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355 さすがにこれは想定していないよ


 十月となりました。


 ん? 九月? 九月はもう引き籠って大人しくしていたよ。情報伝達の速度を考えて、あれこれ起きるのは九月の三週くらいからだろうと予想して、それまでに色々と引き払ってきたよ。


 先ず、九月三日に王都を出てサンレアンへ出発。同行者はエリーさんとエミーさん、それに加えてタマラさん。


 タマラさんは王都に私の作った鎧を運んできて、そのままひと月まるまる休暇を取っていたそうだ。タマラさん、お仕事事情が受付に座っているだけみたいな有様だからと、ほぼ無休で働いていたことが発覚して、ギルマスから休めと命令されたみたいだ。休暇も終わって、私と一緒に帰ることになったよ。


 というかね。王都から離れるから、一応、ラモナさんに挨拶をしに組合に行ったらさ、タマラさんが受付に座って仕事してるんだよ。いや、あなた休暇中でしょ? なにしてるの? お給料が出ないんじゃないの? とか心配になったよ。いくら今、先ごろ更迭された無能の組合長のせいで仕事が激増しているとはいってもさ。


 奇行が目立つようなことをしているけれど、凄い働き者なんだよね、タマラさん。


 私の騒動の事は知っていて、にも拘らず以前と同じように接してくれる貴重な人だよ。


 ……そういや、私の鎧、もう一領品評会に出てたんだっけね。すっかり忘れてたよ。冒険者組合経由でメタルボーンアーマーが出てたんだよ。翠晶鎧関連の騒動で、すっかりかすんでたけれど。まぁ、正直その方がありがたかったんだけれどね。それを考えると、グスキの一派の残党も多少は役に立ったということかな。


 なにせ、鎧のヤバさでいったら、メタルボーンアーマーの方がおかしな性能をしているからね。二十領限定で出したわけだけれど、完売したし。あぁ、デザインは普通の刻削骨の鎧と一緒だから、玉ねぎ仕様ではないよ。玉ねぎ仕様は基本的に私専用。他に持っているのはミランダさんくらいだ。ミランダさんのは普通の刻削骨の鎧だけれど。


 そのヤバい鎧は、組合からの参考出品という形で販売はされていないよ。組合に置いておいた見本品だからね。そもそも限定販売品だから、見本品を売るわけにはいかないんだよ。組合が買い取ったものだから。


 有事の際には有用だからと、前に見本用に渡した刻削骨の鎧と同様に、組合の備品となっているよ。現状は、基本的に総組合長用の鎧となっている。


 うん。ティアゴさん、膝が治ってから自身を鍛え直して、いまじゃほぼ全盛時の状態に戻っているらしいからね。王都支部で傭兵相手の実戦訓練の相手をして、負け無しというんだから、その強さが伺えるよ。


 もとより鬼人は戦闘に長けているというけれど。そういや、この世界のオークも完全な戦闘種族らしいけれど、どのくらい強いんだろ? ダンジョンにも出るけれど、そっちはダンジョンが創り出した、いわばまがいものだからね。


 さて、王都からサンレアンまでの道中は、馬車でなら約二週間。そこを私たちは普通に馬に騎乗して強行して一週間で帰り着いたよ。馬には無茶をさせたわけだけれど、定期的に私が回復魔法を掛けて進んだよ。ほら、私の回復魔法はスタミナも回復するからね。


 傍目には、馬にはブラックもいいところに見えるだろうけれど、一切の疲労がないわけだから、まったく問題はないよ。ちゃんとご飯もあげてるし、野営時にはブラッシングもしているし。


 野営と云えば、見張り番が必要なわけだけれど、私たちの場合は不要なんだよ。リリィがいるから。野営の時にはリビングアーマーを再度召喚して、不寝番をしてくれるからね。

 なにかしらの襲撃があればリビングアーマーが先ず当たって、その間にリリィが騒いで私たちを起こすって感じだ。まぁ、そんな事件は起こらずに、無事にサンレアンへと帰り着いたよ。


 サンレアンに帰ってから先ずしたことは、冒険者組合と商業組合からの脱退。今後は神様扱いなんてことになってしまうから、組織にいると面倒なことになりかねないからね。もちろん、鎧の受注も終了。薬に関してもだ。薬はもう、タマラさんをはじめとして、複数人が商品として問題ないレベルの物を調剤できるんだから、私がいなくても大丈夫だろう。


 万能薬だけが問題だけれど、いまだに値段が付けられない状態のモノだし、卸さなくてもいいだろう。回復関連の魔法は教会に全て渡してあるから、病気だって教会にいけば治してもらえるようになったしね。そうなると問題となるのは毒関連だけれど、解毒薬のレシピはもう売り渡してあるし、バッソルーナへと回す数千本の納品が終われば、十分な量が市場に回るはずだ。


