347 ひとつ教えてやろう
「ふ、ふふ……。素手でよかったのか? 私には一切のダメージはないぞ」
頓珍漢なことを云ってステファンが起き上がった。
私がなぜ追撃をしなかったのか、などということはまったくもって考えていないらしい。
……主人公補正でも掛かっているとでも思っているのか? 貴様が無傷なのは、私が心行くまで殴りつけるために態々治してやったからだよ。
それすらも気付かないとは、なんともおめでたい男だ。
私の中でステファンの評価がさらに下落した。
再度ステファンが突撃して来る。そして同じような振り下ろし。
ゲームにおける行動パターンの残念なAIのモブじゃないんだから、今しがたあっさりと対処されたことをしてくるなよ。
今度は左ショートアッパーで長剣を弾き、さらにそのまま一気に踏み込んだ。
打ち上げた左腕をそのまま畳み、前進するステファンに肘撃を加える。
胸甲に当たり、鈍い音が響く。その衝撃でステファンはたたらを踏むように数歩退がった。もちろん、その隙を逃さずさらに踏み込み、大きく振りかぶった右拳を打ち下ろすように顔面に叩き込む。
ステファンは再び試合場へと叩きつけられた。
うむ。またしても顔面が壊れたな。まったく、少しは学習をしたらどうなんだ?
すぐさま魔法で治療し、【電撃】で無理矢理意識を回復させる。尚、痛めた私の左肘も同時に治している。
うーむ。自身の打撃力が耐久力を上回っているのは問題だな。各部にプロテクターでも付けないと、まともに戦えないぞ。
自身の状態を確認しつつ、胸甲を凹ませたステファンが起き上がるのを待つ。
……それにしても本当に軍犬隊員だったのか? いくらなんでも融通が効かなすぎるだろう。優勝したのだから、それなりに地力はあるはずだろうに、使い方がなっていないのか? それとも戦術を一撃必殺にしているからさっぱりなのか?
これまでの試合はチマチマチマチマと、やたらとうざい攻撃をしていたからな。
のそりと、ステファンがやっと起き上がった。
「ふふ、私の必殺の一撃を凌ぐとはやるじゃないか」
ステファンが不敵な笑みを浮かべていう。
……失笑ものとはこのことだな。観客席も随分と白けた雰囲気がでているぞ。どうしてくれるんだ? この有様。
まぁ、そんなことはお構いなしに、私は殴るがな。
今度はしっかりと盾を構え、試合でやっていたようにチクチクとヒットアンドアウェイを主体とした戦い方に変えてきた。
とはいっても、非常に攻略しやすいのだが。ベタ足の鈍重な戦い方の者であるのならともかく、現状の私のような機動力重視の戦い方をする者には悪手に近い。
特に、ヒットアンドアウェイといっても、いわゆる盾チクと呼ばれる戦い方をしているため、非常に微妙だ。一応、長剣を突き出しながら前後にちょこちょことステップはしているが、大した意味はなさそうだ。
よくこれで決勝にまで残り、そして優勝できたなと思うが、対戦カードに恵まれた、そのひとことと云える。
……さすがに対戦カードを組む際に不正が行われたとは思いたくはない。もしそうならば、運営サイドに【陽神教】の者が入り込んでいることになる。
これは一応、あとで国王陛下に伝えた方がいいだろう。まぁ、思い過ごしというか、被害妄想に近いものだろうが。
さて、殴るか。
突いた剣を引くのに合わせて一気に踏み込み、剣を躱してステファンの右側面に回り込む。
そして側頭部に打ち込むのは左掌打。
客席から気の抜けたような歓声? が聞こえる。どうやらいまの私の一撃が拍子抜けだったらしい。
まぁ、先の二回が強打だったからな。掌で軽く叩いだけに見える掌打は、さして威力があるようには見えないだろう。
実際、加減はしているからさした威力はないのだが。なに、いまの一撃は打撃が目的じゃない。上手く行っていれば――
ステファンは慌てて私から距離をとり、どこか戸惑ったような顔をしていた。
ふむ、上手くいったようだ。もう奴の右耳は聞こえない。いまの一撃で鼓膜を破ったからな。
