362 真っ白だ
真っ白だ。
右も左も上も下も、とにかく辺り一面真っ白だ。
私はちゃんとなにかの上に立っているのかな? ガラスみたいに透明ななにかの上にちょこんと立っているだけなんじゃないかと錯覚しそうだ。
比較対象がいっさいないから、この空間がどれだけ広いのか、はたまた狭いのかがさっぱりわからない。距離感がまるで掴めない。目の前に壁があると云われても納得できそうだ。
……手を伸ばしてみる。うん。はっきりと自分の腕がみえる。
比較対象がない上に、光の加減による形の有無も無くなると、こんな有様になるのか。
いや、比較対象といえば、あるにはある。隣に大木さんが立っているからね。
……比較対象にならないね。遠くの方で立っているのならともかく、隣にいるんだもの。
ひとりだったら、一歩踏み出すこともできずに途方に暮れそうだ。一億年ボタンとかいうネタがあったけれど、それの行き先がこんな場所だったら、三日と経たずに精神に問題をきたしそうだ。
さて、ここがどこであるのかはさておいて、なんでこんな場所にいるのかと云うと、私の今後の活動のため……なのかな?
昨日、リスリお嬢様がリリアナさんと、がっくりと肩を落として帰ったあと、大木さんが来たんだよ。
「一応、挨拶に行っておこうか」
突然、そんなことを云われて私は首を傾げた。
挨拶? どこに?
なんて思っていたら、それを察したのだろう。
「この世界の時間軸管理者の所だよ」
多分、思いっきり顔に出ていたのだろう。
「大丈夫だよ。怖い存在じゃないから。まぁ、基本的に僕たちのことは、さほど気にも留めていないけれどね」
「虫けら扱い!?」
「そこまで酷くはないよ」
「犬猫とか?」
「……ハムスターくらいかな?」
違いが判らん。
「そういえば、大木さんは会ってるんですよね? 私と同じで、落っこちたとか云ってませんでしたっけ?」
「あー、うん。なんでこの世界の時間軸管理者……って、それは必然に近いのか。ただ、世界の根っ子部分を通してこっちの時間軸にすっとばされたから、まず真っ先に通るのが時間軸管理者のところなんだよね。で、僕はその時間軸管理者に激突したわけだ」
は?
「さすがに自分がダメージを受けるような事態になると思っていなかったらしく、パニックになってたね。僕はというと、その激突の衝撃で、微妙に時間軸管理者の一部? が混じったらしくて、基礎能力面がすこしばかりおかしくなったんだよ」
なんだか大変なことになっていないかな?
真っ白な世界を、ふたりでてくてくと歩いていく。
「まぁ、時間軸管理者がちょっとばかりしくじった結果だから仕方ないね」
「どういうことです?」
「世界獣のことで時間軸管理者は頭を抱えていたわけだ。で、自身の管理世界に、あれの対処をどうこうできそうな資質の者がひとりもいやしない。ということで、無差別に資質の在りそうな魂を引き寄せようとしてたらしいんだよね。あぁ、もちろん、根源管理者を通して、助けになる者を捜索しているって触れは各時間軸管理者に通達してあったらしいけれど」
「……それに大木さんが引っ掛かったと」
「それなりに知識があって、普通の教育者であったことが選ばれた理由みたいだ」
「あぁ……」
なんだろう。普通の教育者で納得できちゃったよ。基本的に、教師ってロクなのいないんだよ。まともに見えても常識がかなり欠如しているのが普通だし。ほら、大学出てから学校に就職しちゃうわけだから、社会でまともに揉まれていないんだよ。だから考え方がすごい甘っちょろい癖に、無駄にプライドが高くて生徒を見下すから、あいつら大嫌いだ。
「キッカちゃん?」
「あぁ、すいません。ちょっと嫌なことを思い出して」
思考がちょっとごちゃっとしてたよ。
「まぁ、変な思想とか持たず、成すべきことを成そうとする指導者、というのが丁度良かったみたいだよ。変な宗教にも染まっていなかったことが一番の要因らしいけれど。……ただ、ヘマをしてティラノサウルスの餌にされたのはいただけなかったけれどね」
≪だ、だからそのことはもう謝ったじゃない。赦してよぅ≫
突然聞こえて来た声? に、私は思わずあたりを見回した。
それにしてもこの言い回しは。というか、日本語だよ!?
私は大木さんを見上げた。
いまは竜の姿だというのに、苦笑している様が見て取れた。
「これはボクの影響。要領は悪いけれど、無闇にやる気のある女の子がやたらと質問に来てね。ボクのどこが気に入ったんだか……。かなり印象づいていたせいか、どういうわけかその娘の性格を時間軸管理者が模倣してね。……なんか、激突した時に情報をもっていかれたみたいなんだよ」
そういえば、大木さん、教師を辞めてから予備校の講師になったんだっけね。そっちの話かな?
