
「あぁ、まったく、あの御仁は、本当に……」
このバレンシア様の嘆きよう。
……ラドミール様、結構やらかしてるのかな?
「まぁ、仕方ありません。誰か【アリリオ】にやって、捕まえることができるかやってみましょう」
「それがいいでしょうね」
「えぇと、問題ありませんか?」
とりあえず訊いてみる。
「えぇ、大丈夫ですよ、キッカ様。いつものことです。
では、私も呪文書作成をやってみます。手ほどきをお願いできますか?」
そう云って、ガブリエル様は魔法を習得すべく、【治療】の呪文書を開いた。
◆ ◇ ◆
お家に戻ってきましたよ。
お嬢様方とは軽くお話しして、本日はもうお帰りになりました。
ひとまず呪文書に関しては、私はこれで終了。
ガブリエル様に魔法のレクチャーをして、呪文書を作成するところをみていたんだけれど、その間にリスリお嬢様がバレンシア様となにかしら話をしていたね。
なんとなく、商売の話をしているようにしか思えなかったけど。
リスリお嬢様、中途半端に商売っ気があるからなぁ。
ぐるぐるとお玉で鍋の中身をまぜつつ、ぼんやりとそんなことを考える。
本日の夕飯は……クリームシチュー? ホワイトシチューとどっちが正しい名称なんだろ?
どうでもいいことが頭に浮かぶ。
芋、人参、リーキ、キャベツと、おおよそ定番から外れた野菜も放り込んであるシチュー。肉はもちろん有り余っている兎肉だ。
本来なら、ジャガイモ、人参、玉ねぎ、セロリに鶏肉で作っていたシチューだ。
地球がこっちと同じくらいの文明レベルの頃は、食糧事情はかなり悪かった筈だ。だがこっちでは、かなり、とまではいかないものの、余裕はあるようだ。
なので、飢餓に怯えることはない。ということは、いわゆる“口減らし”ということがない。
まぁ、その代わりに魔物による災害がそれなりの頻度で起こっているため、人口の増加は微々たるもののようだ。
まぁ、ゾンビなんて、あの有様じゃまともに安全に対処できないよね。
むしろ、よくパンデミックとか起こさなかったな。
テスカセベルムからの道中であった、ゾンビとの戦いを思い出す。
基本的にのったりした動きだったけど、火が点いたら途端に昨今のゾンビ映画よろしく駆けずり回ってたからね。あんなもんまともに相手にできないよ。
感染することを考えると、脅威の塊でしかないな。
それを四肢切断の上、焼却するのが基本っていうんだから。
多少は魔法で楽になればいいんだけれどねぇ。
ま、どう魔法が広がっていくかは、私の知ったこっちゃないか。
無節操にバラまかれてもいいように、厄介な魔法は出してないしね。
これでアレカンドラ様のお願いは、ひとまず完了と見ていいかな。
あとは……。
あぁ、あのリスリお嬢様関連というか、イリアルテ家の貴族間トラブルか。
なんのかんので、イリアルテ家には後ろ盾になってもらってるし、リスリお嬢様のことは、珍しく私が好意を持ってるかならなぁ。
できうる限りにはお守りしましょうかね。
小皿にお芋をよそい、箸を突き刺してみる。
さしたる抵抗もなく、箸はお芋を貫いた。
よし、シチュー完成。
今日はお嬢様方はもう帰っているし、ララー姉様とふたりで食事ですよ。
ここしばらくはバタバタしてたし、今後はのんびりやっていこう。
そんなことを考えつつも、どうせ私の事だから、またぞろ何かしらに熱中し始めるんだと思い、ひとり苦笑していたのでした。
誤字報告ありがとうございます。