49 野生はどこへ行った?
19/09/04 一部、ニ(片仮名)となっていたところを二(漢数字)に修正。
組合を後にした私は、まっすぐ家には帰らずに、侯爵邸へと向かった。
一応、兎が問題を起こしていないか確認しておかないと。
見た目は可愛らしいんだけど、あれ、猛獣だからね。
夕べ【アリリオ】から戻った私たちは、そこで解散はせずに、まっすぐ侯爵邸へ向かった。目的は兎を押し付ける為。
夜に押しかけるのは我ながら非常識だとは思うけれど、さすがに一晩も麻痺させたままっていうのは可哀想だからね。とりあえず、侯爵邸の檻の中に放り込ませてもらおうかと思ったんだよ。
兎の説明に関しては今日にしようと思っていたんだけど、勝手知ったる私が檻に兎を放つまでに、執事のミゲルさんが侯爵様に知らせたらしく、みんな集まって来ちゃったんだよね。
兎の餌用に野菜と、嗜好品の人参をもってきたフィルマンさんが驚いてたよ。
で、結局、その場で兎を手懐けることになっちゃってね。
えぇ、檻の中に入って、延々と盾受けしてきましたよ。フレディさんが慌ててたけれど『前にもやったらから大丈夫ですよ』と云ったら、絶句してたよ。
問題は盾を持ってきてなかったことだけど、どうせ販売候補にしてたんだからと、【召喚盾】を使ったよ。効果時間があるから、右手と左手で、交互に召喚することになって、ちょっと面倒だったけれど。
一時間くらいガインゴインと盾受けし続けて、兎が体力切れを起こしたところで終了。そこで人参を食べさせたら簡単に懐いた(服従ともいう)よ。
続いて雌の個体をと思ったら、今度は侯爵様がやると云いだしまして。
誰か止めるかと思ったけど、誰も止めないんだよ。
まぁ、私が知らなかっただけで、侯爵様、かなり名の知れた探索者だったらしく、相当な手練れなんだそうな。ちなみに、【アリリオ】出張所のネリッサさんとペペさんと一緒に各地のダンジョンを巡り、結構な数の宝物を手に入れていたらしい。
とはいえ、殺人兎と称される兎。一日麻痺しっぱなしの上、飲まず食わずで弱っているといっても、侮れない猛獣ですよ。
せめて心配しましょうよ。
……もしかして、ディルガエアの人ってみんなこんな感じに脳筋なのかしら?
ディルルルナ様の神託の賜物のような気がするよ。
まぁ、結果は、問題なく侯爵様が兎を抑え込みましたけど。
様子を見計らって、ちまちま私が回復を掛けたってこともあるけど。
私の回復魔法、パーク解放もあって、傷の修復に加えてスタミナも回復するからね。
多分、魔法を掛けてたことはバレてないと思う。本当にちまちま掛けてただけだから。スタミナ回復を目的に掛けてたようなものだからね。
兎が右ストレートを繰り出したまま、前のめりに倒れた時には、周囲から歓声が上がったよ。いつのまにか使用人の人たち総出で見物してたもの。
「で、キッカ殿、この兎はなんなのかね」
終わった後に侯爵様に訊かれたよ。説明する前に侯爵様、盾取ってきて檻の中に入っちゃったからね。
「格闘兎を番で持ってきました。番犬代わりにいかがです?」
犬みたいに鳴くことはないけれど、そこらの賊なら簡単に殴り殺すだろうし。
恐ろしく物騒だけど、元来番犬とかって賊避けだからね。
「……本当に生け捕って来たんだ」
「いや、ダリオ様、あれだけ殴る蹴るしてたじゃないですか。普通の兎はそんなことしませんよ」
まさかと思うけど、あの二羽が【殺人兎】と謳われる兎だって分かってないなんてないよね?
