38 総合案内受付嬢はお仕事がしたい
おはようございます。私、労働者組合(仮名)受付、総合案内を担当しております、タマラと申します。
総合案内を担当しているのですが、私の仕事は本当に暇です。いえ、本来ならば暇になることなどないのですが。原因ははっきりしているのです。それは買取り窓口担当のシルビア(或いは、本日非番であるニコラス)にあります。
なぜか皆、彼女たちに案内を求めるのです。
ふふ。ここ数日、誰も私の前には来てくれません。
ふふふ。寂しい。
私のなにが悪いのでしょう? 確かに、私は少々感情に乏しくはありますが。かといって、シルビアのように騒がしくあることもないでしょう。
もしあの調子で私が活動したら、あっという間に疲れ果てて倒れてしまいます。
今日は誰か来てくれないものでしょうか?
これではただの皆のサポート役でしかありません。
私は皆のアシスタントではないのですよ。
今日は事務所を開いたばかりだというのに、既に五人も人が来ています。
狩人の二人組、リカルドさんとキュカさんです。このふたりの目的は仕事ではなく、持ち込まれるダンジョン産のポーションです。
大怪我を負ったリカルドさんの治療の為に、それを求めているのですが、そうそう組合に流れて来るものでもありません。
重症の怪我も治すことのできるポーションの買い手は多くいます。伝手さえあれば、組合を仲介せずとも売却することができるでしょう。
それに、売らずに、いざと云う時の為に保持して置いてもよいのです。
それこそ、怪我を治す事のためでもいいでしょうし、急な金策のためでもいいでしょう。
可哀想ですが、彼らがポーションを手に入れられる確率は、極めて低いと言わざるを得ません。
そして傭兵の三人組。【狼の盾】という傭兵隊。傭兵隊といっても、組合に傭兵登録する際に、適当に名付けただけらしいです。
いつも飄々としている白髪のシメオンさんがリーダー。赤髪のアンヘルさん、今年になってから突然禿げたフレディさんの三人組です。
彼らは仕事待ちですね。彼らは基本的に【アリリオ】の宿場とサンレアン間の商人護衛を請け負っていますからね。商人の移動は日常的なものですし、すぐに依頼は入るでしょう。
からんころんからん。
あ、誰か来まし――あからさまに怪しい感じの人ですね。
随分と小柄ですが、やたらと胸が目立ちます。
ぺたぺた。
くっ。悔しくなんかありませんよ。私だってちゃんと膨らんではいるのです。ペタンコなわけではありません。ありませんとも。
入ってきた彼女。灰色の服装に、フードを目深に被り、やや俯き加減のまま歩いて来ます。
見たことのない人です。新人でしょうか? それならば私の仕事ですよ!
「おい、ここは嬢ちゃんの来るような場所じゃないぞ」
ちょっ、フレディさん、なにをしているのですか!?
せっかくの新規のお客様ですよ。十中八九、私がお相手する方なのですよ。なぜ邪魔をしますか。
呪いますよ。
え、あ、あれ? フレディさん、彼女に顔を向けられた途端、驚いていますね? え、なにがあったのでしょう?
あの女の子がそんなに恐ろしい顔をしているとかでしょうか?
あ、案内窓口がどこかフレディさんに訊いていますね。
ここですよ、ここ。私、タマラが総合案内役ですよ!
「――説明やらなんやらは一番左だ。で、嬢ちゃん――」
こらーっ! アンヘル! 何故シルビアのところに誘導するのですか! そこは鑑定、買取り窓口です! 案内窓口ではありません!
そうですかそうですか。えぇ、わかりましたとも。
アンヘルさんを呪いましょう。
ふふふ。ふふふふ。先日買った呪術大全のどれをやってみましょうか。
ワインを注いだ兜の中にカタツムリを入れて、夜な夜なアンヘルさんの名前を連呼しつつ、良く分からない禍言を唱えましょうか?
