表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
363/363

※ オリハルコンボーンアーマー


※番外編ともいえる後日談をひとつ投下します。


 それは考えていた。


 如何にして母の言葉を遂行すべきかと。


「お国をしっかり護ってあげてね」


 彼女はそういうと、それの頭を撫でて姿を消した。


 その言葉がそれの始まりとなり、そしてその言葉がそれの全てとなった。


 ならば、この国、ディルガエアを守る事こそが自らの存在意義であるとそれは自覚した。


 オリハルコンボーンアーマーは、いま、この時より、仮初ではない命を持ったのだ。




 そう。キッカ・ミヤマは、最後の最後でやらかしたのである。


 だが、彼女を責める訳にはいくまい。なぜなら、自身にそのような力が備わっているなどとは、夢にも思っていなかったのだから。


 時間軸管理者が面白がって力を彼女にぶち込んだ結果がこれなのだ。


 もっとも、時間軸管理者が面白がって行ったその行動原理が、キッカのもつ得体の知れない業によるところである可能性も十分以上にあるのだが。


 まったくもって【異能悪意吸収体】とでも云うべき存在である。悪戯心から欲望、殺意に至るまで引っ張って来るのだから、本当にロクなものではない。


 ともかくも、彼女は時間軸管理者に与えられた“力”について何の説明もされていなかったことが問題であったのだ。


 詳しい説明は彼女がアムルロスから発った、恐らくは今まさにこの時に時間軸管理者から説明を受けている事だろう。とはいえ、ただ頭をなでて声を掛けただけで、鎧に命が宿り、アンデッドモンスターとは一線を画すリビングアーマーと成っているなどとは思ってもいないだろうが。そもそもの話、魔法生物であるオリハルコンスライムを素材としていなければ、このようなことにはならなかったのではあるが。


 かくして、命を得たオリハルコンボーンアーマーは、国王の執務机に着いたまま、己が使命をどう遂行するべきか思い悩み始めていたのである。






 翌朝、執務室を清掃にきたメイドは、執務机についている金ピカのユーモラスな姿のそれを目撃し、しばし呆けた後に悲鳴を上げて逃げ出した。


 彼、オリハルコンボーンアーマーはその反応に酷く傷ついたが、それでも身じろぎせず、そのまま座り続けた。

 ただの鎧である自分が勝手に動けば、余計に騒ぎになるであろうと判断したからだ。


 この辺りの反応は、生みの親であるキッカより遥かに理性的といえよう。


 その後、少しの間執務室は騒がしくなったものの、キッカの置手紙が発見されたことで騒ぎは終息した。


 ただ、キッカがディルガエア王国から姿を消したことを知った、キッカと懇意にしていた者たちは悲しげであった。


 彼はそのまま執務室に飾られることが決まった。実用性能は異常なレベルで高くはありそうであったが、金色の鏡面装甲はさすがに派手過ぎる上、昼間に表に出そうものなら日光を反射して眩しすぎるという理由からだ。


 実用性が高くあるものの、その実用性に問題をきたすという、なんとも困った評価に落ち着いたのだ。結果として、美術工芸品として執務室に飾られることになったのである。


 ただ、彼のデザインは少々特殊であった。


 キッカが自身用にするつもりでデザインした、いわゆる玉ねぎ鎧タイプであるのだ。


 正直な話、そのデザインセンスは人を選ぶ。


 それはキッカ自身も理解していたため、基本的に自分専用のもの以外は、まともなデザインの鎧を造っている。


 現状、キッカがアムルロスを後にしてしまったため、玉ねぎ鎧はこの彼の他には、傭兵に払い下げたプロトタイプ改修版と、冒険者組合が買い取った試作型メタルボーンアーマーの2領のみだ。


