43 神の罰に慈悲なんてありません
五月八日の朝。玄関先に現れたのは、見たことがあるような、ないような騎士さんだった。
二十代半ばくらいの、生真面目そうなお兄さん。
あれ? 誰だっけ?
「おはようございます。キッカ様。お迎えにあがりました」
「あ、はい、ありがとうございます。えーと、お会いしたことがありますよね? ごめんなさい、名前が思い出せません」
「あぁ、覚えておいででしたか。一昨日、街門のところで。私はセシリオ様と一緒でしたので、挨拶はしておりません。
改めまして。私、ロクスと申します。以後、見知りおきを」
騎士のお兄さんはそういうと、右手を胸に当て一礼した。拳を握っているところをみると、騎士の礼の仕方なのかな? と私も挨拶しないと。
「これはご丁寧にありがとうございます。キッカと申します。よろしくお願いします」
「では参りましょうか。準備のほうはよろしいですか?」
「ちょっと待っててください。荷物を持ってきます」
私は慌てて玄関から室内へ。準備はもうしてあるんだ。呪文書を詰め込んだ背嚢に、杖を七本。……多いな。薬はポシェットに入れてあるから、これでよし。
本日の恰好は変成魔法補助装備、いつもの灰色の服にいつもの仮面。ドレスっぽい格好をするよりも、いつものこの格好でいいだろう。魔法使いとして行くようなものだし。
そもそもドレスとか持ってないしね。
さぁ、侯爵家へ向かおう。と思ったら、ララー姉様に呼び止められた。
「キッカちゃん、ちょっと待って」
「なんでしょう? ララー姉様」
「これを耳に入れておいてねぇ。テスカセベルムの教会は、今はテスカカカ以外の神から見限られてるわぁ。原因は……云わなくても分かるわよねぇ?」
え、またなんで唐突にテスカセベルムの話が?
まぁ、そんな事になってる理由は、なんとなく分かりますけど。もしかして――
「私の悪戯のせいもあったりしますか?」
「というより、それに便乗した感じかしらねぇ。みんなの立像は顔が無くなってるし、お母様のレリーフは割れてるしねぇ。そうそう、お母様、キッカちゃんの死体を作ったりと、結構やりたい放題してたわよぉ。だからキッカちゃんは、完全に死亡したことになってるわねぇ」
えぇ、私の死体って……え、大丈夫なの?
「あの、その死体って、裸にされたり悪戯されたりとかしてません?」
「それは大丈夫よぉ。神子の死体だーってことで、変な事しそうだったからねぇ。服を脱がしたりは出来ないようにしてあったわよぉ。まぁ、胸を揉んだ不届きな男はいたけどねぇ」
……へぇ。
「ちゃんと罰は落ちてるわよぉ。彼は常時性欲を持て余す状態になってるけど、それを解消できなくなってるからねぇ」
不能になったのかな? でもそれって暴力に走ったりしない?
「暴力とかはないから大丈夫よぉ。そっちもすでに呪い済み。そのうち自殺するんじゃないかしらねぇ?」
にこにことララー姉様。
というか、云ってることが……。
いや、それよりも、さらっと心読まれてるよね? まぁ、いいけれど。
それにしても神様の呪いとか、もう自業自得としかいえないね。とはいえ、偽物とはいえ私の胸揉んだ奴がいるのか……うぅ、気持ち悪い。
「これくらいかしらねぇ。それじゃ、気を付けていってらっしゃい」
「あ、はい。行ってきます」
ふふー。こうやって『いってらっしゃい』って云われるのがすごい嬉しいんだよね。
こういうのもそのうち慣れちゃったりするのかなぁ。そういうのはちょっと嫌だなぁ。
さて、本日は魔法販売に関しての会議である。内容は関係者各位への周知、販売方法の説明、販売価格の決定、これらを決めるだけだ。
問題は価格だけかな。大雑把に決めはしたけど、どうなることやら。なにしろ、現状相場が無い状態だから、好き勝手に値段付けられるしね。需要は十分以上にあるわけだし。
