358 甘くないお菓子を作っています
米粉を水で練って形成し、バッターに並べていく。これを日干しにして程よく固まったものを、網焼きしていく。表面に刷毛で醤油を塗りながら。
えぇ、おせんべいをつくるのですよ。
こっちに来てから作っていたお菓子は甘いものばかりだったからね。おせんべいとかあられが恋しい。
もちろん、塩せんべいも作るよ。……塩水塗って焼けばいいのかな? まぁ、適当にやろう。
大物ダンジョンの攻略を終了し、材木も準備ができた。これで問題はないハズと、ゼッペルさんのところへ再度依頼。
現在、予定地で建設がはじまっていますよ。
規模がかなり大きいから、さすがに時間が掛かりそう。
事務棟と研究棟に工房、そして職員寮に倉庫を建てる。イメージ的には学校みたいになるかな。
木材の方は十分足りるとのこと。柱の数が大丈夫かちょっと心配だったけれど、問題ないようだ。
建築現場の脇に積み上げて来たけれど、文字通り山になったからね。あぁ、もちろん乱雑に積み上げたりはしていないよ。そんなことしたら危ないだけだからね。
建築開始時にはグレーテルさんも連れて行ったよ。規模の大きさに目を丸くしてたよ。
現状だと、この魔道具研究所の人員は、名誉所長のリスリお嬢様(予定)と所長のグレーテルさんだけだ。
研究員や事務員を調達しなくてはならないんだけれど、研究員に関してはグレーテルさんと教会にお任せしたよ。
グレーテルさんは学生時の伝手を頼ってもらうつもりだ。例の研究室の者以外にも付き合いはあったろうし。
教会の方は【水神教】に頼む感じ。あそこは研究馬鹿が揃っているらしいから、魔道具の方に興味を持っている者を回してもらう予定だ。一応、若手を回すように釘はさしてある。下手にベテランとかその道〇十年とかいうのに来られても、害悪にしかならなそうだからね。勝手に仕切られても不愉快でしかないもの。
そうそう、グレーテルさんにはアウクレシア(未起動)を一体進呈したよ。それと中枢ユニットもひとつ渡した。だから、中枢ユニットをふたつ渡したことになるね。
これらは常盤お兄さんが作り上げたモノを、私が物質変換でコピーしたものだ。私がいちから作るってことはできないからね。なにせさっぱり理解できていないから。でも現物があるならコピーはできる。
……考えてみたら、一応、神器の扱いになるのか、オートマトン。でもまぁ、こいつを解析できるのなら、それなりに面白いものを作ってくれるんじゃないかと期待はしている。
余談だけれど、グレーテルさんを無理矢理お風呂に放り込んだ。まぁ、お風呂なんて入る習慣はこっちの人にはないからね。貴族くらいで。所謂、清拭とでもいうような感じで、体をごしごし磨く程度なのが普通だ。
いやぁ、しっかりお風呂で磨き上げたら随分様変わりしたよ。ごわごわになってた髪をしっかり洗うだけでも、随分と雰囲気が変わるものだよ。お風呂が習慣化しそうだけれど、ネックのお湯を沸かす手間は、炎系の魔法の杖でも使えば楽に沸かせるようになるし、なにより、その辺こそ魔道具の出番というものだろう。
人間、一度覚えた贅沢は忘れられないのは世の常だ。そしてそれを得るためにあれこれ工夫するのが技術屋というものだ。
なにより、それを実現させようとあれこれやるのが醍醐味ってものだよ。
……遠回しにそんな感じのことをいったら、異常にやる気を示して、いまは私の鍛冶場の一画で、アウクレシアをあれこれいじくりまわしているよ。
さてさて、リスリお嬢様のこと。
実のところ、エメリナ様に土地の使用許可を貰いに行った時には、まだサンレアンに戻って来て居なかったんだよ。
エメリナ様の命で、王都の【エマのお菓子屋さん】で、経営の実地研修をしていたそうだ。もう来年には成人するからね。
あぁ、そうそう、嫁入りとかどうなっているのかと思ったら、どうにも壊滅状態の模様。例の誘拐事件の話が漏れた結果、結局のところ傷物扱いとなっているようだ。
で、その話が漏れた原因というのが三馬鹿。あいつらだよ。
一応、騎士にまでなったのだろうに、守秘義務とか理解しとらんかったのかね? 当然、クビ。無職騎士なんて不名誉なものになったわけだ。昔の日本でいえば、浪人ってやつだ。
ただ、浪人と違って、あやつらはまともに仕事ができないってこと。クビになった理由が理由だから、どこの貴族も雇い入れちゃくれない。大手商人だってそんな連中を護衛として雇うわけもない。
もう、落ちぶれるだけだね。逆恨みして私を殺しに来るかも知れないけど、現状、警備がすごいことになっているから、それも無理だろう。というか、結構前の話らしいから、警備関係なく、そんなことは考えなかったのかもしれないね。
そういや、軍犬隊の人のひとりが、刻削骨の鎧を装備していたよ。感想を聞いたところ、満足して貰っているようでよかったよ。
なんか、金属アレルギー気味だったらしく、鎧を変えてから凄く調子がいいのだそうな。
あぁ……確かにねぇ。その鎧は骨と普通のスライムが原料だしねぇ。せいぜい、留め金に金属が使われてるくらいで。
そうか……金属が肌に合わないっていうのもあるのか。そういう人は革鎧しか着れないようなものだし、そうなると戦い方が限定されるのか。
あ、というか、騎士になりたくてもなれないじゃん。儀礼用の鎧とか着れないから、式典に参加できないもの。それはちょっと可哀想か。
刻削骨の鎧の製法を公開する? 私しか現状作れないしね。
いや、でもなぁ……。
【如月工房】を継いでくれるような人がいればよかったんだけれど、そもそも私自身が弟子なんて取ってなかったしね。おまけに私の見た目は子供に類されるから、弟子入り志願者なんていなかったし。
まぁ、これに関しては保留しておこう。
コンロの上に載せた網の上で、おせんべいたちが香ばしい匂いを立ち上らせている。
端から順にくるくるとひっくり返し、刷毛でタレを塗る。
ほとんど見よう見まねのおせんべいの焼き作業。
近所……というか、そう離れてはいない大通り沿に手焼きせんべいのお店があってね、焼いている作業を通りから見ることができたんだよ。私は通りがかりに車から見るだけだったけれど。
だから醤油とか塩だれとか、どの程度塗布するのが適切なのか不明なんだよね。
いきなり大量に作っているわけだけれど、無謀だったかな?
