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345 現実逃避は最高だ


 現実逃避は最高だ。そうは思わないかね? 諸君。


 おはようございます。キッカですよ。


 いきなり何を云っているんだ、お前は、と思われるかもしれないけれど、これが今の偽ざる気持ちなんだよ。なんで私には平穏が訪れないんだよ! 畜生!


 ……失礼。これに関しては……ね。


 あぁ、昨日、まさかアクアビットからお酒云々で国王陛下に捕まるとは思わなかった、ということが原因ではないよ。お酒に関してはすこしテコ入れしようかとも思っていたからね。まぁ、アクアビットに国王陛下が食いついてくるとは思わなかったけれど。


 こっちだと蒸留酒はほとんど作られていないんだよ。一応、作られてはいるみたいだけれど、消毒薬代わりっぽいね。生産国は主に帝国。ほら、ナルキジャ様が医療の神様でもあるからね。


 回復薬が高価なものだから、基本、大きな切り傷、刀傷なんかの場合には、酒をぶっかけて、化膿止め兼消炎効果のある軟膏塗ってギュッと包帯で縛るのが基本の治療なんだよ。あぁ、一応、縫ったりもするのかな?


 残念ながら、医療関係はあまり発達はしていないんだよね。表面的な切った張った的な医術はあるけれど、悪くなった部分をかっ捌いて切除して縫う、みたいな医療行為は行われていない。


 そんなわけだから、飲用の蒸留酒というものは基本造られていない。


 いや、医療用でも作ったんだから、飲んだ人はいると思う。でもね――


 不味いんだよ。いや、私が飲んだわけじゃないから、不味いらしい、としかいえないんだけれど。


 蒸留酒、できたてのものは風味が酷いのよ。少なくとも香りに関しては、完全に消毒用アルコールだこれ! に近いものになるから、なんていうの、薬感が半端じゃないのさ。


 だから蒸留酒樽に詰めて寝かせるわけだしね。


 樽の素材になっている木の香りを付けるとともに、味を落ち着かせるために。


 蒸留してアルコール濃度を高めた代物に、後付けで果物とかハーブで風味を添加する手法もあるけれど。これは寝かせるんだっけ? あとで確認しておこう。


 あ、前者がブランデーとかウィスキー。後者がリキュールの類だよ。


 昨日、国王陛下に出したアクアビット、正確にはアクアビットっぽいなにかは後者だ。


 ちなみに、巷に出回っている芋酒は醸造酒だ。鍋一杯の芋を水ヒタヒタで茹で崩してどろどろにしたものを発酵させて、こいつを丁寧に濾したものが芋酒だ。甘みの強いお酒らしいんだけれど、芋を使っているために当たり外れが激しいみたいだよ、これも、


 うん。泥臭いやつもあるんだそうな。


 さて、実を云うと、私、ブランデーとウィスキーは昨年仕込んだんだよ。小さい樽一個ずつ。だいたい二十リットルくらいかな。手に入れられる一番小さい樽がほぼ一斗缶サイズだったんだよ。


 作り方は酷いよ。適当に安いワインとエールを大樽で買ってきて、それを蒸留しただけだから。


 これらのお酒の生産者には申し訳ない気もするけれど、正直両方とも粗悪品だから、そこまで気にすることもないか。

 そのことも考えて、安物を買って来たわけだしね。


 いいかえれば、安物の粗悪品が、美味しいお酒になるのかという実験なのだよ!


 でも一番の問題は、私が基本的にお酒を飲まないってことなんだけれどね。そこは味見を女神さま方にお願いしているんだけれど、微妙に問題もあるのよ。


 基本的に神様方は酔うことがない。お酒って、味も大切だけれど、酔うことも重要なことなのだと思うのよ。実際、女神さま方はお酒も好きだけれど、それ以上に清涼飲料が好きだからね。


 いや、いちど炭酸系のオレンジジュースを物質変換で出してみたら凄い食いつきでさ。現状、ちょっと難しいから保留にしているんだけれど、そのうちミストラル商会を巻き込んで開発することになるかもしれない。