まぁ、そこは丸投げかな。
イリアルテ家には馬車で行きますよ。御者はラミロさん。なんだか久しぶりな気がするよ。
さすがに持て余していた杖をロクスさんが持ってくれた。全部渡すのもなんだか申し訳ない気がしたから、四本お願いしたよ。
ガタゴトと揺られて、やって来ましたよ侯爵邸。ここの庭の片隅にあった、庭師小屋をちょっと前まで借りてたんだ。いまどうなってるんだろ? 普通に快適に住めるようにしておいたんだけど。
もし放置されてたりするんだと、ちょっと悲しい。
で、侯爵邸だけど。いわゆるお城っていう感じではなく、えーと、宮殿っていえばいいの? そんな感じの建物だ。分かりやすくいくと、国会議事堂とかホワイトハウスとか、そんな外観の建物。
もっとも、そこまでは大きくはないけれど、それでも大邸宅という言葉では足りないと思えるくらい大きい。
玄関先に馬車が着けられ、私はロクスさんの後に馬車を降りた。
出迎えてくれたのは、執事長のミゲルさん。いかにも執事って云う感じのおじさんだ。
あれだ、『自分は変態だ』って自らを蔑んでいる、某アメリカンヒーローの執事さんみたいだよ。
どうしてアメリカンヒーローの主人公は不幸な身の上で、ある意味、精神に問題のある人間が多いのか。
いや、いまはどうでもいいね。それ。
「いらっしゃいませ、キッカ様」
「お久しぶりです、ミゲルさん。今日はお世話になります」
ミゲルさんに挨拶をして、ロクスさんから杖を受け取り……あ、メイドさんが持ってくれてる。
「ありがとうございます」
「いえ、お手伝い出来て光栄です」
え、光栄って、私はどんな扱いになってるんだ?
メイドさん、目がキラキラしてるし。
えぇ……。
リリアナさん、あなたはなにをしたんですか!?
なんとも釈然としない気持ちを抱えつつ、私はミゲルさんに付いて歩いていく。後ろには杖を四本抱えたメイドさん。
「こちらになります」
そう云ってミゲルさんはノックをすると、扉を開けた。
「失礼します。キッカ様をお連れしました」
ミゲルさんに続いて、室内に入る。
って、なんだか思ったより人が多いよ。
上座に侯爵様とリスリ様のお兄さん。
そう云えば、ふたりの名前を知らないよ? え、聞いたっけ? 聞いてないよね? これちょっとマズい気がするな。あとで名前を聞こう。
次の席が空いてて、三番目の席に組合長、その後ろに副組合長が控えている。
四番目にバレンシア様ともうひとり。
これはふたり一組という形だね。ひとりが席について、ひとりがその後ろに控えてる。
次が紫色の法衣を着た赤毛のおじさん。紫色というよりは、淡い藤色って感じかな。そして黒色の法衣の金髪の女性、青色の法衣の痩せ気味の男性、緑色の法衣の白髪と茶髪の斑髪の若い女性、最後に赤色の法衣のどっかでみた髭。
「ほう、今頃になるまで待たせるとは、また随分といいご身分だな」
お、なんかいきなり因縁をつけられましたよ。見た事ある髭のおっさんに。えーっと、思い出した! 勇神教の枢機卿じゃないのさ。なんでこの髭に偉そうにされなくちゃならないんだ? そもそもなんでここにいるんだ?
私は別に勇神教の信者でもなんでもないぞ。というか、こいつ嫌いだ。
よし、無視しよう。
「私はどこに座ればよいのでしょう?」
「ミヤマ様、こちらに」
バレンシア様が自らの隣の席を示した。って、そこの席って!
一番の上座は議長を兼ねる侯爵様ですけど、私、そこだと二番目ですよ。正面に組合長が居ますよ。というか、ここは本来はバレンシア様が座る場所じゃないんですか? ここにいるディルガエアの国教の代表者はバレンシア様なんですよ!
えぇ、大丈夫なのこれ?
