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356 研究所を造りたい


 計画していたことがある。


 いや、計画なんて云えるようなものでもないか。漠然と、こういうことをやってみてもいいかな? というようなことだ。


 発端は、リスリお嬢様が映像にいたく興味を示して、自身でも映画……というよりは、映像記録をつくりたいと活動を始めたこと。やはりイリアルテ家の血なのだろう、これと決めたらやたらと精力的に活動を始めたのだ。


 なにせ、数ヵ月と掛からずに映像関連の魔道具を集めて、あれこれはじめたからね。ほら、私がダンジョンの記録を録ってきたアレだよ。


 そういや、モンゴリアン・デス・ワーム戦の映像から、討伐するための戦術研究を赤羊騎士団がはじめたって聞いたな。


 あれを狩るの? 正直、かなり厳しいと思うよ。電撃が厄介ってこともあるけれど、それ以上に馬鹿みたいに固いからね、あれ。私はぶっ壊れ武器使ってたから狩れたようなものだし。


 大口を開けて突撃して来るから、そこに毒物でも放り込むのが一番楽そうだけれど、あれを始末出来るだけの毒がどれだけの量になるのか見当もつかないし、そもそも効く毒がわからない。


 錬金毒なら効くか効かないかはっきりするから、その辺りの確認も楽か。


 錬金術で作る毒は、効く奴には効く、効かない奴には効かない、のどっちかなんだよ。毒の種類に関係なく。なにしろあれ、薬の体をした“魔法”だから。例外が麻痺毒で、対象があまりに巨体だと効かないんだけれど。稀に効くのもいるみたいだけれど、あれはどうなのかなぁ……。私は効かないと判断して使わなかったんだけれど、試してもよかったかな? いや、そんな余裕なかったか。


 錬金毒の効果の有無を確かめるなら、なにか分かりやすい毒でも放り込めばいいよね。一番分かりやすいのは麻痺だけれど、さっきも云ったけれど大物には効果が出ない。となると……あぁ、鈍足毒があったか。物理法則をも無視して、動きを鈍らせる毒。空を飛んでいる奴に当てると、空中に静止したようになるという、訳の分からん毒だ。


 こいつが効けば、ほかの錬金毒も効くわけだから、命を削る錬金毒を死ぬまで放り込めばいいわけだ。鈍足毒も一緒に使えば、かなり安全に討伐できるだろう。


 問題があるとすれば、毒を使う、という根本の部分を良しとするかどうかだ。


 赤羊は生粋の騎士じゃないし、騎士道がどうのっていうのはないから、大丈夫かな。勝てばよかろうなのだ! を地で行ってる人たちらしいし。

 あぁ、赤羊騎士団はならず者集団ってわけじゃないよ。市井上がりが大半を構成しているけれど、騎士としての礼節はしっかりと叩き込まれているって話だから。


 いや、赤羊は私のやりたいことには関係ないんだよ。


 私がやろうとしていること。魔道具関連の研究所を設立しようと思っているんだよ。


 とにかく無駄に貯まったお金を使おうと思って。正直なところ、使い道がないんだよ。野菜は自給できるし、肉はもうインベントリに一生分以上は入ってる。牛肉だけでも数十トンはあるよ。【バンビーナ】で階層に湧いているのを狩りつくすとか馬鹿なことをやってたから。猪肉と鶏肉もそうだし、鰐だって入ってる。もちろんドラゴンも数頭。


 いまさらながら、なんで私は狩りつくすなんてことをしながら【バンビーナ】を攻略してたんだ? いや、魔物暴走予防のつもりでやってはいたんだけれど、やりすぎでしょ。まぁ、いまさらだけど。


 衣服関連も自分でどうにでもできるし。【物質変換】なんて技術まで伝授されてると来てる。それに、これから本気で隠遁生活に移行するつもりだから、貯まりまくってるお金をぱーっと使ってしまおうと。経済にさほど影響を与えるほどではないにしろ、お金を回さないのも問題だろう。


 ということで、箱物というか、研究所を作って、いずれは魔道具を開発できるようにしようと。魔道具って、魔素をエネルギーとした電化製品みたなものだからね。……魔化製品? また語呂が悪いな。おまけになにか誤解されそうな名前だ。なにか相応しい名称をグレーテルさんにつけてもらおう。


