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353 ここに重大な影響を与えます


 九月二日となりました。


 昨日は教会でほぼ丸一日が潰れたよ。まぁ、私が今後どうするかを云ったら、やたらと引き留められたからなんだけれど。


 今後。


 うん。どこぞへ引き籠ることにしたよ。変装して、別人としてしれっと生活してもいいし。どちらにしろ、サンレアンからは引っ越すつもりだ。


 幸いなことに、お金だけは一生分あるから、働かなくても問題ないしね。まぁ、本当にそんなことをしたら、退屈極まりない人生になりそうだけれど。


 ……いや、私に限ってはそんなことないか。どっからか不運が絶対に落っこちて来るんだ。私の頭上に。


 予想としては、サンレアンの自宅は観光名所みたいな有様になるんじゃないかなぁ、と。さすがにそうなると、まともに生活できそうにないしね。だったら、とっとと引っ越してしまおうと。


 組合を通して販売しているのも鎧だけだし、メタルボーンアーマー販売以降は販売を停止しているし、いつでも引き上げは可能だしね。


 王都にひと月ほど滞在するわけだから、販売を止めておいたんだよ。限定で販売したメタルボーンアーマーは、予定分をすでに納品していあるしね。


 問題は、どこに行くかだよね。やっぱりダンジョンでの引き籠りは最終手段にしたいんだよ。たまには自分で作ったもの以外も食べたいしね。




 さて、今日は例の劇団の公演を観にいくよ。関係者を集めての公演。いや、公演とは違うか。本番形式のリハーサルって云ったほうがいいか。


 観客として入るのは。国王陛下と王妃殿下、そしてセレステ王女様。そこに私とリスリお嬢様だ。リスリお嬢様は魔道具関連で協力していたらしい。音声関連の魔道具。えーっと、サンプラーっていうんだっけ? それの協力をしていたみたいだ。


 おかげで、私はリスリお嬢様付きのメイド役で劇場まで行くことができるよ。……ただ、このメイクはリスリお嬢様には不評なんだけれどね。


 お祭りから二日が過ぎて、王都はほぼ元通り。ほぼ、というのは、まだ片付けの終わっていないところもあるからだ。

 広場には誰でも登って芸事を披露できる、特設のステージがあったんだけれど、いまはまだ解体途中だ。


 王都にはいくつか劇場がある。とはいっても、十とか二十とか、沢山あるわけじゃないけれど。


 そのどれもが屋外劇場。


 灯りがランタンや蝋燭の世界だからね。地球の劇場だの映画館だのみたいな作りだと、暗くってどうにもならない。


 それと、劇場の造りも少し変わっている。……いや、オペラとかの劇場だと、こんな感じなのかな?


 ステージがあって、その手前に楽団の入るスペースがある。一段深く掘り下げられたスペースだ。そしてステージの端に小さな演壇。ここで活弁士(とりあえずこう呼ぶ)が弁を揮う。……この云い回しは合ってるのかな?


 前にも云ったような気がするけれど、こっちの世界の演劇は、吟遊詩人の弾き語りに演技をくっつけたようなものが基本だ。演者が台詞を云う舞台は珍しい部類に入る。大抵は活弁士が演者の台詞的なものも云うからね。


 演者が台詞をいうのは、見せ場のシーンくらいかな。歌舞伎でいえば、見得を切るシーンだね。


 私が初めて見た時の感想は、リアルな紙芝居。いや、紙芝居じゃないんだけれど、紙芝居の雰囲気のままに舞台にしたって感じだよ。


 そうそう、楽団だけれど、シーンごとに曲を変えるということはなく、その舞台に合わせた曲をつくり、それを演奏する感じ。組曲っていうんだっけ? クラシックとかは全然詳しくないからなぁ。