「私如きがここに座ってもいいのでしょうか?」
「問題ない。君はこの会議の主役だ。むしろその席でなくては困る」
「わかりました。失礼します」
侯爵様の言葉に、恐縮しながら席に着く。あぁ、メイドさんが控えの人みたいに私の後ろについて、杖を持ってくれたよ。あとでなにかお礼をしよう。
「なんだ。身の程を弁えているではないか。ならば貴様の持つ魔法の技術とやらを我が勇神教にすべて渡し、この場から消えるがよい。まともに時間も守れぬような輩が、そのような力を持つべきではない。
それらの力は我らが管理運用してこそ価値があるというものだ。
理解したな。ならばすべての資料を私に渡し、我が勇神教に帰依するがよい」
「カッポーニ殿、我らを蔑ろにするようなその発言はどういうことか?」
黒い法衣、月神教の女性があからさまに不快感を示す。
「月神教の、お主たちは自らの崇めるアンララーより魔術を賜ればよかろう。ここにある技術は、我らによって使われてこそ価値がある」
立ち上がり、髭が偉そうに宣った。
つーか、この髭はなにしに来たんだ? どれだけ増長してんの?
そんなに顎割れと強姦魔がお気に入りか。まだ生きてるのか知らないけど。
なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの?
って、このフレーズ使うようなことがあるとは思いもしなかったよ。
ひとり騒いだところで、他の方々がどうぞどうぞと云う訳ないだろ。
時間の無駄だよ。害悪でしかないな。
潰すよ? 私、あんたに殺されたようなもんだし。
生きてたのは、私が飢え死ぬことが無かったからだよ。
……あぁ、こういうことですか、ララー姉様。
それで最低限の情報を入れてくれたんですね。ありがとうございます。
ふふふ、ネタは揃ってるからね。どうとでもできるよ。ダメならダメで構わないし。やりたいようにやっちゃうよ。
しかし良く口がまわるねぇ、まだなんかグチグチいってるよ、このクルクル髭。そういえば顎割れが質問してたとき、スラスラと嘘八百並べ立ててたっけ。
……今思ったけど、あの内容。アレカンドラ様が激怒する案件じゃないの? それにノルニバーラ様、一方的に魔王側ポジか、魔神にでもされてるんじゃない?
ここにノルニバーラ様の、えと、審神教だっけ? の人たちもいるよね? 法衣の色から察するに、各教会からふたりずつ来ているみたいだし。
……思いっきり争いの火種でも投下してやろうかしら。
「侯爵様? 確か本日の会議は正午過ぎからと聞きましたが、いつ予定が変更になったのでしょう? どうやら私は遅刻したようですが、時刻変更の連絡は受けていませんよ」
「いや、キッカ殿はなんの問題も落ち度もない。我々が先に顔合わせをしていただけだ。むしろキッカ殿は予定よりもずっと早く到着している」
「それはよかった。とはいえ、お待たせしてしまったようですね。申し訳ございません」
ひとまず頭を下げておこう。
「ふん。はじめからそう殊勝にしていれば良いのだ。さぁ、私と共にくるのだ。そしてそなたの持つ技術をすべて渡してもらおう」
「カッポーニ殿、あまり勝手なことをしないでいただこうか」
「バレリオ卿、これは勇神教と彼女との話だ。口出ししないでもらおう」
「カッポーニ殿、随分と勝手じゃないか。それを我らが許すとでも? そもそもキッカ殿はあなたに返事などしていないよ。無様に突っ立っていないで、いいから座れ」
緑の法衣のお姉さんが云ってくれた。って、エルフだこの人! 初めて見たよ。って、髭をやり込めてる。いいねいいね。こういう物言いをはっきり云ってくれるひとは好きだよ。訳の分からんクレーマーみたいなのだったら、死ねやボケとか思うけど。
「アンゼリカ殿、いくらあなたが何を云おうと、その小娘が頷いたのだ。私と共に来てもらうぞ!」
はぁ……。いつ頷いたんだよ。どんだけ自分勝手な脳内補正をしてるんだよ。
思わずため息がでちゃったよ。
よし、潰そう。こんなのがいたんじゃ時間が無駄になるだけだ。基本、私は後先考えないほどに短気な性格だからね。自分でどうにかしなくちゃならないことに対しては馬鹿みたいに気長だけど。
