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50 実験してみます?


 五月十三日。生憎の曇り空。この分だと雨が降りそうだなあ。

 まぁ、ここ暫くまとまった雨は降ってなかったからね。

 ちょこちょこ降ってすぐやむみたいな感じ。


 まとまった雨が降ったのは……森の側をテクテク歩いてた時だから、ひと月くらい前? 


 うん。降らないとダメだね。農業国家としては死活問題になりますよ。


 さて、雨が降りそうな雰囲気ですが、今日もお出かけですよ。


 予定通り、あの角兎の確認をしてきます。


 いや、気になりだしたら、なんかこう、モヤモヤして気持ちが悪いのよ。


 森に行くわけじゃないから、装備はいつもの見習ローブ(召喚魔法補助装備)に仮面で行こう。そうそう、街を出る前に、組合に昨日作った薬を売っておこう。各十本プラス見本を一本。今回がはじめての販売になるからね。


 麻痺毒は余計な気もするけど。まぁ、もともと自分が使うために作ったものだしね。売れなくても問題ない問題ない。六秒しか効果のない代物だし。


 そういや、買取り価格というか、卸値を決めてなかったな。多分、以前いた薬師からの買取りレートなんだろうけど、どれくらいだろ? 確かダンジョン産回復薬の基本小売価格が金貨十枚っていってたよね。


 さすがに二掛け三掛けってことはないよね? なんだかありそうで怖いんだけど。五掛けくらいだったらいいなぁ。


 組合に到着。いま気が付いたんだけど、上に掲げられている木製の大きな看板。この間までは【組合】の二文字だけだったのが、いまではしっかり【冒険者組合】と彫られている。


 うわぁ、本当になっちゃったよ。なんだろう、この居たたまれないような気持ち。

 なんだか凄い気が重いんですけど。


 まぁ、いまさらどうしようもないよね。とにかく中に入ろう。


 相変わらずできるだけ看板の下を通らないように、正面からではなく、脇から通って扉を開ける。


 事務所内は結構な数の人で賑わっていた。

 なるほど、この時間だと混雑するのか。


 ただ今の時間は九時を回ったくらいだ。


 受付の傭兵窓口と狩人窓口に列ができている。探索者窓口にもひとり並んでいる。総合案内のタマラさんは相変わらずポツンと。


 ……ホッケーマスクがますます人避けになってるんじゃなかろうか?


 というか、そんなに気に入ったのかしら、あのマスク。


 さて、今日私が向かうのは買取り窓口ですよ。さすがに朝から買取りだの鑑定だのする人はいないから、誰も並んではいない。


 今日の担当はシルビアさんじゃないね。はじめてみる人だ。


「おはようございます。薬の買取りを……いや、卸に来たと云ったほうがいいのかしら?」

「は、はい?」


 買取りの件を云ったら、お兄さんが間の抜けた声を上げた。


 あれ?


「ニコラス、キッカ様はギルマス、サブマス案件。呼んできて」


 いや、様って。あ、ナタリアさん、おはようございます。

 あぁっ、受付のお兄さんがバタバタと奥に消えていった。


 ……あれぇ、おかしいな。私、ここでどんな扱いになってるんだろう?


 昨日、一昨日は普通に接して貰えてたと思うんだけれど。もしかしてタマラさんだけが普通に私の相手をしてくれてるの?


 ややあって、私はニコラスさんに組合長室へと案内された。


 待っていたのはサミュエルさんひとり。ティアゴさんは不在の模様。


「おはようございます」

「おはようございます、キッカさん。なんでも薬の販売に来られたとか」

「はい。素材が揃いましたので、作ってきました。あ、素材の青茜は先日、タマラさんに渡しましたけど、どうなりましたか?」


 ちょっと確認してみる。あれ、本当に下手すると雑草に思われかねないからな。道端にひっそりと、でも逞しく生えてるような花だし。要は、たんぽぽみたいなものだ。


「あぁ、絶対に抜くなと騒いでいましたが、回復薬の素材でしたか。問題ありませんよ。タマラがはりきって世話しています」


 おぉ、よかった。というか、タマラさん、本当に調剤担当を狙ってるっぽいな。


「なら安心です。ここでもいずれ、回復薬を生産できますね。あ、もうひとつの素材は小麦ですので。……云いましたっけ?」

「あぁ、そういえば云っていましたね」

「まぁ、専用の調合台、いわゆる錬金台がないと薬になりませんけどね。これもタマラさんには云っておきましたが、いずれゼッペル工房から錬金台がこちらに運び込まれますので、どこか適当な場所に設置をお願いします」

