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61 呪文書を納品しに行こう


 やー、頑張りましたよ。調子に乗ってほぼ丸一日の間、熊と戯れていましたよ。もう嫌だと逃げようとする熊を、魔法で闘争心を煽って無理矢理戦闘を続行させるという荒業で、えーと……二十時間ぐらい? 不眠不休で殴られてきましたよ。


 痛い思いをしただけあって、重装鎧の技量が目標の七十をなんとか突破しましたよ。七十になると、装備した重装鎧の重量をなかったことにできるのだ。


 ……正直、訳の分からん技能だよね。なぜこうも物理法則を簡単に無視するのか。さすがに『~のような気がする』では重量は無視できないと思うの。


 まぁ、いいや。これで重装鎧をお洋服気分で装備できますよ。次は軽装鎧の技量を上げないとね。


 で、修行に協力いただいた熊さんには、お礼としてお空を飛んでいただきました。恐らく、そんな経験をできる熊なんてそうはいないでしょうから、きっと、この世の最後の良い思い出になったと思います。


 いや、修行のためとはいえ、本当に痛かったんだよ。いくら私がドMだからって、熊に殴られて喜ぶような変態じゃないやい!


 帰ってから鎧を脱いだら酷いことになってたからね。いや、怪我はその都度魔法で治してたけれど、出血は消える訳じゃないからね。


 組合のみなさん、ドン引きしてたんじゃないかな。

 なんか大騒ぎになったし。


 私がしれっとしてたから、凄い困惑してたけど。

 解体場のおじさんは気にもしてなかったんだけどな。なんでだろ?


 まぁ、鎧の各部の隙間から、血の流れたあとがそこかしこにあったからね。どこからどうみても、死闘を生き延びてきましたみたいな有様だったんだよ。


 ひとまず脱いだ鎧を鎧掛けに掛けてみて、自分で引いたもん。


 なんか、思った以上に出血してたんだね、私。


 殴られた拍子に口の中を歯で切っちゃったみたいで、むせて血を噴いたりしたから。鼻血もでてたし。


 体の方は打撲程度で、皮膚が裂けたりはしてなかったけれど。

 あぁ、怪我はもう治ってるよ。殴られる端から回復魔法かけまくってたから。


 ただ、熊を担いで帰る時に、血抜きするのを忘れてたのがしくじったかなぁ。兜の所から漏れ出した血は紛れもなく私のだけれど、鎧に流れてこびりついたのは熊の血だからね。


 綺麗に首が折れて、口からだらだら血を流してたみたいだ。あと、どっか折れた骨が皮膚を突き破ってたみたいで、背中も血塗れになってたんだよね。


 いや、ゲームでよくやってた熊やトロールの倒し方を実践してみたんだよ。丘とかの天辺から言音魔法で発射するの。


 ひゅー、どすん、ごろごろごろ。死亡。


 って感じで倒せるから、すっごい楽だったんだよ。……リアルでも楽だったね。

 重い生き物にとっては、重力は最大の敵だね。

 まぁ、人間だって二階程度の高さから落ちても死ぬときは死ぬしね。


 そんなわけで、目の前に見た目だけは血で酷いことになっている私の鎧。


 組合事務所での騒ぎを思い出し、苦笑しつつおもむろに【清浄】の魔法を鎧に掛ける私。次、どんな顔して組合にいこう。


 あぁ、仮面着けるから問題ないか。


 ははは。


 いや、そういう問題じゃないよ。


 明日か明後日あたりに呪文書を持って行かないといけないんだよ。それと、誰かを呪文書作成役に決めてもらわないといけないし。


 呪文書も各十冊ずつ準備完了。おまけの指輪も問題なし。呪文書を留めるバンドもなんとか揃えた。……うん、過不足はないね。明日あたり、ゼッペルさんのところから呪文合成台を受け取ってきて、教会と組合に運んでしまおう。


