348 暮らしにくくなりそう
結局ステファンは、平伏したまま動くことはなかった。
その理由が“世界を滅ぼす業を背負うのが嫌”というもの。これが“自分の勝手で世界を滅ぼす訳にはいかない”であれば、私は納得しただろう。だがこの男は、自分が悪いとされることが嫌だと宣ったのだ。
これを自分勝手といってなんといえばいいのか。
試合の終了が宣言され。私は試合場から降りた。降りた途端に「はははは、私の場外勝ちだ!」とでも騒ぐ間抜けっぷりをみせてくれないかと期待したが、そんなことも無かった。
「よかったのかね?」
試合場から降りた私に、国王陛下が問うてきた。
私は首を傾げた。
「なにがでしょう?」
「キッカ殿が何者であるのかを、こうしてはっきりと云ってしまったことだよ。試合場での会話は、魔道具で観客席にまでしっかりと届いている」
国王陛下の言葉に、あぁ、と頷いた。
「もしかしたら、私を排除しようとする輩が現れるかもしれませんね。どういうわけか教会は、このことを随分前から知っていたにもかかわらず、私を神子としていましたけれど」
「そうなのかね?」
私はもう一度頷いた。
「昨年の魔法頒布会議の際に、【月神教】大主教のガブリエル様に確認されましたからね。その時には明確に答えませんでしたけれど、答えない時点でそれが事実であると云っているようなものです」
私は肩を竦めた。
「なので、私は七神の徒というわけではありません。きっと私の存在自体を気にくわなく思い、殺せ! という者も出て来るでしょう」
「キッカ殿!?」
「どこの世界でも人の本質はさほど変わりませんよ。信ずる神が違うというだけで、人は殺し合いをするものです。私は向こうで嫌というほど知っていますからね。人が私に仇なすというのなら、私はとっととアレカンドラ様の元へと行きますよ。約束をしているんですよ。アレカンドラ様を呪ったクソッタレな神を、一緒に殴りに行こうと」
観客席がざわりとした。
む?
「ホンザさん。もしかしてまだ魔道具は動いたままですか?」
「おぉ、私としたことが。失礼、キッカ殿」
あー、失言になるか? いまのは。
というかだ。ホンザさん、魔道具を止めなかったのはわざとだろう?
「キッカ殿、アレカンドラ様は呪われているのかね?」
「能力的には問題ありません。ただ、アレカンドラ様の上司とでもいうべき神がロクでもなかったようで、呪いを掛けていったらしいですね。そのせいで、少々不自由しているようです。それでは、私はさがります」
私は国王陛下に一礼し、通路へと向かって進み始めた。その後を、ジェシカさんたちとリリィがついてくる。
おっ?
通路へと入ったところで、くらりと眩暈を憶え、私は意識を失った。
★ ☆ ★
あぁ……どうしよう。
イリアルテ家より借り受けている客室で、私は頭を抱えていた。理由はいうまでもなく、ほんの数時間前にアレがやらかしたアレが原因だ。
あのまま客席には戻らずに、逃げるように帰って来たよ。
試合場から出るなり、急に主導権が私に戻って、くらりとふらついて壁に頭をぶつけるとかいうハプニングがあったけれど、そんなことは些細なことだ。
すぐに治せるし。治したし。
なにが問題かって、アレがいろいろとやらかしていることを見ることは出来ても、なぜか音が聞こえないというのが問題だ。
なにか余計なことを云っているんじゃないかと気が気じゃなく、主導権が戻った直後、痛みにうずくまっている私を心配するジェシカさんに訊いたよ。
リリィはこういう時、こっちの言葉を理解できないから役に立たないしね。
で、私が異世界の人間で、その世界の神を信奉しているとかいうようなことを宣ったそうだ。
あぁ、最悪だ。やらかすというか、完全に自爆じゃないか。
