359 回転を利用するんだよ!
「回転を利用するんだよ!」
私は云った。
「回転ですか……?」
グレーテルさんは首を傾いだ。
あぁ、うん。この一言で、私がなにをしようとしているのかを理解しろというのは無茶もいいところだね。
おはようございます。キッカですよ。
本日は十一月の七日。木材調達にダンジョンにいったりなんだりとしていたら、もう十一月ですよ。研究所の方は、出来うる限り頑丈にとお願いしたので、建築開始から一週間が過ぎたいまも建築中です。
私の家を三日で建てたゼッペルさんたちの技術を鑑みるに、相当に気合を入れて建ててくれているみたいだ。現場まで差し入れを持って行くのはちょっと遠いから、出来上がって、打ち上げをやる時になにかしら差し入れだのなんだのを用意しよう。出来うる限り豪華に。
……ドラゴンの肉を使えばいいか。滅多に食べられるものでもないし。巨大なロースト、ローストドラゴンとかいいかもね。
あぁ、でもあまり大きいと、中までいい塩梅に火を通すのが難しいか。普通サイズを沢山作ろう。
さて、回転の話。
これは研究所発の発明品の話だ。研究所を設立したところで、軌道に乗るまでは貧乏一直線なのは目に見えている。とはいえ、結果を一朝一夕で出せるかと云うと、そんなわけがないのである。無駄にお金を消費して、あげくに力尽きて倒れるなんてことは回避しなくてはならない。いくらお金があるといっても、それは有限だからね。
なので、ちょっとズルかも知れないけれど、私がネタをひとつ投下して、商品を作ってしまおうというわけだ。
そしてその肝となるのが“回転”。
いや、クルクル回る、もしくは回すだけの魔道具なら、現状、制作可能なんだよ。……あぁ、いや、魔道具というか、普通に科学の範疇の代物なんだけれど。
要はモーターだ。ただ、原始的なモーターだと出力、回転力が弱いから、魔道具を用いてその回転力を増強しよう、ということだ。
これもなんとかできる。アウクレシアのマニピュレーターがクルクル回るから、そこの機構を模倣すればどうにもでもなるのだ。
問題は電気回路ならぬ魔力回路。魔石を電池として、あれこれやらないとダメなんだけれど、現状“こうすれば、なんだか上手く動くよ”という有様で、理論も論理もあったもんじゃないのである。
なんというか、帝国の魔道具関連の学問って“これ、どうやって使うの? なにをする道具?”ということを解明するだけであって、創り出す訳ではないのだそうな。
なんだろう。それは考古学者的な見解を立てているだけなんじゃないかな?
あぁ、そういった意味では、私を誘拐したアレは、自身で自動人形を魔改造して組み上げたりしている分、非常に先進的であったわけか。そういったことをしているからこそ、グレーテルさんはその研究室に入ったのね。
入った先が、選民意識に凝り固まったマニアックでオタッキーな変態の集まりであったというだけで。
……ちゃんと実になることはあったのかな?
