42 猪肉のステーキ!
「あらぁ。なんだか愉快なことになってるわねぇ」
「……ただいま戻りました。ララー姉様」
帰った私たちを、ララー姉様が出迎えてくれた。
でも私は両腕を掴まれ、半ば引き摺られたような恰好だけれど。
「お邪魔致します。ララーお姉様」
「お邪魔致します。ララー様」
なんだかふたりとも随分と馴染んでる感じがするね。もしかして私の留守中も遊びに来てたのかな?
あ、お願いしておいたことはどうなったんだろ?
「そうだ。ララー姉様。お願いしていたことはどうなりましたか?」
「石の事?」
「そうです」
「問題ないそうよ。詳しくは後でねぇ」
よし。【生命石】の件はなんとかなった。これで魔法の杖を解禁できる!
「なんのお話でしょう?」
「リスリ様。呪文書の他に販売物が増えました」
私がそう云うと、リスリお嬢様の目がキランと輝いた。
なんというか、貴族と云うよりは、商売人みたいだね。
まぁ、貴族も領地収入だけじゃなく、独自に商売をしている人もいるらしいし。イリアルテ家もそんな感じなんだろう。いや、そういえば最近まで探索者組合を運営してたんだっけね。
そりゃ儲け話というか、ダンジョン探索が捗るような物品には敏感になるか。
「お姉様、なにを他に販売するのですか?」
「いま持ってきますので、少々お待ちを」
わくわくしているリスリお嬢様を残し、私は二階の寝室へ。ベッドの脇に荷物を置き、今度は付術台の所へ移動。ここの左側に杖用の付術台をインベントリから、どん! 角のところが完全にデッドスペースになるけど、ここには蓋(っていうの?)を取っ払った樽を置いて、杖を突っ込んでおけばいいだろう。
いまは樽がないから、ただの隙間になってるけど。
今出した杖用の付術台の上に数本魔法の杖を出す。
火炎の杖……は、見本にするには危ないか。火事は困る。冷気は地味だろうし、そうなると電撃の杖になるか。
うん、一本は電撃の杖。それと灯光の杖。これは呪文書でもだすけどね。
あと一本はどうしよう。使い魔は……あれだな。止めといた方がよさそうな気がする。鎮静の杖にしよう。暴れる犯罪者を抑えるのにいいかもしれない。
三本の杖を抱えて、階下へ。
「その杖がそうなのですか?」
「はい。魔法の杖です」
「魔法の杖、ですか」
あれ? 反応が鈍い。
あ、リリアナさんがお茶を淹れてくれた。というか、すっかりうちの台所を使いこなしてるな。
コンロなんてあるわけないから、バーベキュー台みたいなのに、骸炭放り込んで使ってるんだけど。
あと置いてあるのはチート仕様の七輪くらいだよ。チート仕様といっても、劣化しないってだけだけどね。
「興味ありませんか?」
「だって、呪文書がありますし」
「呪文書では攻撃魔法は販売しませんよ?」
「え?」
リスリお嬢様が目をぱちくりとさせた。
「では、その杖は攻撃魔法の杖、ということですか? それで攻撃魔法というのは、その、言葉通りの?」
お茶を並べ終えたリリアナさんが訊ねる。
うん。いい香り。さすがに私じゃこうは淹れられない。なにが違うんだろ? 香りが微妙にトぶんだよね。
「そうですよ。攻撃魔法、破壊魔法といってもいいかもしれませんね。これは電撃の杖ですよ」
そういって、頭の部分(本当はグリップって云うんだろうけど、杖のサイズからして手を載せられる位置じゃないからね)が竜の頭部を模している杖を指差した。
「電撃?」
ありゃ? 首を傾げられた。あぁ、考えてみればそうか。電気なんてわかんないよね。というか、意味的にはチカチカ光るって意味にしかならないからね、こっちの言葉だと。
これは私の言葉選びが悪かったか。
「簡単にいうと、雷を撃ちだす杖です。まぁ、雷ほど強力ではありませんが」
「「雷!?」」
おぉぅ、ハモった。
というか、ララー姉様、随分と楽しそうに眺めてますね。
「この杖は杖が内包している魔力を消費して、連続的に、えーと、弱い雷を撃ちだします」
「魔力が切れると?」
「ただの杖になりますね」
答え、私は杖を手に持った。
「さて、リスリ様。組合には捨てるに捨てられない物が約二百年分、死蔵されていますよね?」
「え、二百年分?」
お嬢様が目をぱちくりとさせる。
そう、神託により廃棄する訳にもいかず、組合の倉庫に死蔵されている魔物討伐の証。現状、まったく使い道のない代物。
「もしかして、魔石ですか?」
「はい。その魔石を使うことで、杖に魔力を充填することができます」
リスリお嬢様の顔が、まさに雷に撃たれたようになった。
「魔石に価値が出ますよ。捨てるに捨てられない代物を消費できますよ。サイズによると思いますけど、幾らくらいで売れると思います? 少なくとも買取り価格より上にしないといけませんね。
……いえ、それだと変なトラブルが起きそうですね。魔物討伐の証拠品なわけですし。同じサイズの魔石でも額面が違っているでしょうから。
それなら、魔力充填を組合が有料で行うというのがいいかもしれませんね」
……あれ? なんだかリスリお嬢様、ぽかんとしてるんだけど。
って、いきなり手を掴まれた!?