「ふむ、どれだけ恐ろしい獣かと思っていたが、可愛いものだな」
「力を見せつければ、恭順するみたいですよ。犬と一緒ですね。格付けさえできれば、従順になるみたいです」
リスリお嬢様の差し出す人参を、兎たちは一心不乱に齧っている。
「あと、餌をくれる人には懐くみたいですね」
「なんとも現金だな」
「とはいえ猛獣ですから、気を付けないといけませんけど」
事故が起こって、メイドさんが死にましたとか、さすがに嫌だからね。
「その辺りはきちんと周知させよう。ところでキッカ殿。先ほど出していた魔法の盾について聞きたいのだが?」
と、まぁ、昨夜はそんな感じだったよ。
【召喚盾】に関して説明したら欲しがられたけど。対物理攻撃用盾としては、非常に優秀なんだよね。何より重量がゼロだ。軽いどころじゃないから、取り回しが凄くいい。欠点は、時間でいきなり消えるから、そこの管理がなれないと大変な事態に陥りかねないってことかな。
【召喚鎧甲】系も販売魔法に乗せることになるのかなぁ。【召喚鎧】だけは今度確かめておかないと。効果が切れた途端、全裸になるのはさすがにダメだからね。もしゲーム同様全裸になったら、販売は見合わせだ。
と、侯爵邸到着。兎に関して、なにも問題がないか訊いて来よう。
◆ ◇ ◆
確認完了。
うん、問題なかった。
野生はどこへ行った? っていうくらいに馴染んでいたよ。なんなんだあの兎は。
なんというか、人参のためなら、なんでもやりますみたいな雰囲気だったよ。
まぁ、私を見た途端に目の前にまですっ飛んできて待機してたけど。
完全に舎弟という感じになってたよ。
……放置してきたあの角付き兎が気になって来たな。まさかと思うけど、あの場所で待ってたりしやしないよね。……あ、明日辺り確かめて来ようかな。
微妙な罪悪感を覚えつつ、私は温室の扉を開いた。
そういや、温室もちょっとおかしなことになったんだよね。
おかしなことというか、要は、完全にゲーム仕様になってたというか。
うん。モルフォ蝶と蜂が温室内を飛び回ってるんだよ。で、夜になると月光蝶(蝶と付いてるけど、実際は蛾)が飛んでるし。
えーと、これはアレかな? 採集しろということかな? モルフォ蝶の羽根は重要な素材だし。
常盤お兄さん、頑張り過ぎでしょう。どんな細工してたのよ。土か、肥沃土に細工してあったのか!? ほんと、この虫の出どころはどこなんだか。
というか、これ、外に解き放たれかねないんだけど、大丈夫なのかな? 外来種だよ?
あぁ、いや、気にすることもないのか。そもそもダンジョンが良く分からん魔物を解き放ってるんだし。私が数種類放ったところでいまさらだろう。
さて、植えたものは軒並み収穫できそうですよ。
異様にでっかい蜂が怖いけど。スズメバチよりおっきいんだけど。何故か襲ってくる気配はないけど、怖いものは怖い。
だ、大丈夫だよね? クマンバチみたいなものだよね?
無事に収穫を終えました。まぁ、もし刺されたとしても即死は絶対にしないから、なんとかなるんだけどさ。だからといって……ねぇ。
痛いものは痛いし、怖いものは怖い。
……巨大な昆虫とかいるのかな。数十センチサイズの蚊とかいたら、多分刺されたら死ぬぞ。注入される溶血剤云々じゃなくて、単純に失血で。
いたら嫌だなぁ。というか、そのサイズで飛べるのかな? いや、大昔にいたっていうトンボは、たしか五十センチ以上あったよね?
……考えないでおこう。もし遭遇したら、その時に焼き尽くせばいいや。
さぁ、錬金ですよ。
一番の懸念であった、壜の問題が解決しました。どうも常盤お兄さん、ゲームの仕様をリアルで行うことにこだわったようで、それに準ずるように拵えたようです。
いや、錬金台の話ね。
錬金台は、一本足のテーブルなんだけど、その足は凄く太くなっている。その足に、なにかのスロットっぽく穴が空いてるんだよね。
で、取説を読み直したところ、その他の機能のところに記してありましたよ。
このスロットにガラス、もしくはガラスの原料を入れ、魔力を通すと薬壜が錬成できるとのこと。あのインベントリに大量に入っていたガラス棒が、なんのために入っていたのか、これで理解しましたよ。
魔力を用いての錬成なので、馬鹿みたいに頑丈になるので、割れる心配はないそうですよ。ただ、薬壜しか作れないので、ほかの用途の壜は錬成できないけれど。
ただ、この壜を錬成する機能は、私のインベントリに入っていたもののみに備わった機能で、当然ながら、こっちで作る錬金台にその機能はない。
まぁ、組合にはなんとかしてもらいましょう。壜を規格化できるだけの技術があるのかは知らないけど。ひとつひとつ職人の手作りだろうしなぁ。
さて、それはさておき、錬金薬を作っていきますよ。
用意する素材は以下のもの。
ニワ茸とスギ茸と地房豆。そして酒。
お酒はアルコール度数の高いもの。【聖水】でも代用できるんだけれど、どうも代用できるってだけのようで、出来に差がでるみたいだ。なので、お酒を使っていきますよ。
これらの素材で、運搬力増加と滋養強壮効果が付く薬ができる。……スタミナ回復速度上昇を滋養強壮と云っていいものだろうか? まぁ、いいや。それと魔力回復だったかな。なにかマイナス効果はあったっけ?
まぁ、作ってみれば分かるか。
あ、ゲームだと素材を選んでクリック一回で薬ができあがるけれど、リアルだとそうはいかない。まぁ、当たり前だよね。そんなわけで、薬を作るには時間が掛かるわけで。
一本つくるのにそんなに時間を掛ける訳にもいかない、と常盤お兄さんは考えたらしく、一度に十本分作ることのできる仕様になっていますよ。
十本なのは、錬金台の容量の問題。私の場合、祝福のせいで二倍に増える可能性があるからなおさらだ。
薬の製作自体は難しくはない。
・乳鉢と乳棒を使って、素材をゴリゴリと磨り潰してペースト状にする。
・ペースト状にしたものに、アルコールを加え攪拌する。
・蒸留器にセットして蒸留。
・蒸留し終わったものを壜に詰める。完成!