……頭がおかしくなったと思われるのがオチですね。
特に、チャロとチェロに――
「タマラちゃん、とうとう頭が……」
とか云われそうです。あの能天気な双子にそう思われるのは屈辱以外のなにものでもありませんね。
止めておきましょう。
だいたい、面白半分に買った本の信憑性など皆無ですからね。なにかのネタにならないかと思って買ったわけですし。
読んでみたところ、洒落にならないレベルでガチな妄想の集大成でしたが。
十日間満月にさらした聖酒とか、いろいろ突っ込みどころ満載でしたしね。
聖酒ってなんですか? 教会に奉納されたお酒ですか? そもそも十日間満月にさらしたって、満月の度にお月さまに翳すのですか? まさか十日連続とかいいませんよね? 不可能ですよ。
こんな感じの事が数百ページに渡り記してありましたからね。それもやたらとカタツムリにこだわっていましたが。
なぜ鎖骨のところの窪みでカタツムリを飼わなくてはならないのか。
読後の疲労感と無気力感から、これは呪われてるんじゃないかと思ったくらいですからね。
あの本どうしましょう? 処分に困ります。なぜ私は面白がって高いお金を出して買ってしまったのか。
むぅ。どうしたものか。
あ、あぁ……あの女の子はまっすぐシルビアのところへ行ってしまいました。
今はみんな暇です。
シルビアもわざわざ彼女をこっちに回すことはしないでしょう。
というか、彼女の仮面はまた随分と特徴的ですね。なるほど、フレディさんがたじろいでいたのは、あの仮面のせいですか。
……ちゃんと前が見えているのでしょうかね? あの仮面。
ん? あぁ、シルビア。新人さんになにを頼んでいるのですか。
いきなり組合の名付けを頼んでも、戸惑われるだけでしょうに。
「冒険者組合でいいんじゃないですか?」
いや、わざわざ付き合わなくてもいいんですよ。シルビアの病気みたいなものって、シルビア!? どこへいくのですか!?
あああ、新人さん、呆然としているじゃないですか。多分、冗談で云っただけですよ、きっと。
もし【冒険者組合】で決定してしまったら、彼女、いろいろといたたまれなくなるんじゃないでしょうか。
……ギルマスとサブマスのことですから、これで決めてしまいそうですね。
ガタッ!
ん? って、ナタリア、あなたもですか。
一体何をしているのですか。新人さんが戸惑っているじゃないですか。
これでは組合がいろいろと疑われますよ。
ふむ、鑑定になにか問題でもあった――え?
加護? それも七神すべてから? え、アレカンドラ様からも加護を? え?
待ちなさい。落ち着きましょう。大丈夫、私は落ち着いていればできる子です。えぇ、落ち着いていれば。
……いや、落ち着いていられますか! え、七神すべてからの加護持ちって、新人さん、あなたは何者なのですか!? 神子様ではないのですか!?
それが組合に来るとか、来る場所を間違えてはいませんか? ここは決して教会などではありませんよ?
あ、イサベル。さすがイサベルです。少々顔を引き攣らせていますが。
おや、その仮面を鑑定するのですか。
え、イサベル、なんであなたもギルマスのところへ走って行くのですか?
もう、ここにいる職員は私とチャロしかいないじゃないですか。
というか、なぜ誰も戻ってこないのでしょうね?
「造った!?」
「はい。そうですよ」
「マジックアイテムを!?」
「あ」
え? ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんですが。
マジックアイテムを造った?
え、そんな、あり得ま……いえ、七神全てからの加護を持つ方です。きっとなんでもありです。
どうしましょう、震えてきましたよ。
あ、ナタリアが戻ってきましたね。あぁ、ギルマス案件になりましたか。まぁ、当然でしょう。
やがてギルマスとサブマスが二階から降りてきました。
彼女に挨拶をしていますが……。
あぁ、自身が神子であることを知らなかったのですか。
それでも神子であることを否定していますね。まぁ、鑑定結果は、少々曖昧な部分がありますからね。
!? え、ちょっと、いまなんといいましたか!? 魔法の販売!?
驚いていると、彼女が光の球を天井に投げ上げました。
光の球は天井にとどまり、室内を明るく照らし出します。
本当に明るい。まるで太陽の下にあるように思えます。
これが、魔法。
これを、販売する!?
どうしましょう? 私の頭が思考することを放棄しそうですよ。
あの、神子様? まだなにかあるのですか?
薬?
思わず私はリカルドさんたちに視線を向けます。
あぁ、さすがに彼女に注目していますね。魔法なんてものを使う神子様の薬です。気にならないわけがないでしょう。
あ、彼女がリカルドさんたちのところに行きましたね。リカルドさんが右腕の包帯を外していきます。
うわぁ……。話には聞いていましたが、酷い状態ですね。
腕がパンパンに腫れあがっているのに、歪んでいるのがわかります。熊と殴り合いするなんて無茶するから。
あぁ、傷口を洗うのですね。解体場の水場を……いや、裏庭の井戸を使うようですね。サブマスがついて行きます。
私は天井を見上げます。
魔法の光はまだ煌々と輝いています。
この灯りはどのくらいの間輝いているのでしょうね?
