60 キッカ目撃情報
おはようございます。冒険者組合、傭兵担当のチャロです。
本日は五ノ月二十七日。つい先ほど、キッカ様が例の鎧の廉価版を置いていきました。
「今朝方窯出ししたばかりの、出来立てですよ。ひとつ仕上げて持ってきました。まだちょっと温かいです」
なんてことを云って。
あはは、本当に温かかったよ。
総重量は三十キロちょうど。盾込みのフルセットでこの重さはかなり軽い。色は白っぽい黄色、いや、黄色っぽい白? キッカ様は黄色っぽい乳白色って云っていたけれど、それよりも若干黄色が強い感じの色だ。
尚、今回は魔法は掛けていない真っ新なもの。
なんでもイリアルテ家のお嬢様に怒られたらしいですよ。どうもキッカ様、魔法の武具はそれなりの頻度で、ダンジョンから発見されているものと思っていたみたいだね。
ただ、それらは国家、王家や騎士団、軍が所有するのが殆どで、他は各分野のトップの人たちが持っている程度だと。
うん、その認識に間違いはないんだけど、基本的に数が圧倒的に少ないから市場に出回らないんだよ。
発見者がそのまま使う場合を除いて、組合に持ち込まれたものは殆ど国が買い取る形になっているからね。
その殆どから漏れたものはどうなっているのかって? 基本的に倉庫の死蔵品だよ。【呪いの武具】は教会経由で神様に封じて戴いて、それ以外の、なんというか【呪いの武器】というほどではないんだけど、問題のあるものは死蔵されてる。
抜剣したが最後、なにかを斬らずにはいられなくなる魔剣とか。
確か、鑑定盤では普通に魔剣とだけ鑑定結果がでたため、そのまま王家に買い取られたんだよね。誰も一度も抜かないまま。
で、王子様がそれを抜いて、大変なことになったんだよ。
ただ、王子様は「なんでもいいから斬らせろ!」と叫んで、とにかく人だけは斬らなかったみたいだよ。
ん? どうなったのかって?
なんだか力尽きてぶっ倒れるまで、三日間延々と野菜とか肉とか丸太を斬りまくってたみたい。
まぁ、その一部は、そういう微妙に厄介な物品だ。呪い、という程ではないものだね。
あぁ、あと不良品も稀にあるね。テスカセベルムには、確か抜剣した者の腕まで焼き尽くした【炎の剣】があるはずだよ。
そういえば、キッカ様は魔法の武器をつくれるのかな?
今度、機会があったら訊いてみよう。
と、話を戻そう。
魔法の武器は、基本、国に買い取られているのが現状。
不死の怪物対策のためにも、魔法の武具は集めておきたいからね。
腐食魔剣は軍の不死の怪物専門の部隊に支給される程度で、こちらも市場に出回らないからね。
なにしろ制作過程が危険極まりないから、量産なんて無理な代物なんだよ。それに切れ味は最悪な代物になるから、不死の怪物と戦う時以外には、誰も使いたがらない。
鈍器を使うなら、剣じゃなくてメイスとかフレイルを選ぶもの。
さて、そのキッカ様の造られた鎧だけど、現在は受付窓口の脇、タマラちゃんのところの右隣の壁際に飾ってある。熊とかの、大型動物の剥製用の玻璃で囲われたケースに、鎧二種一式が並べて飾られてるんだけど、そのせいで若干赤く見えるね。
硬化処理を行うと、赤みが付いちゃうから仕方ないね。玻璃の透明性を残した形での硬化処理だから、曇ってはいないよ。その分、割れるときは割れるけど。
足元には値札と注意書きが置いてある。
受注販売だからね。そこの現物を持っていかれると困る。片方は魔法の鎧だしね。現状価格設定不能だよ。
からんころんからん。
お? 誰か来たよ。依頼人かな?
あれ? リカルドさんとキュカさんじゃない。え? もう戻って来たの? まだお昼だよ?