 彼は国王の執務室に飾られることになったことを、僥倖であると考えていた。


 なにしろ、国の問題となる事案はすべて国王の元に上がって来るのだ。特に重要な案件は、書類とともに口頭での報告となるため、隅に置かれている彼も知ることとなる。


 彼は当然のことながら鎧である。故に、彼が母の言葉を守るとするならば、当然、荒事に限られる。それも基本小規模なものだ。


 経済関連のことなどまるで分らないのは当然であるし、戦争のような大規模な事態は、自分単体でどうにかできるとは思っていない。


 となれば、王都を脅かす盗賊団などの、犯罪者を懲らしめることしかできないと結論付けた。

 幸い……いや、残念なことに王都に限らず、犯罪はどこの街でもことかかない。


 特に王都は金や物が多く集まるため、その手の輩はどれだけ警戒しても入って来るのだ。


 本日も、王太子であるアキレスが国王と相談をしていた。


 以前、母も被害にあった連続婦女殺人事件。他者との繋がりの薄い旅人、行商人、ソロの傭兵を狙い、金品を奪い、暴行し、殺害して魔獣の巣に遺棄したという事件。


 その犯人たちは地神教の軍犬隊によって捕縛され解決しているが、それから二年程しか経過していないというのに、またしても似たような事件が起きているようだ。


 王太子直轄の保安部隊は臨時で組織されたものであったハズだが、いまでも解散されずに活動していることから、治安維持隊の質は今以て尚、合格点に至っていないのだろう。


 彼は考えた。


 昼間、出歩くことはできない。ならば――



 ★ ☆ ★



 暗く、足元もおぼつかない中を彼女は走っていた。わずかな雲間から覗く月明かりだけでは、例え歩き慣れた近所であっても全力で走ることはできなかった。だが、慎重に歩くなんて選択肢は選べない。


 後ろを追って来る足音。転倒することなど気にも留めていないのか、それとも闇夜を見通すことができるのか。とにかく、周囲の状況をものともせず追ってきている。


 彼女は娼館で働いている娘だ。娼館とはいえ、働いている者は当然娼婦ばかりではない。


 娼婦たちの世話や、仕事場の清掃、食事の準備を行う下働きや料理人。そして当然、金銭の管理を行う経営陣に、それを護る護衛。もちろん、娼館そのものでの荒事を担当する用心棒(バウンサー)と、大勢が働いている。


 いま息を切らして見知った裏路地を走って逃げているのは、とある娼館で下働きをしている少女だ。娼婦の姐さん方から「はやく娼婦になりなー」などと揶揄われる毎日の娘だ。


 時刻はとっくに真夜中を過ぎ、色町もすでに静まり返っている時間。どこもかしこも灯りは落とされ真っ暗だ。


 僅かな明かりにほんのりと青く見える壁や道を目印に走る。


 だが、いくら慣れた道とは言え、足元もおぼつかないほどに暗い路地を走り抜けるというのは至難であった。


 当然の如く少女は躓き転倒し、下卑た笑みを浮かべた男に追いつかれてしまった。


 慌てて立ち上がり、逃げようとするも突き飛ばされ、またしても転倒してしまう。


 少女は倒れたまま振り返り、目に涙を浮かべた。


 もう、逃げられない。


 自分はここで犯され、殺されるのだ。


 諦め切った少女を見下ろしながら、男はゆっくりと少女にのしかかり――


 ちょんちょん。


 急に背後より肩を叩くように(つつ)かれ、男は慌てて振り向いた。


 そこには、ついた片膝に腕を載せ、身を乗り出す金色の鎧を身に着けた者が男を覗き込んでいた。


「な、なん――」


 男がなにかを云おうとしつつ腰を浮かすが、彼は容赦なく男の頭をつかむと、すぐ側の壁へと叩きつけた。


 ごづっ!


 ――と、鈍い音が響き、男は失神した。


 ……。


 彼はやりすぎてしまったかと少々反省したが、少女を恐怖に陥れていたのだから、問題ないと思い直した。なにより男は失神しているが死んでいないのだから悔やむ必要もない。確かめたが、叩きつけた頭蓋も骨折するというようなことにもなっていない。うむ。委細問題なし。