「調剤用に部屋をひとつ空けました。問題ありませんよ」


 おぉ、専用部屋を作ったのか。組合の本気具合が伺えるな。


「では、これが今日持ってきた薬です。三種類、各十本プラス見本一本です」


 そういって薬壜をみっつ並べ、順に説明していく。


・運搬力増強 兼 魔力回復 兼 持久力回復速度上昇 薬

・回復 兼 生命力増強 薬

・麻痺毒


 ……あれ? サミュエルさん、なんだか微妙な顔。


「あー、ふたつめの薬が、先日の薬と同じものでしょうか?」

「あれの増強版になりますね」


 技量は二十でまだまだなんだけど、現時点で解放されているパークのおかげもあってか、薬の効能が跳ね上がってるんだよね。現状、約六割ほど効果が上昇している。その結果、下級回復薬を上回るものがもう作れるんだよ。


「増強版……ですか」

「さすがに欠損を治すことはできないと思いますけど」


 欠損といえば、ちょっと怖い考えが浮かんだんだよね。

 究極回復薬。これ、いわゆる完全回復薬で、恐らくは欠損部分も修復するものだ。そこで思ったのが、『死』の概念、というか、境界って云ったほうがいいのかな?


 要は“どの時点で死亡とされ、この薬が効果を一切発揮しなくなるか”なんだよ。


 人間の脳は心停止後も、五分くらいは機能していると聞いたことがある。その五分間、脳は心臓の再起動を促しているのだとか。そして五分後、再起動の見込み無しとなった場合、脳は自らをシャットダウンして死に至る。


 つまりだ、首を切断された直後に、この究極回復薬をぶっかけた場合どうなるのかということ。


 下手すると、欠損した体を修復した個体と、欠損した頭部を修復した個体と、ひとりがふたりに増えやしないかと。


 いや、我ながら馬鹿なこと考えているとは思うけれどさ。さすがに実験するわけにもいかないし。


 どうでもいいことを考えて、口元を引き攣らせていると、サミュエルさんが麻痺毒に関して訊いてきた。


「狩猟の補助用ですね。効果は六秒と微妙です。ですがその時間が過ぎれば、毒は完全に消えます。獲物を食しても問題ないですよ。

 ただこれ、戦闘にも有用なんですよね」

「と、いいますと?」

「これ、即効性なんですよ。これを塗った武器で対象を傷つければ、その対象は即時麻痺、まるで彫像のように硬直します。戦闘中なら激しく動いているわけですから、当然そのまま倒れます。簡単に相手を殺せますね」

「……」


 サミュエルさん、黙っちゃったな。まぁ、いま自分で説明してて思ったけれど、かなりヤバいな、この毒。

 技量が達人級に達すれば、一分くらいにまで効果が伸びるし。


「これを、販売するのですか?」

「……いま自分で説明して気が付きましたけど、危険すぎますね、これ。どうしましょ?」


 ゲームなら命はHPという数値での代物だ。どれだけ殴ろうが斬ろうが、ゼロになるまでは死にはしない。もちろん欠損もしなければ、行動に支障をきたすこともない。まぁ、スタミナ切れでまともに動けないというのはあるけれど。