「お姉様、素晴らしいです。魔石は溜まる一方で悩みの種だったのです。それが消費できるどころか、財源となるなんて!」
「まぁ、いずれ武器なんかにも使えるようにしようとは思っていますから、かなり需要は高まるんじゃないですかね」
「武器!?」
そこまで驚くことかなぁ。杖があるんだよ? 武器だってあると思わないかな。
「えぇ。炎の剣とか、雷の剣、相手の活力を奪い取る剣とか。ただ対象を殴るたびに魔力を消費するので、杖同様に魔力を充填しなくてはなりませんけど。
なので、使い手には魔力の充填方法を教えておかないと、継戦能力に難がでてきますね」
リスリお嬢様は呆然としている。
すると、ララー姉様が口を挟んできた。
「魔力供給必須の魔剣と、残念武器の腐食魔剣。どっちの需要が多くなるかを考えると前者かしらねぇ。後者は制作手順の危険度から高額なのになまくらだし。まぁ、そのせいで今は受注生産だし。
キッカちゃんの作る魔剣は、普通に量産が利くんでしょう?」
「はい。でもまだ造りませんけどね。何しろ私の腕が鍛冶にしろ、付術にしろ、現状、素人もいいとこですから」
「なまくらな腐食魔剣より、切れ味鋭い魔剣よねぇ、やっぱり。例え魔力充填の必要があるにしても。魔石なんて魔物を殺せば拾えるしねぇ。
キッカちゃん、販売に適う出来になったら、私の商会にも卸してねぇ」
「ララーお姉様!?」
あ、リスリお嬢様が再起動した。
いや、さすがに武器関連まで組合専売ってわけにはいかないでしょう。というか、そんなに大量に出回ることはありませんよ。
付術の練習のために、大量に産廃を作るかどうかはまだ悩んでますし。
鉄のナイフは大量に作ることになりそうだけど。
「普通の魔法の武器ですから、組合専売ってわけにもいかないでしょう?」
「魔剣は普通の武器じゃありませんよ! お姉様!」
でも鍛冶技能と付術技能が限界まで上がらないと、満足いかないと思うんだよねぇ、私が。
あー、でもリアルだとレベルキャップないのか。確か、眩惑魔法のレベルが百を突破してたし。うん、目安はレベル百にしよう。そうすればパークも全部解放されるしね。多分その頃には、生産技術増幅装備と増幅薬も作ることができるだろうしね。
「まぁ、いまは売り物にできるような物は作れませんから。先の話ですよ。
それよりも魔法の杖です。
攻撃魔法は火炎と電撃、それぞれ放射型と射撃型を一種類ずつ。灯光の杖と鎮静の杖の販売を考えていますけど、問題ないですよね」
ここに来て、冷気系の魔法を外した。
いや、冷気系の魔法強すぎるというか、問題だよね。【氷杭】の効果的な使い方が知れたら大変ことにならない? いっそのこと冷気系は販売しない方がいいかな? 人にヘッドショットした場合、なにかしらの障害が残りそうな気がするんだよ。
ほら、脳を冷却するというか、半ば凍らせるようなものだし。障害とかでるんじゃないかと。
脳障害が薬で治るかわかんないし、さすがに試す訳にもいかないしね。
まぁ、殺しちゃうんだったらまったく問題ないけどさ。捕縛なんかだとね。
うん。これ外そう。厄介な事態が想定されるものは排除だ。
ゲームだと割と微妙な魔法だったのに、なにこの大躍進。ほかの攻撃魔法もかなり微妙な威力ではあったけどさ。
実際、使える魔法って眩惑魔法と召喚魔法くらいだったからねぇ。
地味とかいって、冷気の杖置いてきてよかった。ここで出してたら、なかったことにできなくなってたよ。
と、リスリお嬢様は、顔を顰めて考え込んでいるね。
んー、なにか問題があったかなぁ。
「キッカお姉様。ほかの杖はないんですか?」
「ほかにですか?」
なにかあったかな。
目を瞑ってインベントリを確認する。
もう厄介なのしかないんじゃ……。うん、軒並みダメ。ゾンビ作成とかヤバすぎだし、麻痺もちょっとね。
あ、治療の杖があるか。これは自分を治せない魔法だし、杖だし、放出してもいいかな。
「治療の杖がありますね。自分の怪我を治すことはできませんけど」
「素晴らしいじゃないですか!」
「でも、回復薬の販売もしますよ」
あ、お嬢様、また固まった。
「い、いえ、でも、魔石さえあれば、いくらでも使えるのでしょう?」
「まぁ、そうですね。では、治療の杖も加えますか? あ、これは怪我しか治せませんよ」
「はい、十分です。治療院などでは重宝するのではないでしょうか」
あぁ、確かに。そこでは重宝しそうだね。お医者さんのお仕事奪いそうだけど。