 自身を安心させるように彼は頷いた。


 だがその頷きは、それを見ていた少女にとって、とても頼もしく見えた。


 彼は、強張った顔で目を見開き、彼を見ている少女に向かって手を差し伸べた。


 出来るだけ驚かさないように、ゆっくりとした動作で。


 裏路地に僅かながらに届く月明かりの下、少女は驚きの表情のまま彼の手を取りながらも、ずっと彼を見つめていた。


 全体的に丸っこく、いわゆるおじさん体系のようなユーモラスな鎧。


 少女はその鎧を知っていた。いや、ディルガエア王都に住む者であれば、知らぬ者はいないだろう。


 それは女神様の装備する鎧。それは2年前の武闘大会で、多くの者が女神の名言(迷言)とともに目撃したのだ。


 彼は少女を起き上がらせると、次に倒れている男を、男のベルトを用いて拘束した。そして右手で少女の手を取り、左手で男の足首を引っ掴んで路地裏を後にした。


 雲間から覗く月明かりの下、通りをふたりは犯罪者を引き摺りながら歩いていく。


 彼の目指すところは兵士の詰め所。それも治安維持隊の詰め所ではなく、王太子直轄の犯罪取り締まり部隊の詰め所だ。


 彼はその場所までもう少し、もう目に見える場所で足を止めると、少女の手を離した。そして詰め所を指差す。


 少女はその意味を察し、彼に一礼すると明かりの漏れる詰め所に向かって走って行った。


 彼はそれを見届けると、その場から姿を消した。






 その晩を境に、王都では噂がまことしやかに流れ始めた。


 夜な夜な、鎧を纏った女神様が犯罪者を懲らしめていると。


 中には、行き過ぎた酒場の喧嘩を収めた、というものもあった。


 酒場で言い争いとなり、店先であわや刃傷沙汰となりかけたとき、彼は現れた。


 ふたりが剣を互いに向け振り下ろそうとしたとき、彼が間に割り込み、双方の剣をその手で掴み、受け止めたのだ。


 もし彼が割り込まなかったらいずれかが、或いは双方とも致命的な怪我を負っていただろう。


 彼は剣を掴むや体を捻らせ回転することで、その剣を奪い取った。そしてその回転を利用するかのように、軽やかにふたりに回し蹴りを顎先にかすめ、無力化した。そう、顎先にほんのちょっぴりとした打撃を加えることで、軽い脳震盪を引き起こさせたのだ。


 酔っ払いのふたりはくらくらと腰砕けにその場に尻餅をついた。


 もし、彼が本気で蹴り飛ばしていたら、酔っ払っていたふたりは受け身も取れずに硬い石畳に頭を打ち付け、死んでいたかもしれない。


 彼は目を回しすっかり大人しくなったふたりを確認すると、奪い取った剣をそっと並べてその場に置いた。


 そして呆気に取られている他の客たちに向け、シュタ! っと軽く手を挙げて挨拶をすると、その場から姿を消した。




 またある晩は、倉庫街のある商会の倉庫を破り、保管された商品を盗み出している某商会の手の者が拘束されて現場に転がっていたり、またある晩は、怪しげな薬を売りさばいていた売人が、元締めの組織もろとも拘束され、王太子直轄部隊の詰め所に放り込まれたりしていた。


 いずれも「金色の玉ねぎ鎧にやられた」と、犯罪者共は騒いでいた。


 彼が現れてからというもの、王都の治安は確実に良くなっていった。


 それに合わせ、金色の玉ねぎ鎧の噂も広まって行った。


 そしてそれだけ派手に暴れまわれば、当然、それらの噂も王宮へと届くというものだ。


 そしてその日、国王アダルベルトは、その報告を持ってきた息子のアキレスとともに、執務室の隅においてある金色の鎧をみつめていた。


「……明らかに、この鎧のことであろうな」

「えぇ。それ以外に考えられません」

「夜な夜な、何者かがこの鎧を身に着けて、正義を働いているのであろうか

?」

「……父上がされていたのではないので?」


 アキレスの言葉に、アダルベルトはぎょっとした。


「いまさら私がそんなことをするわけがなかろう。もういい年なのだぞ。お前が日頃のうっぷん晴らしも兼ねてやっていたのではないか?」

「それこそ無茶というものです。睡眠時間がなくなってしまいますよ」


 ふたりは顔を見合わせた。


「「アレクス?」」


 ふたりは、丁度書類を抱えて執務室にやってきたアレクス王子に視線を向けた。


 アレクスはいかにも不本意そうな表情を浮かべてこういった。


「私が荒事に関してはからっきしなのはご存じでしょう? いかにキッカ様の鎧が凄まじい性能を誇っているとはいえ、装備する者がそんな有様では、噂に聞くような動きなどできませんよ」


