05 神様たち
アレカンドラ様のお説教が続く。
いかに無能であるかを、言葉を違えて延々と。
「だいたい、あなたはキッカさんを侮辱できる立場にはないのですよ。
私も含め、我々が無能であったから、キッカさんに大迷惑を掛けているのですよ。
それをよくも――」
いや、なんというか、あのまま死ぬはずだったんですから、微妙に得したような気分でもあるんですけど。
「本当に申し訳もございません、キッカ様ー」
「うわぁっ」
すぐ側から聞こえてきた突然の謝罪に、私は飛び上がった。
左隣、そこには羊の角? の生えた、アレカンドラ様と同じような服装のおっとりとした雰囲気の金髪の女性が座っていた。
「あ、あの、どちら様でしょう?」
「申し遅れましたー。私は、母アレカンドラより生みだされし六神の一柱、豊穣と嵐の神、ディルルルナと申しますー。以後、見知りおきくださいねー」
へ、か、神様?
「同じく、六神の一柱、正義と寛容の神、ノルニバーラじゃ。此度は我らの不甲斐なさ故、迷惑を掛けたの」
今度は立派なお髭の白髪のお爺さん。すごい豪奢な……法衣っていうのかな? に身を包んでいる。
って、いつの間にかいっぱいいる。
「六神が一柱、芸術と美の神、アンララーよ。本当、ごめんなさいねぇ」
黒髪紅目の妖艶なお姉さん。黒いドレスに真っ白な肌。さすがは美の女神様というべきか、見惚れるしかない。
「六神の一柱、知識と知恵の神、ナルキジャです。こんな嫌がらせ、悪戯、侵略、何れかは分かりませんが、それを許してしまうとは、本当に情けない限りです。キッカ様には本当にご迷惑を……」
銀髪尖り耳の美青年。ただ腕や首とかが鱗で覆われてる。蛇? 竜かな? まぁ、知識関連の神話とかだと、蛇は定番みたいな感じだっけ? ナルキジャ様も、服装はアレカンドラ様と一緒だ。あ、手に持っている短杖、蛇が巻き付いてるデザインだ。
「六神が一柱、狩猟と薬品の神、ナナウナルルよ。もう……ね、神だっていうのに謝ることしかできないわ。本当にごめんなさい。
で、あそこで全裸で説教受けてる馬鹿は、テスカカカ。勇気と恐怖の神よ。まぁ、人間の間では軍神として崇められてるわね。この国の主神よ」
鷲? 鷹? の頭をした女神様。明るい茶色の翼を背に持ち、精悍な雰囲気を身に纏っている。身につけている物は、これが革鎧っていうのかな? うん、恰好良いな。
そしてあっちのライオン丸はまったく恰好悪いな。
というか、いつの間にか全裸になってた。鎧はどこへ行った。
「だいたいですね、キッカさんは誘拐されてここにいるんですよ。それも私たちの不手際で。分かってますか? あんたの担当するこの国の馬鹿が、彼女を無理矢理この国に連れて来たんですよ。当然それを見過ごした我々も同罪なんですよ。にも拘わらず、キッカさんは私の願いを聞き入れ、協力を約束してくださったんですよ。
それを跪け、床に額を擦りつけろ、股を開けと――」
「は、母上、最後のは云っておりません!」
「云う前に私が蹴り飛ばしましたからね」
「ちょっ、母上。流石に我とて、そこまでは腐ってはおりません!」
「ほほぅ。腐っているのは認めるのですね?」
「あ……」
「相変わらず馬鹿ですねぇ。なぜ『あ……』などと云い淀むのか」
「語るに落ちてるわねー。戦略も戦術もない、脳筋ですものー。無理もないわー」
ナルキジャ様とディルルルナ様、容赦ないな。
「やりたい放題やっておるからじゃ。まさに自業自得よの。
さりとて時間が掛かりそうじゃのぅ。儂らでやっておくか?」
「そうねぇ。あんなの眺めてても仕方ないしねぇ。面白くもないし」
ノルニバーラ様とアンララー様。
うん? アレカンドラ様の説明の引継ぎってことかな?
