04 真っ暗だ
真っ暗だ。
目を開いて、まっさきに飛び込んできたもの
一面を覆いつくす……闇。
視界埋め尽くす、なにものをも見通せない闇。
つい、と、右手を伸ばしてみる。
うん。自分の手がさっぱり見えない。
ということは、辺りが真っ暗であるということだ。
むくりと起き上がる。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。とりあえず様子見と思っていたのだけれど、どうやら放置されているらしい。
我ながら神経が太いというか、無頓着というか、よく寝てられたな。
テンパって、いきなりプロポーズとか馬鹿をやったあと、私は常盤お兄さんにつれられて、こっちの世界の管理者さんのところへとお邪魔した。
そこで私の新しい体が作られた。もとの体はもう火葬されちゃったからね。もっとも、新しいとはいっても、姿は前と一緒だ。
うん、こうして客観的に全裸で横わたっている自分の体をみると、無駄に胸がでかいな……。道理で男女問わず視線を集めるはずだよ。これ以上成長しないようにお願いしておこう。
顔は、自分でいうのもなんだけど美人の部類だ。
この無闇に整った顔のせいで誘拐された、されかけたんだ。これが五歳の時。お兄ちゃんがみつけて、助けようと騒いで、それに驚いたやたらと美男の犯人はなにを思ったのか、私を通りの激しい車道にぶん投げたんだよね。結果、ものの見事に車に撥ねられて、右足がもげかけたと。
おかげで足が不自由になったんだ。いじめられたりもしたし。いや、生きてただけでも運が良かったんだろうけどさ。とはいってもね……くそぅ。
あ、足は治るのかな? 訊いてみよう。
……。
おぉ、足がちゃんと動かせるようになるんだって。やったぁ。
さて、今回の異世界召喚は異世界転移というやつだ。じゃ、転生でもないのに、なんで私の魂が召喚されたのか? ということだけれど、簡単に云うと、死ぬ直前に召喚されたものの死亡。魂だけ術に掴まれた、というようなことらしい。
このまま召喚されると、魂だけ召喚されるので、そのままその世界の異物として存在することになっていたとか。
で、そうならないために、あたらしく体を作ったというわけだ。
これは生き返るってことだから、ちょっと儲けものって感じかな。
ちなみに、服装は学校の制服だ。とりあえず無難だろうということで。
そして向こうの管理者さん。顔を合わせた途端にすごい謝られたよ。なんか、えらい腰が低かった。管理者として大丈夫なのか、ちょっと心配になったくらいだよ。いや、それ以上に疲れ果てているのか、酷い隈で心配しかなかったよ。
管理者さんはアレカンドラさんという、ロリっ娘。惑星管理者から一足飛びに銀河管理者に昇進した際、前任者の趣味で八歳の姿に固定されたとかなんとか。元の二十歳ぐらいの姿に修正したいらしいが、時間がなくてやってる暇がないと嘆いてた。可愛いのに……。でも、その前任者とやらは幼女趣味か。変態め。
で、私が生き返ってから、召喚後の私の行動方針を決め、ひとまず一般人として鑑定される状態で召喚されることに。これは召喚者に拘束されずに自由を得るため。うまくいくかわからないけど(絶対うまくいかない)。あ、そうそう、被召喚者は召喚者に隷従することになるらしいんだけれど、私はそれから外れるようにするそうだ。まぁ、神様の使い走りするんだから、そんな足枷――呪いは不要だからね。
それと、なんだか召喚後に、折りをみてアレカンドラさん……様って云ったほうがいいのかな。いいんだろうな。アレカンドラ様からなにかしら加護がもらえる模様。
……変なチート能力だったらお断りしよう。一応、言語の問題があるからって、自動言語習得の能力をもらったけど。これは鑑定に引っ掛からないようにしてあるとのこと。