鼓膜は簡単に破れるんだ。やり方さえ知っていれば、耳を軽く叩くだけで鼓膜を破くことができる。
まぁ、さっきのように打ち倒したら治してやるが。
……ふむ、あといいところ一、二回にしておくか。いつまでもだらだらとやっていても仕方あるまい。
ステファンが盾を投げ捨て、長剣を両手持ちにする。
どうやら、やっと素手相手に盾を使う必要はないと判断したようだ。
ふむ、両手持ちか。それなら、アレができるやもしれんな。一昔前の漫画などには結構出ていたアレ。
正眼に構え、ステファンは妙に警戒したようにじりじりと間合いを詰めて来る。
さすがに三度もあしらわれれば、多少は慎重になるようだ。とはいえだ。しっかりと剣を突き出し、まるで構えの見本を展示しているようなその有様では、どの時点で攻撃に入るのかなど、ほぼ丸わかりだぞ。
そして予想通り、ある程度間合いが詰まったところでステファンが一気に踏み込み、剣を振り上げた。
『―――――――――』
言音魔法発動。
さすがに素のままだと厳しいかな。
振り下ろされて来る剣を、両掌で挟みこみ、それを引っ張り、捻るようにして右へと退ける。当然、剣の軌道をずらされ、引っ張られたステファンはやや前のめりにバランスを崩した。
伸びきった腕。
そこへ飛びつき、足を絡める。
柔道技で【飛びつき腕十字固め】というのがあるだろう? 丁度あの要領で剣を持った腕、右腕に飛びつき足を絡め極めるのだ。
当然、バランスを崩したところに突如として人間一人分の重みが増えたステファンはそのまま前傾に転倒する、それに合わせ、私は極めたステファンの肘をひしいだ。……いや、折ったか?
【真剣白刃取り】。一昔前の漫画などには時折出ていたが、最近のものでは終ぞ見なくなった技だ。ただ、漫画などでは、最初の剣を手で挟み取るところまでしか描かれないのが殆どだったか。
剣を挟みこむのはいいけれど、このあとどうするの?
という素朴な疑問をアレが思って調べたのだ。結果、挟み取った後、相手の腕を足で極め、ひしぐ、もしくは折るまでが【真剣白刃取り】という技であるらしい。
なんで“らしい”なのかは、情報の出所の為だ。あれが調べるといったら、まずやることは“兄に訊く”だ。結果、こういった答えが返って来たのだ。兄の雑学知識はかなり意味不明であるため、その真偽もかなり怪しくもあるのだ。なにせ当人も、本当かどうかは知らんという有様だった。
もっともあれは盲信していたから、兄が云ったことであればそれはあれにとっては真実なのだ。あぁ、もちろん、私も似たようなものだ。だからぶっつけ本番で実践したのだからな。
ステファンと共に倒れた私はすぐに剣と腕を離し、ごろんとローリングをして距離をとる。そしてその勢いを利用して立ち上がり、構えた。ボクシングのファイティングポーズ、確か、デトロイトスタイルというんだったか、この構えは。
ややだらりと下ろした左腕をステファンに向ける。
ステファンは身を起こし、右腕を押さえ、私を睨みつけていた。剣は放され、転がっている。
「……くっ。参っ――」
「おいおい。まさかもう終わりとは云わないだろうな? 負傷したわけでもないのに、敗北を宣言するつもりか? ならばなぜ私を対戦相手に呼びつけたのだ? 成敗すると息まいていただろう?」
「馬鹿をいうな! 腕が折れたんだ、戦えるわけないだろう!」
「骨が折れた? なにを云っているんだ?」
私はあからさまに“わからない”といわんばかりに首をかくんと傾いで見せた。
「骨折なんてしていないだろう? 耳だって聞こえるハズだ。それに片腕が折れたくらいがなんだ? まだもう一本あるじゃないか。私が【バンビーナ】で貴様らが召喚した勇者に襲われた時には、私は右腕を斬り飛ばされたぞ。だがこうしてここで私は生きている。もちろん、なぜか分かるな?」
私は云ってやった。同時に魔法で骨折も怪我も治してやる。これで無傷だ。
ステファンは驚愕したような顔で私を見ている。はて、どっちのことに驚愕しているのだろうな? まぁ、どちらでも構わん。話を続けよう。