「それじゃナルキジャ、説明を頼むよ。あんたが一番適任だろう?」
「あぁ、そうですね、ナナウ。ではキッカ様、母アレカンドラに成り代わり、私、ナルキジャが説明させて頂きます。母がどこから説明しようとしていたのかはわかりませんので、まずはこの世界からはじめますね」
まずこの世界、というか星。一応『アムルロス』という名はついているものの、ここに住んでいる人にはほぼまったく認知されてはいない。基本的に神様たちがそう呼んでいるだけで、この名を知っているのは聖職者くらいなんだそうな。
まぁ、説法なり説教なりでしか、でてこないだろうからね。
ただ、この世界は少々不自然な状態にある。その結果、魔法、というものが存在する。もっとも、魔法といっても、南方大陸に住まう人族(人間、エルフ、ドワーフ、獣人、鬼族、等々)のみが使え、北方大陸に住まう人族はほぼ使えない。
また、その魔法というのも、地球でいうなれば超能力と呼ばれる類のようなものだそうだ。
発火や念動、火炎操作、水流操作、電撃操作とか、そういったものらしく、大抵はひとり一種の能力とのこと。
これらの能力を研究し、系統だてていけば、いずれは魔法という形で確立するのだろうが、現状ではそんな研究をする物好きがいないのだそうだ。
こういった能力を持った南方の者たちを、北方では魔族と呼んでいるとのこと。
南方人の肌が褐色や、黒であることも原因なのだろう。
一応、北方にもわずかではあるが、能力持ちはいるということなのだから。
で、いまいるここは、テスカセベルム王国。北方大陸最南端に位置する王国で、南方大陸とは幾つかの島を渡ればすぐに行き来することができる。ほぼ地続きといってもいいだろう。
そして現国王であるスパルタコ二世は、南方に版図を広げようと野心を燃やしている。
テスカセベルム北方は『魔の森』、或いは『死の森』と呼ばれる大森林帯が広がっており、そこでは魔物が跳梁跋扈している。この森林帯にはいまだ人に発見されていないダンジョンが幾つかあり、この森の魔物はそのダンジョンからあふれたモノが野生化し、生態系を築いたものだそうだ。
西には王国がふたつ。東は険しい山岳地帯であり、その先は海となっている。
うん、何気に『未発見のダンジョン』とか、情報をもらっちゃったよ。というか、ダンジョンなんてあるのか。どういう位置づけなんだろ。
単なる遺跡、洞窟なのか。ラノベよろしく、ダンジョンマスターがいて云々なのか。
これは後で聞いておこう。
北西にはディルガエア王国。
豊穣の女神、ディルルルナ様を主神とする農業国家だ。非常にのんびりとした気風の国だが、テスカセベルムは絶対にこの国に侵攻することはない。理由は簡単。百年前に一度侵攻し、侵攻した部隊すべてが全滅したからだ。
ディルガエアの農民はおかしいのだ。というのも『一人前の農夫たるもの、熊如き素手で殴り殺せずなんとする!』というような馬鹿げたことを信念としている連中なのだ。おかげでこの国は国民皆兵士状態となっている。
『だってー。自分の農地を自分で守れない農夫に、未来なんてないでしょー』
ナルキジャ様の説明中、ディルルルナ様はこう仰った。
……あぁ、うん。きっと、神託かなんかで、国民を焚きつけたんだな、これ。
二メートル近い、刃渡り五十センチもの草刈り用大鎌を手にした民兵部隊は、諸国から死神部隊などと呼ばれて恐れられているとか。
『農夫や樵は、強くなくては生きていけないのよー。せっかく土壌に祝福してるんだから、魔物に荒らさせるなんてないわー。そうでしょー?』
……おっとりした調子とは裏腹に、随分と武闘派だな、ディルルルナ様。
あぁ、そういえば嵐を司る女神でもありましたね。それを考えると、なんだか納得です。
次に、南西のアンラ王国。
こちらは芸術と美の女神、アンララー様を主神とする国だ。北方と南方、双方への海洋貿易で発展した国で、各国のさまざまな物、文化が溢れる国だ。さて、こちらの国もテスカセベルムの侵略には遭っていない。
テスカセベルムも海に面してはいるが、地形の関係上まともな港は殆どなく、貿易港を作ることなど夢のまた夢であったのだ。ならばこそ、アンラ王国の港は喉から手が出るほどに欲しいものだが、手を出すことは一度もなかったのである。
理由は簡単だ。アンラ王国が主神として祭っている神がアンララー様なのである。芸術と美。夜と月。闇と影。隠形と魔術。これらを司る女神である。謀略の女神とも称される女神の祝福を受ける国である。いわゆる戦争などふっかければ、情報戦で確実に敗するのである。それこそ戦う以前に。力でねじ伏せる? よろしい、ならば暗殺だ。というのがアンララー様だそうな。
『血、沸き、肉、躍る。というのもいいけれど、汗ひとつかくことなくナイフ片手に『お命ひとつ頂戴致す』といって、玉座に座る王の首を盗るのもスマートで楽しいわよね』
とは、アンララー様。
うん、怖いね。でもそういうの大好きです。というか、私の目指すところはそれだしね。
あの王様もさすがにそんな国に喧嘩は売りたくないようだ。実際、港町では密偵が跳梁しているらしいし。きっとそこの領主様は、石川五右衛門に翻弄される豊臣秀吉の如き心境に違いあるまい。
いや、アンララー様、そんな楽しそうにいろいろと補足しなくていいですから。
「――まぁ、その先には私が主神として祭られている国とかあるのですが、それは置いておきましょう。ここですべて話しても、面白くなくなってしまうでしょうしね。
あ、いまこの国が攻め込もうとしている南方の国は、ノルニバーラを主神とするノルヨルム神聖国ですよ」
え、神聖国なんて名前からして、宗教国家ってことだよね? え、この国の王様は馬鹿なの? 狂信者ほど喧嘩を売っちゃだめな人はいないでしょ。
やるからには徹底してやってくると思うんだけど。
……あぁ、そのための勇者召喚か。
召喚した人間で軍隊でもつくるのかな?