尚、これらの行程中、錬金台より魔力を吸い取られる。とはいえ、自然回復量とさして変わらないので、吸い取られる感覚は無し。
ね、簡単でしょ。一、二時間もあれば作れてしまう。磨り潰すのが面倒なだけかな。
では作っていきますよ。もう壜は必要数錬成してあるからね。
ということで、出来上がりました。全部で十四本。祝福、十本ワンセットでの判定ではなく、一本分ずつ判定が行われるみたいだね。四本分多くできたよ。
別の云い方をすれば、『まったく無駄がなければ二十本制作可能』ということなんだろう。
まぁ、実際、それは不可能みたいなものなんだろうけど。お酒だって、熟成の為に樽で寝かせると目減りするわけだからね。
では、出来上がったものの性能をインベントリに放り込んで確かめてみましょう。
えーと……。
五分間二十五キロ運搬量増加
五分間三十一%スタミナ回復速度上昇
一分間眩惑魔法効果二十五%上昇
三十秒魔法耐性十二%低下
三十九ポイント魔力回復
おぉう、マイナス効果が付いたか。まぁこんなものかな。魔法耐性なら、マイナスがついたところでさほど問題ないだろう。
それじゃ次。
小麦と青茜。こっちは十六本作れた。
一分間生命力を二十五増加
生命力を三十九ポイント回復
おぉ、下級回復薬より効果は上ですよ。これなら抉れた肉くらいなら修復できるんじゃないかな。
生命力増加分も回復と同じ効果みたいなものだし、正味六十四ポイント回復ですよ。
最後に麻痺薬。
妖魔の腰掛とブラキキトン。これは十二本。
六秒間麻痺。うん、今の技量ならこんなものでしょう。
動物を狩るにしても、六秒だと短すぎるかな? ただ、効果時間が過ぎれば、毒性は完全に消えるからね。痕跡もまったくなく。
これ、売って大丈夫かな?
まぁ、組合に持って行って聞いてみよう。ダメなら自分で使うさ。
ふぅ。地味に疲れた。お昼から錬金を始めて、もう夕方ですよ。
と、そうそう、万病薬も薬壜に移し替えないと。
万病薬も量産ってわけじゃないけれど、一日一壜ずつなら作れるようになりました。
いや、作るっていうのかこれ?
ゲームに登場した【白い薬壜】。ゲーム内での説明だと、この薬壜に入れた薬を、延々と生成するという、魔法の壜。
あれだ、いくらでもスープが湧きだす鍋とかと同じ類の代物。
この薬壜は空にすると、一日後、入っていた薬でまた満たされるというものだ。
ゲームだと生成できる薬が仕様上限られていたけれど、トキワお兄さんが用意したこの【白い薬壜】は、ゲーム内の説明そのものの代物ですよ。
インベントリにそれが五本。椀飯振舞ですね。
多分、インベントリに入ってはいるものの、入手する術がない薬のために、追加されたんだと思うけど。
そのうちの一本を万病薬に使用。多分、一度効果を決めたら変更できないだろうから、これは今後、万病薬を生成する壜となりました。
素材の入手は可能になったけれど、量は作れないだろうからね。さすがに鷹の羽はそんなに大量に手に入らないと思うから。
あともう一本。多分、私では作成が絶対に不可能な薬品を入れましたよ。
【究極回復薬】。僅かでも息があれば、全快するんじゃないですかね、この薬。
残りの三本は、慎重に使用を決めようと思うよ。
多分、付術補助薬と鍛冶補助薬に使うと思うけど。地味に造るの面倒だから、このふたつ。
となると、残りは実質ひとつか。もしこの世界に蘇生薬、いわゆるエリクサーとかアムブロシアー的なものがあるなら、それに使うべきなのかなぁ。
いや、そんなものは無いと思いたいんだけど。
さて、本日のお仕事(?)はこれにて終了です。
明日は……うん、角兎のいたところへちょっと行ってみよう。ついでに召喚魔法の修行もしよう。街道から離れているし、多分、スケさんだしても見つからないだろう。
いや、いっそ、アルスヴィズを召喚して、森にまで行った方が見つかる心配はないか。うん、そうしよう。
明日の予定も決まったし、それじゃ、今夜のご飯をつくりましょう。
昨日は時間も遅くなったから、ハムとチーズだけで済ませちゃったからね。
今日はしっかりとご飯を食べたい。
さぁ、なにを作ろうか。
そうだ、グラタンを作ろう!
あの、ほんのり焦げて、ぱりぱりになったチーズが食べたい。
久しく食べていない、あのチーズの味を思い出し。私はニヤニヤしながら台所へと向かったのでした。
誤字報告ありがとうございます。