54 荒む心の癒しであるとつくづく思う
結論から云いましょう。
……兎いたよ。待ってたよ。いや、あのあたりを拠点にして生活してたのかもしれないけどさ。私を見るなり目の前に飛んできたよ。
さすがに私も無下にできなくて、連れて帰ることにしたよ。
かくて我が家にも番兎が配属です。
というか、この子は牡か牝か、どっちだろ? 番の相手はいたほうがいいだろうし。
いや、兎って人間と一緒で年中発情中みたいなもんだよね。しかも繁殖力が強い。妊娠中にさらに妊娠するとか、わけのわからん話を聞いたことがあるくらいだぞ。どのくらいの速度で増えるんだろ? あんまり増えすぎても困るんだけど。
まぁ、それは後々考えよう。
さてと、これから森へ向かうわけだし、この子を連れ回すことになるんだけれど、馬に乗れるかしらね? いや、その前に、さすがに無防備な状態でこの子に背中を見せる気はありませんよ。
そこまでお人好しじゃありませんからね。
ということで、【鎮静ベルト】ー! 【鎮静】の魔法を付術してきたベルトを首輪代わりにつけますよ。これで叩いたりしない限りは、絶対的に大人しい兎さんです。
そんなわけで装着。
うん、微妙。
……安物のベルトだからね。今度もっと見栄えするベルトを買ってこよう。
そうそう、ベルトといえば、あれ、本をまとめるベルト。いや、バンド? バンドとベルト、どう違うんだ? それ以前に名前を知らないけど。まぁ、いいや。とにかくそれを沢山作らないといけないんだよ。
とはいえ、自作する気はさすがにしないから、どこかに発注しないとね。
ん? なんに使うのかって? いや、呪文書が開かないようにしておかないと。開くと自動的に開いた人の頭に魔法が刻まれちゃうからね。既に覚えているなら問題ないけれど、現状はそうじゃないからね。
できれば販売時にバンドは回収してもらいたいけれど、そこは組合と教会次第だろうなぁ。まぁ、そんな高いものじゃないから値段的には痛くないけれど、数を集めないといけないって云うのがね。
販売時のことをいまから心配していても仕方ないか。このことだけ後で云っておけばいいや。
さて、兎さんの件は完了したので、修行に行きますよ。
ここは街道からかなり外れているし、誰かに見られる心配もない。一応、念のために【霊気視】で周囲を確認。……うん。問題なし。
それじゃ骨馬のアルスヴィズを召喚! って、兎さん、怖くない、怖くないから。こらこら、戦闘態勢をとらないの。
アルスヴィズに乗って、魔の森まで全速で行くよ。兎さんは私の背中に括りつけておけば大丈夫かな。
問題は、兎さんを担いでだと馬に乗れないってことなんだけどね。
な、なんとか方法を考えよう。
◆ ◇ ◆
門限ギリギリでサンレアンへとなんとか戻り、フラフラになりながら帰宅。
疲れた。主に頭が。
今回は魔法の修行をしてきたわけなんだけど、なんというか、思ってたのと違った。
修行してきたのは召喚魔法。実際には、召喚っぽい具現化魔法になってしまっているわけだけど。
というのも、実際に魔物を引っ張ってきて使役するというのが、かなりいろいろと問題を含んでいるようで、実質『召喚』は使用不可なんだよ。
なので、魔素で器を、例えば召喚魔法の【スケルトン兵】だと、骸骨の形状で器を創りあげ、そこに疑似魂魄、要は成長型のAIをぶち込んで使役するというもの。
そう、成長型ですよ、成長型。
経験値を積めば積むほど強くなりますよ。しかも、器は壊れても疑似魂魄は消えずに据え置きだから、自爆特攻的なことをさせても問題ありませんよ。
いや、そんなことはやらないけどさ。
というか、自爆特攻型の召喚いるからね。【爆炎走狗】っていう、爆発する燃える狼が。追尾型魚雷って私は呼んでたけど。まぁ、それについてはいずれまた。
そんなわけで。魔の森、場所的にはテスカセベルムとの国境近くまで移動して、狩りをしてきましたよ。
魔法の技量上げを手っ取り早くやるためには、無理矢理にでも難度の高い魔法を使うのが効率的だ。
素人級を百回使うより、達人級一回の方が技量は上がる。ただ問題となるのが魔力量。技量が上がれば多少は経験則から軽減されるけど、それでもまともに使うのが厳しいのが達人級。
確かゲームだと、技量をカンストさせても、装備やパークで消費魔力を軽減しないと、六百近く魔力を食うんじゃなかったかな、達人魔法。
そのあたりは常盤お兄さんが用意してくれた、魔力軽減装備(デザインは見習ローブ+各種装身具)があるから、問題なく修行はできる。