私、殺されるんじゃないの? ただでさえ【陽神教】の連中が適当なことを云って、自分たちこそが神の信徒なのだと宣言するために、私を邪神の使徒に仕立て上げて殺そうとしてるっていうのに。
いや、イレギュラーな存在の私は、仕立て上げるのに丁度良かったんだろうけれどさ。
あぁ……だから宗教は怖いんだよ。
見るからに犯罪者みたいな奴がいたら、失礼かもしれないけれどすぐに警戒はするよ。でもね。その辺りを普通にてくてく歩いているおばちゃんなんかは警戒したりしないもの。
うん。そういう人がこれから普通に殺しに来るんじゃないかと思うのよ。石を投げて来るとか。
日本での最期は、そこらを駆け回ってるような子供に殺されたわけだしね。
実を云うと、あのくらいの年頃の子供をみると、気持ち悪くなってくるんだよね。年齢的にはセシリオ様と同じくらいなんだろうけれど、こっちの人は成長著しいからね。セシリオ様とかセレステ王女様とかには苦手意識はないんだよね。
『ご主人、ご主人』
『なに? リリィ』
『なんで落ち込んでるの?』
『これから生活しにくくなりそうだな、と思って』
『なんで?』
『いろいろあるのよ』
私はため息をついた。
ベッドの上で三角座りしている私に隙はないぜ。いや、なにを考えてるのよ私。
『ご主人は現人神なんだから、堂々と暮らせばいいと思うの』
『いくら現人神と云ってもね、人間関……け、い、え?』
私は呑気な調子のリリィを見つめた。
『現人神?』
『現人神』
『え、どういうこと?』
『トキワ様が云ってた』
え?
『「計画通り」って、悪い顔してた』
ちょ、常盤お兄さん!?
『ご主人は人間より上位の存在だから、堂々としていればいいと思うの』
『ま、まだ人間のハズだよ。大木さんに云われてから、魔力増量はしていないし』
『でも魔力量的には、顕現している女神方と同じくらいだよ』
え、そうなの!? というかあんた、魔力の計測とかできるの!?
『あんた、結構、多芸ね』
『ご主人はもっと私を頼るべき』
リリィが腰に手を当て胸を張る。
頼るって云ってもねぇ。御遣いを頼めるわけでもないし。
『いま思ったんだけれどさ』
『なぁに、ご主人』
『現人神とかって、辺鄙なところで隠遁生活とかしてるものじゃないの? で、険しい道を乗り越えてきた人にだけ手助けするみたいな』
リリィがハッした雰囲気を醸し出した。
『それよご主人! 大木様のご近所に家を作ろう!』
こやつは。新しく家を作るくらいなら、この家とかを片っ端からインベントリに入れて持ってくよ。……問題は、インベントリから出すときに、家が壊れそうってことだけれど。
十年くらいサンレアンで暮らしてから移動しようと思ったんだけれどな。なんだか暮らしにくくなりそうだなぁ。
排除に向かうのは元より、受け入れられても面倒だよね。アレしてくれコレしてくれとか来そうだし。
前倒しして、引っ越すことも視野に入れないとダメそうだ。そういえばモルガーナ女王様が、土地付きで家をくれるって云ってたよね。町から外れたところだっけ? ちょっと見てみて、よさそうだったらそっちに引き籠ろうかな。
そんなことをぼんやりと考えていたところ、急に部屋の扉が激しくノックされた。
「お姉様、大丈夫ですか!? お姉様!」
「お嬢様、落ち着いてください。手を痛めてしまいます」
「なにを云っているのですかリリアナ! いまの大事は私の手などではなく、お姉様です!」
「ですが、お嬢様が怪我をなさったら、キッカ様が――」
「む……」
イルダさんの言葉の直後、ノックが収まった。
一応、私を心配する人もいてくれるようだ。身の振り方は、サンレアンにもどってからじっくり考えることとしよう。
私は軽くため息をつきつつ、のそのそと扉を開けるのだった。
感想、誤字報告ありがとうございます。