46 【狼の盾】の皆さんを雇います
夕べの差し入れは好評だった。
まぁ、若干問題も起こったけれど。うん、殴り合いが発生した。それをおかみさんが一喝して、じゃんけんで決めろと収めたけど。
いや、おかわりの奪い合いが発生してね。スープの量に合わせて麺を持って行ったから、ある程度は余裕はあったんだけど、さすがにみんなに二杯分の量はなかったからね。
どこの世界も土建屋は血の気が多いんですかね? いや、なんかこれは偏見っぽい感じがしてはいるけど。
そんなわけで、私はお家に帰ってから食べましたよ、豚骨ラーメン。
スープ、問題なし。麺、残念だった。うーん、捏ね足りなかったのかな? それとも配分? 微妙にコシがなかったんだよね。まぁ、途中で千切れたりしたんだから、さもありなんってことかもしれないけど。
次回からは配合とか記録して、いろいろ考えて作っていこうかしら。
さて、本日は午前中に、侯爵邸に行ってフィルマンさんに豚骨ラーメンのレシピを届けた後、小間物屋さんとかを回る。ほっそい紐を何本か購入。これで組紐を作ろうかと。いい塩梅に出来上がったら、ララー姉様に発注して作れるか聞いてみないと。
何に使うのかって? 鍛冶を始めたら剣とかの柄を組紐で巻こうと思ってるんだよ。ほら、日本刀の菱型の模様ができてる柄のあれね。やり方は例の【ドワーフの知識】に入ってたみたいで、知識はあるんだよ。こっちの、ただグルグル革紐を巻いたものが主流なのをみると、ちょっとね。
こうして買った紐と、あと短いベルト、多分犬の首輪? それともなにかまとめるベルトなのかな? を数本買って午前中のお出かけは終了。お家に帰ってからベルトに付術をしました。
仕様が五作目ではなく、四作目であるため、攻撃魔法等も防具にも付術できるようになっている。おかげで、いわゆる呪い装備が作れるわけだ。着脱は自在だけどね。
あ、これを利用して冷蔵庫作れないかなと思っていたけど、作るのは中止。どう考えても冷凍庫にしかなりそうにない。温度が低すぎるんだよ。まぁ、攻撃魔法だからね。威力はひんやりって程度じゃ済まないよね。とはいえ、これはこれで使い道はあるけれど。
でも冷蔵庫問題は解決したよ。冷蔵庫、というよりはアイスボックスになったけれど。
インベントリに入っていた溶けない氷、【魔法の氷】。鍛冶素材で、付術ありきならば、作成できる中では最強の武器の素材。
鉱石扱いだけど、氷は氷なので、いい塩梅にひんやりとしているんだよ。これを箱に敷き詰めて、その上にくっつかないように皿ごと保存するものとか、冷やして固める物とかを入れて置けば冷蔵庫代わりにできるのよ。
ゲームでの【魔法の氷】、いわゆる【魔氷】のできる場所を考えると、絶対に食料品には使いたくはないけれど、これは常盤お兄さんが造った代物だからね。こういう風に使ってもまったく問題ありません。
と、話が脱線した。ちょっと必要になったので、呪いのアイテムを作ろうと思う。使う魔石は極小サイズ、ビー玉サイズで十分効果がでる酷い代物。防具の場合、魔力消費せずに効果を発揮し続ける物品になる。保持させる魔力量も考える必要もないから、作るのはお手軽だ。効果は酷いけど。
ということで三つ作成。ふたつあれば十分だけど、ひとつは予備。これ、冗談じゃなしにヤバいから、管理はきちっとしとかないと。
では軽くお昼を食べて、午後は組合へいきますよ。
もう組合員証できてるかな? それと格闘兎の報奨金とやらを貰わないと。
◆ ◇ ◆
「こちらが報奨金の金貨二十枚になります」
組合にて、狩人受付で名乗ったところ、すぐさま金貨が目の前に置かれた。
金貨十枚の束がふたつ。
え、高くない?
「そしてこっちが、今回の迷惑料、銀貨十五枚です」
迷惑料って。あれ? 報酬としてもらった銀貨五枚はどうなるんだろ?
「最後に、懸賞金の白金貨三枚です」
は?