 ……私も、作りたいものがあるしね。




 さて、二十七日となりました。本日は武闘大会の最終日。決勝と三位決定戦が行われますよ。


 私はイリアルテ家の皆様と観戦に来たわけですが、今は凄い場違いなところに座っています。


 私の左に国王陛下。右にナバスクエス伯爵。もちろん、王妃殿下は国王陛下の左に座っておられますよ。

 なんでこんなことになっているのかというと、お酒の件での話をここでしてしまおうということだ。


 なんのかんので三人が集まって話す機会が少ないため、顔を合わせる機会を有効に使おうというわけだ。私としては、私がアキレス王太子の婚約者と思われやしないかとひやひやしているんだけれど。いやだって、国王陛下の隣ですよ。反対側にいるのが王太子殿下だったら、確定事項にされてたと思うよ。


 私の不安はさておき、国王陛下はレブロンが買収しようとしていた酒造をポケットマネーで買い取って、現在、そこの人材やらなんやらの整備中なのだそうな。


 まぁ、経営破綻寸前になった酒造って話だしねぇ。ブドウが不作云々は、ディルガエアでは有り得ないし。ルナ姉様の祝福がある以上、なおざりでも手入れと世話をしていれば標準的な収穫が確約されるのだ。それこそしっかりとよい収穫ができるように努力すれば、豊作が約束されるのである。


 ブドウさえあればワインは作れるのだ。にも拘わらず経営が傾くというのは、経営者が無駄金を使いまくったか、もしくはワイン醸造過程で手を抜いて腐らせたか。とにかく、莫大な損失を出すような真似をやらかしたのだろう。


 ただ、その醸造所の所有していたブドウは全て焼き払う羽目になったとのこと。


 クラリスの血で汚染されてたみたいだ。例の洗脳ワインだけれど、あれはワインに血を混ぜて熟成させることで完成したみたいだけれど、やっぱり血を混ぜ込むとなると量を作れない。というよりも吸血鬼が血を提供するという時点で問題であるだろう。


 ということで、ブドウそのものをいじくろうとしたみたいだ。


 ……えーっと、ブドウの吸血鬼化? いや、眷属化かな? できるの? そんなこと。できると思ってやったんだろうなぁ、クラリス。でも、買収前のブドウ園がそんなことになっているっていうことは、もしかしたら、その醸造所の経営者をクラリスが堕落させて、経営破綻するように仕向けたのかもしれないね。


 そんなわけで、お酒の原料がない状態の醸造所なのだそうな。


 あ、こうもあっさりとブドウ園を焼き払うことにしたのは、神託があったから。教皇猊下が直々に国王陛下へと伝えたようだ。

 その情報の出所はルナ姉様なわけだけれど、回収したクラリスの魂を精査した結果わかったことだそうな。


 ……いや、リアルタイムでルナ姉様が得意そうな声で私に情報を寄越してね。いつものように監視しているみたいだけど、暇なのかな?


 そんなわけで、いまは国王陛下の醸造所はお酒の原料を求めているのだ。で、昨日のお酒を是非ともつくりたいと云うことのようだ。


 ジャガイモよりも、サツマイモのほうがいいんじゃないかな? 焼酎ってサツマイモが原料だよね?


 いや、口当たりでいったら、ジャガイモよりもサツマイモのほうが良さそうじゃない。ジャガイモよりサツマイモのほうが断然甘いし。


 ということで――


「えー、私がアレカンドラ様より食文化の底上げを頼まれたということはお話ししましたよね? 当然、お酒もそこに入るということで、無理を云ってサンプルを用意して頂きました」


 私は云った。云ってしまったよ。明らかに嘘を吐いたのは、こっちにきてこれが初めてじゃないかな? まぁ、私がなんでも創造できるなんて知れたらロクなことにならないからね。……よく考えたらこれ、実に神様らしい力じゃないのさ。大木さんに「こっちの側」なんて云われたけれど。でもこの技術の元は大木さんなんだよなぁ。……ハめられたか!? 