で、この自動言語習得なんだけど、これ、異世界召喚ではお約束の自動翻訳の上位互換じゃね。いやだって、文字も修得できるんだよ。それに自動翻訳だと、口の動きとの差異がでるからね、それが元で、何かしらのトラブルとかありそうだし。自然に溶け込めるなら、それが一番だ。
あ、どうせなら容姿も簡単に変装しようってことで、瞳の色を鳶色にして、髪の色を亜麻色にしてる。こういう色はブルネットって云うんだっけ? ……間違ってる気がする。まぁいいや。髪色だけでも大分印象が変わるしね。そんな感じで、ふたりから髪型とかいじられて、やたらと長いツインテになって準備完了。
そして召喚されました。
・王様、王子様、大臣、魔法使いだか神官だか多数に囲まれる中に召喚される。
・他二名、茶髪顎割れ白人のマッチョな兄ーちゃんとアジア系のいけ好かない顔の痩せぎすな男。
・えらそうな服を着た司祭っぽい髭のおじさんが、妖しく脈打つみたいに点滅しているピンク色の水晶玉を持っている。
多分、これが件の召喚アイテム。
・王様たちの自己紹介。事情説明。
・私たちを勇者、英雄と持ち上げる。
・要は魔王殺す尖兵となれとのこと。
うん、懐の痛まない使い捨ての傭兵扱いだね。
実際のところは、資源豊かな土地欲しいだもの。
・能力鑑定。順番にテーブルに載った水晶の板に手を当てる。
・他二名、歓声をうける。私、戸惑われる。無事無能と診断された模様。
・アジア人が「日本人か」と吐き捨ててた。なるほど、日本人嫌いか。
・私だけ別の部屋で待機。扱いに困っているのだろう。
・暫くして、鎧を着こんだ騎士(?)二名に両腕を掴まれ連行される。
・地下牢へ蹴り込まれる。痛い。
・様子見の為に暫し待機、寝た。起きた。→いまここ。
まぁ、こんな感じだ。ここまで扱いがぞんざいってことは、多分あの日本人嫌いのアジア人がなんか吹き込んだんだろう。でなきゃ、牢に放り込むにしても、蹴り込むとかしないはずだ。
……回復魔法の練習になったけど。使えて舞い上がってたけどさ。
凄いね、回復魔法。痛いの痛いの飛んでけが、文字通りできるんだよ!
しかし、灯りのひとつでも置いていかないのかね。完全に真っ暗だよ。
とりあえず灯りを点けてみよう。
右手に【灯光】の魔法をセットする。
ゲームの設定的には呪文詠唱というのがあるみたいだけれど、仕様的には呪文なんてものはなく、手に魔法をセットし、魔力を込めて放つという感じだ。
だが今はリアルである。なんというか、感覚的には、手に使う魔法の器を作り、そこに魔力を入れて放つ、という感じになる。何分、感覚的なものなので、上手く説明できてる気がしないけど。
右手に魔力を込める。すると掌に麦球を大きくしたような、楕円形の青白い球が現れた。それを上に放る。光の球は天井に当たると、ぽよんと軽く弾んでそこに留まった。
牢屋の中が明るくなる。光の質は、蛍光灯というよりは、水銀灯のような感じだ。
眩しさ目をそばめつつ、明るさに慣れるのを待つ。
うぅ、ちょっと目が痛い。
一度、ギュッと目を瞑ってから目を開ける。
うん、大丈夫だ。
周囲を見回し――
びくぅ!
思わず座ったまま跳ねた。
すぐそばで幼女が大の字になって寝ていた。
淡いピンク頭のロリっ娘。アレカンドラ様じゃないですか。なんでこんなとこで寝てるの?
恰好は、ステレオタイプの洋風の神様の恰好。要は白い薄手の布を巻き付けたような衣装、といえばわかるだろうか。そんなゆったりとした服で寝ているせいか、それとも寝相が悪かったのか、開けていろいろと丸見えである。
というか、なんでこんな牢屋で寝てるの? いや、私に用があったんだろうけど。
「あ、アレカンドラ様? アレカンドラ様!」
「うぅ、もう食べられないよ……そんな蜜柑ばっかり食べられないよ……」
なんてベタな寝言を。というか、どれだけ夢で蜜柑を食べているんだろう?
