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39 組合【アリリオ】出張所の非日常

19/09/02 白金貨と金貨の交換比のミスを修正。


 ころんからんころん。


 おや、珍しいですね。この時間に探索者がくるなど、滅多にないことで……す、が……。


 ……え?


 昼過ぎの暇な時間。この組合出張所の扉を開け入って来たのは、艶やかな青髪の少女でした。そしてその姿に私は絶句しました。これまで、いろいろな探索者を見てきましたが、この少女のように若い探索者は見たことがありません。

 未成年? い、いえ、未成年にしては、その、一部が非常に目立ちますね。


 かといって、ドワーフにしては細すぎます。いや、ドワーフだからといって、そこまで育っている者など聞いたこともありませんが。

 彼女たちのスタイルは、基本的に慎ましやかですからね。


 話に聞いた、小鬼族でしょうか? ですが、角は見当たりませんね。


 ひとりということは、新規探索者でしょうか? ですが、身に着けている革鎧は見事に使い込まれたモノ。大抵の鎧は、このようになる前に使い物にならなくなるものです。

 それはつまり、彼女が鎧の扱いを十分に心得、そして鎧を無駄に痛めるような攻撃を受けていないことを示していると云えましょう。


 それを達人と見るのか、それとも、熟練の探索者に守られている道楽者と見るのか、それは見る者によって異なるでしょう。


 そして最も目立つモノ。それは顔半面を覆う仮面。それだけでも異様です。あの大きな目を模したデザインは、なにか不安感を見る者に想起させます。


 少女は真っすぐ、壁の依頼掲示板に向かいました。


 ふむ、反対側の、パーティメンバー募集の張り紙には興味がない様子。すでにいずれかのパーティに属しているのでしょうか?

 しかし、なにか違和感がありますね? なんでしょう?


 やがて彼女がこちらに歩いてきました。そして、その時になって違和感に気が付いたのです。


 足音がしていない。


 思わず冷汗が流れます。


 この少女は、実は幽霊などというのではありませんよね?

 情けない話ですが、私は幽霊の類は苦手なのです。


「こんにちは。あちらに張り出してある常設依頼について確認したいのですが、よろしいでしょうか?」


 少女が質問をしてきました。訊くと、要は、依頼として請けておらずとも、獲物を持ってきた場合、依頼の品として納めることができるのか? ということの確認のようです。

 もちろん、問題などありません。私はその旨を伝えました。


 どうやらちゃんと人間のようです。安心しました。

 というか、彼女のこの仮面はなんなんでしょうね。ちゃんと前は見えているのでしょうか?


「それともうひとつお伺いしたいのですが、鉱石、いわゆる【外れ岩塩】って売っていますか?」

「は?」


 え、なんといいましたか? 私の聞き間違いでしょうか? 【外れ岩塩】と聞こえたような気がしましたが。


「【外れ岩塩】ですか?」

「はい、そうです。売ってます?」


 冗談でもなく、聞き間違いでもないようです。

 え、あんなものをどうするのでしょう? いまでは旧採石場跡に投げ捨ててるだけの代物ですよ。


「販売はしていないのですが……」

「あー。在庫というか、保管というか、集めていたりはしないんですか?」

「まぁ、岩塩に混じって納入されることがあるので、不良品としては溜っていますが」

「それ、全部買います。どのくらいありますか!」


 受付カウンターに乗り出すように、少女が私に詰め寄ります。


 えぇ、本当に、あれを何に使うというのでしょう?