でも頼り過ぎて医療技術の発展とかを阻害すると問題だよね。それを考えると回復系の物品全般は……。いや、かといって助けられる者を見捨てるようなことはなぁ。
なかなか難しいな。このあたりのことは注意喚起しといたほうがいいかな。まぁ、それはここで云ってもしかたないか。明後日だね。
「では、攻撃と、灯りに鎮静、そして治療の四種七本の杖を用意しますね。
ところでリスリお嬢様、食事はされましたか?」
「え、えーっと……」
あれ、目が泳ぎだした。
「まだ食べてないわねぇ。私がもうすぐキッカちゃんが帰って来るから待ってましょうって、いったから」
ララー姉様がのほほんとした調子で云った。
……いや、ララー姉様。それどうやって知ったとか疑われませんか?
って、あぁ、それでリスリお嬢様が門を開いて突撃してきたんですね。ということは、侯爵様のお迎えではなく、対象が私だから衛兵さんたちが私にヘイトを向けたと。
ある意味とばっちりみたいなものじゃないですかヤダー。
まぁ、過ぎたことは仕方ないや。
「それじゃ、なにかご飯作って来ますね。私も食事を途中で切り上げちゃったので」
「キッカお姉様の手作りですか!」
いや、そんな大層なものじゃないですよ。
ただ焼くだけだし。
「まぁ、簡単なものですよ。それじゃ作ってきますね」
そういって私は台所に移動した。
ちょっと確かめたいモノがあるんだよ。
それはあのでっかい猪のお肉!
ふふふ。あの死蔵状態になっていた猪怪獣のバラ肉を塩漬けにしたのですよ。
【アリリオ】へ出発する前に仕込んでおいたんだ。
フォークでこれでもかとガスガス突き刺した後、塩をたっぷりすり込んで手ぬぐいでぴっちり巻いたバラ肉の塊四個。
これを、氷を詰めてアイスボックス代わりにした甕に入れて寝かしておいたんだ。
あ、もちろん、溶けた氷でびしゃびしゃにならないように、甕の中には肉を置く台代わりに小さい甕を入れて、その上にまな板を設置しておいたよ。
肉はその上だ。
本当は丸一日経過で、肉を巻いていた手ぬぐいを交換しないといけなかったんだけど、まぁ大丈夫だろう。
甕を開け、中から手ぬぐいに包まれた肉の塊をひとつ取り出す。重さ的には二キロ近くあるかな? そんなのがあと三つ甕にはいっていますよ。
ドリップで手ぬぐいは赤く染まってびちゃびちゃだ。
でも包んでいたお肉はいい感じに水分が抜けて締ってる。
ふふー。いいねいいね。
こいつを切り分けて、焼いていきますよ。網焼きではなく、ちゃんとフライパンを使うよ。焼いた時にでた油を使い回すからね。
甕のほうは、あとで水を入れ替えて、また凍らせておかないと。
そういや、箱とかに【冷気】系の魔法とか付術できないかな。できればそれだけで冷蔵庫になるんだけど。今度試してみよう。
まぁ、攻撃魔法だから、アイテム的には呪いのアイテム扱いになると思うけど。
それじゃ、お肉を切り分けましょう。
あ、リリアナさん。お手伝いですか? ありがとうございます。それじゃバレをお願いしますね。お芋とか粉はそこの箱に入ってますから。
よし、切り分け完了。立派なステーキ肉ですよ。
フライパンを二枚、バーベキュー台に乗せ、いい塩梅にあったまったところで切り分けたお肉を投入。日本で売ってた豚バラだとサイズ的こんなに大きくきれないけど、これは元がでっかかったこともあって、普通にステーキサイズですよ。
えーと三百グラムくらいかな? さっき調子に乗って焼いた兎肉よりは小さいけれど、ステーキとしては標準的な大きさじゃないかな。
……いや、私、どれだけ大食いになってるのよ。まぁ、いいや。
じぅーっといい音がしています。匂いもいい感じ。獣臭さはあまりしないね。あと二日もしたらかなりキツくなってくると思うけど。
塩漬け豚は下手な味付けをしなくていいから、使い勝手がいいんだよね。
なにより、おいしさが跳ね上がる。身が締まって味が凝縮でもしてるのかな。
はじめて食べたときはびっくりしたからね。
まぁ、これは猪だけど、似たようなものでしょ。
お、いい感じに脂が出てきた。片面は軽くだけど火は通ったね。よし、ひっくり返してじっくり焼いて行こう。
焼けるまでにキャベツを刻んでと。
両面とも肉にしっかりと火が通ったら、テキパキと皿に盛りつける。そしてフライパンに残った油で簡単にキャベツを炒めて、ステーキの付け合わせに。
ん? 生で食べないのかって? いや、こっちじゃ生野菜を食べる習慣がないんだよ。やっぱり衛生上の問題なのかな?