 そんなわけで、冒険者組合は問題ないだろうと思う。けれど、商業組合はどうだろう? どうも商人というと、悪徳商人が頭に浮かぶし。木の盾に金メッキをして高値で売りつける、ピンクの縦縞髭商人が頭に浮かぶし。どうなるか分かったもんじゃないよ。


 実際、脱退申請にいったら、問題が起こっていて、私の担当をしているエリカさんが激怒していたからね。


 ほら、ジッパーを商品化するってことで、エリカさんが持ち帰ったじゃない。なんかそれを、あれやこれやと書類だのなんだのを偽造……じゃないな、なんていえばいいんだ? とにかく、ジッパーの利権をまるごと支部長が簒奪したんだよ。で、組合内でかなりの騒動になったらしい。エリカさんの所に暗殺者が仕向けられるなんて事態にもなったらしいし。


 あぁ、エリカさんは無事だよ。


 その辺りの動きはララー姉様が周知していて、ノルニバーラ様が対処したとのこと。ノルニバーラ様、契約の神様だからね。そのことから商売人に崇められているわけだし。商業組合にも祠っぽい感じのモノが受付ホールに設えてあるくらいだし。


 そんなわけで支部長をはじめ、協力した連中には罰が降って、常時思考が垂れ流し状態となったそうだ。所謂サトラレ。

 その結果、出るわ出るわというか、露見するわするわのロクでもない事実に、どいつも手が後ろに回ってダンジョン送りになったとのこと。


 やらかしたねー。会ったことないからどうでもいいけど。


 脱退することを話したところ、エリカさんに泣き付かれた。文字通りに。このところ商業組合は、これといった、所謂ヒット商品的なものがなく、非常に停滞していたのだそうな。

 あぁ、食品と武具は別ね。そっちは私が結構、引っ掻き回しちゃったから。最近はクロスボウが出回りだしたしね。出回っている奴のフォルム、デザインはすごい野暮ったいものだけれどね。


 そんな中で、ネズミ捕りはともかくとして、ジッパーは商業組合にとって光明だったみたい。服飾関連を専門としている商会や、鞄などの革製品専門の商会、工房と組んで、あれこれ製品を試作しているそうだ。


 つまるところ、私がいれば、なにか面白そうな商品が出て来るに違いないから脱退しないで、ということだろう。


 そうはいってもねぇ。今後の私の扱いがどうなるのかさっぱりだし。【如月工房】は残すけれど、そこから商品を出すかはもう完全に未定だ。


 これらのことがあったのが、九月の十二日のこと。


 それから大人しく生活してたわけだけれど、二十日を過ぎたあたりから情報が流れて来たのか、まぁ、街の空気が私の周囲だけ微妙に変わった。


 そして十月に入ろうという頃には、かなりおかしくなってきた。




 現在、私の家の前には門番さんがふたりいるよ。


 私が雇った訳じゃないよ。教会からの派遣。


 なんというかね、私の家がなんていうの? 聖地巡礼の場所みたいになっちゃってね。連日人が詰めかけて、なんてレベルにまではなっていないけれど、訪れる人が増えちゃったんだよ。

 教会としては私に危害を加えるような輩がいては大変と、サンレアン支部の軍犬隊の人が交代で門番をしてくれることに。


 なんだか申し訳ないから、交代する時間を見計らって差し入れをしているよ。最初、私が門まで持って行ったら、やっぱり何人か集まっていて拝んだり祈ったりする人がでて混乱しちゃったから、交代の際には報せてくれるようにお願いしたよ。


 渋られたけれど、それなら教会にまで行きますといったら、ちゃんと来てくれるようになったよ。

 そこで差し入れ……帰るところだから差し入れってものおかしいけれど、持ち帰りしやすいような食べ物を渡しているよ。パウンドケーキとか肉まんあんまんの類だけれど。


 こういう労いは大切だよ。お高くとまってるとか思われると、とんでもないことになるからね。


 ……実際、あったんだよ。どうしろっていうのよ。ストーカーの考えなんか察せるわけないじゃない。包丁を持った大学生くらいの人に追いかけ回された時には、これで人生が終わると覚悟したくらいだ。


 しかし、これが一過性のことならいいんだけれど、そうはならないよねぇ。こっちの人の信心深さは結構なものだし。


 私としてはそのあたりはかなり――異様は云い過ぎだけれど、それに近い感じはするよ。そういえば、外国人の犯罪者とかは「自分の中の悪魔がやったんだ。俺が悪いわけじゃない!」みたいなことをいう人が結構いるらしいけれど、これもある意味信心から来ているものだよね? 言い逃れではなく、本気で云っているのなら。


