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349 重鎮たちは密談する


「嬢ちゃんはまたなんだか難儀なことになってんなぁ」


 王宮の一室で、ジラルモは聞かされた話に呆れたような声を上げた。


「でも大した問題じゃねぇだろ。嬢ちゃん、前から云ってたことだろ?」

「確かにそうなのですが、万人に浸透していたかと云うと、そういうことでもないのが問題なのですよ。殆どの者が、キッカ様のことをアレカンドラ様の神子と認識していますから」


 ジラルモの疑問にビシタシオン教皇が答えた。


 親子ほどどころか、祖父と孫ほども歳が離れているとはいえ、【地神教】最上位の娘の言葉に、ジラルモは恐縮した。


 とにもかくにも、彼女の背後に立っている【地神教】軍犬隊隊長であるファウストが怖くて仕方がない。別に睨んでいるというわけでもない。ただ一切の感情もみせず、無表情に彼は立っているだけだ。


 だがジラルモには、どうしても居心地が悪くてならない。


 ジラルモは席についているもうひとりに視線を向けた。


「ところでだ、アダルベルト」

「なんだ?」

「なんで俺がこんな大層な場に呼ばれたんだ?」


 ここに集まっているのは【地神教】教皇ビシタシオンとその護衛のファウスト、ディルガエア王国国王アダルベルトと宰相マルコス、そして鍛冶屋の棟梁であるジラルモ。


 格というものを考えれば、明らかに一工房主でしかないジラルモは非常に場違いだ。


 ジラルモが問うと、なにをいまさらと云わんばかりにアダルベルト国王は目を見開いた。


「お前はいわば、王都の職人代表だろう」

「アホぬかせ。代表は組合長だ」

「あの御仁はもう現役を引退しとるだろう。ご意見番としては有能だろうが、実質、職人たちに対して強い発言力があるのはお前だろう」


 ジラルモは顔をしかめた。


「ぬぅ……んで、俺になにをやらせようってんだ?」

「はい。ジラルモ師には、キッカ様が神、【工神】であることを宣言して欲しいのです」


 ビシタシオン教皇の言葉に、ジラルモは目を瞬いた。


「は?」

「私の発言に驚くことは無理からぬこととは思います。ですが――」

「あー、教皇猊下。大丈夫です。わかっとります。いま品評会のほうに展示してある嬢ちゃんの武具一式、すべて“神の手によるもの”と鑑定結果がでとりますから」

「それならなにを驚いたんだ、お前は」

「だって、あの嬢ちゃんが神様だっていうのは、いまさらだろう」


 あっさりと答えるジラルモに、ビシタシオンとアダルベルトは顔を見合わせた。


「お前……それでありながら、あんな普通にキッカ殿と接してたのか?」

「あたりまえだろう。変に畏まった態度で接してみろ、あの嬢ちゃん、絶対にどっかに雲隠れしちまうぞ。崇め奉ろうものなら絶対だ」

「あぁ……確かにそのようなことを云っていたと、ジェシカから報告を受けています。どうやら、元いた世界で、宗教絡みで酷い目にあったようです」

「嬢ちゃん、アレカンドラ様の加護を得る前は、運の値がFって云ってたからなぁ。そりゃ色々と酷い目にあってるだろうよ。俺も思わず「なんで生きてんだ?」なんて云っちまったし」

「「F!?」」


 ふたりが声を揃えた。


 ステータスにおいて、ほぼ全ての人類の運の値はC判定だ。そして運の悪いと呼ばれるものでもDで収まっている。一概にDといっても、Cに近いDと、Dの最底辺では天と地ほども開きがあるのだ。


「自分の運の無さを嘆いてたな。まぁ、確かに嘆きたくもなるわな。誘拐されるわ、暗殺者に狙われるわ……そして今度は、嬢ちゃんを悪神の手下にでっちあげた【陽神教】とかいう宗教団体と来たらなぁ」


 ジラルモは肩を竦めた。


 元々ジラルモは我が道を往く性格の人物だ。自分がキッカのような状況であれば、それこそ自暴自棄になっていたことだろう。なにしろ、自分の与り知らぬところから厄介ごとが飛んできて、自分のやりたいことの邪魔をしまくって来るのだ。


 無茶な難題を押し付けて、ことあるごとに難癖をつけて来た伯爵を罵倒し、取り押さえようとした騎士を、持ち前の腕力で全員殴り倒した御仁である。やってられるかと、すべてをぶん投げて放浪の旅にでた前科があるのだ。そしてその直後に伯爵領から追放令が出されたわけだが。


