351 おちついたお姉さん(年齢不詳)
またしても騒ぎになった。
変身は上手くいったよ。行き過ぎたよ。不審者……というよりは、密偵とか泥棒扱いをされたよ。
まず、私を起こしに――というか、朝食の迎え? に来たイルダさんが、私をみるなり叫び声をあげ、直後にわらわらと私を取り押さえに護衛も兼ねているメイドさんたちが集まって来ちゃってね。
騎士さんたち? 騎士さんたちは外で警備しているから、すぐには来れないんだよ。
逃げたイルダさんに代わって真っ先に部屋に突撃してきたのはリリアナさん。リスリお嬢様から離れて大丈夫なのかとも思うのだけれど、多分、ナナイさん……ロクスさんだっけ? リスリお嬢様の護衛騎士は? まぁ、どちらかがリスリお嬢様を警護しているのだろう。
リリアナさんが身構えつつ飛び込んできた直後――
「お疲れ様です、リリアナさん」
と、私が普通に挨拶などをしたものだから、リリアナさんは訝しみつつも、いきなり私を殴ったりはせずに、私をじっと見つめた。
まぁ、逃げもせずに、のほほんとしていたわけだからね。さすがに警戒するよね。
そのあと、二、三、会話をしていたところ……。
「なにをしているのですかお姉様」
と、ナナイさんを引き連れて来たリスリお嬢様に、あっというまに看破されちゃったよ。
あれぇ? リリアナさんはこんなに警戒していたというのに、なんでこんな簡単にバレたんだろ?
「なんでわかりました?」
「声がお姉様のままじゃないですか」
あっはっは。納得したよ。確かに声は変えていないや。
うーん……日本語を喋っている時の声だったら、多分、それなりに誤魔化せそうなんだけれど……。
ん? なんの話かって?
いや、こっちの言葉で話している時と、日本語を喋っている時の声のトーンが違うんだよ。
ほら、電話で話すときとか英語を喋っている時は、普段より声のトーンが低くなる人がいたりするじゃない。私はどうもそっちのタイプみたいなんだよ。
自覚してやってることじゃないからなぁ。実際、日本語の時の声のトーンで、六王国語を喋ろうとするとまともに喋れなくなるし。
なんなんだろうね、これ。
ボイスチェンジャーでも作る? いや、多分、地声と変化した声との二重音声にしかならなそうだ。
……いやいや、それ以前に私の声をしっかり記憶している人物なんて、それこそ数えるほどしかいないハズだ。そこまで特徴ある声じゃないだろうし。少なくとも、日本語を喋っている時の声ほど目立つ感じじゃないハズだ。
私の声、ちょっとトーンが高いから分かりやすいんだよ。キンキン声って訳じゃないけれど。なりそこねたアニメ声みたいな感じらしい。自分の声を録音して聞いたことなんてないから分からないけど。普段聞こえている自分の声は、頭蓋内で反響している声……だっけ? らしいから、実際に発している声とは少しばかり違うらしいし。
……あれ? 私、言い訳を考えていないか? ここはどうやって声色を変化させるかを考えるところだろう。
むぅ……ん?
「どうしました?」
朝食中もずっとどうしたものかと思案していたところ、侯爵様方が私をじっと見つめていたことに、いまさらながらに気が付いた。
「あぁ、ごめんなさいね、キッカちゃん」
「うむ、余りにも印象が違うのでな」
なんだろう? 侯爵夫妻、戸惑ってる?
「できるだけ印象を変えるようにしましたからね」
「それは、魔法で変えているのかしら?」
「化粧ですよ」
私は答えた。
「私の顔はこちらの方々とくらべると、メリハリに欠けますからね。分かりやすくくっきりとさせて見ました」
ついでにやや釣り目に。ただなぁ、こうするとあの女そっくりになっちゃうんだよなぁ。もしこれで髪色が黒だったら、鏡を見た途端に叩き割ってると思う。
エメリナ様は私の顔を見つめて、なにやら考えている様子。
「キッカちゃん」
「なんでしょう?」
「私に化粧をしてくれないかしら?」
はい?
