352 離して置いて貰えませんか?
九月一日となりました。
おはようございます。神様認定されたキッカですよ。
神様認定のことだけれど、私のためというよりは、教会のためという側面が強そうだ。
簡単にいうと、昨日の公式認定後その噂が一気に広まって(広めて)、王都では【陽神教】狩りとでもいうようなことが起こっているんだよ。いや、どちらかというと魔女狩りみたいな感じなのかな。さすがに魔女狩りほどは物騒ではないと思うけれど。
普通に七神教の一教派と思って入信していたひとたちは、慌てて教会へと懺悔の為に駆け込んでいるようだ。おかげで礼拝堂がごったがえしているとか。
……予想以上に【陽神教】は勢力を広げていたみたいだね。まぁ、アレカンドラ様の名前を勝手に利用していたんだから、然もありなん、というところか。アレカンドラ様への信仰心は絶大だもの。
【陽神教】入信者のひとたちは懺悔に来て、棄教して七神教へと入信しなおしているようだ。……この場合は棄教って云い回しはあっているのかな? 強制しているわけでもないし。まぁ、騙されたと知って【陽神教】を抜けて、七神教の何れかの教派に切り替えた、ということだ。
そして【陽神教】系組織の中堅どころの連中。幹部よりひとつ下くらいの連中かな? そういった連中が抜けていく信者に対しやらかす事件が多発。全員当局にとっつかまって、いまは王宮の地下牢へと放り込まれている。これは【陽神教】だからというわけではなく、単純に傷害行為を行ったからだ。とはいえ、王宮の地下牢行となっている時点で、完全に重犯罪者扱いだ。
各都市の、残念な治安維持隊の所の牢であれば、袖の下で釈放されることもあるだろうけれど、王宮の地下牢だとそんなのは無理だ。むしろ賄賂でどうにかしようなんてしたら、さらに罪状が増えるというものだ。
教会としては、やっかいなペテン師集団が消えてくれて万々歳。王国としては、後々、国家に混乱をもたらしそうな組織を潰せて万々歳。といったところだろう。
尚、今回のこの騒ぎで、もっとも激怒しているのは【勇神教】の者たちだ。それはそうだ。【陽神教】なんてものを作った連中は、さんざん【勇神教】の評判を地に落として逃げ出した連中なのだから。それこそ、草の根分けても見つけ出す勢いで、【陽神教】の幹部連中を捜索している。【勇神教】としては、落ちに落ち捲った評判を回復したいところなのだ。にも拘らず、その努力を無にするような【陽神教】の連中を逃す訳がない。連中がしでかすことは、巡り巡って【勇神教】が原因とされかねないのだから。
とまぁ、わずか半日ほどで、こんな有様だ。
私は品評会を見物したあと、お嬢様方について閉祭式に参加。変装は上手くいって、誰も私を気に留めることはなかった。
これまで私はかなり特殊な恰好でうろうろしていたからね。
・仮面、目隠し、ゴーグル
・背丈が低い
・巨乳
の三拍子が揃った者というのは少ない……というか、他にいない。仮面だのなんだのが特殊過ぎるんだよ。かといって、素顔だと平伏す人が続出するし。
この背丈はさほど問題はないんだよ。子供に思われるだけで。ただこれに私の胸が揃うと途端に目立つんだよ。他にこんなのいないから。
顔立ちの印象をメイクでどうにかして、胸にサラシを巻いて、髪色を変えたところ、そこらを普通に歩いている一般人になんとかまぎれることが出来たと思う。少なくとも、問題なくうろつけたのだから、大丈夫だと思おう。
そんなちょっとした混乱と、お祭りの後片付けで忙しい街中を、私はバスケットを片手にテクテクと移動中。
傍らにはいつものようにジェシカさん。
軍犬隊の女傑とメイド姿の私という、妙な取り合わせだけれど、意外に人の目を惹き付けるようなものではないらしい。
向かっている先は教会。
今後の教会側の私に対する接し方やらなんやらの話し合いがあるのだ。
さすがに神様認定なんてことになったため、これまでのようにはいかないというのが実情だ。
どっかの漫画だかゲームみたく、神器代わりに拝殿に飾られるなんてことにならなければいいや、と、私は呑気に考えているんだけれど。でも、サンレアンでは今まで通りに過ごすのも無理だよねぇ。あの場所は結構気に入っていたんだけれど、引っ越しを考えないと。
教会に到着し、礼拝堂を通り抜けて奥へと進む。
礼拝堂ではやたらと必死にお祈りをしている人たちでごったがえしていた。懺悔室も長蛇の列という、妙なことになっている。
「とんでもない有様になっていますね」
「えぇ。ですが、被害者である彼らも必死なのでしょう。ディルルルナ様の気性は有名ですし、なにより、昨年の神罰の件は、誰の記憶にも新しいでしょうから」
ジェシカさんの言葉に私は苦笑した。
あははは……それやったの私ですよ。
「ラトカさんはどうされたんです?」
「あー……あれは寝込んでいます。今後、どうキッカ様に接すればいいのかと思い悩んで知恵熱をだしまして」
えぇ……。
「そんな大層なことですかね?」
「大層な事ですよ、キッカ様」
「ジェシカさんは変わりませんね?」
「はい。分かっていたことですから」
……え?