≪だって、その方がお願いを聞いて貰えそうだったし≫
「初耳ですよ、それ!?」
≪云ってなかったもん≫
……なかなか強かな性格みたいだ。いや、そもそも時間軸管理者に性格とかあるのかな? なんかこう、もっと超然とした存在のような気がしてたんだけれど。
≪お嬢ちゃん正解。でもこの方が親しみやすいでしょう? 変に身構えられても、面倒なんだぁ。だからさして興味もなかったけれど、大木君と接触した後に情報を集めたの≫
……なんだろう、このそこはかとない恐怖感は。
≪あぁん。怖がらないでよぅ≫
「大丈夫だから。無害だからさ」
「そうはいいましても、ここまで格の違いとでもいうようなものをひしひしと感じると、恐れ入るしかできないのですが!?」
「キッカちゃん、落ち着こうか。なんか喋りがおかしくなってる」
「そうはいわれましても!?」
なんか怖いんだけれど。意味もなく。
≪……えいっ!≫
「ふぎゅっ!?」
「キッカちゃん!?」
なにかが顔面にぶつかって、頭の中を通り抜けていった? いや、違う。なんか入った。なんか入った!? その衝撃で尻餅をついたけれど、なにこれ? なにこれっ!?
頭ン中がムヤムやスる。気持チ悪い気持ち悪イ気持チ悪イ!
「ちょっ!? なにをしたんです!?」
≪いやぁ、なんか伸びしろが見えないくらいあるから、ちょっと大木君に持っていかれたのの数倍くらい“力”を放り込んでみたんだけど≫
「なにをやってんですかーっ!?」
★ ☆ ★
「……おはようございます?」
寝ていたのか起きていたのかよくわからない気持ちの悪い状態から復帰し、とりあえず私は身を起こした。
おー……なんかくらくらするよ。ふふふ……ふふっ……ふふふふ。
えーっと……向こうに見える、正座しているように見える“何か”と、それを説教しているように見える“何か”はなんだろう?
“何か”って何だ? と問われても、そうとしか云いようがないんだよね。
なんというかね、視覚で見えているわけじゃないんだよ。ただ、そこに居るのは分かる感じ。だから、正座しているようにみえる、って云ったけれど、どちらかというと、凄く神妙、殊勝にしている? っていう方が正しいのかな。
「やぁ、深山さん。大丈夫かな?」
すぐ側から聞こえた声に、そちらの方へと振り返る。
「あれぇ? 常盤お兄さんじゃないですか。お久しぶりです」
「……うん。大丈夫じゃないね。もう少し待った方がいいかな? 気分はどうだい?」
気分……気分? んー……。
「酔っ払った後みたいな感じですね」
正確にいうと、酔っ払ってやらかしまくった後がこんな感じだ。で、いわれるんだよ「絶対に飲むな」って。
このあいだも女神さま方に云われたしねぇ。
「あー。これはダメだね。目がクルクルしてるよ」
「……あれ?」
……。
……。
……。
「ご心配をおかけしました」
ようやく頭がすっきりした私は、大木さんと常盤お兄さんに頭を下げた。
「いや、原因はあれだしね。キッカちゃんはなにも悪くないよ」
時間軸管理者をアレ呼ばわりですか、大木さん。
「ふたり……ふたり? 二柱って云ったほうがいいのかな? いるように見えるんですけど」
大木さんと常盤お兄さんに訊ねた。
「よくわかるね。深山さん」
「説教している方は、僕たちの方の時間軸管理者だよ。やらかしたのが分かったからね。慌てて来たんだよ。時間軸管理者はそう軽々しく世界から離れる訳にはいかないんだけれど……まぁ、短期間なら大丈夫だろ。システム周りはきっちり強化して置いたし」
……常盤お兄さんが分かるような分からないようなことを云っているけれど、多分、知らない方がいい気がする。
というか、時間軸管理者よりも能力が上のようなことを云っていませんか!?
≪ごめんねぇ。なんだか上手く行きそうだったからさぁ≫
「はぁ……。そういわれましても、何をされたのかさっぱりなんですけど」
≪ほら。ほうぼうに視察に回ってもらうわけじゃない。でもね、なかにはどうしようもない管理者もいるのよ≫
「でしょうね。アレカンドラ様も大変でしたし」
≪そういうの見つけたら、処していいから≫
「は?」
≪できるようになったから。いまのお嬢ちゃんは強いよ≫
「いや、強いって、え?」
私は大木さんと常盤お兄さんを見つめた。
「あぁ、うん。いわゆるやらかしたってヤツだよ」
「僕でさえ自重したんだけれどねぇ。深山さんが鍛えまくったから、ドラゴンをあしらえるレベルになっただけで。いまの深山さんはそこらの惑星管理者なら指先であしらえるレベルだよ」
は?