「お帰りなさい。また今日は随分と早いですね。そんなに順調に獲物を狩れましたか?」
「あぁ、うん。運良く草猪を見つけられたからね。それも気付かれずに。だから簡単に狩れたよ。あ、これ符丁ね」
そう云ってキュカさんが、狩人担当であるイサベルに解体場が出す木板をだした。草猪を示す木板だ。
そういえば、昔、これを偽造した狩人がいたらしいけど、なんでそんなすぐにバレる詐欺を働いたんだか。
組合員証を剥奪されて、組合から完全除名されて、そのせいで完全に信用を失って、最終的に賊にまで落ちぶれて、首刎ねられて死んだって聞いたね。
これが作り話か真実かは知らないけど、少なくともそんな馬鹿なことをやる奴はいない。
「はい、確かに、草猪二頭。こちらが買い取り額になります」
銀貨の束が四つ、カウンターに載せられた。銀貨四十枚。金貨一枚分だ。
草猪は一目散に逃げることもあって、あまり獲れないからね。値崩れせず安定してそこそこ高額で取引されている。
もちろん、味がいいから高額なわけだ。お金持ち御用達の料理屋が買い取っていくだろう。
サンレアンは【アリリオ】の恩恵もあって、かなり栄えているからね。ディルガエアでは王都に次いで栄えている。
そのせいもあってか、貴族の次男坊とかが、こっちに居を構えて【アリリオ】に潜ったりしているらしい。浅層ならお散歩気分で歩けるしね。十分に身を護るだけの力量があれば。
「あのー、なんだか元気がありませんけど、どうしました?」
「いや、その、ね、ちょっとショックなものをリカルドが見ちゃってね」
「ショックなものですか?」
イサベルが首を傾いだ。
そのリカルドさんは、キッカ様の鎧をなんだか凝視してるね。どうしたんだろ?
「なにか問題でも起こったのですか?」
「……いや、人が熊に殴られてたのよ」
「はい?」
イサベルが変な声をあげた。って、熊に殴られてたって、大変じゃないのさ!
「え、それは――」
「場所はどこですか? 救援は間に合わないでしょうが、被害者を特定しなければなりません」
お、おぉう、タマラちゃんは冷静だね。こういうときの対処は頼もしいよ。まぁ、こんな感じのせいで、薄情な女って思われてるのが可哀想だけど。
「いや、救援も被害者の確認もいらないと思う」
「どういうこと?」
キュカさんに訊いた。困惑しているみたいだし、なにより状況が分からない。
熊に殴られてたって云ってたけど、それだけじゃないみたいだ。
「正確にいうとね、殴られてたっていうよりは、殴らせてたって感じなのよ」
「「「「「は?」」」」」
受付の五人みんなが、間の抜けた声を上げた。
いや、どういうことなの?
「私たちは五の森の近くで狩りをしてたんだけど、なんだか がん! とか、ごん! って、凄い鈍い音が聞こえてきたから、なんだと思って森の中へ確認に行ったのよ。
そうしたら、全身を金属鎧で固めたガチガチの戦士の人が、灰色熊と真正面から向き合って、熊の攻撃をまともに喰らってるのよ。それこそ――
『そんな攻撃など効かぬわ! ぬははははは!』
みたいな感じで。あぁ、いや、こんなことは云ってなかったけどね」
……なにそれ。
「あ、も、もちろん、私たちは助けようと思ったわよ。そうしたらその人、私たちに気が付いたみたいで、こっちを向いて、こう、押し退けるように手を出すのよ」
キュカさんがその様子を再現してみせた。
「えーと、手を出すな?」
「助力無用?」
「ここは俺に任せて先に行け?」
……タマラちゃん、それは違う。
「タマラさんのは不明だけど、うん、そう取れるよね? だから、私たちは手を出さずに、その、眺めてたんだけど」
「殴らせて、殴らせて、殴らせて、盾で受流して、受け流して、殴らせてって、感じで続けてるんだ」
いままで黙っていたリカルドさんが答えた。って、リカルドさん、どうしたの? 目が死んでるよ、目が。
「り、リカルドさん、どうしたんですか?」
イサベルが顔をやや強張らせながら訊ねた。
「あぁ……。ほら、リカルド、この間、熊と殴り合って右腕失くしかけたでしょ。だからいろいろと思うところがあったみたいでね。
ほら、リカルド、装備からして違うんだから、落ち込むことないでしょ。それに、どうみてもあの人がおかしいんだから。
だいたい、あれだけ殴られてなんで平気なのかさっぱりよ。ガチガチに鎧を着こんでたって、ダメージはあるんだよ」
「そうはいうけどな、腕だけでもしっかり装備しておけば、あんなことにはならなかったんじゃないかと思ってさ」
「いや、まともに殴られたら、鎧を着ていても普通に折れると思う……よ?」
キュカさんとリカルドさんが顔を見合わせた。