あ、普段〇〇魔法補助装備とか呼んでるアレね。
ただ、これまでは私が手にセットして制御、発動してきた魔法だけれど、召喚はちょっと毛並みが違う。
制御して発動は一緒。ただそこに『指示』が加わる。
ゲームだと勝手に索敵して敵を始末しにいったけど、リアルだと指示が可能。というか、指示しないとダメ。
いや、ほっぽっといても勝手に見敵必殺はしてくれるんだけど、敵味方の識別に問題が。ゲームだと敵味方はっきり分かれるけど。現実はそうもいかないからね。
そのために指示が可能なわけなんだけど、うん、指示することを意識して、スケさんチームなんて召喚したもんだから。私の脳の限界を超えちゃったんだよ。
五体同時に指揮するとか今は無理。慣れれば大丈夫なんだろうけど。
そもそも中学卒業までぼっちだった私には難易度が高すぎる。コミュニケーション? なにそれおいしいの? 一方的に蔑んでくる連中と仲良くなろうなんて立派な精神は持ち合わせていませんよ。
体の不自由な私はつんぼ桟敷にされてましたからね。だいたい教師が率先してやってくるから始末に悪いんだよ。
いまさら愚痴っても仕方ない。嫌な気分になるからやめよう。
そんなわけで、頭の体操というか、訓練というか、やってきましたよ。
指示の仕方は言葉ですることもできるけど、頭で思うだけでもできる。というより、いわゆるこの思念で行ったほうが楽だ。
声だと届かない場合があるし、ニュアンス的にうまく伝えられないこともあるからね。
思念だと『これこれこうだ!』っていうことを誤解なく伝えることができるから非常に便利だ。なにより距離をほとんど気にしなくてもいいし。これが声だときっと喉を傷める。
ただそれを五体分でほぼ同時。
うん。頭がこんがらがるんだよ。
一号と二号は敵前衛を抑えて、三号は遊撃、四号は遠距離遊撃兼敵主戦力を牽制、五号は敵最大戦力を潰せ!
みたいなことを、全体をみながら指示をとばさないといけない。まぁ、ちまちまやると却って酷いことになるから、それはないけれど、引き際とかがあるからね。
それに今回の修行は、単体相手に襲撃するという酷いいじめみたいなものだからね。おかげで指示出しのいい練習にはなったよ。
犠牲になった兎さんと猪さんは、ちゃんと美味しく頂くから成仏してね。
あ、こっちの世界に仏様はいないか。うん。大人しく召されてね、が正しいのかしら?
さて、そんなこんなで召喚魔法も技量が熟練レベルに到達しましたよ。いまのレベルは八十八です。大分あがったよ。なにも考えずにちょこちょこ使っていたから、それなりに上がってはいたしね。
なにより、今回も怪獣猪と遭遇したのが美味しかった。今回は技量上げが目当てだったので、狩猟後の猪の毛皮の状態なんて気にせず、スケさんチームとの総力戦をやったんだよ。前回は【氷杭】でさっくり仕留めたけど、今回はそれはなしだ。
私は参戦せず指示に集中。
うん、怪獣猪、恐ろしいね。スケさん兵とスケさん弓兵は、突撃されて一瞬で粉々になったよ。スケさん魔はほとんど役に立たず。
というか、あの怪獣猪、ぜったい別ゲーから間違って出てきただろ! って思えるくらい駆けずり回るんだよ。英雄スケさんと覇者スケさんがどうにか戦えるくらいだったけど、いかんせん、スケさんは打撃に滅法弱いからね。突撃を止められるのは二回が限度。三度目で砕けるの繰り返し。
何度召喚し直したかは数えていなかったけど、おかげで召喚の技量が跳ね上がりましたよ。
指示のほうはお粗末で、結局ゾンビアタックじみた消耗戦でしかなかったけど。
最後の最後で毛皮がもったいなくなって、失血で倒れて動けなくなっているところを【麻痺】の魔法を掛けたうえで【治療】魔法を施して毛皮を修復。それから止めを刺すという鬼畜なことをしてきたよ。
怪獣猪君。君は大変勇猛で、讃えられるべき獣であったが、その立派な毛皮がいけないのだよ。
ふふふ、豚骨スープの材料他諸々食材ゲットだぜ。
今度これの腸を使ってソーセージ作りに挑戦してみよう。腸を塩漬けにしなくちゃいけないんだったかな?
そういや、猪といったら牡丹鍋だよね。もしくは豚汁。もとい猪汁? ……冗談じゃなしに味噌づくりにチャレンジしてみよう。味噌欲しい。
大豆はあったから、大袋でまとめ買いしたよ。そしたら、どこかのお屋敷の使い走りに間違われたけど。
えーっと、味噌は大豆を蒸かして潰して麹を加えて放置……だったよね?
漬物みたいに重石するんだっけ?