 キッカはジラルモと同じような性格というわけではないが、彼女がどれだけ憤っているのかをもっともよく理解しているのはジラルモであるだろう。


「まぁ、嬢ちゃんの運の話はいまは関係のない話だな。それで――

 あー、教皇猊下? 俺……あっしはいったいなにをすればいいんで?」

「ジラルモ、お前は少しは言葉遣いを学べ」


 さすがにアダルベルト国王がジラルモに苦言を呈した。


「ほっとけ。お上品な鍛冶屋がいてたまるか。そんなのはみてくれだけの詐欺師に決まっとる!」

「そんなことをいったらキッカ殿はどうなるのだ」

「嬢ちゃんは別だ。女神様だろう!」


 ジラルモは大真面目だ。


 その力の籠った顔に、アダルベルトは絶句した。


「なにを驚いた顔をしてるんだアダルベルト。嬢ちゃん、いうなればアレカンドラ様の再来だろう? アレカンドラ様だって、元は六神子のひとりだったんだぞ。人間から神になったんだ」

「確かに、アレカンドラ様は【名もなき神】の神子でしたが……。そういえば、その【名もなき神】も、オーキナート神により、人から神へと引き上げられたのでしたね」


 ビシタシオン教皇は考え込むように口元に手を当てた。ジラルモは目をそばめた。


「なるほど、ならば、その辺りを踏まえて声明を出してしまえば、なんとかなるか」

「アダルベルト、嬢ちゃんのことに関してだと思うんだが、これはいったいなんの相談なんだ?」


 いまひとつ要領の得ない話に、ジラルモは顔をしかめていた。


「なに、簡単なことだ。キッカ殿が自身は七神の神子ではないとはっきりと公言しただろう。そうなるとだ、当然、加護を得ているキッカ殿をペテン師呼ばわりする者、あるいは神々より力を掠め取ったと非難する者、まぁ、ほかにもいろいろとロクでもない輩が出てくるだろうことが予想される。キッカ殿が云っていた通りにな」

「そのような状況にならないよう、こちらで先手を打とうということです。幸い、品評会のほうにはキッカ様が作品を出品しています。それも、あの美しい武具一式。明日の表彰式の際に、工神の作品であると発表して欲しいのです」


 そこでひとつ息をつき、ビシタシオン教皇はうっすらとした笑みを浮かべた。


「もちろん、我々もキッカ様を八番目の神として、正式に扱うこととします。実のところ、いろいろと証拠と云うか、あるのですよ。なにせキッカ様は、ディルルルナ様やアンララー様を『姉様』と呼んでいましたからね」


 教皇猊下の言葉にジラルモは目をぱちくりとさせた。そしてその驚いた顔のまま、アダルベルト国王の方に顔を向けた。

 アダルベルト国王は、慌てたように首を振った。


 要はキッカを神様としてしまい、手出しできないようにしてしまおうというわけだ。


「なんとも、俺の思っていたこととは少しばかり違うみたいだな。こんなことを云っては不遜だとは分かっているが、六神はアレカンドラ様が作り出した神だろう? だからアレカンドラ様の配下という形で属しているわけだ。でも嬢ちゃんはアレカンドラ様と同様に、神と成った者だろうから、アレカンドラ様と同格だと思っていたんだが……」

「いや、間違っていないぞ、ジラルモ。いずれキッカ殿はアレカンドラ様と組んで、アレカンドラ様を呪った神を殴りに行くそうだからな」

「は?」


 ジラルモはまたも目を瞬かせた。


「アダルベルト、そう衝撃的なことをポンポン云うのは止めてくれ。俺もいい加減年なんだ」

「事実、キッカ殿が云ったことなんだから仕方あるまい。しかもホンザ殿の【看破】にも引っ掛からなかったのだ。真実であるということだろう」

「その話はこちらも確認しました。ジェシカがキッカ殿より詳しいことを訊いてきましたので。なんというか……神の中にも、残念な神がいるということを知りました。しかもその神が、アレカンドラ様よりも上位の神であるというのが……。唯一の救いは、アレカンドラ様の能力に関してはなんの問題もないということですか。少々、不自由されているようですが……」


 額に手を当て、ビシタシオン教皇が首を振る。


「あぁ、ひとつ云い忘れていました。ジラルモ師、キッカ様の造られた、あの水晶のような武具一式ですが、【風神教】で引き取らせてください。これに関しては、キッカ様の許可も得ています。なんと申しますか、キッカ様も調子に乗って、いろいろと度外視して造った代物であるらしく、売るに売れないのだそうです。教会預かりとして、ナナウナルル様に紐づけて頂ければ、盗難の心配もなくなりますしね」