 ま、まぁ、いまは置いておこう。あとで大木さんを問い質そう。なにをどう問い質せばいいのかも分からないけど。


 内心、狼狽えつつも鞄から一升瓶を取り出す。もちろん、ラベルなんかは貼っていない褐色の壜だ。お父さんが良く飲んでいた黒なんとかっていう焼酎。


 問題は、これの原料のサツマイモとこっちで栽培のはじまったサツマイモは同じ品種じゃないだろうということだ。いや、詳しくないからね、私。でもサツマイモであることは変わりないのだし、ひとまずは構わないだろう。


 味見程度だから、器はぐい呑みでいいかな。ふたつだしたところで、王妃殿下も所望されたので、みっつ。

 正直な話、反応は予想できる。そりゃそうでしょ、こっちの酒造レベルはまだまだ初期段階のようなものだもの。そこへ現代日本の酒造が拵えたお酒を出したらどうなるかって話よ。でも神様からの賜りものってことにすれば、まぁ、「これぞ神酒」というような反応になる程度じゃないかな。


 実際、飲んだ国王陛下が挙動不審に陥っているし。


「き、きききキッカ殿、あの芋からこれほどのモノが出来るのかね?」

「出来ますよ。というか、ここにありますしね。ただ、もちろん製造に関しては洗練させないと、ここまでには至らないと思います。ほら、昨日私が出したお酒と比べてもらえれば、完成度の違いが分かるでしょう?」

「なるほど……よし、決めたぞ。我が醸造所ではこの酒を目指そう。そしてこの酒に出会わせてくださった女神様に奉納するのだ!」


 国王陛下がぐい呑みを高々と掲げた。


 これで、丸禿げ状態のブドウ園は、サツマイモ畑に変わることになるかな。


「キッカちゃんは飲まないのかしら?」

「あー……どうも私は相当酒癖が悪いようでして。ですから飲むことは自重しています。ほら、私、魔法使いですし」


 そう答えると、王妃殿下は少しばかり顔を青くしていたよ。前に【爆炎球】を実演した時のことを思い出されたのかもしれない。


 そしてもう一本、私は鞄から取り出す。あ、今回はちゃんと鞄に予め入れてきたんだよ。今日のことは昨日決めたことだからね。帰ってから作って鞄に放り込んでおいたのさ。


 さて、取り出した二本目はビール。こちらもラベルは無し。たださっきの焼酎とは違い、こっちはキンキンに冷やしてある。味見ってことになるわけだけど、さすがにビールでぐい呑みはない。ということで、ビールグラスをみっつ。


 ふふふ、いい塩梅に泡立つ感じで注げたよ。


 ビールの味見ではナバスクエス伯爵が大声をあげた。エールで一大勢力を築いている伯爵だ。見た目には自身の領で造っているエールに酷似した(いや、ビールもエールも、基本はいっしょだけれど)酒がこれほどまでに違えば、驚くことも無理からぬことだろう。


「冷えていることも味の違いを際立てているようだが、なにより雑味がない。加えての飲みやすさ。じつに素晴らしいな!」


 伯爵は空になったグラスを見開いた目でみつめていた。


 そういや、エールは飲むと口に味がかなり残るとかフレディさんが云ってたな。去年、【狼の盾】の皆さんと食事(兎取りの打ち上げ)の時、ひとりだけお酒を飲んでいなかったから、その時に訊いてみたんだよ。てっきり脳筋健康オタクかとも思ったんだけれどね。


「冷やすだけなら、魔法の杖で冷気系のものを作って、それで氷を造ればいいと思いますよ。エールも冷やして飲めば、印象も変わると思いますし。あ、これがホップの種とその育て方、それと低温醸造のやり方です」


 種の入った小袋と書面を伯爵に渡す。


 伯爵は驚いた顔をしていた。まさかこんな簡単にひょいと渡されるとは思ってもいなかったのだろう。


「き、キッカ殿、また無造作に……。して、額はいかほどなのだ? 売買の書面も作らねばならん」

「値段ですか? とはいっても、温度を抑えて熟成期間を伸ばすだけですからね。それだけでお金を頂くというのはどうにも。なので、ホップの値段も含めて、妥当と思われる額をお支払いください。結果がでてからで構いませんので」