「黙れよ犯罪者。私はあんたに命令される謂れはないぞ」
立ち上がり、云ってやった。
というかお兄さん。私が口調を変えたからって、そんな驚いた顔をしないでくださいよ。
「犯罪者だと!? 貴様、私を侮辱するか!」
「犯罪者だろう? 十三歳の娘を真っ暗な地下牢に押し込め、二十日近く放置したじゃないか。まさか、水も食事も与えずにいたのに、今も元気に生きているなどと云うまいな」
ここまではっきり云うと、枢機卿は大きく目を見開いて私を見つめ、言葉を詰まらせた。
おぉう、他の皆さんも凄い目で枢機卿を見てるよ。
「えーと、これだけの人数がいるということは、各教会の代表者がいるということですよね? でしたら、テスカセベルム、勇神教会が現状どういう事態に陥っているかも、皆さんもう承知済みですよね? バレンシア様?」
「えぇ、テスカカカ様以外の神より見放されたという話ですよ。派遣していた司祭たちが全員戻ってきましたからね。『神の居らぬ地で活動などできません』と云って」
「神の立像の顔が消える。アレカンドラ様の象徴が真っ二つに割れる。いずれも異常な事態ですからね」
黒い法衣に身を包んだ、金髪の女性が云った。若いな。まだ二十代なんじゃないかな? 黒ってことは、月神教の人だね。
「もちろん、私共の司祭たちも全員戻ってきましたよ」
「そんなものは根も葉もない噂だ! 悪意ある者による嫌がらせに過ぎん! 神をも畏れぬ不埒者を、現在教会を総動員して捜しているところだ。けっして神に見放されたわけではないわ!」
枢機卿が唾を散らしながら喚く。
誰が見ても、必死に取り繕ってるようにしか見えないよ、髭。
打たれ弱いなー。なんでこんな小物が枢機卿になれたんだろ?
コネかな? それともお金かな? この感じだと勇神教は腐敗してそうだね。
「そうですか。では、アンララー様の像の足元に置かれていた羊皮紙に記されていた、あの文言はなんなんでしょうね?」
次なる爆弾投下。
あ、髭、驚いた顔のまま固まった。
他のみなさんの目が私に向いた。
「『神子を殺せし者どもに、我らの祝福を受ける資格なし』」
私がそういうと、枢機卿の顔が面白いくらいに引き攣った。
「その様子ですと、思い当たるところがあるようですね。きちんと覚えておいでのようですし、ご理解いただけますね? つまりはそういうことですよ。カッポーニ枢機卿」
丁寧な口調で云った。私は性格悪いぞ。散々な目に遭ってきたせいで歪んでいるからね。勝てる勝負なら徹底してやるよ。
そもそも負けてもいいと思っている時点でロクでもないのだ。
「あーキッカ殿、で、よろしいか? 私は審神教の大主教ラドミールと申す」
「はい。ラドミール様、なんでしょう?」
「あなたは勇神教でなにがあったのかご存じのようだ。できれば詳しいところを教えてはもらえないだろうか?」
四十前後くらいかな? 浅黒い肌に赤毛のおじさん。なんだろう、バイキングといって、真っ先に思いつく雰囲気のおじさんだよ。この人も迫力が凄いね。宗教家とは思えないや。両手斧を振り回してそう。
「構いませんが、非常に腹に据えかねる話になりますよ。それに、我々人間にはどうすることもできないことになっていますが。それでもお聞きになりますか?」
聞くと後悔するかもしれませんよ、と、すっごい遠回しに云ってみる。
実際、神様案件に発展してることだからね。私たちが心配したところで無意味なんだよ。そこの髭を吊るし上げても意味ないしさ。
「月神教大主教のガブリエルです。そのお話は是非ともお聞かせください、神子様。本日の趣旨とは外れますが、私たちにとって非常に重要なことなのです」
「いや、私は神子ではありませんよ」
「えぇ、存じています。我らが六神、そしてアレカンドラ様の神子ではないということは。ですが、あなたは神子様なのでしょう?」
げ、そう来たか。ということは、結構なところまで調べたんだろうなぁ。さすが月神教ってところか。確かアンララー様、諜報の神でもあったし。謀略だっけ?
まぁ、神子って云えばそんな感じになっちゃうんだろうなぁ。授かった力とか考えると。
私キッカ、常盤お兄さんの神子です!