 確か、現状では二十三箱ほど溜っている筈です。それがはけるというのであれば、倉庫の邪魔者がなくなるわけですし、こちらとしては助かりますが。


 とりあえず、そう答えましょう。さすがに、これだけの量をほしいとは――


「全部買います。サンレアンまでの運搬費を含めると幾らになりますか?」


 どうやら、彼女は本気のようです。まぁ、欲しいのであれば差し上げましょう。これまではお金を出して処分していたのですから、タダで持って行って貰っても構いません。


「いや、ダメですよ。せめて実費ぐらいはとりましょうよ。木箱に入っているのでしょう? 木箱代くらいは払いますよ」


 まさか説教されるとは思いませんでした。欲がありませんね? あなたの支払うお金ですよ。


 木箱二十三箱と運搬費。合わせて……銀貨四十二枚というところですが、邪魔者を持って行ってもらえるのです、切りのいいところで銀貨四十枚でいいでしょう。

 値段をつたえると、彼女は驚いたようでした。きっと、仮面がなければ、目をぱちくりとさせているところが見えたはずです。


「え、安くありません?」

「いえ、本来お金を出して処分しているのですから、それを考えれば十分以上ですよ」


 そう云いながら、契約書を差し出します。

 彼女はスラスラと書いていましたが、不意に途中で手を留め、首を傾げました。


「えーと、あ、住所がわかんないや。サンレアンの教会の向かいの家までお願いしたいんですけど、こんな頼み方で大丈夫ですか?」


 教会の向かい? 確か、爆発騒ぎのあった場所ですよね? みんな罰があたると、忌避していた場所のはずですが……。


「えぇ、問題ありませんよ。あそこに越されたんですか?」

「はい。運よく土地の使用許可を頂けたので。あ、事故のことは知ってますよ」


 なんともまぁ。

 不信心な方なのでしょうか?


 それはさておき、疑問に思っていることを聞いておきましょう。


「ところで、こんなに外れ石を買ってどうするんです?」

「今後値が跳ね上がる可能性があるので、先に買い占めです。自分で使う分は確保しておきたいですからね。もしかしたら、イリアルテ家から、あるだけダンジョンから回収しろって依頼があるかもしれませんよ?」


 なんですって?


 もしかして【外れ岩塩】の使い道が見つかったのでしょうか? 


「書けました。それじゃ、あとはお願いします」


 書面を受け取ります。えぇ、問題ありませんね。手続きの完了をつたえると、彼女は礼をいって去っていきました。


 あぁ、久しぶりに気持ちよく仕事ができましたね。探索者たちはことあるごとに書式に文句をいいますからね。なぜきちんと質問をすることもできないのか。

 いやはや、入って来た時は面倒なことになるのかと思いましたが、見かけで人を判断してはいけないという、いい例でしたね。


 さて、【外れ岩塩】の搬出手続きを行うとしましょうか。


 ◆ ◇ ◆


 これはもう、独断で外れ岩塩の回収を指示した方が良いのではないでしょうか?

 強制労働組に割り当てる訳にはいきませんから、新人の資金稼ぎ用に、常設依頼として出した方が良いかもしれませんね。

 問題は値段ですが。


 手元にある依頼書を眺めつつ、そんなことを考えます。

 依頼書。それはイリアルテ家専属料理人であるフィルマン師からのもの。内容は、外れ岩塩の確保。数は五十箱。


 昨日キッカさんが云っていましたが、まさにその通りとなりました。

 これは、あの外れ岩塩の使い道が、なにかしら見つかったと考えていいでしょう。


 そうですね。ひとまず三日間限定の常設依頼として出して見ましょう。ダンジョン内に大量に放置されている筈ですからね。集めるだけなら、すぐに集まるはずです。

 さて、報酬はどうしましょうかね。現状、ただのゴミ扱いの代物です。高値をつける訳にはいかないでしょう。ふむ、一個あたり悪銅貨一枚というところでいいでしょう。二十個で銀貨一枚です。


 ……やる人いますかね? 浅層で回収できるハズですから、簡単に小遣い稼ぎをしたい暇な探索者は、ことのついでに受けるでしょう。

 そう願いましょう。


 ころんからんころん。


「マティアス、仮面の嬢ちゃんは見ていないか?」


 依頼書を掲示板に張り付けていると、ルイス副隊長とエルナンのふたりがやって来ました。


 仮面の嬢ちゃんということは、キッカさんのことでしょう。ほかにあんな恰好の人はいませんからね。


「今日は見ていませんね」

「そうか、まずいな。手の空いてる探索者か狩人はいないか?」

「みんな出払っていますよ。どうしたんです?」


 どうもただ事ではないようですね。どうしたんでしょう?


「この馬鹿が注意喚起し忘れたんだ。昨日、森に入ったきり帰って来ていない」


 は?