 でもリアルとなると話は別だ。斬りつけられれば裂傷をができ、出血し、時間経過とともにガンガン衰弱していく。


 六秒。


 ほんの僅かな時間だが、戦闘中に完全に麻痺し倒れたなら、それは即、死を意味するだろう。

 倒れた相手の首に剣を刺し込めばいいのだから。もし相手がフルプレートを着こんでいても、腹部の鎖帷子をめくって腹を切り裂けばそれで終わりだ。


「販売、見合わせましょうか?」

「それが無難でしょうね」


 ということで、麻痺薬は自分で使いましょう。


「それで、この運搬力増強薬ですが……」

「はい。持てる限界量が増えます。効果は五分間です。あ、私の技量の関係で悪い効果として、魔力回復が三十秒ほど阻害されます」


 眩惑魔法効果増強は云わなくていいよね。売る予定は一切ないし。


「それに加え、持久力回復上昇とは、随分と盛沢山な薬ですな」

「私の技術向上の修行がてら作ったものですからね。普通はふたつの素材から薬を錬成するんですけど、それは三種類の素材で作ったのですよ。

 なので、効果もその分増えていますね」


 簡単にそうなった理由を説明する。


「ふむ、とはいえ、運搬力増強というのは、少々漠然としていますね。筋力が強くなる、ということではないんでしょう?」

「そうなんですよねぇ。そういった意味では、妙な効果ともいえますけど。こればっかりは見てもらわないと。実験してみます?」


 提案してみた。もとより、その為の見本として一本多く用意してあるんだからね。まぁ、インベントリには残りの三本が入ってるけど。


「それが一番でしょうな。では、私が――」

「失礼します。お茶をお持ちしました」


 これまた初めて見るお姉さんだ。真っ赤な髪を束ねた細いお姉さん。


「あぁ、ペトロナ、丁度いいところに。少々実験を手伝っていただけませんか?」

「実験ですか? なにをすればいいのでしょう?」


 ペトロナさんはお茶とお茶菓子を私たちの前に置くと、トレイを抱えてサミュエルさんに訊ねた。


「倉庫に死蔵してある全身金属鎧(フルプレートメイル)があったでしょう。あれを着てください」

「……え?」


 ペトロナさんが固まった。


「あの、私、ほとんど動けなくなりますけど」

「はい、分かっています。無駄に鍛えた者でなくては、重すぎてまともに扱えない代物、不良品ですからね、アレ。まさにカタツムリですよ」


 カタツムリ。確か、騎士を揶揄する云い回しだっけ? 普通に侮辱だよね。


「その、それが実験になるんですか?」

「えぇ、十分に。どうにか歩くことはできるのでしょう?」

「歩くというか、なんというか、まぁ、進めはしますけど」

「よろしい。うってつけです」

「えぇ?」


 ペトロナさん、戸惑ってますね。


 まぁ、これだけだと、いったいなんの実験なのかさっぱりだものね。


 そうして私は、サミュエルさんとペトロナさんについて、倉庫へと移動。

 話にあった全身鎧の前にまでやって来た。


 目の前に立っている、鉛色の鎧。


 おぉぅ、ガチガチの全身鎧だ。昔、どこだかのレストランのエントランスに飾ってあったのを見たことがあるけど、思っていたより装甲が薄かった記憶がある。

 でもこれはそれよりも重厚だ。


 デザインがまるで違うだけで、私のインベントリに入っているドワーフ鎧かスチールアーマーって感じだ。

 両方とも一度着てみたけれど、問題なく動くことはできたっけ。重くはあったけど。とはいえ、アレで長時間の活動は厳しそうだとも思ったけど。


 ペトロナさんがカチャカチャと鎧を装備していく。身に着け、ベルトをあっちこっち締めて体にしっかりと装着していく。

 着脱が面倒なんだよね、鎧。


 最後にフルフェイスヘルムを被り、装着完了。面頬をがちゃりと上げると、口元が半ば隠れた状態でペトロナさんの顔が鎧から現れた。


「これでいいでしょうか」

「ちょっと歩いてみてください」


 サミュエルさんが指示すると、ペトロナさんは、どっこいしょ、とでもいうような感じで、どうにか一歩、それこそスリ足みたいな感じで踏み出した。


 あぁ、これはもう運べる限界を超えてますね。


「酷いですね」

「えぇ。まともに動けないっていったじゃないですかぁ」