味噌なんて手作りしたことなんてないから、作り方なんてうろ覚えだ。梅干しなら毎年漬けてたから覚えてるけど。
むぅ……味噌とか梅干しとか考えてたら、米が食べたくなってきた。
こっちにも米はあるけれど、いわゆる海外で主流のぱさぱさした奴なんだよね。ちょっと買って食べてみたけど、ぶっちゃけ美味しくない。まぁ、飼料用だしなぁ。
なんとかしてジャポニカ米っぽいもの手に入らないかなぁ。
食事はもっとも簡単な、荒む心の癒しであるとつくづく思う。
まぁ、そこで、いきなり豚骨ラーメンもどきを作った自分も自分だと思うけど。でも手持ちの材料で作れそうなの、それしかなかったしなぁ。
それに、外国の人にはやたらと人気があるみたいだしね、豚骨ラーメン。
みんなにも好評だったし、良かった良かった。さすがに豚の大腿骨をへし折って、髄が溶けきるまで焦げないように煮る、なんてことをした料理人は、こっちでは現れなかったみたいだよ。
食にしろなんにしろ、必要に迫られた結果、無理矢理生み出されたというものは多々あるものだ。
豚の血のソーセージなんか、そのひとつだろうしなぁ。
なんでそんなものを作ろうと思ったのかと、昔は謎に思っていたけれど、調べてみたら単に食糧事情のせいだったしね。
それこそ豚の肉はもとより、血の一滴にいたるまで無駄に出来なかったみたいだし。ソーセージぐらいにしか加工できなかったってところなんだろうな。
幸い、こっちじゃ食料事情はかなり安定しているみたいで、冬を迎えるたびに死を覚悟するようなことにはならないようだ。
その点は本当に安心したよ。いや、私は食べなくても生きられるけどさ、そうなると周囲にどう思われるかと思うとね。
そういや春先に感謝祭みたいなことやるのかな? というか、あるのかな?
あれ、ブラッドソーセージを調べてる時に知ったけど、食中毒防止の為に始まった祭りと聞いて、私はドン引きしたんだよ。
要は、越冬用に用意した食料を消費するための祭りだ。既に限界を突破して痛んでいる代物だ。さらに日を重ねれば、いくら保存用に加工してあると云っても、暖かくなってきた気候の下では食中毒を引き起こす。
時代を鑑みれば、それは死に直結するだろう。食中毒は怖いのだ。
ふふふ。中学の時、削り節で食中毒になってさんざんな目にあったからね、私は。
まさかそんなので当たるとは思ってもいなかったから、まったくもって油断していたんだ。
なんかちょっと黒っぽいなーとか思ったけれどさ。別に湿気ってたわけでもなかったのになぁ。
あの時のお腹の壊れ具合は、さして長くない人生で一番酷かったものだ。お腹に来る風邪で、トイレから離れられないくらいに酷かった小学校の時のアレよりもさらに酷かったからね。脱水症状起こして衰弱して、立てなくなるとは思ってなかったよ。
催してトイレまで這って行ったのが、ある意味、一番の修羅場の思い出だよ。
大丈夫。間に合った。間に合ったよ。
受験直前のお正月早々の最悪の思い出だよ。
そんなとりとめもないことを考えながらテクテクと歩き、自宅に到着。門を抜けたところで、兎を背中から降ろした。
ここまでは今日の獲物として運んできたのだ。
生け捕りとなると、変に目立つからね。
「あー、この子の小屋を作らないとだめか。今日のところは玄関で寝てもらおう」
そういや、兎って穴を掘るんだっけ? 掘っても問題なさそうなところに小屋を作ってもらうか。幸い、まだ敷地はあまってるしね。
玄関の扉を開け、兎を招き入れる。
「ただいま戻りましたー」
「お帰りなさぁい。届いてるわよぉ」
ほへ? 届いた?
「と、あんたはここで待ってなさい。食事はこれね」
適当な器を置いて、その上にキャベツと人参を適当に置く。
……なんだか人参をとって、不思議そうに見てるけど、森や野っ原だとさすがに生えてないのかな?
まぁ、いいや。
ブーツを脱ぎ、スリッパに履き替えてメインホールに入ると、蟹を両手に変なポーズを取っているララー姉様が出迎えてくれた。
……なにやってんですか、ララー姉様。
「えーと、た、ただいま戻りました。ララー姉様」
「はい、お帰りなさい。注文の鷹の羽と蟹が届いたわよぉ。普通に食用として出回っている蟹各種。注文通り、希少なものは省いてあるわよぉ」
「おぉ、ありがとうございます。……って、結構おっきいですね」
「そぉ? こっちじゃ、このくらいが標準かしらねぇ。大きいのは十メートル以上の個体もいるし」
「じゅうめぇとる!?」
なんだそのサイズの蟹は! 完全に怪獣じゃないのさ!