 劇場に到着し、観客席へとはいる。


 そこにはもう国王陛下が到着してらして、劇団の脚本家のおじさんと楽し気に話をしていた。


 王妃殿下や王女様の姿が見えない。


 まずは挨拶をしないとね。私はちょっと、変装の効果を確かめてみたいから、挨拶は後回しにするけれど。


 客席を進み、国王陛下の元へと向かう。


 リスリお嬢様より数歩後をリリアナさんと進む。


 リスリお嬢様が挨拶をしているのを見ながら、周囲を見回した。舞台の上では、役者さんが立ち位置やらなんやらを確認しているようだ。


「ふむ……やはりキッカ殿は来なんだか。この舞台は是非ともみてもらいたかったのだが」

「陛下、キッカ様はここにおいでですよ」


 リスリお嬢様が云うと、陛下は目をパチクリとさせた。そして辺りをキョロキョロと見回す。

 だがここにいるのは、劇団の方々と国王陛下、そしてその護衛。他にはリスリお嬢様と、お付きのメイドであるリリアナさん、私。護衛のロクスさんだ。


「どこにも見当たらないようだが……」

「おはようございます、国王陛下。陛下の目をもってしても、私と認識できなかったようですね。変装が上手くできているようで、私は一安心です」


 出来うる限り優雅に礼をすると、国王陛下は驚いた顔で私を見つめていた。


「き……キッカ、殿?」

「はい。キッカ・ミヤマです」

「その姿は……魔法なのかね?」

「いえ。ただの化粧ですよ。胸は抑えて、背丈は嵩増しです」


 ちょっぴり首を傾けて、ニコリと微笑む。


 ……なんだろう、陛下がそわそわし始めたんだけれど。


「化粧でここまで変わるのか……」

「そういえば役者さんもさほど化粧はしていませんよね。工夫すれば、いろいろとできるものですよ」

「キッカ様、以前にお会いした時と瞳の色が違うようですが……」


 脚本家のおじさんが怪訝な表情を浮かべて問うてきた。


「はい。変えていますよ。目に薄い色付きのレンズをいれているんです。さすがにこれは、職人に作らせるのは難しいかと。下手をすると目を傷つけて大変なことになるかもしれませんから」


 この辺りはきちんと云っておかないと、このおじさんはいろいろと試しかねない気がするよ。


 実際、役者さんとかは演技の為に結構無茶するらしいからね。日本でも、目を、白目の部分も含めて真っ赤にするために、特大のコンタクトレンズ入れた俳優さんがいたくらいだからね。当たり前だけれど、着脱が大変だったらしいし。


「くっ、さすがに目の怪我はいかんな……」


 脚本家さんがボソリと云った。


 うん。くぎを刺しておいてよかったよ。


 挨拶も終えて、脚本家さんはリハーサルの準備にはいった。座長さんをさしおいて、今回の舞台を仕切っているみたいだ。演出家も兼ねているそうだから、さほど問題もないのかな?


 私たちは舞台が一番よくみえる席に着く。


 実のところ、一番よく見える席=貴賓席、ではないからね。オペラグラスは舞台全体をよく見るためのものではなく、お気に入りの役者をよく見るために使う物なのですよ!


 ということで、客席中央やや前よりに私たちは並んで座った。


 なぜか私は問答無用で国王陛下のとなりですよ。反対側はセレステ王女様。王女様でも年頃の娘さんとあってか、化粧のことを訊かれたよ。


 ……あ。


 化粧で思い出した。昔の化粧品って、成分に水銀だの鉛だのって入ってたんじゃなかったっけ?


 王妃殿下に訊いてみた。けれど、王妃殿下も知らないみたいだ。一応、水銀や鉛は毒だから、それらの入った化粧品は使わないように進言しておいたよ。


 そうしたら、国王陛下がちょっと慌てたように、法制化すると云いだした。


 もしかして……


「水銀を不老の薬とか云って飲んでる貴族さまとかいます?」

「噂話程度には聞いたことがあるわね。私は不老なんて興味はないから聞き流していたけれど」


 あ、意外だ。老化は気にすると思うんだけれど。


 顔に出ていたのか、王妃殿下はその理由を答えてくださった。曰く、いかに美貌を保つかではなく、いかに美しく歳をとるかが大事とのこと。


 おぉ、私もかくありたいと思うけれど、私の外見は変わらないみたいだからなぁ。


「水銀の他には……鉛で裏打ちした盃を愛用している方とか危ないです。鉛がとけてワインが美味しくなるらしいですけれど、鉛中毒を起こしますから」

「鉛中毒!?」

「ここに重大な影響を与えます。あと内臓諸器官も影響をうけて酷いことになりますよ」


 私は自分の頭を指差した。


「そういえば、ルシエンテス老伯爵の話が……」

「三年前に亡くなったご老体か。人が変わったなどと云われておったな。原因不明の病に罹かったとも悪魔に憑かれたとも」


 やっぱりそれなりに広がってるみたいだね。


「まぁ、口にしたり肌に塗ったりしなければいいだけですから、それ以外の使用はこれまでどおりでいいと思いますよ」


 答え、私はあらためて席に腰を落ち着けた。


「お姉様は物知りですね」

「私のいたところでも、昔――お姉様!?」


 私の手を握り締めて、目をキラキラさせているセレステ様に、私は思わず声を上げた。


 そして慌てて国王夫妻へと目を向ける。


 さすがに王女様にお姉様呼びをされるのは拙いのではなかろうか? それに、下手をすると私が王家に嫁入りなんて話も――。


 確か、そんな噂を聞いたことがあるし。


 私の表情を読んだのか、オクタビア様が答えてくださった。


「大丈夫よ。ふたりのどっちかと結婚という話じゃないから」


 楽し気にいうオクタビア様に、私は顔を引き攣らせたのでした。


感想、誤字報告ありがとうございます。

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