 この鎧の立ち回りの噂は、話半分にしても異常なものだった。


 曰く、くるくると膝を抱え回転しながら酔っ払いの間に割って入っただの、予備動作もなしに地面から屋根の上に飛び乗っただの、あろうことか、重装鎧であるというのに、まるで軽業師のように軽快な動きで暴漢の振るう剣を紙一重で躱したとかさまざまである。


 とてもではないが、いかな達人でも不可能な内容だ。


 アダルベルトはため息をひとつつくと、執務机へと戻った。それに合わせるように、アキレスとアレクスもついていく。


「それでアレクス、その書類はなんだ?」

「書類と申しますか、感謝状の類ですね。あの鎧の活躍に関する。特に色町で働く女性たちからのものが多いです」

「あぁ、あそこはなぁ……。どんなに治安が良かろうと、トラブルが尽きんからなぁ」


 アダルベルトが遠い目をした。


 若いころはしょっちゅう、そしていまでもたまに、王妃の目を盗んでお忍びで遊びに行くのだ。


 色町の実情というものは自身の目で見て良く知っている。


「しかし、あの鎧がここにあることも知られているのか」

「一昨日、ここに侵入を果たした盗賊がいたじゃないですか」

「あぁ、【黒猫のハイジ】とかいう、貴族ばかりを付け狙っていたコソ泥だな。市井では一時英雄視されていた」

「いまでは評判はどん底ですけどね」



 ★ ☆ ★



 黒猫のハイジ。


 かの怪盗は、市井にて犯罪予告を流布してから事に及んでいた。そして見事盗み出した金貨を、市井にばら撒くということをしていたのだ。


 そのハイジ、どんな恨みがあったのかは不明ではあるが、貴族を貶めることに余念のないコソ泥だった。その一環として金貨をばら撒き民衆を味方につけ、自身を捕えようとする役人や貴族と敵対させるように目論んでいた。


 だが、ハイジはある時、やってはならない失態を犯した。


 入った場所はジラルモ工房。そこから鉱石を仕入れるための資金と、厳重に保管されていた短剣を3振り盗み出した。


 王家御用達の鍛冶屋であったことから、ハイジは目をつけたのだろう。恐らくは、鍛冶師界隈の事情を一切知らなかったのだ。


 だからこの男は破滅することとなる。


 ジラルモ工房。キッカが鍛冶技術に関して、持てる技術の一切を託した工房だ。このことは王都の鍛冶師はもとより、王国全土の鍛冶師が知っていることだ。


 ハイジはいつものように盗んだ金貨の半分をばら撒いた。そしてついでに盗んだ短剣も。


 短剣のデザインは特殊であったため、自身がつかえば、簡単に正体が行きつけの酒場や近所の住人に露見すると思ったからだ。


 そしてハイジがジラルモ工房で仕事をした理由は、王家の情報を得るためでもあった。


 そうして知った王家に所蔵されているという黄金の鎧のこと。


 ハイジはそれを盗むことを決めた。そしていつものように大広場に犯罪予告を出した。


 そこには王家をおもいきりこき下ろす文言と共に、黄金で作った鎧などという金にあかせた無駄な代物は潰して民衆に施すべきだなどとも書かれていた。


 ハイジは盗みにはいった。宝物殿の警備はかたく、近寄ることもできなかったが、鎧の飾られているという王の執務室に侵入することには成功した。


 そしてハイジは盗み出そうとした鎧に殴られ、お縄となったのである。


 ハイジは必要以上に自身の名を広めていた。そして民衆を味方につけていたと思っていた。だからこそ、自分が捕えられた時にはその名を広く知らされるだろうと確信していた。


 そうなれば、民衆が騒ぎ、自分の助命に繋がるだろうと考えていたのだ。


 だが、その思惑は思い切り外れることとなる。


 民衆は彼に敵対した。


 それもそうだろう。キッカは八番目の神である。彼女はディルガエアにさらなる繁栄をもたらした。数多くの魔法を授け、数多くの作物を授け、数多くの料理、菓子のレシピを授け、そしてディルガエアにとって脅威となっていたダンジョンをも見つけ出した。