そして背後から妙なプレッシャーを感じるんだけれど。
えぇ、後ろには女神様お二方と、リスリお嬢様とリリアナさんがいますよ。
リスリお嬢様は私がダンジョンに行っている間に王都から帰ってきて、エメリナ様より名誉所長の話を聞いて、今日、私が帰ってきていることを聞きつけて来たみたいだ。
甘くないお菓子を作っています。と云ったところ、もの凄く興味を示されたよ。
やっぱり“お菓子”=“甘いもの”という図式でしかないみたいだ。そういえば、ポテチはお菓子扱いになっていないのかな? フライドポテトは料理扱いだったけれど、それと同じ括りかな?
あぁ、そうだ。揚げ餅とかつくっても良かったかなぁ。あれ、大好きなんだよねぇ。あればあるだけ食べちゃうくらい。
……いまの体ならどれだけ食べても太れない、というかたくさん食べないと痩せ細るから、作りたいだけ作って食べてもいいな。
……。
……。
……。
うん。作ろう。自分の胃袋には正直になろう。後ろからなら、私が胸元で何かをしていても見えないだろうし。
ということで、物質変換で揚げ餅用のお餅を創り出す。あられみたいに一口大に刻んである奴だ。出てきた側からインベントリに放り込んでと。
十分な量をだしたところで、隣のコンロに火を熾し、油を張った鍋を準備する。
考えてみたら、おせんべいにしろ、あられにしろ、二年近く食べていないんだよね。なんで私は早く作らなかったのか。
テーブルの上に、出来立てのおせんべいを詰め込んだ器と、山盛りにもったあられ……揚げ餅の器を置く。
もちろん、飲み物は緑茶だ。ハーブティーが主流のこっちだと、かなり目新しいんじゃないかな。
そういえば、紅茶を作ろう作ろうと思っていながら、いまだにやってないな。どうせ表には殆どでないんだし、明日にでも仕込んでみよう。
さて、リスリお嬢様こうして来ている理由はと云うと――
「お姉様、私が名誉所長というのはどういうことでしょう?」
やっぱりそれだよねぇ。
「リスリ様、映像関連でなにかしらしたいと仰っていたじゃありませんか。それには魔導具は必要不可欠ですよ」
「そうですけれど、私のような小娘が名誉付きとはいえ所長というのは」
「なにか問題でもあります?」
お茶を啜りつつ私は云った。
「一番の理由は、変なところに介入されることを防ぐためですよ。イリアルテ家が関わっているとあれば、いきなり魔具研のほうに来てあれこれ云いだす輩はいないでしょう?」
筋を通すためには、まずイリアルテ家にいかないといけないからね。こいつを怠ると、貴族間抗争の始まりですよ。
「確かにそうですけれど」
答えつつも、リスリお嬢様はどうにも釈然としない様子だ。
まぁ、私が勝手に決めちゃったからなぁ。
まだ十四歳だし。貴族家のご令嬢としてしっかりとした教育を受けているとはいえ、イリアルテ家の血筋なのか、直情傾向なところがあるしねぇ。
年相応といえばそうなのかもしれなけれど。
むぅ……と、むくれた顔をしているリスリお嬢様の姿に、おもわず苦笑する。
美人がこういう仕草をするのはズルいと思うのよ。私は。
まぁ、それはさておいて、ちょっとご機嫌取りをしないといけないかなぁ。まぁ、へそを曲げるようなことはないだろうけれど、しておいても無駄ではないでしょ。
問題は、なにがいいかということだけれど……。
おせんべいに齧りついているリスリお嬢様を見ながら、私はどうしたものかと考えを巡らせるのでした。
誤字報告ありがとうございます。