「た、大変じゃないですか! もし湖に向かっていたら……」


 湖には得体の知れない魔物が三月初め頃から棲みついているのです。得体の知れない攻撃により、身動きが取れなくなるという報告も上がっています。


「エルナン、手の空いてる奴を集めろ。五人もいればいい。俺たちで確認に行くぞ」

「了解です」


 ころんからんころん。


 エルナンが敬礼すると同時に鳴子が鳴り、私たちは一斉に扉の方へと視線を向けました。


「こんにちはー」


 入って来たのは、キッカさんでした。あぁ、よかった。無事です。どうやら湖にはいかなかったようです。


 ただ恰好が凄いことになっていますが。なぜ背嚢を前面に背負っているんでしょうね? 弓と矢筒がものすごく視界の邪魔になっていそうですが。


「おぉ、嬢ちゃん、無事だったか。捜してたんだ」

「昨日はお世話様でした。って、捜してたってなんのご用です?」


 キッカさんが首を傾げます。まぁ、事情を知らなければそうもなるでしょう。


「あー、お嬢ちゃん、森に行っただろう? 湖には近づくなってこの馬鹿が注意し忘れた上、森に入ったお嬢ちゃんが戻ってこないからな。捜索隊を出す手はずを整えに来たんだよ」


 ルイスがぽこんとエルナンの頭を叩きました。


「あー、それは……。ご心配をおかけしました。見ての通り無事ですよ」


 キッカさんが無事をアピールするように右手を振ります。って、あの振り回されているのって、スクヴェイダーじゃありませんか!?


 あ、ルイス副隊長も驚いたように目を見開いていますね。


 キッカさんは二、三、副隊長と言葉を交わすと、カウンターにスクヴェイダーを二羽置きました。


「お兄さん。査定お願いします」


 仮面で表情はわかりませんが、声が心なしか弾んでいますね。って、首元に兎の頭が見えます。

 あぁ、兎を背負っているんですか。だからこんな妙な格好に。


「えーと、この兎はどうしましょう?」


 キッカさんの言葉に、すぐそばの机の上に置くよう指示します。立派なサイズですね。それに珍しい毛並みの兎です。大抵は茶色か白色一色なのですが。オレンジ色の縞模様ですか。

 まずはスクヴェイダーの査定をしてしまいましょう。


 ……。

 ……。

 ……。


 え? 外傷が見当たりませんよ。どうやって狩ったのでしょう?

 首の傷は血抜きをしたときのものでしょうが……それを見越して首を射た?


 い、いえ、とにかくきちんと査定をしましょう。

 とはいえ、これは最高の状態であるというしかありませんね。


 次は兎です。


 ……これもどうやって狩ったんでしょうね?

 これも外傷がありません。血抜きの後すらないのに、血抜きが終わっています。いったいどこから血を抜いたのですか?


 あるとしたら、口内か肛門といったところからでしょうけど。そんな血抜きの仕方なんて私は知りませんよ!?


 査定はこれも最高ではありますが、兎は少々ダブついていますからね。残念ですが、あまり高値にはなりません。


「確認しました。どれも素晴らしい状態ですね。スクヴェイダーが一羽金貨二枚。兎の方は銀貨五枚になります」

「あ、はい。ありがとうございます」


 おや? なにか戸惑ったような反応ですが、どうしたのでしょう?

 いや、いまはもう笑っていますね。気のせいでしたか?


 キッカさんはルイスとエルナンのふたりと、二、三言葉を交わすと、彼女はサンレアンに帰っていきました。


 ただ、帰り際にとんでもないことを云い残していきましたが。



「そうそう兵士さん。湖にいたサムヒギン・ア・ドゥールなら、もういませんよ」


 は?


 え、さむひぎんあどぅうる? なんですかそれは?


 突然のことに、私も、ルイスにエルナンも一瞬呆けてしまいました。


「え、エルナン、いま嬢ちゃんは湖って云ったな?」

「は、はい、確かに」

「ということはだ、嬢ちゃんは湖に行ったってことだ。で、得体の知れない名前のなにかがもういない」


 私たちは顔を見合わせました。


「例の、蛙の魔物のことでしょうか?」


 そう私が呟くと、ルイス副隊長が飛び出していきました。

 そして数分後、苦い表情を浮かべながら戻ってきました。


「思ったより足が早いな。もう見つからなかった。それとも街道を外れたのか」

「彼女の家はわかりますから、彼女が帰ったころを見計らって確認にいきますか?」

「いや、俺たちがいきなり行っても迷惑だろう。隊を組んで確認しに行く方がはやい。エルナン、すぐに暇な奴を集めて確認に行くぞ」

「了解です」


 ふたりはあわただしく出ていきました。


 確かめに行くだけですから、そう危険もないでしょう。

 水に近寄らなければ問題はないはずです。


 あぁそれにしてもうかつでしたね。私も反省しなくてはなりません。

 彼女のような新人が、我々のミスで危険区域に向かい命を落としたなどとなれば、我々の危機管理意識が問題視されてしまいます。


 いえ、事実問題ですね。猛省せねばなりません。


 それにしても、彼女の云う【さむひぎんあどぅうる】なる存在が例の蛙の化け物であるなら、彼女は何故、もうソレがいないと云ったのでしょう?