 それに加え、彼女は町を出歩き、屋台の親父と気さくに話をしていたということも知られている。武闘大会での決闘騒ぎでは、彼女のユーモア交じりの会話も、観客の皆が聞き知っている。特に「盾は殴るもの」という、聞いた者に笑いを引き起こした名言(迷言)は、多くの戦士たちに影響を与えた。その結果、冒険者をはじめ、兵士、騎士たちの生存率があがるという結果をもたらしている。


 故にキッカは、あまりにも身近にある神として、人々に認知され愛されていたのだ。当人は世間でそんなことになっていたとは、まるっきり知るよしもなかったが。


 そんな神の作り上げた物品である短剣を投げ捨て、さらには鎧を潰すなどと彼は宣言してしまった。


 当然、ジラルモ工房は盗まれたものを公表していたし、それに呼応するかのように、教会がハイジを神敵と認定したのである。


 彼を擁護する者など誰一人いなくなった。それどころか、彼がばら撒いた金銭が教会に集められるという有様だ。


 神敵の蒔いた金をつかおうものなら、罰があたると思った者たちが教会に金を預けたのである。もちろん、使ってしまった者がほとんどであるため、同額を預けることなったわけだが。尚、それらの金は国へと渡り、被害にあった者たちへと順次返還されている。


 かくして、ハイジはあらゆる方面から敵対視されることとなったのである。



 ★ ☆ ★



「ハイジ断罪時に、王宮からもきちんとした発表をしなくてはなりませんね。そもそも、そうでなくては誰があの怪盗を捕らえたんだって話になりますよ。中を覗いても彼の中には誰もいませんでしたしね」


 アレクスの言葉に、アダルベルトとアキレスは彼を見つめた。


 アレクスはにっこりとした笑みを浮かべた。


「あの鎧がただの鎧でないことは明らかです。まぁ、キッカ様が作られた代物なのですから、生きているとしても驚くようなものではないでしょう。なにしろ、近衛用のあの鎧ですら、大分自重して性能を抑えたモノだそうですから」


 アダルベルトとアキレスは顔を見合わせた。


「それと、市井の噂の事もあります。ですから、あの鎧がキッカ様の命の下、正義を行っていると発表してしまいましょう。周知してしまえば、詐欺まがいの苦情も来ることがなくなりますし、鎧を潰せなどと云う者も消えましょう」


 アレクスは断言した。あわよくば、ということを狙い、金銭目的の偽の苦情の処理にはほとほと嫌気がさしているのだ。詐欺と断定できるものでもないため、罰するわけにもいかないものなのだ。そんな、せいぜいが銀貨数枚の苦情案件を却下することに時間を費やしたくないというのが、アレクス王子の本音である。


「それは大丈夫なのか?」

「教会にも報せておけば問題ないでしょう。場合によっては、鎧を教会へと預けることになるかもしれませんが」


 アレクスの言葉に、アダルベルトは顎に手を当て、考え出した。だかアキレスは少しばかり心配ではある。鎧が正義を働いている。それは事実であろう。だが、中に誰もいないということを、誰が信じるだろうか?


「とするならば――」


 アダルベルトが重々しく口を開いた。


「――鎧の名を決めなくてはならんな!」


 アキレスは拍子抜けした。


「父上!? 問題はそこですか!?」

「それ以外になにがある。キッカ殿が作り上げた鎧だぞ。どういうわけだか各部を外すことができず。ああして置物にせざるを得ないものだぞ」

「鑑定盤にも何故か乗せることができませんでしたしねぇ」


 呑気なふたりに、アキレスは頭を抱えたくなった。






 彼は焦りを憶えた。


 名をつける?