って感じだもの。あはは、どうしましょ。いやほんと、どう答えよう。
嘘はつきたくないんだよ。基本的にこの手の人たち、お兄ちゃん曰く『妖怪女狐古狸』って呼ばれるような、組織の重鎮をやるような人たちには嘘なんて絶対バレるから。
「神子、と呼ばれたことはありませんよ。そして私にもその自覚はありません」
こう答えるしかないよね。というか、視線が怖い。
「では、私の知ることを簡単に。まずは状況を」
そういって仮面を外し、私はひとつ息をついた。
仮面を外すのをすっかり忘れてたからね。このままだと失礼もいいところだ。
なんだかみんなが息を飲むの聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
「簡単なことです。彼らのやったことの後始末のために、今現在もアレカンドラ様が奔走しているということです。この世界は破滅の瀬戸際にありますからね。彼らのやらかした行いのせいで。
ですから目付け役としてのテスカカカ様を除き、他の神々は彼らを見限ったのですよ。テスカセベルムの教会が現状どの様な事態に陥っているのかは、教会関係者の皆様はもちろんご存じでしょう?」
皆の視線が私から髭に移り、そしてまた私に戻って来た。
「アレカンドラ様が奔走しているというのは?」
「簡単に云えば異世界の神との和解です。そこの髭のせいで、アレカンドラ様はみっつの世界の神、それぞれを相手にしなくてはならなくなりましたからね。
和解といいましたけど、要は戦争の回避ですよ。さすがに自分と同等、下手すると自分以上の神三柱相手に戦うことなどできませんからね。例え勝てたとしても、この世界は滅茶苦茶になるでしょう」
うわ、一気に空気が重くなったよ。怖っ!
「カッポーニ枢機卿、君たちはいったいなにをしたのかね?」
「誓ってなにもしていない。すべてその娘の世迷言だ!」
「ほう、ならばなぜ、勇神教会に祭られている我らの神の顔が失せたのでしょう? まさか、あなたたちが削った、というわけではありますまいな?」
「その上でアレカンドラ様の象徴をたたき割ったと?」
「不遜どころの話ではないな。説明願おうか、カッポーニ殿」
おおう、凄いことになったぞ。
……座っちゃっていいかな? いいよね? 座っちゃお。
座り、ひとつ息をつく。ふと侯爵様に目を向けると、侯爵様、意地悪そうにニヤニヤと笑っていた。
侯爵様、この事態を楽しんでるな。あぁ、そういえば、王都に召喚された原因ってテスカセベルムのせいだったよね。
情報も集めてただろうし、勇神教が絡んでたことも知ってるんだろう。
でなきゃ、この事態を面白そうに見てないよ。
正面に座ってるギルマスとサブマスは我関せずを貫いてるし。
「埒があきませんね。ここはミヤマ様にお訊きしましょう。
ミヤマ様、勇神教はいったいなにをしたのです?」
バレンシア様が私に訊ねた。
うーん、どう答えようか。
「まず、枢機卿が話していたこと。そして、彼らが行ったと私が確認できていることをお話ししましょう」
皆の注目が私に集まった。
「なんでも、アレカンドラ様を祭った旧大神殿で、勇神教、いやテスカセベルム軍ですかね、それが世界の破滅をもくろむ魔王の尖兵たるノルヨルム神聖国の軍と戦い、宝珠を奪い合ったとか。
勇神教は【召喚の宝珠】を手に入れ、審神教は【送還の宝珠】を入手。勇神教は【召喚の宝珠】を使い、異世界より英雄を召びだし、ノルヨルム神聖国に宣戦布告する予定だそうですよ。
まぁ、国王陛下が倒れたので、宣戦布告は保留中のようですけどね。
ですが、既にその英雄とやらを三名ほど召喚しています。召喚といえば聞こえはいいかも知れませんが、要は、異世界の神の擁する子を三人攫ったということです。そして、私の知る限りだと、その内ひとりを無能と断じ死に至らしめています。つまり、異世界の神の子を殺した訳です。
これにより、異世界の神三柱が敵となりました。
とはいえ、そのうちの一柱とは、すでに和解出来ているとのことですよ。
ところで、みなさんにお聞きしたいんですけど、アレカンドラ様を祭った旧大神殿って存在するんですか? 私は無いと聞いているんですが」
存在しないハズなんだよ。アレカンドラ様は、六神を生みだした神として、完全に別格の存在になっているから、アレカンドラ様を主神とした教会はないんだ。