「少なくとも、沢山の魔道具に触れることはできましたよ。……大半は修復作業でしたけれど」
グレーテルさんが遠い目をしている。というか、目が死んでる。
不憫な……。
さて、回転の話に戻ろう。
三種の神器、という言葉がある。神道的には、剣、鏡、勾玉の三種のことを差す。でもここでいう三種の神器は家電製品の三種の神器だ。
いわゆる、テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三種だ。
もう、わかるね。回転が関係するモノ。即ち洗濯機だ。
日々の家事で、もっとも時間をとられるのが洗濯だ。これを自動化できれば、どれだけ別の作業ができることか。
一般家庭はともかくも、貴族家や大商会など、大人数が暮らしているようなところだと、洗濯物も大変な量になる。
さすがにドレスなどは手洗いでなくてはだめだが、いわゆる普段着、作業着となるものはそこまで丁寧な洗い方をする必要はない。実際、水辺で棒でぶっ叩いたりして洗っているからね。
さぁ、そこに洗濯機が登場したらどうなるだろう。
うん。想像するまでもないね。確実に売れる。使用人からの熱烈な要望を袖にできる主人はそうはいまい。個人的なわがままではなく、作業を円滑にするための備品の申請なのだ。もしそれを突っぱねようものなら、その後、微妙に居心地の悪い思いをすることになるのは、彼らの主人となるのだ。
経済的に余裕がない、という状況でもなければ、買わざるを得ないことになるハズだ。
人間とは元来、堕落した生き物なのだ。しなくていい苦労であるならば、喜んでその苦労を投げ捨て、楽をしようとするものだ。
とにかくだ。私は洗濯機に関して長々と、それはもう熱烈に説明をした。したが、グレーテルさんはどうにもピンとこない様子。
というよりもだ。でっかい鍋に汚れものを入れて、水をたたえてグルグル回すだけで汚れが落ちる。ということに半信半疑であるようだ。
よろしい。ならば実演だ。
物質変換で洗濯機を出した。目標とするデザインの物をだ。機構は出来うる限りシンプルにしてある。尚、これが物質変換で出せるほぼ限界の大きさのものだ。
グレーテルさんが目と口でОの字を作っているけれど気にしない。女神認定されちゃったんだもの。開き直ってやりますとも。
出した洗濯機のデザインは、普通の縦置き式の洗濯機だ。ドラム式の方が使用する水の量が少ないみたいだけれど、排水機構が面倒なことになりそうだから、ひとまずやめておいた。あとで口頭でこういうのもあると、説明して置けばいいだろう。
では実演。そのために汚れものを用意しなくてはならない。
さて、ここは私の自宅の向かいの教会だ。グレーテルさんをここに預けているからね。そして小さいながらも、孤児院が併設されている。汚れものはいくらでもあるというものだ。ということで、いまだに名前を知らないんだけれど、仲良くなった【風神教】の侍祭の女の子に頼んで、汚れものをいくらか回してもらった。
洗濯するといったら『そんなことさせられません』とかいわれちゃったけれど、魔道具の実演に使うといって、どうにか持ってきてもらったよ。ただ、そのまま見学をしていくことになったけれど。
それじゃ、洗濯と行こう。本当に初期型の洗濯機だから、あれこれ考えずに汚れものを放り込み、水をぶち込み、液体洗剤(帝国産)を加えたら蓋をしてスイッチオン。
ぐぉんぐぉんと洗濯機が小刻みに揺れながら結構な騒音を立てる。
「あー、シンプルに作り過ぎたねぇ。この音を軽減する機構を考えないと」
そうこうして洗いが終了。一度排水して、また水を入れて今度はすすぎ。すすぎが終わったら洗濯は完了。残念ながら、脱水機能はない。二槽式じゃないからね、これ。ローラーを用いた手動の脱水機構でもつければよかったかな?
さて、洗濯の終わった汚れものはと云うと――
「こんな感じで洗えるんだよ。十分でしょう?」
洗い終わったシャツを絞って、バン! と振るって広げて見せたところ、ふたりとも目を丸くしていたよ。
「すごいです、キッカ様!」
「洗濯の手間がこんな簡単に……」
よし。結果は上々。
自動洗濯機を提案したけれど、考えてみたら手動でも問題ないんだよね。手で回すのは大変だから、足漕ぎ式で。自転車の機構とくっつければいいんじゃないかな。
いや、魔石が今後どうなるか分からないからね。ただ、そうなると魔道具ということにはならなくなるけれど。
一応、云っておこうか。
「では、両方作りましょう」
「いいの? 魔道具じゃないよ?」
「魔道具化する前の道具とすれば問題ありません。それよりも、商品として先に商業組合に登録しておかないと、面倒なことに成り兼ねません」
ん?
あぁ、そうか。魔道具の方を見てから手動式なりをつくって、あれこれケチを付ける輩が出てきかねないってことね。特許、とまではいかないまでも、それに似たような制度があるからね。専売権というかなんというか。ライセンス契約みたいなものもあるんだよ。
ほら、私がイリアルテ家と結んでいる料理レシピなんかがそんな感じだ。
「……エリカさんを呼んでこようか。あ、でも私、商業組合を脱退しちゃったんだよね。どうしよう」
「魔道具研究所の名義で商業組合に登録しましょう。つきましては、魔道具研究所の正式名称を決めなくては」
は?