「たまに陸に上がってきて、騒ぎになるのよねぇ。お祭り騒ぎ的な意味で」
「お祭り!?」
「そぉ。放っておくと災害になるってこともあるけれど、それ以上に食材としてみる漁師が多いからねぇ。殻もあのサイズになると、いろいろと使い道があるから」
なるほど。海から恵みがやって来やがった! ってところなのか。
「基本的に良く食べられてる蟹を持って来てもらったわぁ。えーと、泥蟹、青蟹、赤蟹、毛蟹、切り裂き蟹、亀蟹の六種類。アンラで簡単に手に入るものはこんなところねぇ」
テーブルに並んでいる蟹を検分していく。どれも大きい。足を除いた蟹の横のサイズが、だいたいニ十五センチくらいあるんだよ、どれも。
小さいやつもいるんだろうけど、このサイズが簡単に手に入るなら、わざわざ小さいのを獲ることもないのだろう。
泥蟹。これは地球でもいるマッドクラブと同じものかな。ガザミガニだっけ? 食べたことないけど。
青蟹。藍色の蟹。形も見知ったような蟹だ。タラバ……いや、花咲かな。茹でると真っ赤になるんだよね。……あれ? タラバって色はこんな鮮やかな青、というか藍色じゃなかったよね?
赤蟹。うん。これあれだ、ズワイガニ。なぜか茹でてもいないのに、妙に赤いけど。
毛蟹。これはまんまケガニだ。一番馴染みのある蟹だ。ただ私の知ってる毛蟹よりおっきいけど。
物騒な名前の切り裂き蟹。蟹の形をしたなにか。ハサミがカマキリのカマみたいになってるよ。蟹なの? 色は青っぽいこげ茶色。うん、蟹らしい色っていえばいい? 甲殻の形はズワイガニみたいな三角形だ。
最後に亀蟹。えーと、どうみてもヤシガニなんですけど? 亀はどこからきたの?
「あぁ、それは亀の実って呼ばれる果実があってねぇ。それを木に登って食べるから亀蟹って呼ばれてるのよぉ」
「亀の実? え、ちょっと興味があるんですけど」
「うーん、地球の果物だと……形的にはドリアンとかパンの実みたいな感じねぇ。表面が亀の甲羅みたいだから、亀の実なんて呼ばれてるのよぉ。食用にはなるけれど、そのままは食べないわねぇ。大抵は焼いて食べるのが普通だけれど、味気はないわよぉ。
毎年落下した実に当たって怪我する人がでることで有名で、亀の樹の下を通る時は気を付けろって、生産地では云われてるわねぇ」
なんだかそんな話聞いたことがあるな。十キロにもなるおっきい松ぼっくりに当たって死んだとかなんとか。
いや、話を戻そう。ヤシガニだ。もとい亀蟹だ。話を聞くに、完全にヤシガニとは似て非なる蟹だ。ヤシガニ、木に登ってヤシの実落としたりしないって話だし。こいつはそれをやるのか。というか、その亀の実とやらは年中生ってるのかしら?
「ひとまずこんなところでどうかしらぁ?」
「はい、ありがとうございます。ふふふ、あとで万病薬になるか調合してみよう」
「鷹の羽もそっちの箱にはいってるからねぇ。それじゃ、夕飯を作りましょう」
「折角だからこの蟹を使いましょう。薬に欲しいのは殻だけですから。あ、茹でるとダメかもしれないから、先に剥がさないとダメか。となると――」
ハサミと足は茹でるとして、体の部分はバラしてかに玉っぽいなにかでも作るか。
本日の夕飯は蟹尽くしになりそうですよ。
かに玉、美味しかった。すっごい適当に作ったけれど、上手く行ってよかったよ。片栗粉とかないから、あんとかは作らなかったんだけどね。
醤油もないから、塩味だけって感じだけどね。
でも野菜の味でなんとかなるものだよ。こっちの野菜は味がしっかりしてるからね。そのまま齧って美味しく食べられるにんじんとか、日本じゃお目に掛かれなかったし。探せばあるんだろうけど。
そうそう、【万病薬】だけれど、泥蟹と亀蟹の二種類と鷹の羽で問題なく作ることができたよ。どうやら海棲の蟹だとダメみたいだね。
そんなわけで、泥蟹と亀蟹、人気のない方をララー姉様に注文しました。安い方を注文したともいうけど。
さて、ストックを沢山つくっておかないとね。あと教会と組合にも持って行かないと。
うん、明日もやることがいっぱいだ。
誤字報告、感想、ありがとうございます。
質問にありました角付きは今回の冒頭で。
例の敵の彼は、時系列的に今頃は洗濯場のおばちゃんと絡んでる、もしくは監視場所を探している頃です。ですので、次に登場するのは少しばかり先になります。