「懸賞金ってなんですか? それと先に貰った報酬の銀貨五枚はどうなるんでしょう?」
「未確認生物に対し、懸賞金を懸けている貴族様が何人かいるんですよ。殺じ……格闘兎に懸賞金を懸けているのはお一方だけですから、懸賞金も控えめな金額ですね。
銀貨五枚はそのままで。そちらも迷惑料の一部となります」
白金貨三枚で控えめって、白金貨一枚で三年とちょっと贅沢にのほほんと暮らせる額だよ。兎一羽でこの額って。確かに下手すると殺され兼ねない兎だったけどさ。
というか、家建てたりして散財した分が戻って来たよ。むしろ増えた。
「あと、こちらがキッカさんの組合員証になります。ご確認ください」
チャロさんが名刺サイズの金属板を差し出した。赤っぽい光沢の金属板。名前が刻みこんであり、名前の下には【探索者】【狩人】【傭兵】の文字が並んで刻んである。【探索者】【狩人】の頭の前には●の印。これが登録してある職? ということだろう。
傭兵登録はしてないからね。
刻んである文字は、微妙に角が削れて丸くなっているようにみえる。金属板の表面もちょっとくすんでる? こういう加工ってわけじゃなさそうな感じだけど、なんでだろ? ちょっと年季がはいっているように見える。
左上の部分に小さい穴。ここに紐を通して、首にでも掛けておくのかな? 右下に、青色の小指の太さくらいの……石? がはめ込んである。いや、はめ込んである訳じゃないな、表と裏で挟むようにして、しっかりと留めてある。かなり薄く仕上げてあるね。
これ、造るの大変そうだね。
「右下の青い石はどんな意味が?」
「それは等級を示します。青は五等級になります。最初から青級での登録は快挙ですよ」
……えぇ。
「あの、等級というのは?」
「あれ? 説明を受けていませんか?」
「え? チャロさん、私が登録に来た時にいましたよね?」
「あぁ。私、チェロと申します。チャロの双子の姉です」
双子!?
「タマラちゃん?」
「キッカさんが登録された時は、いろいろとありましたから」
総合案内受付のタマラさんが、あまり抑揚のない声で答えた。
なぜかホッケーマスクを被ってる。
仮面でわからないけど、タマラさん、遠い目をしてそう。というか、仮面被ってお仕事してて大丈夫なのかな。ホッケーマスクって、妙な怖さがあるし。
「タマラちゃん、仮面脱ごうよ。キッカさん驚いてるよ」
「いえ、驚いてはいませんけど。私が渡した仮面ですし。というかタマラさん、その仮面気に入ったんですか?」
魔法の道具の見本品として渡したんだけどな。カウンターの端にでも置くか、飾っておいてもらえたらと思ってたから、タマラさんが被って受付してるのを見たときはちょっとびっくりしたんだよね。
「ふふふ。これを被っていると、みんなが私を注目してくれます」
注目って、受付に目立つ意味ってあったっけ?
「でもすぐに忘れ去られます。ふふふ、寂しい」
いや、なにやってんですか。
「なにがあったのか、あとで詳しく聞かせてね。チャロの云うことは滅裂でよくわからなかったのよ。
ではキッカさん。簡単に等級について説明を。
組合では、組合登録者の依頼達成率等から、ランク付けをしています。ランクは七段階。神様になぞらえています。一等級が無色。以下、金(黄)、紫、黒、青、緑、赤となっています。
本来は赤等級から始まるのですが、キッカさんは格闘兎狩猟の実績から、二等級とばしての、青からの登録となりました」
あぁ、仮登録中に格闘兎を狩ったからか。
「尚、無色級の組合員は存在しません。なので、実質最上位は金級となります」
「なぜ無色級は存在しないのです?」
「アレカンドラ様は特別ですから」
あぁ、なんとなくわかった。
こっちの人たち、アレカンドラ様に関しては凄い信仰と畏れを持ってるからね。
で、一昨日の会議の際、髭がやったことが露見。それが原因でアレカンドラ様が怒っていると云うことが知れた結果、勇神教は他五教から突き上げを喰らってえらいことになってるらしい。
まさに青天の霹靂となった教皇様が可哀想な気がするよ。あの髭が独断で勝手にやってたそうだから。
ララー姉様が云うには、
「監督不行き届きなんだから同罪、哀れむ必要なんてないわねぇ」
とのこと。
勇神教の勢力が落ちそうだね。
「ほかに質問はございますか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。
あ、タマラさん。近く、薬用の作業台がここに搬入されるので、置き場所の確保をお願いしますね。大きさは、待合所の、そこの丸テーブルの背をすこし高くしたくらいですから」
「え、キッカさんが注文したんですか?」
「はい。ゼッペルさんの所に発注しました」
うん、なんだろう。凄い会話しづらい。恐るべしホッケーマスク。