私ひとりだけだったら生で食べるんだけど。さっきも丸ごと齧ってたし。
はい、完成しましたよ。
猪肉のステーキ! あ、チーズ添えとこ。
ほんとにただ焼いただけだから、大層なものじゃないんだけどね。
というか、ただ焼いただけでやたらと美味しくなるから塩漬け作ったんだし。
手を抜けるところは抜くのですよ、私は。
こっちは保存食としての干し肉とかはあるけど、こういった塩漬け肉とかは見かけなかったんだよね。そういうのは作ってないのかな? それとも時期的にもうすべて消費したのか。
いや、確か鹿とか兎って冬眠しないよね? とすると、結構、冬でも安定してお肉は獲れる? あとダンジョンの魔物の中にも食用可なものもいるのかな?
……オークとか人型のものを食べたいとは思わないけど、食肉として売られてたりしたら嫌だなぁ。
そもそも農業国家なんだから、越冬できるだけの食料は十分に確保できているだろうし、こういった方面の保存食は発展しなかったのかな? 土地に祝福してるってディルルルナ様云ってたし、少なくとも不作になったりはしないだろうしね。
まぁ、どうでもいいことは置いておいて、みんなで食べましょう。
結論からいいましょう。食事は好評でした。うん、久しぶりに食べたけど、美味しかった。あのお肉の味が凝縮された感じがいいんだよね。
リスリお嬢様に「お姉様ズルい」って、また云われたけど。
薄々は気が付いていたけど、こっちの食糧事情というか、調理事情は微妙なんだよね。なんというか、煮ると焼くだけが基本なのかな。
あまり凝った調理はないみたいだ。少なくとも一般的には。
あぁ、でも侯爵家でも、料理はなんというか、そんな豪勢ってわけじゃなかったね。イリアルテ家が特別なのか、ディルガエアの王侯貴族全般がそうなのかはわからないけど。
いや、私は殆ど自炊してたから、自分以外の人が調理した食事って、リリアナさんが作ったものくらいなんだよ。それも野営での料理だし、コロなんとかだとスクヴェイダーの焼き蒸したような料理を食べたけれどさ。それくらいなんだよね。
そうそう、スクヴェイダーは鴨みたいな感じだったよ。うん、アレは下手に調理すると味が抜けてスカスカパサパサになるね。料理人の腕次第の素材だと思うよ。美味しかった。
あ、テスカセベルムでも、厨房でちょっとくすねて食べたか。でもスープとかだったからねぇ。あとは素材そのものだし。チーズとかチーズとか……チーズとか。それとおっきいハム。まだ半分くらい残ってるよ。
思うに、調理に余裕が持てるだけの素材がない、っていうのが大きいのかもしれない。調味料が軒並み高いからね。塩は安定してるけど他がね……。
侯爵邸で結構お砂糖使っちゃったのは悪かったかなぁ。いずれ機会があったら、料理長さんにはなにか埋め合わせをしよう。
よし、本気で味噌を作ろう。ふふ、なんだかやる気がでてきたよ。
こうなったらなんとか梅も探して、梅干も作ってやる。米だってきっとどっかにあるだろう。ここ並行世界の地球らしいし。
こうして私は、個人的な食の欲求を満たすべく、調味料の開発から食材の探索をすることを決意したのです。
誤字報告ありがとうございます。