「えぇ、分かっていますとも。だからこそ実験にうってつけなんですよ」


 そう云ってサミュエルさんが私に視線を向けた。


 私にヤレと? ……いや、まぁ、サミュエルさんがやるより、同性の私がペトロナさんに薬を飲ませる方がいいか。


「ではペトロナさん、この薬を飲んでもらいます。ちょっと兜を脱いでもらえますか?」

「薬ですか?」


 首を傾げつつも、ペトロナさんは兜を脱いだ。この鎧の手甲はミトンのようになっているため、薬の蓋を外すのは難しい。

 なので、私が蓋を取ってペトロナさんに飲ませることに。


「はいはい、口を開けてくださいねー」

「え、ちょ、キッカさ――」


 喋っているタイミングを見計らって、壜を口に突っ込み傾ける。

 ペトロナさんは目を白黒させていたけれど、しっかりと薬を飲み干した。

 瞬間、光のエフェクトがペトロナさんを包む。包むが、薬壜を突っ込まれていたペトロナさんはそのことに気付かなかったようだ。


「キッカ様、酷いですよ!」


 私を敬称付きで呼ぶのはデフォルトなのかしら?


「ごめんなさい。でもこの薬の実用試験なので。それじゃ、もう一度兜を被って、ちょっと歩いてみてください」


 私がそういうと、ペトロナさんは怪訝な顔をしながらもヘルメットを被り直した。


 そして簡単に一歩を踏み出し、一瞬固まった。次いで、恐る恐ると云う感じで二歩目。三歩目はまるで確信を持ったかのように踏み出したかと思うと、そのままペトロナさんは走り始めた。


「わ、凄い凄い。普通に動けますよ」


 ガッシャガッシャと音を立てつつ、ペトロナさんが倉庫内を走っていく。


「凄いですね、この薬」


 サミュエルさんがまじまじと薬壜を見つめる。


「五分しか保ちませんけどね。私の技量があがれば、もっと効果時間が伸びるかと思うんですけど。それとも運搬量が増えるだけかな?」


 私は首を傾げた。いや、この薬、ゲームでも作ったことが殆どないんだよ。麻痺毒ばっかり作ってスキル上げしてたから。麻痺毒、盗賊ギルドのギルマスを仕留めるのに重宝したんだ。


 と、いけないいけない、注意をしとかないと。


「ペトロナさーん。その薬五分で効果が切れますからー。走ってる最中に切れたら転びますよー」


 声を掛けると、ペトロナさんが慌てたように戻って来た。


「それじゃ、軽い今のうちに脱いじゃいます。もう実験はいいんですよね?」

「えぇ、ありがとう、ペトロナ」


 ペトロナさんが鎧を脱ぎ、それぞれのパーツを鎧掛けに掛けていく。


「随分とはしゃいでましたが、疲れのほうはどうですか?」

「疲れですか? アレ? そういえば、あれだけ走ったのに息切れもしてません」


 ペトロナさんの答えを聞くや、サミュエルさんが私に視線を向けた。


「なんと申しますか、また値段をつけるのに難しいものを持ち込みましたねぇ」

「重い荷物を馬車に積んだりするのには便利だと思いますよ。値段は適当に付けてください。どの程度需要があるかもわかりませんし。今日持ち込んだ十本は置いていきますので」

「わかりました。こちらで相談の上、値段を決めさせていただきます。

 回復薬の方ですが、先に話した通り、ダンジョン産ポーションと同じ値段での販売となりますので、一本当たり金貨七枚でいかがでしょう?」


 七枚!? おぉ、七掛けだ! 冗談じゃなしに二掛け、三掛けを覚悟してたのに。

 いや、ゲームだと露骨に話術スキルの関係で買い叩かれるからさ。売ったものが、売り値の十倍とかで店頭に並んだりしてたし。


「はい、問題ありませんよ。というか、私、最初もっとずっと安い値段を提示してたじゃないですか。具体的な数字はだしませんでしたけど」


 そういうと、あぁ、そういえば、とサミュエルさんは苦笑した。


 その後、薬品販売の手続きをし、代金を頂いて組合を後にした。


 さぁ、それじゃ、ちょっとお外に行きますよ。あの角付き兎の確認をしないと。


 私の考えすぎであればいいんだけれど。




 そんなことを考えながら、私は街の外へと向かったのです。





誤字報告ありがとうございます。

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