「え、魔道具研究所じゃだめ?」
「一般的な名称すぎます。公共機関というわけではないのですから、しっかりとした名称が必要です」
真面目な顔でグレーテルさん。
うーん……でもそうなるとなぁ。私の名前をつけるのは嫌だし。でも何かしら考えないと、くっつけられそう。
……そうだ!
「それじゃ、【如月魔道具研究所】としよう」
「【如月】ですか?」
「私の工房の名前だよ。このまま消滅させるのも惜しいからね」
商業組合に登録する際に、思い付きで適当に付けた屋号だけれど、このまま消えるっていうのもなんだしね。
そうだ。板材も余っていることだし、あとで看板でも作ろう。こっちの文字と、日本語のヤツ。
「あぁ、でも、魔道具以外も出すとなると、魔道具研究所とするものあれだね。どうしよう?」
「では、魔道具を取り払ってしまえばいいのでは? 代わりに……そうですね、“技術”を入れて【如月技術研究所】とでもしておけば問題ないのではないでしょうか?」
「それだと、なんの技術かわかんないよ?」
「確かにそうですね。どうしましょう?」
ふたりしてうんうんと唸っている側で、侍祭の娘が困ったように私たちを見つめている。
道具、機材……なんか違うな。なにかいい言葉はないものか?
「【如月機具研究所】にしようか。微妙に語呂が悪いけれど、多分、一番マシだと思う。それとも【機械研究所】にしようか?」
一応、機械だよね。足漕ぎ式も。あぁ、でも足漕ぎ式をつくると、そのまま自転車とかも作ることになりそう。となると問題は、チェーンとタイヤだよねぇ。
チェーンは……効率が落ちるけれど革ひもを束ねてベルト式でどうにかなるとして、タイヤはどうしよ。馬車の車輪みたいなのだと、振動が酷すぎるよね。
私がそんなことをとりとめもなく考えている中、グレーテルさんはぶつぶつとふたつの名称を交互に連呼していた。
やがて――
「【如月機械研究所】にしましょう。これから商業組合に登録に行ってきます!」
グレーテルさんが勢い込んで云った。
「あ、うん。代表はグレーテルさんでお願いね」
「……キッカ様ではないのですか?」
「私だと面倒事しか呼び寄せないよ。【如月】の名前を使っているから、分かる人にはわかるだろうけど。あと、名誉所長としてリスリ様の名前も登録しておいてね。イリアルテ家の息のかかっている研究所であると示しておけば、大分安全になるから」
「わかりました。行ってきます!」
「職員はエリカさんを指名してね」
「了解です!」
まるで軍人のように敬礼すると、グレーテルさんはぱたぱたと走って行った。
「あの、キッカ様、この洗濯機は……」
「あー、使えるようなら使ってください。適当に作った代物なので、燃費が不明なので、あまりに酷いようなら使用を止めてくださいね。足漕ぎ式を急ぎつくりますから」
「燃費?」
「えぇ。これ、魔石で動くんですよ。極小……ゴブリンあたりからとれる魔石で、洗濯何回分くらい使えるか不明なんですよねぇ」
私はそういいながら、洗濯機の脇の小さな取っ手を引っ張って開け、魔石の嵌っている部分を指示した。
「魔法の杖の販売も始まっていますから、魔石の価値も今後上がると思うんですよ。これ一個で何回使えたか、数えてもらえると助かります」
「わかりました。現状は一回、で、いいんですよね?」
「はい。いまさっき試験した一回だけですから」
侍祭さんに答え、私は蓋を閉めた。
さてと、ひとまずはこれでいいかな。
かくして魔具研ならぬ機械研は活動を開始したのです。
まだ人員がグレーテルさんしかいないけれどね。
誤字報告ありがとうございます。