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59 総合案内受付嬢はお仕事がしたい 2


 おはようございます。私、冒険者組合受付、総合案内を担当しております、タマラと申します。


 総合案内を担当しているのですが、私の仕事は本当に暇です。いえ、本来ならば暇になることなどないのですが。


 仮面のおかげで一時は注目されますが、すぐに見なかったことにされてしまいます。


 ふふふ。寂しい。


 給料泥棒などと思われないように、毎日皆のサポートをしていますが、本来の成すべき仕事がないというのは、正直、悲しいものがあります。


 一応、総合案内窓口が物品の販売窓口を兼ねているのですが、昨年以来、利用する方が激減しています。

 あの薬屋のお婆さんの爆発事故以降、組合に薬が卸されなくなってしまいましたからね。……正確には、薬師の方々がサンレアンから逃げ出したわけですが。


 住民感情というのは恐ろしいものです。


 ですが、先日、約一年ぶりに薬が入荷しました。


 しかしながらキッカ様の卸された薬は、ダンジョン産と同等の値段での販売となったため、そうそう売れることがありません。


 ひとつ金貨十枚。大金ですからね。とはいえ、巷で取引されている額の十分の一以下の値段ですから、破格ではあるのですが。


 リカルドさんのあの大怪我を、たちどころに治してしまったのですから、当然の額ではあるのですが。一般人には手を出しがたいお値段です。


 効能が良すぎると云うのも考え物ですね。


 さて、本日は五ノ月二十五日。ただ今の時刻は十時を回ったところ。ほんの少し前までは人が大勢いたのですが、いまは誰もいません。

 だいたいこの時間から、三時過ぎくらいまでは人が戻って来ることはありませんね。


 狩人の人たちは人工林や平原へ狩りにでていますし、戻って来るのは大抵日の落ちる頃です。


 傭兵の人たちは、【アリリオ】への護衛依頼を請けた人たち以外は、数日戻って来ませんしね。


 探索者に至っては、彼らの拠点は基本【アリリオ】の宿場です。九時の馬車で【アリリオ】へと向かい、サンレアンへは成果を得てからでないと基本的に戻って来ません。


 依頼人が来ることもありますが、まとまって彼らが来るということはありませんしね。


 さて、人がいないわけですが、私たちは暇となるわけではありません。


 書類整理という、面白みのない仕事へとシフトします。発注、受注した依頼の書類作成や、依頼のランク分けとか、いろいろとあります。


 夜になると、買い取った物品や獲物の仕分けなどあるんですけどね。


 解体の終了した獲物、食肉や毛皮等に関しては、早朝に解体場にて競りが行われ、サンレアンに出店している者たちが競り落としていきます。


 解体場は私たち事務方とは別なので、詳しいところは知りませんが。書類は回って来るので、なにがどんな値段で売れたとか、そういった情報は簡単にはいります。ですので、恐らくサンレアンでの食肉事情は、街の誰よりも我々が知っている事でしょう。


 ここ最近は鹿肉が若干ダブついているようですね。値がかなり下がっています。


 ふむ、今晩は鹿肉をメインにして、なにかつくるとしましょう。面倒になったら、切って塩を振って焼けばいいだけです。


 からんころんからん。


 おや、誰か来……ま、し……え?


 め、珍しいですね。全身金属鎧(フルプレートメイル)でガチガチに身を固めた人なんて、暫くぶりに見ましたよ。

 随分と小柄ですが、ドワーフの方でしょうか? 大きな荷物を担いでいます。


 あぁ、これはきっとシルビアの担当ですね。多分、買取りでしょう。


 ……あ、あれ? こっちにきますね? どういうことでしょう?


「おはようございます、タマラさん。ちょっと教えて欲しいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」


 え? この声、ちょっとフルフェイスヘルムでくぐもっていますが――


「き、キッカさん、ですか?」

「ん? あぁ、ちょっと待ってください」


 そういうと彼女は、その後頭部の部分が伸びた特徴的な兜を脱ぎました。


「あらためまして、おはようございます、タマラさん」


 兜から出てきたのは、間違いなくキッカ様でした。

 というか、いつもの仮面を着けていません。素顔のキッカ様は貴重ですよ!