「え、私、なんになったんです?」
≪管理する銀河を持たない銀河管理者……かな?≫
「管理者は管理リソースを利用できるから力があるだけですよ。単体でそれを持ち合わせている存在は、銀河管理者以上ですが」
「銀河管理者以上、時間軸管理者以下ってところかなぁ」
私は絶句した。
「そ、そんなのがそこらをウロウロして大丈夫なんですか? 神様とかって、下手に降臨したりすると、辺りが壊れたりするんじゃ?」
≪肉体に納めてあるからだいじょうぶだよぉ≫
……私の人生、波乱万丈すぎやしないかな。それも他者に振り回される形で。
「遠い目をし始めましたね」
「こっちはこんな有様だからさ……ボクが原因なんだけれど、不可抗力なんだよなぁ」
≪力がある分には問題ないよぉ。むしろないと大変かなぁ。さっきも云ったけれど、末端の管理者にはロクでもないのが多いからねぇ≫
……あぁ。
≪気分で処しちゃっていいからねぇ≫
「いや、さすがにそれは問題では!?」
≪いーのよぅ。お嬢ちゃんが不快に思うような連中なんて、所詮はその程度ってことよ。代わりは幾らでもいるから≫
……おかしいな。私の役割って、世界を巡って『この世界は停滞しまくってるから、テコ入れが必要だね』とかいう感じのことをやるはずだったんだけれど。なんか、管理者の査察まですることになってないかな?
私、ガワはともかくも、中身はただのポンコツだよ?
≪大木君……≫
「あー、キッカちゃん。もうひとりの方についてもよくわかってるから」
「あぁ……そういう。でもあれ、基本的に私が酷いことにならないと出てきませんけど」
≪そのためにさっき“力”を放り込んだのよぅ。体に大穴が空いてもかすり傷と同じような感じだからねぇ。すぐに治るし。だから、お嬢ちゃんを酷い状況にできるような存在って、管理者くらいなのよぅ。まぁ、それもいまのお嬢ちゃんの状態ならたかが知れてるから、安心していいわよぅ≫
……酷い目に遭うこと前提? いや、これまでの人生もそんな感じだったけれどさ。できるなら平穏に生きたいんだけれど。美味しいものを食べて寝る生活とか。……すぐに飽きそうだけど。
≪なかなか自堕落的ねぇ。――あぁ。なるほど。これは根源管理者の管轄かなぁ≫
「はい?」
≪えーっと、お嬢ちゃんに分かりやすくいうと、キリスト教の教祖みたいな感じ?≫
「は? いや、なんの話です?」
≪人類の原罪を全て背負って――っていう感じなのよ、お嬢ちゃん。まぁ、お嬢ちゃんに集まってるのはそんなものではないけれど。そのせいで、世界を越えてもそれがしっかり仕事をしているからロクなことになっていないけれど≫
はい?
≪一種の特異点ねぇ。普通は産まれても一、二年で死んじゃうんだけれど、紆余曲折あったにせよ、こうしていまも生きているのは奇蹟ねぇ。……しかも死ねなくしちゃった。さすがに可哀想なことをした気が……≫
「そんなレベルだったのか……。どうして運気を上げても酷い巡り合わせにあうのか不思議に思ってたんだ」
「普通は、流産とか死産しているんだけれどねぇ」
「もしかしたら、奇蹟的な幸運を持って産まれたんじゃないかな? それが相殺した結果、いまの有様なのでは?」
「その結果が連綿と続く不運の連鎖ってことかい? 最高の運気を持った結果、最悪の不運の申し子になったと? どんなジョークだ」
常盤お兄さんと大木さんは顔を見合わせると、盛大にため息をついた。
いや、私はなんなんだよ。本当に。……泣いていいかな?
まぁ、そんな感じで、期せずして私の本質? みたいなことがわかりつつも、今後の方針的なものと、行く場所が決まった。
といっても、やることは私が適当な世界にいって、旅行するような感じだけれど。基本的に行くのは発展途上の文明の世界。だいたい十四世紀とかから十八世紀くらいの世界が中心になるようだ。場合によっては、宇宙進出した未来な世界にも行くみたいだけど。現地の管理者には一切の連絡をせずに放り込まれるとのこと。まともな管理者なら、あきらかに異常な異物である私に“正しく接触”してくるそうだ。いきなり攻撃してきたら処せ、と時間軸管理者様。
うん。お二方ともそれに関しては同じだった。
想像以上に、そこらに問題があるのかな? いわゆる不良人材。アレカンドラ様みたいな真面目な管理者のが少ないのかもしれない。
あ、そうだ。ひとつ訊いておきたいことがあったんだっけ?