「キッカ殿、さすがにそれは……」


 国王陛下が苦笑している。とはいってもねぇ……。


「女神様からの依頼ですし、これらの現物にしても……。それで私がお金を頂くというのはどうにも……」

「うーむ、そういうことなら分からんでもないが、かといって無償というのも我々としては非常に具合が悪いのもわかるだろう? ならば、似たような先例を探して、それに準じた額を支払うということでよいかな?」

「はい、問題ありません」


 とまぁ、こんな感じで三位決定戦を観戦しながら話していたんだよ。


 って、あれ? なんか見たことあるような頭だと思っていたんだけれど、あれ、フレディさんだ。おぉ、今年は三位決定戦にまで残れたんだ。盾がカイトシールドからタワーシールドになってる。


 傭兵よりも探索者の方に本格的にシフトしたのかな。タワーシールドみたいな大盾なんて、拠点防衛の騎士さんくらいしか使わないからね。


 三位はフレディさん。盾で相手を場外へと落としての勝利。なんか完全にタンクになってたよ。

 実際、タンクって実戦だと使い物にならないんだけれどね。継戦能力がないから。ほら、ゲームと違って回復ができないからね。タンクなんて実際やったら、負傷が過ぎて早々に撤退することになるもの。


 フレディさん、あれは武闘大会用の戦い方だと思いたい。


 そして決勝。


 両方とも正統派の剣士という出で立ち。中盾と剣。そして軽装鎧と、基本的な傭兵スタイルといっていいかな。

 ただ、戦い方は対照的だった。ひとりはベタ足の防御主体の戦い方。もうひとりは盾は半ば飾りという感じのヒットアンドアウェイの軽戦士スタイル。


 あの装備は相手に合わせて戦術を変え易くするためだろうけれど、基本の戦い方は非常に対照的だったよ。


 勝者はちょこまか動いてチクチク突いていた方。個人的には「うぜぇ」と思う戦い方をしていた軽戦士だ。


 正直に、「その戦い方ならダガーでも持てよ」とか思ったよ。長剣じゃ却って邪魔だろうに。


 そんなことをぼんやりと思っている間に、国王陛下が試合場へと到着したようだ。

 これから表彰式が行われる。


 一位から三位までにメダル(金銀銅というような区別はなく、材質はみな一緒)が授与され、そして副賞である賞金。最後に、優勝者への賞品として望みを聞く。


 大抵、この「さぁ、優勝者よ、望みを云うがよい」という国王陛下の言葉に対して、優勝者が答えるのはだいたい以下の三種。


 ・質の良い武具。

 ・士官先の斡旋。

 ・強者との勝負。


 実のところ、一番多いのは最後の“強者との勝負”だ。この場で実現可能であるなら、すぐに試合が組まれる場合もある。対戦相手によっては無理な場合もあるけれどね。他所の国の騎士だのを指名されても無茶というものだ。


 サロモン様が指名されたこともあったらしいけれど、その年の優勝者を秒殺して格の違いを見せつけたとかいう事件もあったらしいし。


 そんなわけで、陛下が優勝者に望みを問う。


「ではステファンよ、そなたの望みはなんだ?」


 問われ、ステファンは頭を上げ、己が願いを口にした。


「さすれば、武勇にも優れていると聞く、アレカンドラ様の神子と名乗りし者との対戦を望みます」


 その言葉を聞き、私は突如として降りかかった事態から全力で目を背けたい気分になったのだ。


 なんで私の人生はこんなのばっかりなんだよ!


誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] キッカの質問に対する答え それがあなたの役割だからです 件の各人格の役割、立ち位置の説明のおかげで やっとしっくりくるようになりました
[気になる点] 主人公はゲームキャラなんだからそろそろ普通の人に斬りつけられてもダメージ0か1しか出ない状態にならないのかな?
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