 これはきっと、なにか良いことがあるに違いありません!


「お、おはようございます、キッカさ……ん」

「え、なんで云い淀んだんです?」


 あ、危ない。あやうく『様』と云うところでした。キッカ様は敬称を付けられることを嫌っていますからね。


「受付としての仕事が久しぶりなので、噛みそうになりました」

「……どれだけ人が来ないんですか。その、私が渡しておいといて云うのもなんですけど、そのホッケーマスクを被って仕事をするのは止めましょうよ」

「むぅ……」

「でなければ、こう、脇に、側頭部につけるとか。えーと、右側頭部がデフォ?」「こんな感じでしょうか?」


 仮面を外し、右側頭部に付けてみます。あぁ、耳を覆うのはよろしくないですね。ちょっと上にずらしましょう。


「そんな感じですね。うん。やっぱりお顔が見える方がいいです。話しやすいですからね。

 そもそもその仮面、もともとのは普通に防具として造られたものなんですど、デザインした人はなにを考えていたんでしょうね? シンプルなのに妙な怖さを醸し出させるなんて、とんでもないセンスですよ」


 うんうんと頷いています。


 あぁ、なんということでしょう。まるで、いつもお祈りをしている教会の女神像が喋っているかのようです。


「あの、タマラさん? どうしました?」

「いえ、なんでも。失礼しました。それでキッカさん、本日はどんな御用でしょう?」

「はい。えーと、物品の委託販売とかは、どうなっているのでしょう?」

「委託、ですか?」

「そうです」


 そういうと、キッカさんは担いでいた荷物を足元に下ろしました。


「私が今着ている鎧。これを売ろうかと思いまして」

「キッカさんの着ている鎧をですか!?」


 途端にキッカ様のお顔が曇りました。


「あの、私の着用済み鎧ということじゃないですよ?」

「需要はあると思いますが」

「さすがにそんなものを望む変態に売るのは……」


 へ、変態? ……あぁ、そういうことですか。


 いえ、キッカ様、そうではありません。それはご利益的な意味であって、性的な意味ではありませんよ。

 でも、その可能性もありますね。


 ん? あぁ、カミロがキッカ様に見惚れてるじゃないですか。あ、チェロが後ろから小突いて注意してます。


「あの、タマラさん?」

「はい、委託に関しては問題ありません。その場合、販売価格の十パーセントを組合にお支払いいただきます。また、月当たりの委託料として、銀貨一枚頂きます」

「委託料、またえらく安いですね」


 キッカ様が驚いたように目を瞬きました。


「基本的に組合での物品販売は、買い取ったものをしていますからね。委託のサービスもあるのですが、利用する方がいないのですよ。店を持っていない若手職人などは、師匠の店に商品を置かせて貰ったりしていますからね。

 現状、利用者がいないこともあって、料金は今提示したお値段となっています。まぁ、あまりに問題がある物品に関しては、値が上がったり、あるいはお断りということもありますが」