「え、なんで平気だったの? あの人」
「……ドワーフだから頑丈だったとか?」
「いや、ないわよ。さすがに。そんなこといったらドワーフの人に怒られるわよ」
そういうと、ふたりは私たちに助けを求めるように目を向けた。
いや、そんな目をされても解らないものは解らないよ。
「その鎧の人はドワーフだったのですか?」
「多分、そうだと思う」
「凄い小柄だったのよ」
リカルドさんとキュカさんの答えに、私はなにか嫌な予感がした。いや、嫌な予感というと、ちょっと語弊があるけれど。
全身鎧。小柄。なんだろう。数時間前に見た気がするんだけど。
「リカルドさん。今そこの鎧をじっとみてましたけれど、もしかして――」
「あぁ、左の、金属の方の鎧と似たようなのを着てたよ。受注販売ってあるけど、鎧ってオーダーメイドなのか?」
「一応フリーサイズですよ。余程小柄か、もしくは大柄でもないかぎりは問題なく装備できますよ。総重量はだいたい四十キロですね」
タマラちゃんがリカルドさんに説明すると、リカルドさんは四十かー、と呻いていた。
いや、狩人が重装鎧を着こむのは……。ガチャガチャうるさいから、獲物を狩るのに問題がでるんじゃないかな。
それ以前にお値段が金貨二十枚だし。
「右のほうなら重量が約三十キロと、重装鎧としては破格の軽さですよ」
痩せた成人女性ひとり分から、太めの子供に重さが変わるようなものだからね。
……いや、我ながらこの例えはどうなの? タマラちゃんから変な影響を受けてるかな、私。
「お値段もセットで金貨十五枚と、お安くなっております」
「いや、タマラちゃん、売り込む相手が違うよ? 狩人さんに重装鎧を勧めても、うるさいから狩りに影響がでちゃうよ。勧めるなら傭兵さんにしようよ」
「むぅ……」
いや『むぅ』って。お仕事したいのはわかるけどさ。
「組合でも鎧とか売るようになったのね。商業組合の方は大丈夫なの?」
「問題ないですよ。軍に卸す訳でもありませんし。あくまでも組合は、組合員支援として物品販売を行っているだけですからね」
「その軍から注文がはいったらどうなるんだ? 受注販売みたいだけど」
「その時は、キッカさんと直接交渉してもらうことになりますね」
「さすがにそんな依頼は受けないんじゃないかなぁ。あんまり大量の鎧はさすがに作れないでしょう。キッカ様ひとりだけなんだし」
量産は簡単だなんて云ってたけれど、それでも鎧ひとつ作るのは大変だよね。組み立てるにしても、表面の仕上げや、装着用のベルトを打ち込んだりと細かな作業は山ほどあるんだし。
「キッカちゃん、多才なのね。鎧も作れるんだ。狩人用の鎧とかはないのかな?」
「今度訊いてみますね。キュカさん、鎧の購入をお考えですか?」
「私たちの装備は、防具って呼べるほどの物じゃないしね。この間の熊のことで、やっぱり身を護る防具には興味があるのよ」
あぁ、やっぱりリカルドさんのあの怪我は、いろいろとふたりの意識を変えたみたいだね。
平原や人工林なら、そうそう危険なモノと遭遇することはないけれど、それでも熊とか、ブレードキャットとか、アルミラージとかいるからね。ビッグホーンは……まぁ、刺激しなければ大人しいか。
「まぁ、買うには先立つものが必要だからね。すぐに購入は無理かなぁ」
「懸賞金でも狙いますか?」
「いるかいないかもわからないものを、追っかけてらんないわよ。さて、今日は早いけど、依頼品は納品できたし、帰るとするわ」
そういってふたりは帰っていきました。
多少は元気を出したみたいだけど、リカルドさんは落ち込んだままだったな。
やっぱり不甲斐ないとか思っちゃったのかな。
「そういえば……」
「なに? タマラちゃん」
「キッカさん、『今日はちょっと重装鎧の修行をしてきます』って、云ってましたよね?」
私は言葉を失って、タマラちゃんをじっと見つめた。
うん。云ってた。確かに云ってた。
でも、それは鎧を作ることだと思うんだけど?
「キッカさん、修行の為に熊に殴られてたんでしょうか?」
「いや、ないよ。さすがにそれはないと思うよ」
私はタマラちゃんにそういった。
いや、だって、修行ってどういう修行なのよ。熊に殴られるって。
◆ ◇ ◆
五ノ月二十八日。今日も珍しく、正午直前に人がやってきました。
やって来たのは【草原の虎】の面々。六人組の傭兵隊だ。
「護衛依頼は完了した。確認をしてくれ」
リーダーのレイモンさんがむっつりとした様子で、書類を差し出しました。
うん、依頼人のパッチョさんのサインに印も押してありますね。評価も優とまったく問題ありません。なのに、なぜこんな調子なんだろ?