 こういうことは、思い立った時にやらないと、私の事だ、後回しにしてそのままズルズル放置しかねない。


 ……あぁ、行きにくい。


 まぁ、やっちゃったものはどうにもならない。


 それぞれ箱に詰めとこ。


 組合が七十冊。教会が八十冊。いざインベントリから出すと多いなー。

 箱は外れ岩塩の入ってた箱を使おう。丁度いい大きさのがないからね。中の外れ岩塩はインベントリに入れて置けばいいし。


 指輪は半分に分けて二百五十個ずつ。


 そういや調子に乗って造ってたけど、これ、リスリお嬢様に怒られたりしないよね? 技量の修行には必要だったわけだし。

 とはいっても、鎧の魔法のこと話したら『誰がそんなとんでもないものを買えるんですか!』って、こっぴどくお説教されたからなぁ。


 もう少ししたら来るだろうし、お伺いを立てるとしよう。


 ◆ ◇ ◆


「お姉様はいったいなにをやっているのですか」

「えぇ……」


 指輪のことを話したら、リスリお嬢様のお説教が始まった。


「この間も云ったじゃないですか。お姉様が安値で魔法の道具を無作為に放出したら、市場が滅茶苦茶になると」

「お嬢様、キッカ様はまだ安値で販売するとは云っていませんよ」


 リリアナさんから援護射撃が入った! でも無意味なんだよなぁ。


「あ、それもそうでしたね。これまでのお姉様の行動からつい。それでキッカお姉様、この指輪の値段は幾らにしたのですか?」

「この指輪は景品なので、無料です」


 あ、リスリお嬢様の顔が、絶望に満ち満ちたような感じに……。


「無料って! なにを考えているのですか!」

「呪文書の景品ですよ。呪文書が高額というのもありますが、正確にはこの指輪の処分先が欲しい、というのが正直なところなのですよ」


 そう答えたところ、リスリお嬢様が首を傾げた。うん、ちゃんと人の話を聞いてくれるから、この子のことは好きなんだよね。

 大抵、口論染みたことになると、人の話を聞かないで一方的に私が悪いってことにされたからねぇ。


「処分って、これだけの魔法の指輪を処分するのですか?」

「付術……魔法の武具や装身具を作る技術向上のために、とにかく数を作ったんですよ。おかげで、なんとか目標としていた技術を身に付けることができたのですが、それまでにできたのが四百九十二個でして。それなら切り良く五百個作ってしまおう。ということでできたのが、この魔力量増加の木製指輪です」


 二百五十個ずつに分けた、指輪入りの箱を指差す。


「ちなみに、身に付いた技術で、本気で付術したのが、先日リスリ様に贈りましたその指輪ですよ」


 そういったらリスリお嬢様は顔を引き攣らせていた。


 まぁ、そうだよねぇ。こういう云い回しされたら、お説教もしにくいよねぇ。


「つまり、技術向上の為にだけ、これらの指輪は作られた、酷い云い方をすれば『どうでもいい品』もしくは『粗悪品』ということですね?」


 リリアナさん、身もふたもない云い方をしますね。


「まぁ、そうなんですけど。でも無駄にするのも勿体ないじゃないですか。で、たまたまこの木製指輪が安く大量に手に入ったので、それなら練習も兼ねて呪文書の景品にしてしまおうと。

 魔力量増加量は控えめですよ。なにしろ未熟な技術で作りはじめたものですからね。増加量は僅か十ポイントです。技術の向上に合わせて、魔石を小さなものにしたりして、増加量を十ポイントに調整しましたけれど」