「例えば?」


 キッカ様が訊いてきました。当然のことでしょう。


「あまりにも巨大、もしくは小さなモノとか、取扱いが非常に困難、あるいは危険である物の場合ですね。触れただけで死ぬような毒物とか」

「あぁ……さすがにそれは」


 キッカ様も納得されたようです。


「それで、委託されるのはそちらの鎧ですか」

「はい。鎧一式と盾ですね。委託といいましたが、実際は受注販売の形になります。なので、こちらは見本ですね」


 そういってキッカ様は脱いだ兜を指差しました。

 随分と変わった形をしています。完全なフルフェイスタイプで、面頬などのギミックはありませんね。


「なぜそんなに後頭部が伸びているのでしょうか?」

「さぁ? この鎧はこういうものだと思っていたので。でも私はここに髪を入れられるので、便利でしたよ」


 なるほど。キッカ様、御髪が長いですからね。


「まぁ、デザインは変更できるので、そこは要相談ということですね」

「分かりました。それで、お値段の方は?」

「決めてません」

「え?」


 思わず私は目を瞬きました。

 値段を決めていないって……。


「実はここに来る前に、ゼッペル工房に用事があって回ったんですが、そこで販売価格に関して注意されまして。

 とはいっても、私、鎧の値段の相場なんてさっぱりわからないのですよ。ですから、こちらで適正価格を出してもらえたらな、と思っているんですけど」


 あぁ、そういうことですか。


「あ、あと、この鎧に関しては廉価版も作れます。鎧としての性能は若干落ちますけどね。そっちも後日、見本品を持ってきます」

「いや、あの、キッカさん。鎧ってそんな簡単に造れるものではないと思うのですが。ましてや全身鎧となると」

「あ、これ、量産が簡単なんですよ。型に嵌めて焼いて仕上げ処理をして組み立てるだけです。革の部分は縫うだけですしね。どこかで革製のズボンなり上着なり買ってきて使えばさらに楽ですし」


 は? 型に嵌めて焼く?


「え、どんな鎧なんですか、それ?」

「あぁ、こんな見た目になっちゃいましたけど、これ、骨です」

「はぁあ!?」

「チャロ、声が大きいです」


 隣で聞いていたであろう、大げさに驚くチャロを注意しました。


 というか、骨なんですか? これ、どう見ても金属なのですが。

 見るからに、やや金色がかっていますが銀ピカの鎧ですよ!


「やー、ちょっと金属の粉を混ぜたらこんなことになっちゃいまして。あ、廉価版の方は金属なんて混ぜないんで、色は黄色っぽい乳白色になりますよ。

 素材からして比較対象になるものがないので、幾らに設定したらいいのか分からないんですよ。その点、ここにはそういったものに対して目利きの人もいるでしょうし、妥当な販売価格を決めて欲しいんですけど」


 私とチャロは顔を見合わせました。


 どうしましょう?


「わ、解りました。お預かりします。最低価格なんですが、同程度の金属製の全身鎧と一緒で問題ないですか?」


 チャロ?


「問題ないですよ。これ、素材の原価は安いんですよ。なにしろ一番かかったのが、研磨用の魔銀の粉ですから」


 ちょっ!? なんでそんなものが材料に!?


 確かに魔銀製の刀剣や武具の仕上げの際にでる魔銀の廃棄物は、まさに研磨用の粉末にする以外用途は無いですが。内包した魔力のせいで、そこまで細かくなるとまともに扱えなくなりますからね。


「わかりました。それでは、その鎧をお預かりいたします」

「はい、お願いしますね。あ、それとひとつお願いというか、依頼を」

「はい、探索者、傭兵、狩人、どちらに依頼でしょうか」


 あぁ、案件がチャロたちに移ってしまいました。


「あー。彼らに依頼というわけではないんですよ。この鎧の素材の骨なんですけど、正確には粉末にした骨でして。それをお願いしたいのです。

 さすがに骨の粉なんて売ってないでしょうし。お願いすれば、骨は組合で売ってくれますよね?」

「えぇ。砕いて畑に撒くくらいしか用途がないですからね。骨自体は結構な量がありますし」

「実際、結構余り気味だよね」


 私とチャロがそういうと、キッカ様はにこりとした笑みを浮かべました。


「それじゃ、お願いできますか? これも相場が分からないんですけど。骨自体は、お肉屋さんにいったらタダで貰えちゃったので、値付けができないんですよ」

「骨を粉にする手間賃だけですね。いくらにしましょうか?」

「キロ幾らでやったほうが良さそうね。キッカ様、粉はどの程度細かくすればいいのでしょう?」

「できたら小麦粉くらいには」


 結構、いや、かなり細かい。風車とかで挽いたほうがいいかもしれません。


「五キロで銀貨一枚ってところでいいかな?」

「小麦粉程の細かさですから、もう少し高くてもいいのでは?」

「多分、手の空いた子供たちの小遣い稼ぎになると思うのよ」

「あぁ、確かに。それに単純作業ですし、任せても問題ないでしょう。三キロ銀貨一枚でどうでしょう?」

「よし、それでいこう」


 三キロとはいいますが、骨は軽いですからね。それを粉末にするには手間がかかることでしょう。このくらいが妥当でしょう。もしかすると、安いかもしれません。なにしろ骨を挽くなんてやったことがありませんからね。