「しばらくは『私の要望で組合に置いてある』ということで、お願いします。薬の実績がでたら買い取ってくださいね。
あ、これ、素材の片割れです。裏庭に花壇ありましたよね? 植えて置けば、放っておいても勝手に増えますから」
そう云ってタマラさんに背嚢から出した青茜の鉢植えふたつを渡した。鉢植えといっても、掌に乗るようなちっさいサイズだけど。
繁殖力の強い多年草だから、簡単に増えるだろう。
「随分と可愛らしい花ですね」
「使うのは花の部分ですよ。あ、雑草と思われて、処分されないようにしてくださいね」
見た目がちょっと貧相だから、雑草と思われそうだ。
「それでは植えてきましょう。失礼します」
「ちょ、タマラちゃん!?」
タマラさんは鉢植えを持って、奥の扉をくぐって裏庭へ行ってしまった。
「自由ですね」
「タマラちゃんだからね」
チェロさんが諦めたように云った。
あぁ、いつものことなのね。
「ではキッカさん。今日はなにか依頼を請けていきますか?」
「いえ、今日はもう時間も時間ですから、やめておきます」
これで組合の用件は終了。
それじゃもうひとつの目的を果たしますよ。人員の確保を行います。
午前中に造った呪われアイテムを試そうと思ってね。あ、別に人体実験をしようってわけじゃないよ。
格闘兎の牡を捕まえてこようと思って。侯爵様たちにも生け捕り云々と云ったから、ちょっとチャレンジしようと。
少なくとも牡を一羽。できれば番で捕まえたい。
ただ、一羽だけならともかく、二羽以上になったらひとりで運ぶのは厳しいからね。
インベントリ? うん、使えば楽だけどさ、街に入る時には担がないとマズいわけで。で、一メートル近い兎を二羽とか担いで運ぶのは辛いのですよ。というか、重すぎる。
そんなわけで、兎を担いでもらえる人員を確保します。
とりあえず、受付前の待合所を見回す。昼過ぎということもあって、三人以外人はいないね。
いるのはフレディさんたち。確か傭兵さんだよね? 私の依頼を請けてもらえるかな? 単なる荷物持ちみたいなことになるんだけれど。
まぁ、聞くだけ聞いてみよう。
「こんにちはー」
「やぁ、キッカちゃん。景気良さそうだね」
「なんだか、たまたま狩った兎に懸賞金が掛かってたみたいで、予想外の収入でした」
あれ? そういえば私、フレディさんしか名前を知らないよ?
「羨ましい限りだ。それで、俺たちになんの用だい?」
赤髪のお兄さんが訊いてきた。よかった。どう切り出そうかと思ってたんだよ。
「えーと、皆さんは傭兵さんですよね。私の依頼とか請けてもらえます? 護衛兼荷物持ちみたいになってしまいますけど」
「荷物持ちって、なにを運ぶんだ?」
「兎ですよ」
フレディさんに答えた。
あれ、微妙な顔をされたよ。いや、当たり前か。
「え、兎を運ぶのか?」
「ちょっと兎を数羽捕まえようと思うんですけど、私だけだと一羽しか担げませんから。【アリリオ】の宿場で懲りたんですよ。凄い変な恰好で歩くことになったので」
「変って、どうなことになってたんだい?」
「えーっとですね、背嚢を前に背負って、背中に兎を担いで、両手にスクヴェイダー持って歩いてました」
うん。可哀想な子を見るような目で見ないでくださいよ。
「シメオン、どうする?」
「依頼料は幾らだ?」
あ、決めてなかった。
「相場って幾らなんです?」
「俺たちの場合は、ひとり一日銀貨五枚が基本だ。戦闘があった場合はそこに幾らか上乗せだな」
「え、安すぎません?」
傭兵ってそんな料金なの?
「基本的に【アリリオ】とサンレアン間の護衛しかしていないからな。距離も近いし、危険も少ないから値段としてはそんなもんだ」
なるほど。数をこなしてる感じかな。
「うーん……あ、皆さんひとつの傭兵隊ですよね?」
「あぁ、一応【狼の盾】と名乗ってる」
「では、一日金貨一枚で【狼の盾】の皆さんを雇います」
あれ? 驚いた顔で固まられた。
「また随分と張り込んだな」
「あぶく銭はパーっと使ってなんぼですよ。それに無駄遣いってわけでもないですしね」
シメオンさんに答えた。それに行く場所がちょっと森の深いところだから、危ないっちゃ危ないんだよ。
「その仕事請けよう。出発はいつだ?」
「明日の早朝、一の鐘に北門前でお願いします」
「了解した。ふたりとも、いいな?」
シメオンさんがフレディさんと、赤髪のお兄さんに確認する。
「問題ない。たまには違った場所にも行きたいしな」
「リーダーの仰せのままに。
というわけだ、キッカちゃん。護衛と荷物持ちは任せな」
赤髪のお兄さんがウィンクを飛ばしてきた。
おぉ、これは私、コナかけられてるのか? ……いや、ないか。この遮光器仮面の小娘に対して。リップサービスみたいなものだろう。
「はい。よろしくお願いしますね」
さぁ、明日は兎狩りだ! できれば一日で終わればいいなぁ。
誤字報告ありがとうございます。