 うん。グレーテルさんにお願いするつもりなんだよ。この魔道具研究所。


 昨日、詳しく話を聞いたら、帝国に見切りをつけて身の回りの品だけ背嚢に詰めて出てきたっていうし。行く当てもないという無計画っぷり。


 エルツベルガーの件で、帝国にいづらいこともあるんだろうけれど、なにより働こうにも就職がほぼ不可能なのだとか。エルツベルガー研究室出身というだけで、門前払いになるのだそうな。これは私を誘拐したせいではなく、自動人形暴走事件のせいであるそうだ。


「仕事を選り好みしなければ、生きていくくらいはどうとでもなります。この見てくれですから、娼婦はちょっと無理ですけれど」


 逞しいというかなんというか。あまりにもしっかりしているから、あまり悲壮感はなかったけれど、云ってることが不憫だよ。


 十分に整った顔立ちをしているけれど、研究者らしいというかなんというか、色々と野暮ったくて髪も洗いざらしのそのまんまという感じだったよ。


 下手なことを云って、色町にでも行かれると困るから、とりあえず昨日は自重して云わなかったよ。


 いずれ、彼女の事はしっかりと磨き上げよう。


 魔具研の代表をやってもらう以上、見た目は大事だからね。


 これを彼女への罰とするつもりだ。就職の斡旋どころか、事業に大抜擢したみたいになっているけれど、これを成功させるとなるとなかなかに大変だろう。


 ただ“絶対に成功させろ”などと云おうものなら、大変なことになることが目に見えるから、それは云わなかったよ。


 とりあえず彼女は教会で一時預かって貰うことにしたよ。現状、まだ魔道具研究所は建物どころか、土地の確保すらできていないからね。


 ということで、本日は土地の確保に向かいますよ。


 バレリオ様はいまだに王都であれこれやっていて帰って来てはいないけれど、侯爵夫人であるエメリナ様はいらっしゃるからね。


 実際、いま私が住んでいる場所も、エメリナ様が独断で私に居住権をくださったわけだし。一ブロック(家九件分くらい)をポンと渡す豪気さですよ。


 例え、爆発事故で教会を吹き飛ばしたせいで、悪い噂が立って使い物にならなくなった土地だとしても。


 そういやここを吹っ飛ばした薬師のおばあさん、女神さま方によると、どうも液体火薬っぽいものを合成していたようだ。それも偶然できてしまったらしく、取り扱い云々以前の問題で爆発事故を起こしたらしい。


 ……いや、だからなんだってこんな風にあっちこっちに思考が彷徨うかな、私。昔っから直らないんだよね、これ。


 うん。土地の確保の為にエメリナ様との交渉ですよ。街中でなくてもいいんだ。サンレアンの近場に研究所を造りたい。


 【透明変化】を使って家から出て、侯爵邸へと向かう。


 そうそう、変装ペンダントはあれから改良して、顔立ちも変えられるようにしたよ。正確には、化粧をした状態の顔になるようにしたよ。


 最初に造った時には、顔が二重写しみたいになったけれど、最終的には満足のいく出来のものが仕上がったよ。


 いまはそれを身に着けて、普通に街中を徒歩で移動中。


 素顔(?)を晒して歩いているわけだけれど、注目されたり平伏されたりすることもなく、実に平和的に歩いて行ける。


 上手い具合に、どこにでもいる町娘Aに化けることができていることを実感する。


 ただ、このまま侯爵邸に行くわけにはいかないから、適当なところで変装を解かないとね。急に解いて、町娘A=私、ということが露見しても困るから、やっぱり途中で姿を消して、変装を解くのが無難だろう。