「それじゃ、それでお願いします。えーと、依頼書は?」

「はい、こちらに記入、お願いします」


 チャロが必要書類と、インク壜と羽ペンを差し出しました。


 ◆ ◇ ◆


「やー、また面白い依頼が来たねぇ。単調作業だから人を選びそうだけど、安全にお金が稼げるよ」

「どのくらい手間かわかりませんけどね」


 キッカ様が事務所から出るのを見送り、私とチャロは控え書類や、掲示板に張り出すための依頼書を作りながら喋っていました。


「あ、鎧を確認しないと」

「そうだ、そっちがメインだ。カミロ! ちょっと鎧を運んで」

「はーい!」


 カミロは先日入ったばかりの新人です。いまは雑用のようなことをしながら、皆の仕事の補佐を行っています。


 待合所へと出て、キッカ様の置いていった鎧の入った鞄をカミロが手に取り――


「お、重っ!?」


 え?


「あの、これ、さっきの女の子が軽々担いできたんですよね?」

「え、なに? そんなに重いの?」

「いや、そこまでじゃないですけど、もっと軽いと思ったんですよ」

「秤、誰か秤持ってきて!」


 チャロが無駄に元気ですね。


 やがてペトロナが副組合長(サブギルドマスター)と大型の秤を持ってきました。


「それで、今度は何事ですか?」

「キッカ様から鎧の委託販売の依頼を受けました。ここに見本品を置いての受注販売だそうです。なお、鎧の値段はこちらで決めて欲しいと」


 私が手短に副組合長に説明しました。


「キッカさんの作った鎧ですか。この間の薬のこともありますし、嫌な予感しかしませんね」


 そういえば、先日、魔法の杖関連の説明にみえたとき、運搬薬の値段を報告しましたね。ひとつ銀貨十枚となっていました。薬としては破格の性能でしたが、効果時間が五分ともあって、あまり高く設定できませんでしたからね。


 それでもキッカ様は十分以上と云っていましたが。


 素材を自己生産して、調剤技術向上用に造ってるだけとのことでしたからね、無駄にならないだけで由ということなのでしょう。


 なんといいますか、キッカ様はもう少し欲をだしていいと思います。


 さて、鎧の各部の目方を測りはじめましたね。


「兜は……四.八キロ。ちょっと重い?」

「総金属製の物と似たようなものでしょう。次は鎧です」


 分銅を次々と乗せ、ほぼ正確な重さを測ります。


「えーと、ぴったり二十キロ。……え、この重厚さで二十キロ!?」

「えらく軽いですね。大抵このクラスになると三十キロを超えるのですが。あの不良品に至っては四十キロを軽く超えてますからね」


 手甲が三.二キロ、足甲が五キロ、盾が五.二キロ。総重量三十八.二キロ。

 全身鎧としては軽い方ですね。


 おや、副組合長が何か渋い顔をしていますね。


 副組合長?


 おもむろに秤の上に副組合長が乗ります。体重は五十六キロ。


「盾を貸してください」


 チャロが盾を渡します。……なんとなく、副組合長の考えていることが分りました。


 結果は五十八キロとなりました。……あれ? 計算が合いませんよ!?


「あぁ、やっぱり。この鎧を鑑定しますよ。多分、マジックアイテムです」


 うわぁ。一気に静まり返りましたよ。というか、この鎧、魔法の鎧ですか? それも、もしかすると各部それぞれで、別個の魔法効果を発揮しているとかいう代物ですか?


 そんなもの、ダンジョンからも出たことはありませんよ。


 せいぜい、防御力が高くなっているくらいで、大抵は全身一揃えにして初めて、魔法の効果がでるというのが普通でしたから。

 実際、そのために王家が【聖なる武具・サンクトゥス】系の装備品には懸賞金を懸けていますからね。



 名称:刻削骨の兜・改良型

 分類:魔法の兜

 防御属性:物理

 備考:

 水中でも呼吸のできる兜。もし水没しても、溺れないからもう安心。やったね!