ややあって、リカルドさんたちが戻ってきました。
リカルドさんは明らかに具合が悪そうに見えます。かなりの痛みなのでしょう。顔色が真っ青です。
「呑め」
「ちょ、なんでどっかの酔ったおっさんみたいにいうの!?」
……神子様、なかなかお茶目なようです。
薬を飲んだとたん、金色の光がリカルドさんの周囲を舞い踊りました。
おぉ、リカルドさんの腕が、目に見えて細くなりましたよ。異様な色に変色していたのも、元のように白くなり、歪みも治っています。
そして更に一本。キュカさんが焦燥しているリカルドさんに無理矢理飲ませます。そしてまたも金色の光が現れます。
開いていた傷口が、完全に修復されました。
えぇ……この回復速度は、ダンジョン産のポーション以上ですよ。
この薬を売るというのですか? しかも、量産が利くとか、これはダンジョン産のポーションの値段が暴落する案件になりますよ。
ギルマスとサブマスが悩むわけです。
きっと頭を抱えたい気分のはずですよ。え、薬の調合をここで?
勝手に作らせ……え、調合担当者ですって!
え、私、やりたいんですけど。
えぇ、受付なのにぼっちみたいになっているより、遥かに楽しそうです。
ギルマス、ギルマス、採用しましょう。
手数料が入るのも魅力的ですよ。素材も、組合で生産すれば収入も上がりますよ。
あ、神子様、今度は何を……ギルマスに薬を? え、ギルマスの怪我は五年も前のものですよ。
あ、ギルマス、薬を飲みましたね。サブマスが誘導してましたけど。
え、ギルマスが跳ねてる? え、治った? え?
あ、シルビアが神子様にどんな薬なのか訊いてますね。
えーと、病気を治し、骨折を治し、さらに今の実験で古傷も症状によっては治し、さらにはゾンビ病も治すと。
あの、もうその薬は神薬といってもいいのではないでしょうか?
え、それを売るんですか? 値段をどうすればいいのですか?
安く売りたいようですけれど、それは問題しかないのではないですか?
一般の薬師が全員失業しますよ。
ん? 神子様、どうされました?
あぁ、申請の処理ですか。大丈夫ですよ。書類の方は完了しています。
あとは仮の組合登録証を作るだけです。
私は慌てているシルビアにそのことを伝えました。
あ、神子様が胸元で手を組んで、喜んでいます。
ふふふ。これこそがお仕事の醍醐味ですよ。
◆ ◇ ◆
キッカさんはつい先ほど帰られました。神子様とか、敬称をつけることを止めて欲しいとのことでしたので、キッカさんと呼ばせていただくことになりました。
彼女は新人ですが、既に組合VIPです。
ギルマスはあまり気にしていないようですが、サブマスは頭を抱えています。
えぇ、薬の値段、どうしましょうね? あれ、値段がつけられませんよ。なにより、万能過ぎて、冗談じゃなしに世の薬師が失業しかねません。
ダンジョン産のポーションも問題でありましたが、アレは稀にダンジョンから見つかるもので、製造不能であったからこそ、例外的な存在として受け入れられていたのです。
キッカさんのトニックも、回復薬の方であれば、まぁ流通は問題ないでしょう。あれは怪我を治すだけなのですから。しかし万病薬は……。
まぁ、これに関しては、サブマスに頭を抱えてもらいましょう。もしくは、イリアルテ家と教会に丸投げです。
そんなことを考えながら、私は膝のうえに置かれた白い仮面の表面を撫でます。
えぇ、キッカさんに頂きましたよ。正確には、報酬の先払いという形ではありますが。
魔法の品のサンプルです。もし、稀に訊いてきた人への説明を頼まれました。これに関してもギルマスとサブマスには話を通してあります。
これは色々と審査を通ったもののみに販売される物となっています。いうなれば隠しアイテムのようなものです。
効果は水中呼吸。つまり、この仮面を着けている限り、装着者は溺れることがないということです。
水中での探索などには役に立つでしょう。
まぁ、そのような機会がどれだけあるかはわかりませんが。
他にも水上歩行というものがあるそうです。
さほど犯罪に関わることのなさそうな物、ということから選択されたのが、このふたつだそうです。
水上歩行は犯罪に微妙に使えそうな気もしますが。まぁ、私に思いつくところでは、逃走の際に、となりますけれど。
さて、この白い仮面ですが、少々おどろおどろしく感じます。
目の部分は丸い穴が空いているだけ。そして口や額に当たる部分には小さな穴がいくつか幾何学模様のように開いています。
そしてアクセントのようにつけられた赤い模様。
非常にシンプルなデザインです。なのに、どうしてこう、そこはかとない恐怖心を想起させるのでしょう。
さきほどこれを着けて二階へ行ったら、ペトロナに悲鳴をあげられました。
キッカさんは何を思ってこんなデザインにしたのでしょう?
いえ「面白半分です」とは云っていましたけれど。
ふむ、どうせ私の案内受付は暇なのです。
こうなったらこの仮面を着けたままお仕事をしてやりましょう。
こうして、いつものように暇な午後のお仕事が始まったのです。
ふふふ。今日はいつもとは違って楽しい一日になりそうです。
誤字報告ありがとうございます。