「アレカンドラ様も神子でしたからね」
そ、それは根拠になるのかな?
ほどなくして教皇猊下の執務室に到着。中へと入ると、そこにはもちろん教皇猊下。そしてアンゼリカ大主教の姿。
私が執務室内に入ると、教皇猊下とアンゼリカ様が跪き、平伏した。
ちょっ、待って、待って、勘弁して!
「そういうわけにはいきません」
「えぇ、工神様」
うわぁ……神子様から工神様にクラスアップしている。
「で、でもジェシカさんはそんなことありませんでしたよ!」
「イリアルテ家前でそんなことをしたら、いまの御姿がキッカ様の変装した姿であると露見してしまいます」
あ、あぁ、そういう――って、ジェシカさんも跪いてるし。
これはダメだ。本気でどっかに引っ越し先を探そう。
「いや、というかですね、私の神様認定は便宜上のことだったのでは?」
【陽神教】をいぶり出すための。
「いえ、そんなことはありません。【陽神教】の連中を見つけ出す手段とはしましたが、もとよりキッカ様の事は八番目の神であると、教会内ではいわれていたことですので」
「今回、それを公式に認定しただけに過ぎません。我々が神を認定するなどというのは、非常に烏滸がましいことではあるのですが」
は、はぁ……。えぇ……。私は教会でどう思われていたんだろ?
そして今後の事の話し合いを進める。
「礼拝堂にキッカ様の像を置くことを決定しています」
「場所はテスカカカ様の隣となりますね」
……えぇ。
「あの、少しばかり離して置いて貰えませんか?」
「なぜでしょう?」
「いえ、ちょっと……」
地下牢での恫喝が若干トラウマになってんだよね。頭の中じゃ、ライオン丸だのなんだのと云ってるけど、どうにもあの神様は苦手なんだよ。アレカンドラ様にこてんぱんにされて、威厳はもう欠片もないんだけれどさ。
設置しない選択肢? そんなものあるわけないじゃん。
そんな感じで、教会側の変化、変更に関して説明を受けたよ。
実際の所、私の存在は丁度良かったらしい。
神様方の役どころ、というのがあるじゃない。そのなかで物造りの神様はいないんだよ。そのため職人さんたちはてんでバラバラな信仰をしているし。
農家はディルルルナ様信仰、役人はノルニバーラ様信仰、芸術家はアンララー様信仰。あと暗殺者もか。そして学者はナルキジャ様信仰、狩人はナナウナルル様信仰。最後に騎士、兵士がテスカカカ様信仰というわけだ。
ものの見事に職人が信仰している神様がいないよ。一応、鍛冶師たちが、火の神でもあるテスカカカ様を信仰している程度だ。
とはいえ、私が物造りの神様扱いされることになるのか。能力ドーピングで、どうにかこうにか神レベルに至っているだけなんだけれどなぁ。
そういった各種連絡事項が終わったところで、私はさっきから目についていることをアンゼリカ様に訊ねた。
「あの、アンゼリカ様はなぜ弓を背負っておられるのです?」
そう、アンゼリカ様は弓を背負っていた。もちろん矢筒も。その弓は私の作った【翠晶弓】だ。
「あぁ、キッカ様、この弓は大変すばらしいです。昨夜のうちに教皇猊下と連絡を取り、私が扱う許可を頂いたのです。
あぁ、やっぱりなにかしらの連絡手段があるんだね。
そしてなんだかアンゼリカ様のテンションがやたらと高い。
というかだ。大主教自ら弓を引くようなことがあるのかな?