 いつもながら、この説明文はどうなっているのでしょう? まさかと思いますが、ナルキジャ様が記しているのでしょうか? 結構、お茶目な文章とかもでてきたりするのは見ますけど。


 だいたい、最後の『やったね!』はなんなんですか!?


「あぁ、やっぱり。となると盾は軽量化でもされているのでしょうか?」



 名称:刻削骨の盾・改良型

 分類:魔法の盾

 防御属性:物理

 備考:

 重量軽減の魔法の施された盾。手にする重量は、本来の重量よりもはるかに軽く感じられる。取り回しのしやすい良品。さぁ、敵を殴れ。



 うわぁ……。


 敵を殴れって、盾は鈍器扱いですか?


「こうなったらすべて調べてしまいましょう」


 副組合長、なんだかやけっぱちになっていませんか?



 名称:刻削骨の手甲・改良型

 分類:魔法の手甲

 防御属性:物理

 備考:

 運搬力上昇の魔法の施された手甲。装備した者はより多くのものを持ち運びできる。上昇量は四十三キログラム。あぁ、あの重い彼女を軽々と! だが怪力になったわけじゃないぞ。



 名称:刻削骨の足甲・改良型

 分類:魔法の足甲

 防御属性:物理

 備考:

 スタミナ回復力を上昇する魔法の施された足甲。これで君も疲れ知らず? さぁ、働け!



 名称:刻削骨の鎧・改良型

 分類:魔法の鎧

 防御属性:物理

 備考:

 疾病耐性の魔法の施された鎧。病気に感染し難くなる。これでゾンビも怖くない? でも絶対に感染しない訳じゃないから、過信はしちゃダメだぞ。忘れるな。



「いつにもまして、はっちゃけた説明文ですね」


 副組合長が遠い目をしていますね。

 何気に手甲の説明文が酷いような気がしますが。


「さっきからこの『改良型』っていうのが気になってるんだけど、もしかしてキッカ様が云ってた『廉価版』っていうのが、前の型ってことなのかな?」

「多分そうでしょうね。でもそれよりも気が付いたことがあるんですけど」

「なに、タマラちゃん」


 チャロが私に視線を向けました。


「この鎧の総重量は三十八.二キログラム。そして手甲の運搬力上昇は四十三キロです。つまり、装備した場合のこの鎧の重量は、-四.八キロなんですが。いえ、盾が三.二キロ軽減されますから、実質-八キロですよ」


 あああ、私がいったら、皆、困惑した顔をしていますよ。

 それはそうです。この鎧を着ると、体重が軽くなる? んですよ。なんなんですかそれは!


「副組合長、装備して体重を測ってみましょう」

「五十六+三十八.二キロですから、九十四.二キロになるはずですよ」


 皆に云われ、副組合長が鎧を装備していきます。見たところ、かなり簡単に装備できるように工夫されていますね。胸甲と背甲とを絞めるベルトも、装着者に合わせて簡単にサイズを調整できるようです。

 余程小柄か、もしくは大柄な者でない限り、問題なく装備できそうです。


 副組合長は平均的な体格です。ですが、この鎧をしっかりと身に付けた姿は、なんとも勇ましく感じます。すごい重厚感ですね。どこかでみた海洋生物みたいな盾が、なんとも妙な雰囲気を醸し出していますが。


 そして副組合長が秤に乗り、体重を測ります。


 結果は五十六キロ。


 あれ? 減ってませんね。でも鎧分の重量がなくなっています。


「変わってないね?」

「どういうことだろうね? でも鎧の重量がなかったことになってる」

「……もしかしたら、+四十三キロまで重量がなかったことになるんじゃ?」


 ナタリアがそう呟くと、皆が一斉に彼女をみました。


「ということは、現状は三十五キロほど増加しているわけですから、あと八キロまで体重に変化はないということですね」

「副組合長、ちょっとこの椅子を持ってください」


 シルビアが私たちが普段使っている椅子を差し出しました。背もたれのない簡素な、でも頑丈な椅子です。重さ的には五キロくらいでしょうか。


 副会長が手に持ちました。重量は変わらず。さらにひとつ持ちました。重量は増え、五十九.五キロです。


「……またキッカさんは扱いに困るものを」


 あああ、副組合長が頭を抱えています。


「これ、値段を付けられるの?」

「キッカさんのことですから、きっと、取り扱いをしやすいようにと作ったのだと思いますけど」

「あぁ、確かに。掛けられてる魔法を見るに、そんな感じだね」

「でも、実質重量ゼロの全身鎧って」

「骨製って云ってたけど、防御力はどうなんだろう?」

「試してみましょう」


 副組合長!?