 箱から指輪をひとつ取り出し、目の前に翳してみる。


 ほんと、いい仕事してるんだよね。まぁ、だから売れるか、というと、そういうわけでもないんだけれどね。


「ところで、キッカ様、ここにあるリストはもしかして……」


 リリアナさんがテーブルに置いたままになっていた用紙を指差した。

 それはダグマル姐さんのところへと持っていく、付術のリスト。

 問題になりそうな付術を除いたものだ。


 個人的に目玉となるのは【月映えの刃】。

 月夜の晩にだけ魔法の効果が現れる付術だ。正直、無意味な浪漫しかない付術ではある。


 月夜の間だけ【炎の魔剣】になるんだけれど、そんな制限がついているにも関わらず、普通に付術で作った【炎の魔剣】と性能は一緒という。


 なら、普通の【炎の魔剣】でいいじゃないか。


 えぇ、まさに仰る通りですとも、という付術だ。なんとなく、一部の貴族のお偉方に気に入られるんじゃないかって気がするんだよね。


 リストから排除した付術は、こっちの世界では無意味なものと、あまりにも問題のありそうなもの。いくつかは常盤お兄さんが予め排除してあるからいいとして、それでも危険なものがあるからね。


 まず【送還】。これは召喚された魔物を送還するものだけど、そもそも、この【送還】に対応する【召喚】は、現状、私とリスリお嬢様しか使えない。それも【走狗(バウンドドッグ)】【爆炎(エクスプロード)走狗(バウンドドッグ)】の二種だけ。【走狗】はとんでもなく強いわけでもなく、その戦闘力はせいぜい猟犬といったところだ。

 いや、普通の人に猟犬は危険極まりないけど、防具に身を包んで武器を持った者からすれば、そこまで脅威じゃないしね。なので、あまり意味なし。


 そして【麻痺】。これ、凶悪だからね。付術の【麻痺】は効果発動が確実ではないけど、一度でも発動すれば相手を確実に仕留められるからね。ゲームでは一時的に使いまくってたけど、結局、私は発動百パーセントの麻痺毒に切り替えて、より酷いことしてたな。


 あと【混沌】。攻撃系の付術だけれど、異常に強すぎるから排除。でも私は使う。


 他には犯罪幇助にしかならないもの。【スリ技術上昇】【開錠技術上昇】【隠形技術上昇】【無音歩行】、この辺りは放出しない。あ、あと【鍛冶技能上昇】も。これ、正確には鍛冶というか、鍛冶の仕上げの部分の技量上昇なんだよね。剣でいうなら、研ぎの技術ってことになるかな。

 変に誤解されそうだし、職人魂に喧嘩を売りそうな気がするので外したよ。


 そして付術から消えているものとして【魂狩り】系のふたつ。これに関してはいわずもがな。


 それらを弾いたものを、リストとしてダグマル姐さんには渡す予定だ。


「付術のリストですよ。ゼッペル工房に持っていくものです」


 じっとリストを眺めているリリアナさんに答えた。

 リスリお嬢様もリストに興味を持ったのか、覗き込んでいる。


「キッカお姉様、なぜこれをゼッペル工房に?」

「工房でも魔法の武具の生産ができるようにですよ。あそこなら、適切な価格設定もできるでしょうし、なにより、そういったものを作れるのが私ひとりという状況をどうにかしたいので」


 あ、あれ? なんだかリスリお嬢様、推し量るようにじっと見つめて来るんだけど?


「お姉様はそれでいいんですか? お姉様の優位性が失われますよ? 呪文書にしろ、この魔法の武具の作成技術にしろ、そんな簡単に無償で渡してしまって」

「これまでの経験からして、トラブルにしかならないんですよ。私ひとりだけができるという状況はよろしくないですからね、脅迫だのなんだのはもう十分です」

「そんなことをしてきた輩がいるのですか!?」

「いえ、故郷での話ですよ」


 あれあれ? 今度はもの凄い哀れむような目で見られてるんだけど?