 確かに自分には名前がない。金色(こんじき)鎧とか金ぴか鎧とも云われもするが、一番よく云われる呼び名は別にある。



 そしてその略称は、いかにも名として“らしい”ことも分かっている。


 だが、それを認める訳にはいかない。


 七王国語であるならばなんの問題も無い。おかしいことも無い。むしろそれが自然だろうと思える。


 だが、これを日本語とすると途端に問題が起こるのだ。


 絶対に、そうこれは確定的絶対に、母が頭を抱えて嘆くことが目に見える事態になるのだ。


 彼は考えた。母を泣かせるわけにはいかない。


 彼は考えた。ならばどうすれば良いのか。


 彼は思いついた。ならば、自分で名前をつけてしまえ、と。


 このままだと以下の名前になる。


 金色玉ねぎ鎧。略して金玉鎧。取り返しがつかない。


 日本語で陰嚢の隠語が名称になるというのはさすがにダメだ。


 ……キッカが頭を抱えることになるのは火を見るよりも明らかだ。


 これを回避すべく、彼は考え、考え、考え、そして思いついた。


 彼は立ち上がった。


 3人の王族は急に立ち上がった彼にぎょっとしていた。


 だが彼にはそれに構う余裕はない。いままさに、自分は“金玉鎧”と名付けられる寸前なのだ。


彼は執務机にまでいくと、驚く3人を他所に、机上にあった真新しい羊皮紙をとり、羽根ペンにインクをつけると書きつけ始めた。


 まず、七王国語で、オリハルコンボーンアーマーと書き記す。そしてその下に矢印を書き、日本語、英語と並べていく。



 オリハルコンボーンアーマー


      ↓


 Orichalcum Bone Armor


      ↓


 Ori B A


      ↓


 オリバ



 そして最後に、オリバの文字を七王国語に書き直す。


 なんだか、笑顔の眩しいマッチョで半裸な親父が目に浮かんだが、彼はそのイメ―ジをどうにかして振り払った。もはや贅沢をいっている時間はないのだ。


 呆然とした面持ちで自分をみつめる3対の目を他所に、彼は書きつけ終えると丁寧に羽根ペンを戻し、そして羊皮紙を国王に手渡した。


 アダルベルトが受け取るのを見、彼は所定の位置に戻ると、再び置物のようにそっと座った。


「……」

「……」

「……」


 三人は無言で彼を見つめていた。そして互いに顔を見合わせた。


「彼の名前はオリバであるな」

「そうですね」

「ですが、名の由来の発表は避けましょう」


 そういうアキレスに、ふたりは首を傾げた。


「だってそうでしょう? 神代の金属の鎧などと知られれば、またしてもロクでもない輩を呼び寄せます。ハイジのようなコソ泥はともかくも、欲に駆られた貴族なりどこぞの国家なりがやらかしかねません」

「彼が撃退するのでは?」

「それはそれで問題になる」


 アキレスが弟に答えた。


「まぁ、背景は発表せずともよかろう。彼を、正義の護り手であると発表すればよいのだ。よし。これを教会に報せておかなくてはならないな」

「では、私が直接報せに参ります。神が関わることです。王族が行った方がいいでしょう。書面の文面は、私が書いて問題ありませんよね?」


 アレクスがアダルベルトに問うた。


「任せる。アキレスは、騎士、兵士たちに彼のことを周知させておいてくれ。捕り物の最中に彼と争いになることは避けねばならんからな」

「了解です」


 そしてふたりは執務室を後にした。


 執務室にひとりとなり、アダルベルトはゆっくりと落ち着いたように深く息をついた。


 じっと彼を見やる。


 そうして暫く彼を眺めた後、アダルベルトは軽く首をふり、面倒な書類仕事へと戻る。


 そんな国王陛下の姿を、彼は静かに、そしていつものように見守るのだ。




 夜な夜な、正義を示すその時まで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 2週目読み終わりましたが、やはり寂しく感じる終わりですね…
[一言] 一気読み終わった。面白かった。 にしても、某「不幸だー」が口癖の彼のように立派なお胸が全ての幸福を打ち消してるのかな。(笑)
[一言] 漸く最後まで読めました…。1年以上も経ってからですが(苦笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