「この鎧は組合で買い取ります。倉庫の整理にはもってこいの代物ですし、なにかの時のために、この鎧はあったほうがいいでしょう。

 ティアゴがいますからね。有事の時は飛び出していくでしょうし」


 あぁ、足が治りましたからね。それもあって、今回は自ら王都へ出張してますし。


 結果からして、防御性能は破格といっていいものでした。なにしろ、そこらの金属製の鎧と違い、殴ってもへっこまないのです。

 まぁ、打撃のダメージ自体は、普通の鎧と同様に抜けるようですが、大きな怪我などはありません。


 なにより特筆すべきは、傷ひとつ付かなかったということでしょう。


 魔法の掛かった武具は、そう簡単には壊れないと聞いていましたが、実際に見るのはこれが初めてです。ですが、まさか傷ひとつつかないとは思いませんでした。


「副組合長、どうしましょう? これの適正価格って、白金貨単位になりそうですよ?」

「……受注販売といっていましたね? ならば、魔法の掛かっていないもの、として値付けしましょう。その上で、キッカさんには魔法無しで生産を依頼しましょう。もしくは、魔法に関しては、オプション扱いですね」


 なるほど。それなら問題ありませんね。


「さて、全身鎧ですか。金属鎧フルセットとなると金貨二十枚くらいですが……」

「あ、副組合長、この鎧の素材は骨ですよ。鑑定で名称に骨って出てたじゃないですか。

 ……いや、本当に骨なんだね、これ。どうやって加工したんだろう?」


 あ、チャロが云ったら、副組合長、また頭を抱えた。


「では、セットで購入した場合、盾を含めて金貨二十枚。それぞれ別個であるなら、鎧が十五、兜、手甲、足甲、盾、それぞれ金貨三枚です」

「副組合長、自棄になっていませんか? まぁ、その値段なら、一般的に妥当な値段だと思いますけど」


 なんだか心配になって声をかけました。


「もう値付けが難しいんですよ。なので一般市場価格に合わせます。これならキッカさんも納得するでしょうし、買った方も、破格の買い物をしたと思うでしょう。問題ありません」

「あはは……まぁ、仕方ないよね」

「あのぅ、あの女の子は何者なんですか?」


 おずおずと手を挙げ、カミロが訊いてきました。そういえば、カミロがキッカ様と遭遇したのは今日がはじめてでしたね。


 あ、シルビアがカミロの両肩に手を置いています。


「カミロ君。キッカ様は神子様です。七神全てからの加護を受けしお方です。決して、粗相のないように。組合における最高VIPです」


 あぁ、シルビアのいつものが始まりました。この間までは組合の名称で騒いでいましたが。まぁ、これはシルビアに任せておけばいいでしょう。


 他言無用とか云ってますね。えぇ、それは大事です。キッカ様は目立つことを嫌っていますからね。ただ、無自覚にやってることが目立ち過ぎていますが。


 さて、それでは、骨を粉末にする仕事の、掲示用依頼書の作成をするとしましょう。張り出しておけば、その依頼を見た傭兵なり狩人たちが、酒場なり商店なりに情報を流すでしょう。


 そうすれば、小遣い稼ぎの子供たちが依頼を受けにくるでしょう。


 さて、手早く仕上げて、そろそろ花壇の世話をしに行かないと。

 ふふ、ついに青茜の花が咲きましたからね。さすがに今回は採取はしませんよ。増やすのが目的ですからね。


 いずれ、花壇一面に青い花が咲き誇る時が楽しみです。





誤字報告ありがとうございます。


補記:

 鎧の色について。現行の五百円玉の色と思っていただければ。

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