「おい、まさかあの勇者、モリス・エドモンドがただの殺人鬼だということを知らなかったわけではあるまい? 王家が面倒を見ていたようだが、カッポーネ枢機卿が召喚した都合、ヤツは教会預かりだったはずだ。彼の召喚器で被召喚者を縛っていたわけだからな。
奴はダンジョン探索の度に仲間を殺害し、ダンジョン内で遭遇した探索者を殺して回っていたんだ。もちろん、知っているだろう? 知っているからこそ、貴様は教会に絶望し、【陽神教】などというふざけた組織に改宗したのだろ? だがそれで行うのが私の殺害とか、なにか間違ってはいないか?」
観客席がざわざわとしはじめた。
「き、キッカ殿、その話は――」
ホンザさんが青い顔をしていた。あぁ、モリスに関しては、恐らくは【勇神教】内、それも一部でしか知られていなかったのかもしれないな。事が事だけに、モリスの殺人疑惑はあったものの、黙認するしかなかったのだろう。【審神教】に事の真偽を確認して貰えばよかったのだろうが、そうすれば【審神教】に召喚した者が勇者などと呼ぶには、あまりにも人格に問題のある人物であると知れるからな。
カッポーネがテスカカカ様に呪われた以上、それはそれはしっかりと秘匿したことだろう。もっとも、あっという間に【勇神教】は瓦解したわけだが。
「あー……もしかして秘匿事項でしたか?」
「いえ、そうではありません。その召喚された勇者が殺人鬼であるという話は知りませんでしたので」
「事実ですよ。テスカセベルムに問い合わせれば答えてくれるでしょう。教会からの問い合わせですし、話の出どころが私であれば尚の事」
私がそう答えると、ホンザさんは「なんということだ……」と嘆きつつ聖印を切った。
「さぁ、ステファン、立て。怪我ひとつないのに敗北宣言はないだろう? いくらなんでもそれは私を馬鹿にしている。あそこまで私を侮辱していて、それはないだろう? 貴様は私を、神子を騙り、人心を惑わし、神に仇なすと宣ったのだ。私の名誉を踏みにじっておきながら、私の非力な拳で少し叩かれた程度でもう止めますとか、許すと思うのか? それにだ、たとえ多少負傷したとしても、組合でトニックを買えば事足りるだろう? それこそ腕がもげたとしても、ダンジョン産のポーションがあれば治せるのだから問題あるまい。なにせ、お前たちが【勇神教】を離脱する際に根こそぎ持ち出したんだ。いくらでも治せるだろうに」
ステファンが驚愕に凍りついた。
「な、なぜそれを知っている!?」
持ち逃げは事実だったか。適当に云っただけだったんだが、鎌掛けになるとは思わなかった。
「なんだ、本当に持ち出したのか。結局、貴様ら【陽神教】は盗人で人殺しの集団ということだな。【アリリオ】の十九層であった貴様のお仲間は、そこで追いはぎをしていたしな。私の確認した限りで十三人殺されていたよ。その時私は全身鎧姿だったのだが、声で女と分かったからか「ヤっちまおうぜ」といわれたな。今にして思うと、聖職者にあるまじき言動だな。まぁ、あの連中は探索者に偽装していたが」
お、観客席のざわめぎが酷くなったな。ところどころから、女性の声で罵声が飛んできている。うん、私にじゃないな。ステファンにだ。もしこれで私に罵声が降り注いで来たら、さすがに凹む。私、なにも間違ったことを云っていないしな。
さて、これで【陽神教】の評判を少しは落とすことはできただろう。単なるならず者集団と認識してもらえるようになれば尚良しだ。
「ふ、ふざけるな! よくもそのような戯言を!」
「サンレアンで確かめるといい。貴様のお仲間の【女神の剣】の構成員が捕まり、ダンジョン送りにされているのが分かるぞ」
放していた剣を握り直し、立ち上がりながら一気にステファンが間合いを詰めてきた。そして今度は外側からの横殴りの一撃。
私は身を屈めながら踏み込み、そのままステファンの足を左足で刈る。
小外刈り、でいいんだったか?