……攻め入る前に反ら――あぁ、そうか。普通に召喚されると隷従しちゃうんだっけね。うわぁ、えげつな。
私はそんなことにならなくてよかったよ。
「ふぅ、今日の所はこれくらいにしておきましょう」
ぱんぱんと、手についた埃を払うように叩きながら、アレカンドラ様がこちらに戻ってきた。
ライオン丸は……うん、酷いことになってるな。いつの間にか説教(物理)になっていたようだ。こっちにお尻を突き上げた形で突っ伏している。
……いろいろ丸見えだ。
「ちっさ……」
ぶふぅ!
突然、アンララー様がケラケラと笑いだした。
え、えぇ……。
「キッカさん……」
「あ、あれ? もしかして声にでてました?」
呆れたような目で私を見るアレカンドラ様。
あぁ、やっちゃった!?
でも、しょうがないじゃない! お兄ちゃんのよりちっさいんだもん!
「ララー、落ち着け」
「ま、待って、待って、ダメ、まだ無理――」
ナナウナルル様に軽く背を叩かれながらも、アンララー様の笑いの発作は収まらない。よっぽど壺に入っちゃったんだな。なんだろう、この微妙な申し訳なさは。
「仕方ないわね。ララーちゃん、静かにしてね」
ぱちんとアレカンドラ様が指を鳴らす。すると途端にアンララー様の笑いが収まった。
「むぅ、お母様、酷いわぁ。こんなに笑ったのは久しぶりなのにぃ」
「拗ねないの。あまり長時間、私たちが地上で集まっているのはよろしくないのは分かっているでしょう? 私たちの存在に耐えられる場所など、普通はないのですよ。なんのために教会があると思っているのです」
「「「「「あ……」」」」」
五柱の神様たちが固まった。
「まぁ、現状ここは、私が強化していますが。とはいえ、のんびりしているわけにもいきません。ここを神域にする気もないですし。
で、キッカさんへの説明はどこまで?」
「現状の人族の関係とこの周辺国の説明を。魔法に関しては表面的な部分をざっくりとだけですがお話ししました」
「魔王の事は?」
「そちらはまだです」
「では、そこから説明しましょうか。
あ、キッカさん、ここまでで何か質問はありますか?」
アレカンドラ様が頬に指を当てながら小首をかしげて私を見つめる。
うん、可愛い……って、質問か……あ、ダンジョン!
「ひとつあります。ダンジョンについて教えてください。聞いただけだと、魔物発生装置ぐらいにしか思えないんですけど」
「あぁ、なんといいますか、それもある意味魔王に関連しますね。では、魔王の説明と一緒にそれもお話ししましょう」
そういって、アレカンドラ様が私の前にちょこんと座った。
うん。それはいい。いいんだけど、アレカンドラ様の背後のあれがすごい目について気になる。
「あ、あのアレカンドラ様、お話の前にひとつお願いがあるんですけど」
「うん? なんでしょう」
「あの尻を突き上げて倒れているアレをなんとかしてもらえないでしょうか。視界に入って来るのが……」
そういってライオン丸を指差すと、再びアンララー様がケラケラと笑いだした。