「あー、一応、あっしのほうでも嬢ちゃんに確認をとらせてもらいやす」


 ジラルモが真面目な顔で答える側で、アダルベルトが「だから言葉遣いをだな……」と嘆いている。


「もちろんです。明日の品評会の表彰に間に合うようお願いします。【風神教】の大主教アンゼリカ様が見えておりますので、明日の段取りもお願いします」


 目に見えてジラルモは青くなった。お偉い方々の相手をするのは、伯爵の一件以降、すっかりトラウマとなっているのだ。尚、現国王であるアダルベルトとは、お忍びで遊び歩いていた頃からの飲み友達であるため、例外である。


「き、教皇猊下。そのアンゼリカ大主教様というのは、どういう御仁で?」

「厳しい方ではありますが、問題ありませんよ。キッカ様の武具一式を見て惚れこんだらしく、はしゃいでおりましたから。あれだけご機嫌であれば、大抵の事には寛容に対処してくださるでしょう。キッカ様とも面識のある方ですから、大丈夫ですよ」


 ジラルモは顔をあからさまにひきつらせた。


「なにもそんな怖れることもないだろう」

「馬鹿野郎。今、うちには大勢弟子が居るんだ。奴らを路頭に迷わせるわけにはいかねぇだろ。もう野良の職人じゃねぇんだからよ。

 ところでだ、アダルベルトよ。嬢ちゃんを神様として認定……認定って、なんとも神様に対して不遜もいいところじゃねぇか? いや、それは置くとして、閉祭式で神様として発表するんだろう? 嬢ちゃんには云ってあるのか?」


 アダルベルトは顔をそむけた。その後ろでマルコス宰相が盛大にため息をついた。


「陛下、そのあたりの段取りは任せろといっていたではありませんか」

「だ、大丈夫だ。アレクスに丸投げした」

「陛下……」


 マルコスは再度ため息をついた。


「一部の貴族の間では、キッカ殿が王子殿下のどちらかと婚姻するのではないかとの話もでているのですぞ。少々、軽率すぎませんかな?」

「まて、そんな話は聞いておらんぞ」

「陛下と違い、パーティ以外で令嬢方と接点を特に持っていなかったのが問題となりましたな。アキレス王太子殿下も、アレクス王子殿下もそろってキッカ殿のご自宅にお忍びで訪問した事実があります故」

「……うまくどちらかとくっついてくれれば、オクタビアが喜ぶのだが」

「無理じゃねぇか」


 ジラルモがアダルベルトの希望をへし折った。


「嬢ちゃんの不運は死んでいないのが不思議なレベルなのはさっきいっただろう? こっちの世界に来る前に、どれだけの酷い目に遭ったかなんてのは容易に想像できるぞ。嬢ちゃんと話していると、チラチラと見え隠れするしな。きっと、男関連でも酷い目に遭っている筈だ」


 そういってジラルモは教皇猊下をみつめた。彼女は困ったように苦笑するばかりだ。


「それにだ、嬢ちゃんは冗談じゃなしに女神様だぞ。神の血を王家に入れるとかしてみろ、面倒事しか起こらんぞ。お前や王子様の代はともかく、三代、四代後の王が「神の末裔たる我らが世界を平定する」とかいいだして戦争とかはじめるやもしれん」


 ジラルモの言に、アダルベルトは肩を竦めた。


「冗談だ、冗談。そんなことをしたら、教会との軋轢が酷いことになってしまう。そうなったら国は終わりだ」


 だが、ここに居る者は誰も知りはしないだろう。きっと、キッカが先ほどの話を聞いていたら、なんとも困ったように笑っていたに違いない。なにせ、まさに日本がそういった国であったのであるから。


 ある意味、神の下で長年にわたり内戦を続けてきたのが日本という国だ。そんな歴史を持った国がキッカの故郷であると知ったなら、彼らはどんな顔をしたであろうか?


「それじゃ、俺はもう行くぞ。あまり遅くなると嬢ちゃんにも迷惑だろうからな。明日の説明やらなんやらをしに、イリアルテ家に行ってくる」


 ジラルモが席を立った。もう時刻は夕刻だ。




 こうして、ある意味、また別な厄介ごとがキッカの元へとやって来るのである。


感想、誤字報告ありがとうございます。

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