ステファンはいきなり足を払われ、そして自分の振った剣の勢いに振り回され、体をきりもみさせるように仰向けに倒れた。
すかさず跪き、私はステファンの首を左手で掴み押さえこむ。ついでに【麻痺】の魔法を発動させ、動きを完全に封じる。これで十秒、いや、技量にともなって変な技術も体得しているから、三十秒ほどか? とにかく動きを封じることができる。
私は目を見開くステファンに向け、まるでサメのような笑みを作って見せる。大抵の者は、この笑みをみるとたじろぐのだ。
「なぁ、ステファン、最後にひとつ教えてやろうか。なぜ私が七神よりご加護を頂けているのか。それはお前らみたいなクズな連中に殺されないようにだよ。私がロクでもない理由で殺されると、神々は少々困ったことになるんだ。我が神と戦争になるだろうからな。貴様らが私を攫った。そしてある理由から返すことも出来ない。だから私はこの地で生き、死ななくてはならないんだよ。それもせめて人並みの幸せな人生を送って。でなければ、我が神の怒りを買うからな。いまでこそアレカンドラ様と我が神は和解しているが、それはそれはとても脆いものだぞ」
私は手を放し、試合場の開始線にまで戻った。
「さぁ、ステファン、続きをやろう。お互い怪我ひとつ負っていないんだ。しっかりと決着をつけようじゃないか。私を成敗するのだろう? そして私の信ずる神を殺すのだろう。ならばそんなところで這いつくばっている場合じゃないぞ。さぁ、立て。立って私を殺そう。それがさきほど貴様が宣言したことだ。云ったからには成し遂げなくては。貴様は貴様の信ずる神に宣言したのだから」
腰に手を当て、気だるげな姿勢でステファンを挑発する。
ステファンはのそのそと身を起こすと、立ち上がらず、そのまま身を丸めるように蹲ってしまった。
ん?
「ど、どうかお赦しを、神子様」
は?
「いまさらそれか? ふざけるなよ貴様。武闘大会に参加し、勝ち続け私を引きずり出したんだろう? それで出て来る言葉がそれか? 全力で神々に喧嘩を売っておいて、見せしめに私を殺そうとしておいてそれか。虫が良すぎるだろう」
私は構えを取る。
「でっちあげたまやかしの神を信ずる【陽神教】の者よ。お前たちがなにを神として崇めようとそんなことはどうでもいい。好きに崇め奉り、心の平穏を得ればいいだろう。だが貴様らのくだらぬ理由で殺されてやるつもりは一切ない。故に私は、貴様らをひとり残らず見つけ出し、叩き潰させて貰うぞ。私が残りの人生を、慎ましやかに生きるためにな」
ステファンが私を見上げた。
「ステファン。宣言したからには自らの信ずる信念を貫けよ。そもそもだ、私が真実を話しているとは限らないぞ」
笑みを作り云うと、ステファンは半ば怯えたような顔をしながらホンザさんに視線を向けた。
む?
私もステファンから意識を外さず、ホンザさんに視線を向けた。
ホンザさんは首を振った。
「神子様の言葉に嘘はありません。すべて真実です。審判神ノルニバーラ様の名の下に宣言しましょう」
あぁ、【看破】の祝福か。かなり魔力を使うだろうに、いつから発動していたんだ? まぁ、構いはしないが。とはいえ、私の予想の部分は嘘にあたらないようだな。実際、私ごときが殺されても戦争になることはないだろうしな。
ステファンは再度平伏した。
「神子様、どうかご容赦を。もう戦えません。戦うわけにはいきません」
私は目をそばめた。
「なぜ?」
「世界を滅ぼす業など、とてもではありませんが背負えません」
「行きつくところはそこか? なんとも自分勝手だな。気にすることはないだろう? なに、簡単なことだよ。私を殺した後、激怒した神を殺せばいいんだ。先ほどの威勢があればできるだろう? いや、だろうではないな。やるんだよ。それが神の名を吐いて行う戦いというものだ。聖戦というものだ。我が神を邪神とし、それを討ち果たして英雄の名を欲しいままにすればいい。な、簡単な事だろう?
お前は私を殺すと宣言した。成し遂げろ。それで我が神が激怒し、この世界を滅ぼさんとしたならば、貴様が神の尖兵として、先陣を切って戦えばいい。そこまで大事となれば、アレカンドラ様はもとより、属する六神も共に戦ってくれることだろう。神々と肩を並べて戦う、実に誉れだ。
なに、しくじって世界が消えたところで問題ない。その時には誰もお前を咎めることはできないだろうよ。たとえ神を殺して世界が残り、お前も生き残ったとしても問題ない。誰もお前を咎めるどころではないだろうよ。
さぁ、続きをやろう。みっともなく蹲っていないで立ち上がれ。見ていて不快だ」
そう云って私は再度構えを取った。
誤字報告ありがとうございます。