確認してみたところ、ナナトゥーラの首都は、半分魔の森に埋まっているようなつくりになっているのだそうな。
そういや、そんなことを聞いたっけね。森を切り離すように街道を作って、その切り出した森に街を築いたって。首都の半分が森、半分が平原となっているのだそうな。そのため、しばしば森に魔物が入り込むのだそうな。
「これで私も、存分に首都防衛をできるというものです」
ふふん、と胸を張るアンゼリカ様。
……これが素の性格なのか。会議の時には無表情でほとんど喋らずにいたから、クールなお姉さんだと思っていたのに。
なんだか子供っぽい?
まぁ、いいや。それにそんなに気に入って頂けたのなら、仕上げをしようかな。あれ、全力で鍛えはしたけれど、素のままだし。
「なるほど、それでは、炎、冷気、電撃。どれがお好みでしょう」
「はい?」
「その弓は素のままですから、付術しましょう。二種類まで魔法を付与できます。炎、冷気、電撃、生命力吸収、体力吸収、魔力吸収、麻痺、といったところでしょうか」
そういうと、アンゼリカ様は困ったような顔をした。口元が引き攣っているような気がするけれど、気のせいだと思おう。
「め……キッカ様のお薦めはどの組み合わせでしょう?」
「攻撃系三種からひとつと吸収系からひとつの組み合わせでしょうか。麻痺は発動しない場合が多々あるので、麻痺の効果を求めるなら錬金薬を使う方がいいですね。
狩りをすることが目的ならば、冷気でしょう。炎と電撃は獲物を痛めますから。焦げた毛皮などは価値が落ちるというものです。あとは、好みで吸収系でしょうね」
いろいろと話し合ったところ、冷気+体力吸収となった。ちなみに、私の【魔氷の弓】に施してある付術は混沌+生命力吸収という、狙った獲物は絶対殺す弓となっている。混沌は三種の攻撃魔法がランダムで発動する付術。つまり、この弓は四つの魔法が付与されているようなものなのだ。で、私の魔法系技能で、魔法の威力増強が攻撃魔法それぞれにあるんだけれど、この技能、武器に付与された効果にも乗るんだよ。だから、付与された三種それぞれが威力増強されるんだけれど、付術としてはひとつだから、結果として三倍増し増強されるとかおかしなことになっている。
付術による追加ダメージだけで六百超えとか異常な威力だからね。
さて、そんなわけで付術開始。もう女神認定されちゃったから、いろいろと自重しませんよ。
付術台を出して、魔石も出してと。アンゼリカ様、ちょっと弓を貸してくださいね。
あとは着替えて、薬を準備と。
インベントリ経由で付術用装備に早着替え。この装備、背中がほぼ丸見えなのがあれなんだよね。リスリお嬢様が以前に、はしたないと騒いでらしたし。
案の定――
「き、きききキッカ様!?」
「その姿は!?」
教皇猊下とアンゼリカ様が慌てていた。
「付術補助の効果のある装備ですけれど。デザインは酷いですよねぇ」
「いえ、装備ではなく」
「胸か背中にお怪我を!?」
ん?
首を傾げ、そしてなんのことかやっと分かった。
「あぁ、これは包帯ではなく、サラシですよ。……違いはよくわかりませんけど。別に怪我をしたわけではありません。変装の一環で、胸をちょっと……」
「あ、あぁ、なるほど……」
「はい?」
教皇猊下は分かったようだけれど、アンゼリカ様は首を傾げていた。
まぁ、アンゼリカ様とは一年ぶりだものね。私の胸のサイズなんて覚えていないだろう。
それじゃ、付術をしてしまおう。あ、威力重視と使用回数重視、どっちがいいだろ?
訊いてみたところ、回数重視とのこと。まぁ、この弓なら素のままでも十分な威力だから、回数重視が無難だね。
それじゃ、お薬飲んで付術効果をUPしてバチンと。
よし、出来上がったからとっとと着替えよう。この恰好は恥ずかしい。
メイド姿に再度化けて、私はアンゼリカ様に弓を渡した。
な、なんだかアンゼリカ様が震えながら弓を受け取ったんだけれど……いやあの、祈るは止めてくださいよ。御利益なんてありませんから!
くっ、これからはこれが日常になりかねないのか。なんてこった。
そんなことを思い、私は顔を強張らせた。
誤字報告ありがとうございます。