 もっとも簡単な答えは、彼女が退治した、ということなのでしょうが……。


 これまで、行方不明となった狩人のことも考えれば、少なくとも四人は犠牲になっています。一次討伐隊も、こちらの動きを封じる得体の知れない攻撃を受け、まともに戦う以前に敗走しています。


 ……あれこれここで考えても仕方ありませんね。次に彼女がここに訪れた際にでも、訊いてみるとしましょう。


「おい、マティアス。この兎はどうしたんだ?」

「え? あぁ、さきほど納入されたものですよ」


 いつの間にかペペが解体場から出てきたようです。もう灰色熊の解体が終わったのでしょうか? 相変わらず仕事が早い。


「こいつの詳しいことは訊いたか?」

「いえ、普通の兎ですからね。少々毛並みは変わっていますけど」

「おま……こいつは【殺人兎】だぞ!」


 ……は?


「い、いやいや、ペペ。【殺人兎】なんてただのデマの類でしょう?」

「こいつの肉付きをよく見ろ。特に前足だ。背中から肩回りの筋肉の付き方、それにくわえてこの手先の異様な硬さ。どこの格闘家だよ。腰回りから後ろ足の異常に発達した筋肉も然りだ。首回りのこの太さといい、こんな筋肉の塊、普通の兎とはとてもいえんぞ」


 え?


「一番分かりやすいのは歯だな。よく見ろ。こいつは草食獣の歯じゃない、雑食だ。こいつは肉も喰ってるぞ」


 い、いやいやいや。


「ペペ、【殺人兎】なんてただの与太話ですよ?」

「あぁ、そうだな。だがかなり信憑性の高い与太話だ。でなけりゃ、王都の物好きでも懸賞金なんか懸けやせんよ」

「ほほう、ならば、それは“本物”と見てよいのだな?」


 え、あ、侯爵様!?


 解体場から出てきたのでしょう。いつのまにやら侯爵様が私の後ろに立っていました。


 というかペペ、なぜ知らせてくれないのですか! いくらあなたが侯爵様と友人関係にあるといっても、私は別なんですよ!


「おぅ、バレリオ。まさに本物だ。それも最高の状態だよ。しかし、どうやって狩ったんだ? 外傷が見当たらんぞ。血抜きもしてあるみたいだが……いったいどこから抜いた?」

「この兎を持ち込んだのは?」

「キッカという新人です。それと――」


 私は先ほどのことを侯爵様に伝えました。

 近く、侯爵様主導の下、湖の化け物を討伐する予定だったのですから。


 侯爵様は口元に手を当て、何事か考えているようです。


「ひとまずは、調査に向かった者が戻るのを待つか。それと、この【殺人兎】のこともきちんと処理しなくてはならんな。確か、懸賞金が白金貨三枚懸かっていたはずだ」


 し、しろっ――え、金貨三百枚!?


「白金貨三枚? そんな程度か? まぁ、目撃例も多いしな。捕らえられるのは時間の問題と云われとったし、そんなもんか」


 いや、ペペ、白金貨三枚あれば、四、五年は遊んで暮らせる額ですよ!


「マティアス、驚いとらんで、きちんと処理をしろ。そのキッカっていう狩人にちゃんと報酬をださんと、組合の信用がガタ落ちするぞ」

「あぁ、そうでした。すぐに書類を作りますよ」


 そうだ、侯爵様がいるのです。今後のこともありますし、訊いておきましょう。


「侯爵様、ひとつお尋ねします。【外れ岩塩】の使い道が見つかったのでしょうか? フィルマン師から大量に【外れ岩塩】の採取依頼が来たのですが」


 私が訊ねると、侯爵様が呆気にとられたような顔をしました。


 あぁ、どうやら侯爵様も聞いていないようですね。


 キッカさん、あなたはいったいどれだけの混乱をここに置いて行ったのですか。


 私は思わず苦笑いを浮かべながら、書類の作成を始めるのでした。




誤字報告ありがとうございます。

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