 一時的に裏路地にでも入った方がいいかな? それはそれで物騒ではあるけれど。


 サンレアンは治安のいい街だ。とはいっても、日本の治安の良さには遠く及ばない。人目に付かない場所は犯罪に巻き込まれる場所でもある。


 裏路地に入り込んだところで【透明変化】で姿を消して、変装を解く。そのまま裏路地を進んで迂回するように元の道へと戻るところで【透明変化】を解く。


 そんな面倒なことをして、やっとこさ侯爵邸へと到着。


 顔見知りになっていた門兵さんは、私を見るなり直立不動で敬礼してきたよ。


 立場が変わるっていうのはこういうことなんだろうけれど、どうにも慣れないな。


 かくして、私はすぐにエメリナ様へと目通りが叶った。これまでと同じように。


「いらっしゃい、キッカちゃん。今日はどんな御用かしら?」


 うん。エメリナ様は変わらないな。まぁ、どういう経緯で私が神様認定されたかご存じだしね。


 そこで私はまとまった土地が欲しいと、交渉を始めた。


「街中だと難しいわねぇ。近く、街の拡張工事をはじめるけれど、そういった施設となるとねぇ」

「別に壁の中である必要はありませんよ。研究所は研究所で、壁……しっかりとした塀を立てればいいだけですから」

「それだったら、どこでもいいのだけれど。そうね、今後の拡張工事にぶつからないような場所を選びましょうか」


 エメリナ様との相談の結果。サンレアンの北側。【アリリオ】へと続く街道の近所に立てられることになった。


 場所的には、私がボーと出会った場所の近くだ。


「でもキッカちゃん、そう云った研究施設をつくっても、帝国じゃなくサンレアンだとかなり経費が嵩むと思うわよ」

「私としては貯まり過ぎたお金を放出するのが目的ですから。儲けは期待していませんよ。最終的に、損をしない程度にまでいけばいいかなと思っています」

「規模はどのくらいで考えているのかしら?」

「そこまで大きくなくて問題ありません。研究場所と事務施設、それと倉庫があれば十分でしょう。手狭になれば増築すればいいだけです」

「人員は?」

「ひとり信頼できそうな人がいるので、彼女に任せます」


 私がそういうと、エメリナ様は目を瞬いた。


「え、大丈夫なの? 身勝手な連中が連日押しかけたりしているんでしょう?」

「……あぁ、いるみたいですね」


 私は同意した。思わず遠い目になる。


 私が神様認定された結果、来るべくして来る連中というのがいるのだ。


 要は、あれをしてくれ、これをしてくれと云ってくる連中。それも自分にとっての都合のいい金儲けとかだ。いや、金儲けならまだいい方なのかな? 人身売買まがいの話もあるみたいだし。


 最悪なのは求婚関連。酷いのになると妾にしてやるなんて云ってくるのもいるみたいだ。あとは、俺の為に働かせてやろう。気が向いたら抱いてやるぞ。みたいなの。ガチでいたらしくて、軍犬隊の人に殴り飛ばされたところを、拝みに来ていたおじさんやおばちゃんたちに蹴たぐられてたそうだよ。どこぞの大商会の御曹司だったかな。下手な貴族よりも金持ちらしい。個人資産で行ったら、私とどっちが上だろうね?


 まったく……私が応対していたら、殺してたかも知んない。もうひとりの方が。あっちは本当に容赦ないからなぁ。


 で、そういった連中への対処は、さっきも云ったけれど門番をしてくれている軍犬隊のお兄さんたちがしてくれているから、本当に助かっているんだよ。


「会って話しましたけれど、問題はないと思います。なんというか、軍犬隊の方々と同じような人ですから」


 そういうとエメリナ様も苦笑しつつ納得してくれたようだ。


「それともうひとつお願いがあります。こちらは、当人の同意を得られるかは不明ですが」

「なにかしら?」

「この事業にリスリ様を加えようかと」


 エメリナ様の目が細まった。


「いいの?」

「えぇ。これに関しては、私は単なる財布で構わないと思っていますので。それに、リスリ様が今後も映像系の魔道具をあれこれ扱うのであれば、丁度良い場所になるかと」


 私はあっさりと答えた。


 エメリナ様は、イリアルテ家による事業と認識されると警告してくれたわけだけれど、それで構わない。むしろ、その方が安心できるだろう。


 考えなしにイリアルテ家に喧嘩を売る馬鹿はいないだろうからね。


「私としては、リスリ様を名誉所長としておこうかと」

「名誉所長?」

「えぇ。魔具研が潰れたとしても、これならリスリ様の経歴には傷ひとつつきませんから」


 エメリナ様は盛大にため息をついた。


「キッカちゃん、それじゃあの子のためにならないわ」

「そうですね。ですからそのことは一切報せずにおこうと思います」

「えっ?」

「経験を積ませるためにあれこれ騙すことは、よくあることですよ」

「……本物の所長は?」

「私にしておきます。もっとも、いっつも研究所にいない名前だけの所長になりそうですけれどね」


 そういって私は肩をすくめて見せた。




 さて、あとはゼッペルさんのところへ建築依頼にいかないとね。


誤字報告ありがとうございます。

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