「エメリナ様はいまの化粧で十二分にお綺麗かとおもいますが」
「うーん、もっとこう、厳しい感じにしたいのよ。閉祭式では腹立たしいのと顔を合わせることになるから」
厳しい感じというけれど、見目麗しくするのは当然ってことだよね。うーん、いわゆるクールビューティ的な感じかな? 私には微妙に難しそうなんだけれど。同じ東洋人的な顔立ちならともかく、まさに西洋人的な顔立ちだし。
私と同じような化粧をしたら、かなりキッツクなっちゃうんじゃないかなぁ。
まぁ、やってみよう。なんとかなるでしょ。というかしよう。
私は了承し、朝食後、すぐにエメリナ様の化粧に取り掛かった。品評会を見に行くから、あまり時間がない。
化粧はだいたい三十分くらいで完了。いや、他人の化粧をするのなんて初めてだから、ちょっと時間が掛かっちゃったよ。
仕上がりだけれど……なんだろう、テンプレな女教師(英語)みたいな感じになった。髪をアップにして眼鏡チェーンのついた眼鏡を掛けている女教師っていえばわかる? 紺色のタイトなスーツに身を包んで教鞭を持ってる感じ。
仕上がりを見て、思わず教鞭を持たせたくなったもの。もしくは煙管。迫力が二割増しくらいになったよ。
とりあえず、バレリオ様が微妙に挙動不審になっているから、メイクは成功しているだろう。もちろん、エメリナ様はご満悦だ。
……よかった。これで安心して品評会へといける。
★ ☆ ★
さて品評会のほうだ。
こっちはイレギュラーなことがおきて、見物人たちはざわざわといつまでたっても落ち着きがなかった。
そのイレギュラーというのが、ビシタシオン教皇猊下が表彰者のひとりとして参加しているということ。
私は予め聞いていたけれど、教皇猊下がこうして参加するのは異例とのことだ。当然のことながら、教皇猊下の人気もあって会場はほぼすし詰め状態だ。
私はリリアナさんと並んで、リスリお嬢様の背後に控える形で会場入りし、貴族ブースから見物。おかげで押し合いへし合いすることもなく、余裕をもって見物することができたよ。
変装のおかげもあってか、私の周囲はまったくもって平和で安心だ。
そうそう、お祭り最終日ともあって、ダリオ様も王太子殿下から解放され、一緒に見物に来ている。
各部門ごとの賞が発表されていく。同時に評価点が審査員より述べられるのだが、なかなか手厳しい批評に入賞者たちは喜びきれていないように見える。
もっともそれは毎年の事で、チクリと発表される不評に職人が嘆く姿は、もはや風物詩となっているのだとか。
そして全ての賞の発表が終わったところで、会場はざわざわと騒がしくなった。
理由は私の出品していた翠晶武具一式。色んな意味で一番目立って話題になっていたアレが表彰されていないということで、会場がざわめいているのだ。
なにせ一部では、突発的なオークションが行われるのではないか、なんていう噂も流れていたらしい。
その噂のせいなのかは知らないけれど、例年より多くの貴族が今年の品評会には来ているようだ。いつもは、買い付けた作品を引き取るために、代理人が来るところを、今年は当主が多く参加している。
私としてはこれからが本番なんだけれど、どうなるんだろう?
そんなことを思っていたら、奥の控室から、深緑の法衣姿の神官さんにふたりにはさまれたフード付きのローブを羽織った人物が審査発表をしていた壇上へと上がって来た。そして――
「皆の者、刮目してみるがよい。これこそが工神により作り上げられた武具、神器である!」
そう宣い、その人物はローブを脱ぎ捨てた。
その下から現れたのは、私の作った翠晶装備を身にまとったエルフの女性。
って、アンゼリカ大主教様じゃないのさ! え? 大主教様がなにやってんの?
あ、演壇の奥で、ビシタシオン教皇猊下が苦笑いしてる。
会場も突然のこの成り行きに、なんだろう、ぽかんとしている、というのがよくわかる。
「そして神の手により造られしものを、我らが批評するなど烏滸がましいことだ。そう、これら神器は讃えられるべきものなのである!」
え……ちょっと待って。本当に。演技だよね? まさかアンゼリカ様って、あんな性格だったの?
おちついたお姉さん(年齢不詳)だと思ってたんだけれど!?
私の顔が引き攣った。
「八番目の神、工神ミヤマ様を讃えよ!」
翠晶剣を天に突き上げアンゼリカ様が叫ぶ。
とたんにミヤマコールが会場に巻き起こった。
ミヤマ、ミヤマと云っているけれど、いつのまにやらミャーマになってる。
大木さんがオーキナートになったのも、こんな感じなんだろうな。この分だと、私はさしずめティッカミャーマとかになりそうだ。まぁ、その辺りはあまり気にしないけれど。
私の名前で神様と云われてもピンとこないし、むしろ違ってくれた方が私としては気が楽だ。
「皆のもの、聞くがよい! 【勇神教】を腐敗させし者どもが放逐されたことは、皆の記憶にも新しいことだろう。そう、昨年のことだ。そしてその腐った連中は【陽神教】なる詐欺教団を作り上げ、こともあろうに新たなる神の殺害を目論んだ。もし騙され、入信した者がいるのであれば即刻抜けることだ。我ら軍犬隊、女神の猟犬はその不埒者どもをひとり残らず見つけ出し、女神アレカンドラの名の下に仕置くことをここに宣言しよう!」
なんだかアンゼリカ様がノリノリなんだけれど。本当にあんな性格だったの? クールなエルフのお姉さんだと思っていたんだけれど。あの装備には戦意高揚するような付術とか一切していないよ。
「お、お姉様、これ、大丈夫なんですか?」
―
ひそひそとリスリお嬢様が私に問うてきた。
いや、私に聞かれても……。
なんか、ぶっ殺せとか、物騒な声も聞こえてきたよ。
そこかしこで私刑とか始まるのはさすがに嫌だよ。本当にアレカンドラ様を祭神とした教派と思って入信しちゃった人もいるみたいだから。
あ、さすがにこの狂乱は拙いと思ったのか、アンゼリカ様がその注意も促したよ。
なんか、さらにみんなが雄たけびを上げたけれど。
結局私は、顔を強張らせたまま、ただ事の成り行きを見守るしかなかったのです。
誤字報告ありがとうございます。