「教えて欲しいことがあるんですけど?」
≪なにかなぁ?≫
「アレカンドラ様を銀河管理者に指名した前任者はどこに? 弁明の余地もなく性犯罪者なので、アレカンドラ様と殴り倒そうと約束しているんですよ」
私がそういうと、時間軸管理者が笑ったような気がした。
≪それじゃ、それが初仕事になるのねぇ≫
★ ☆ ★
「この家の保全は任せてねぇ」
「教会の方でしっかりやらせるわー」
この家をどうするか女神さま方と相談したところ、こんな答えが帰って来た。
「この状況だと、取り壊しとか有り得ないものー」
「すっかり聖地だものねぇ」
「いや、確かにそうですけど。まぁ、お任せします。たまに戻ってくるつもりですし」
もういっそのこと、屋根に【神枝】でもくっつけたほうがいいかな。風見鶏みたいに。……いや、風見鶏というより、避雷針になりそうだな。落ちた雷を逃がすアース的なものをくっつける気はないし、やらないほうが無難か。
置いていくとヤバそうなものはインベントリに放り込んで行こう。基本的に特別仕様の作業台を持って行けばいいか。
温室の世話や警備用のオートマトンはそのままでいいとして。
うん。特に他に後始末することはないかな。
あ、そうだ。死蔵状態の鎧を置いて行こう。邪魔だし。試しに作ったオリハルコンボーンアーマー。鏡面装甲になっちゃったから、派手どころじゃないんだよね。金色だから、ディルガエアに置いて行けば飾り物くらいにはなるかな? 性能は未強化なのにおかしなレベルだし。いや、強化しようにも、強化素材が不明だったんだよね。オリハルコンスライムの体液でもだめだったし。
ということで、大木さんにお願いして、深夜に国王陛下の執務室に侵入。椅子を退けて、鎧掛けに掛けたオリハルコンボーンアーマーを設置。立ち状態の鎧掛けじゃなくて、座っている形式の鎧掛けをつかったから、普通に執務机についているように見える。
これでよし。あとは置手紙を置いておけばいいだろう。
……よし。これでもうやり残しはないかな。それじゃ、例のロリコンを殴り飛ばしに行こう。
★ ☆ ★
ということで、アレカンドラ様の前任者については、アレカンドラ様と一緒に殴り倒した。前任のロリコンは……消滅? なんだか、真っ黒なシルエットだけの存在の……多分、管理者だと思うけれど、その人物? と殴り合いの喧嘩をしていたんだよ。そこへ私たちが乱入した感じだ。
それまでの殴り合いで弱っていたのか、アレカンドラ様の跳び蹴りで胸に穴が空いて、私が思いっきり殴ったら動かなくなった。その直後≪君はもう要らない≫と声が響くや、前任者は消えてしまった。時間軸管理者、容赦ないね。
真っ黒な管理者は時間軸管理者と話した後、いるべき場所へと帰ったようだ。
そうそう、アレカンドラ様は姿が元に戻ったよ。あのロリコンを殴り倒した結果ではなく、以前、時間軸管理者から贈り物としてもらったリソースをつぎ込んで呪いを無理矢理解除したよ。
いや、私が説得したんだよ。後生大事にしていたら、きっといつまでたっても使わないんだから、あぶく銭と思って使ってしまいましょうと。まぁ、私の説得よりも、恨みタラタラだった馬鹿をボコったことで気分が高揚していたせいか、なんだか軽いノリで「やっちゃいましょー」とかいって呪いを解除していたけれど。
こうして予行演習的なことも終わった。
そして私は今、見渡す限りの野原の真ん中に立っている。
お供はリリィにビー、そしてボーだ。
「なんだかディルガエアを彷彿とさせるわね」
きょろきょろと辺りを見回す。空を見ると昼間なのに月が見えた。
ボーは近くの草を齧って、ぺっと吐き出していた。不味かったのかな?
ビーはいつものように、私の背負った鞄の上に乗って、私の頭にしがみついている。
ふよふよと浮いていたリリィが急に明後日の方向を指差すようなポーズをとると、こう宣った。
『ご主人。さぁ、どこへ行くのかしら? 世界は広大よ』
かくて私は、いつものリリィのネタ台詞に苦笑したのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※強いよ(つおいよ)としてあるのはわざとです。訛りみたいなものと思ってください。
行き当たりばったりで、冗談じゃなしに一切の話を考えずに始めた今作ですが、なんとか完結することができました。
アイザックとオートマトン決戦というネタとかもあったんですが、カットです。ほかにもいくつかネタはあったんですが、ネタとネタの間がさっぱり埋まらないのでカットです。
次作は準備中です。隔日等での投稿ではなく、各話(各章)ごとの投稿の予定です。現状、序章のみ出来上がっています。なんとか六月中には投稿したいところ。
では、最後までお読みいただきありがとうございました。