「食べられないとかはどうでもいい。蜜柑を食べるんだ」
低い声色で耳元に囁いてみた。途端、うなされだすアレカンドラ様。
「せ、せめて夏蜜柑に……」
……とりあえず起こそう。
「アレカンドラ様、起きてください!」
肩に手を当て揺する。
「うぅ、蜜柑にくどい顔が……いやぁ、集団でスクワットしてるよぉ」
どんな悪夢だ……。
そういや、昔の子供番組でそんなのあったな。
とりあえず両脇をくすぐる。
「ふぇぁいぁひひゃっ!」
飛び起きた。そして目を瞬くアレカンドラ様。
うん、完全に開けてほぼ上半身裸だ。
「おはようございます。アレカンドラ様」
「ほへ。……あ。お、おはようございます。キッカさん」
あぁ、まだ寝ぼけてるな。
「アレカンドラ様。まずはお召し物をお直しください」
「え? うわぁぁぁ、なんで裸に!」
「し、失礼しました」
「いえ。それよりも、随分と顔色がよくなりましたね」
深々と礼をするアレカンドラ様は、昨日会ったときよりもずっと調子が良さそうだ。
まるで不健康を体現したような有様だったからね。
艶の無いバサバサの髪、荒れた肌、歌舞伎役者かと思えるほどの隈、死んだ目。
うん、常盤お兄さんが手を貸すはずだよ。
「そ、そうですか? トキワ様のおかげで、銀河の運営が大分楽になりまして。こんなに睡眠がとれたのは、昇進してからはじめてです」
アレカンドラ様は嬉しそう。
幼女のこういう姿は眼福である。いや、中身は幼女じゃないんだろうけど。
「まだうっすらとは残っていますけど、ほぼ隈もとれましたね、よかったです」
「え、本当!?」
どっからか手鏡を出して、アレカンドラ様が隈を確認する。
「はぁ、やっぱり睡眠は大事ね。人間、寝なきゃダメなのよ。あぁ、今はもう人間じゃないけど。あははは……」
……いったいどれだけの期間不健康に過ごしてたんですか。
「あはは。それで、ここには何用で? 加護のことでしょうか?」
「あ、はい。それもありますが、キッカさんの確認と諸説明です。
キッカさんは丸三日。正確には八十時間と十七分程眠っていましたね。私も一緒に寝てましたけれど」
……はい?
「作り直した体に魂と霊体、緩衝材としての幽体を入れたわけですが、それが定着、安定するのにそれだけ時間が掛かったということです。無事落ち着いたようでなによりです」
アレカンドラ様はにこにこというけど、地味に危なかったりしたのかな? いや、常盤お兄さんがなにも云わなかったから、余程の無茶でもしない限りは問題なかったんだろう。
「それと、あらためまして、召喚アイテム回収の協力、ありがとうございます」
「い、いえ、見つけたら拾う程度ですから。さしてお役に立てるとは思えませんので。あ、このお城にある奴は、なんとしても回収しますから」
まずはそれが目標だ。ついでに嫌がらせもしておこう。
まぁ、下手すると連中、死んじゃうかもしれないけど。
……うーん、この辺が変わったのかなぁ。倫理観をこの世界に合わせるって、常盤お兄さんいってたけれど。地味に過激になってる気がする。
「それではキッカさん。まずは私からの加護を」
そう云って私に向けてアレカンドラ様が手を翳す。すると私の躰がほんのりと一瞬白く輝いた。
って、いきなりですか!?
「あ、あの、アレカンドラ様? この加護はどういった効果? 効能? があるのでしょうか?」
「あ、かなり控えめにしましたよ。あまりに突出した能力はいらないとのことでしたので。簡単にいうと、運が良くなっています。そうですね、キッカさんのいた日本のことで例えるなら、宝くじを買えば必ず四等か五等あたりが当たる程度です」
……ど、どうなんだろう。
いや、四等、五等でも結構な額だと思うけど。すごい微妙な。
ま、まぁ、チート能力はいらないからいいけど。
「では、この世界、この星についてお話しておきます。少々特殊な事情……事態といったほうがいいですね。なっていますので」
「特殊な事態、ですか?」
「はい。そしてそれを排除してもらっては困ります。というか、排除不可能なんですけどね。ですが愚かで欲の突っ張ったこの国の王族共はなんとしてもそれを成し遂げようとしていましてね。こちらとしてはアレに手を出してもらっては困るのですよ」
疲れたようにアレカンドラ様がため息をついた。
なるほど、手を出してはいけない重要な……人物? 物? があるわけですね?
なんとなしに危険なもののようにも聞こえるけど。
「ここの王から聞いたと思いますが、魔お――」
「母上、ここにおられましたか、捜しましたぞ!
ぬ、そこな人間、なぜ面を上げておる。とっとと頭を下げ、床に――」
どぐしゃ!
突然どこからか牢屋内に現れた獅子頭の鎧男が、一切の容赦のない後ろ回し蹴りをアレカンドラ様に叩き込まれ、壁へと激突した。
あ、アレカンドラ様、凄いですね。正座の状態から立ち上がりながら、ぐるんと体を回転させて蹴りを叩き込むなんて。私がやったら途中で転けそうだ。
「は、母上? いったい何を!? 我は不敬な人間を――」
「座れ」
「は――」
「座れ」
「だか――」
「座れ」
「我――」
「何度同じことを云わせるのかな? 座れ」
「は、はいぃっ!」
二段階くらい下がったトーンで云われ、ライオン丸(暫定名称)が慌てて正座をする。
かくして、アレカンドラ様のお説教がはじまった。