「あの、いったいどんな目に遭ってきたんですか」

「云ったじゃないですか、誘拐されたりとかですけど」


 あんまりその辺は掘り下げないで欲しい。いや、自分で振ったような感じでなんだけどさ。


 今にして思うんだけど、あの誘拐って、あの女の差し金なんじゃないかって気がしてるんだよね。人の命で金勘定するようなクズだったし。なんであの時死ななかったのかと、グチグチ云われたし。

 邪魔な私を始末してお金が欲しかったのは確かなんだよねぇ。


 まぁ、今はどうでもいいことだ。せいぜい、野垂れ死ねと呪うことしかできないからね。


「あ、あの、キッカお姉様、大丈夫ですか?」

「はい?」

「いえ、その……」

「キッカ様、顔色が優れないようですが」

「あぁ、気にしないでください。ちょっと嫌なことを思い出しただけですから。あははは」

「……笑い声が笑ってません」


 こういうのを乾いた笑いというのですよ、リスリお嬢様。


「ゆ、指輪のことは分かりました、お姉様。それで、その、これは粗悪品なのですか?」


 む? これは不味いな。お嬢様に気を遣わせてしまってる気がする。しゃんとせねば。


「そうですね、増幅量が十ポイント程度ですし。魔法の指輪としては粗悪品といってもいいでしょうね。指輪そのものの出来はいいんですけどね」

「これが粗悪品……」


 リスリお嬢様が指輪を手に取り、じぃっと見つめています。


「その、最高品となると、増幅量はどのくらいになるのでしょう?」

「うーん……百ポイントは超えるんじゃないでしょうかね。でもそれを作るとなると、もっと高品質の薬を飲まないとダメですね」

「薬ですか?」


 リリアナさんが眉を潜めた。


「えぇ、一時的に付術の技術を引き上げる薬があるんですよ。まだ品質がいまひとつなんですけどね」

「え、大丈夫なんですか?」


 ん? 大丈夫って、どういうことだろ?


 私が首を傾げていると、リスリお嬢様が言葉を続けた。


「健康に問題はないのですか?」

「あぁ、それは問題ないですよ。錬金薬に副作用とかありませんし。まぁ、ものによっては、【薬】兼【毒】みたいなものもありますけど」


 技量が低いと、素材の組み合わせによっては、両方の効果が出ちゃうんだよね。


「いや、そんな疑わしいものを見るような目で見ないでくださいよ」

「ですが、能力を引き上げる薬というのは……」

「その、依存性が高くて、体を壊すような薬なのでは?」

「麻薬の類じゃないですよ!?」


 え、そんな風に思われたの!?


「本当に大丈夫なんですね?」

「問題があるものを飲んだりしませんよ」


 え、なにかそういった事件でもあったりしたのかな?


「その、そういった薬物が出回ったことでもあったのですか?」

「サンレアンではありませんけど、王都の一部で問題になったそうです」

「既にその薬を製造販売していた連中は捕まっていますけれどね」


 どこの世界もお薬系の事件はあるんだねぇ。


「話を戻しましょう。呪文書ですが、もう販売の準備は出来ているんですね?」


 リスリお嬢様が確認をしてきた。うん、問題ないハズだ。


「えぇ。ですから、明日にでも呪文書を納品しに行こうかと」

「わかりました。ではこれから一緒に参りましょう」

「はい?」

「教会ですよね。私も参ります」

「いや、その前にゼッペルさんの所から、作業台を持ってこないと」

「では工房を回って教会に」

「教会の前に、途中の組合に呪文書を置いてくる予定だったんですど」

「全部回りましょう」

「リスリ様!?」


 え、このやる気はなんなの?


「折よく今日は五ノ月の最終日です。どうせなら販売は六ノ月一日(いっぴ)から始めましょう!」

「明日からですか!?」


 明日から販売って、そんな急で大丈夫かな?


「さぁ、リリアナ、行くわよ」

「はい、お嬢様」


 あぁっ! またこの間みたいに両腕を!


 待って、仮面、仮面を着けてないから!


「それじゃ、私が馬車まで荷物を運んであげるわねぇ」


 ちょ、ララー姉様!?




 こうして、私はなし崩しに呪文書の納品に行くことになったのです。





誤字報告ありがとうございます。

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