 こっちの人はそんな感じなのかもしれない。ただ、悪魔の概念はないみたいだから、そんな言い逃れをする人はいないけれど。


 とりあえず暫くは様子見をしつつ、女神さま方に今後の身の振り方をどうしたものかと相談しているところだ。


 そんな本日十月の三日。来客があったよ。


 私並に背丈の低い女性。とは云っても、私よりはちょっぴり背は高い。茶褐色の癖っ毛を短く切り揃えた、そばかす顔の女性。


 グレーテルと名乗った彼女は、余程の事でない限り門前払いをする門番をしている軍犬隊ふたりの関門をくぐりぬけ、私の所へとやってきたのだ。


 もちろん、軍犬隊の隊員さんもひとり同行している。


 彼女は私が玄関の扉を開けた直後、その場に平伏して謝罪の言葉を述べ出したのだ。


 あぁ、うん。平伏すというか、土下座だこれ。


 軍犬隊のお兄さんもさすがにこの行動には驚いたのか、呆気にとられたような顔をしている。


 私としては何を謝罪されているのかさっぱりなので、その辺りを問うたところ――


「私はナルグアラルン帝国皇立大学、エルツベルガー教授の研究室に所属していたグレーテルと申します。神子様……いえ、女神様を誘拐し、暴挙をしでかした愚か者共のひとりにございます。本日は恥ずかしくも、その謝罪の為に参った次第にございます」


 合点がいった。いったけれど……。


「えーっと、あなたはあの現場にいなかったと思うけれど」


 実際には私の記憶にはないんだけれど、首謀者の教授と、敵意の無かった男子学生ふたり以外は左右の腕を入換えられたと聞いているからね。


 もうひとりは、地味にとんでもないことをやらかしたらしい。


 彼女の腕は左右まともだ。


「ですが、私が同期の馬鹿ふたりをしっかり教育していれば、女神様に危害を加えるような暴挙を見逃すようなことはなかったのです」


 うわぁ、面倒臭い人だコレ。いや、悪い人じゃないんだろうけれど、多分、なにかしらの罰っぽいものを与えないと、変な罪悪感で自分を責め続ける系の人だ。


 見ると、軍犬隊のお兄さんはグレーテルさんにいたく感心、感動しているようだ。


 ま、まぁ、同類だろうから、感じ入るところはあるんだろうね。


「彼の馬鹿者ふたりの再教育は、【水神教】の軍犬隊にお願いしてまいりました。どうか、私めに相応しき罰を!」


 えぇ……。


 さすがに困って、軍犬隊のお兄さんに目を向けた。


 あ、お兄さんもこれには戸惑っている様子。うん、お兄さんも彼女は悪くないと思っているみたいだね。なんというか、この様子からして、誘拐関連の計画に組み込むことなんて出来ないから、外されてたんじゃないかな?


 確認してみよう。


「えーっと、事件の間、あなたはどこでなにをしていたの?」

「半壊した研究室で、壊れた魔道具の修復をしていました」


 は?


「半壊って、なにがあったの?」

「教授が安全確認もせずに起動した自動人形が暴走。研究室をはじめ、大学施設に多大な損害を与えました。重軽傷者が多数出はしましたが、自動人形を破壊。死者こそはでませんでしたが、一時大学が閉鎖されるほどの事件を教授が引き起こしました」


 うわぁ……。そんな後先考えない人に攫われたのか、私は。いや、後先考えないから攫ったのか、私を。


 で、この人はそこの後片付けと、修理をしていたわけだ。私を攫った首魁は郊外の別荘? だかに移動して研究を続けて。


「そ、それで、他に片付けの作業をしていた人は?」

「私だけです」

「は?」

「私だけです」


 再度私は軍犬隊のお兄さんを見た。


 お兄さんは涙ぐんでいた。


 あぁ、うん。なんとなく気持ちはわかるよ。私も思わず「不憫な……」とか思ったし。


「女神様、どうか私に相応しき罰を」


 困っちゃったなぁ。さすがにこれは想定していないよ。


 どうしたものかと首を傾げ、思いついたことがひとつ。


「ねぇ、あなたは自動人形の研究をしているのよね?」

「自動人形というよりは、魔道具全般です」


 お、もしかしたら、これは拾いものかもしれない。


 思わず口元に笑みが浮かぶ。


 魔道具の修復と言っていたし、かなり詳しいハズだ。それならば――


「それじゃ、あなたにお願いしたいことがあるわ」


 そう云って、私は彼女と視線を合わせるべく、彼女の前に屈み込んだ。


誤字報告ありがとうございます。

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