正確にはアレカンドラ様を絶対神として祭り、そこから六神に合わせ教会ができた感じ? 教会じゃなく、宗派っていえばしっくりくるんだけれど、主祭神がそれぞれ違うからね。
まぁ、そんなわけで、アレカンドラ様だけを祭った神殿はないハズなんだ。人間が直接崇めるのは畏れ多いってレベルの神様だから。あるとしたら、アレカンドラ様が神様になったばかりの頃になるんだろうけど、その頃はまだ前神、前管理者のほうが崇められてただろうからね。
確か、五千年前くらいの話だっけ? いや、アレカンドラ様の愚痴を聞いてた時に、その辺の話もしたのさ。
「なるほど、カッポーニ殿にとっては、我らの神は世界を滅ぼす悪神というわけですな。
それにしても旧大神殿で我らと戦い、宝玉を奪い合ったとは。今まさに初めて聞きましたが、いったいいつの事なのでしょうな? なにしろ、我らはその【送還の宝珠】などというものを所持しておりませんからな」
ラドミール様が髭を睨めつける。
「そのような得体の知れない小娘の世迷言を真に受けるとは、ラドミール殿も老いましたな。
小娘、自分がなにを云っているのか分かっていような。きちっといったことの責は取って貰うぞ!」
「あぁ、世迷言だろうよ。旧大神殿云々は、あんたが口にした、ただの出まかせだからね。でも異世界から人を攫ったのは事実だ」
私は迷いなく髭を指差した。
「だからなんだ! あんなものいくらでも召喚できる使い捨ての兵士だろう。使い潰したところでなんの問題がある! 我が神の先兵と成れるのだ。これほどの誉れはあるまい!」
枢機卿が喚き散らした。
ほんと、アホだろ。簡単に認めたよ?
これ、精神的になにかあったんじゃないの? いくらなんでもチョロ過ぎだよ。
それとも、これが狂信者っていうものなのかなぁ。でも自分は絶対安全な所にいて、懐の痛まない数の暴力でどうにかしようってね。
そんな都合のいい話があるわけないじゃん。
迷惑がアレカンドラ様に掛かってるんだって云ってるのに聞きやしない。
この髭、宗教家だけど、神の存在を信じていないんだろうな。
その上、被召喚者を人と思っていない。
まぁ、私も神なんて信じてなかったけど。いたとしても、お空の彼方にましまして、指をくわえて面白半分に眺めてるだけの存在と思ってたからね。
「はぁ。機会を与えたというのに、この結果ですか。彼女の死で自らのしでかしたことの罪を知り、自らを弁えると思っていたのですが、残念です」
突然の女性の発言。
え? 誰?
あ、あれ? 髭の後に控えてる、終始笑顔のスキンヘッドのおじさんだよね? いま喋ったの。テカテカ褐色肌のおじさん。
というかこの声、アレカンドラ様だよね!?
「どうやらあなたがたにはあの程度の罰では堪えなかったようですね。さて、どうしましょうか」
「面倒だから始末したほうがいいんじゃないかしらー」
「賛成ですね。もはや処置無しです」
「兄上が決めるのがよかろう。侮辱されたのは兄上だ」
「ふむ、ならば、テスカカカに処罰してもらおうかのぅ」
「申し訳ない。恩に着る。しっかりと処分しよう」
「あらぁ、残念ねぇ。私ならさっくり殺したのに。せいぜい苦しむことねぇ」
最後の女性の声、アンララー様の声が消えると同時に、スキンヘッドのおじさんは青白い光に包まれたかと思うと、光の粒子となって消えていった。
直後、髭が絶叫して椅子にどすんと腰を落とし、そして更に床に転げ落ちると、その場で縮こまってガタガタと震え始めた。
……あぁ、この臭い。うん、失禁したみたいね。
「アレカンドラ様、ディルルルナ様、ナルキジャ様、ナナウナルル様、ノルニバーラ様、テスカカカ様、そしてアンララー様。声だけですが、降臨なされましたね。それと、今しがた消えた人物は、どうやら枢機卿の監視役だったみたいですよ」
呆然としている皆に、とりあえずなにがあったのかを説明する。
まぁ、私の推測だけれど。
「あぁ、そういえば、テスカカカ様って、恐怖を司る神でもありましたね。きっと枢機卿は、死ぬまでこのままなんじゃないですかねぇ。せめて正気を失えれば幸せなんでしょうけど、神の罰に慈悲なんてありませんからね」
私がそう云ったら、誰もが顔を引き攣らせていた。
誤字報告、感想ありがとうございます。