いつもは陽気な人なんだけど。「よぅ! チャロちゃん、依頼終わらせてきたぜー」っていうような感じで。
……なんだろう。昨日のリカルドさんを思い出すんだけれど。
「あの、なにかありました? 浮かない顔をしていますけど」
「いや、なんというかな」
「多分、信じてもらえないよ。俺たちも混乱してるしな」
ボドワンさんが云うと、後ろにいる面々も互いに顔を見合わせている。
え、なにがあったの?
「えーと、今回はゴブリンを警戒しての護衛依頼でしたよね?」
「あぁ、ゴブリンは問題なかったんだ。別に巣を潰す訳じゃなかったからな。途中、五匹ばかりに襲われたが、たかが五匹だしな」
「問題は護衛を終えて、ここに戻って来るまでに見た事なんだよ」
そういってボドワンさんがレイモンさんに話すよう促した。
「全身鎧を着たやつが、えらいスピードで丘を駆け登ってたんだ」
……はい?
「普通、あり得ないだろ。あんな金属の塊着込んで丘を駆け登るなんて。そんなことができれば、カタツムリなんて云われたりしないぜ」
「それが、浮かない顔の原因ですか?」
「いや、問題なのはその後だ。
そいつは熊に追いかけられてたんだよ。まぁ、だからあんな無茶な速さで走れたのかもしれないんだが……」
そういってレイモンさんとボドワンさんが、困惑したように顔を見合わせた。
「なにがあったんです?」
「あぁ、そいつは丘の天辺に登り切ったところで蹲ったんだ。なんというか、諦めて頭を抱えたように見えたよ」
「そこへ、熊がこう襲い掛かったんだけど……」
「熊が、空を飛んだんだ」
「「「「「は?」」」」」
待って。ちょっと待って。昨日もやった。みんなでこのくだりやったよ。
「あの、熊は空を飛びませんよ」
タマラちゃん、なんで急に冷静になってるの!?
「いや、飛んだんだよ!」
「正確には、弾け飛んだ?」
「その鎧の奴が、こう、向かってくる熊に右手を突き出したんだ」
「そうしたら、ぽーんと弾かれるように飛んで」
「丘の麓に落ちた」
「そいつはそれを見届けると、スクッと立ち上がって丘を駆け降りて、熊を担いで街道を歩いていったんだ」
うん。ひとりひとり順番に、示し合わせたような説明ありがとう。
……なんだろう。キッカ様ならさもありなんと思っている私がいる。
「それで、その人は」
「ほぼ一緒に戻って来たよ。まぁ、同行したわけじゃないが、目的地が一緒だったようだしな」
「解体場に行ってたから、その内こっちに来るだろう」
レイモンさんの言葉を聞き、私は書類を一枚差し出します。書類にサインをしてもらわないと、依頼が完了となりませんからね。このサインは報酬の受け取りを兼ねていますからね。
サインを確認し、預託されていた報酬を支払います。今回は危険手当も含まれますから、全額の支払いとなります。
そんなわけで、銀貨の詰まった袋をカウンターにどすんと。
特有のガチャっとしたくもった音が響く。今回の報酬は銀貨百枚。農園としては結構痛い出費だろうけど、戦争してたゴブリン共の残党に襲われる恐れがある以上、仕方のない出費だ。
残党退治の依頼が来ないから、戦争場所となった不幸な領地の領軍が頑張っているのだろう。
【草原の虎】の面々は、報酬を受け取ると帰っていきました。
「チャロ。鎧の人物って、キッカさんのことでしょうか?」
「多分、すぐにわかるよ。解体場に熊を持って行ったみたいだし。……え、ひとりで熊を担いで帰ってきたの? 熊ってすっごい重いよ!」
「キッカさん、盾を軽量化してたじゃないですか」
あっさり答えるタマラちゃんに、私は思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
いや、そうだけど、そうだけどさぁ。
からんころんからん。
その時、鳴子がいつものように軽い音を立てました。
「こんにちはー。只今もどりましたー」
響き渡るはキッカ様の声。
あぁ、やっぱり。件の鎧の人物はキッカ様……で……え?
ちょ、キッカ様!? 血塗れ、血塗れなんですけど!?
かくして、事務所は大騒ぎとなったのです。
誤字報告ありがとうございます。