344 芋酒ですよ
滞りなく料理対決は終了しましたよ。
昨年同様、本編? のほうは盛り上がりらしい盛り上がりはなし。どっちかというと、おぉー。っと、感心するような感じ? そっちがメインだからね。もっとも、私のやったじゃんけん大会は異様に盛り上がったけれど。去年のこともあったから、今年こそは! と意気込んでた人もいたみたい。
なに? そんなに変な鎧の作った料理を食いたいのか、お前ら。
料理対決後は、冒険者食堂で新メニューとして解禁されるんだぞ。そっちの方がいいんじゃないかな。ちゃんとした料理人が作るわけだし。もっとも、食材の都合上、売り切れ御免になるけれど。
今回、新メニューとして登録されるのは、かき揚天。じゃがいものかき揚ももちろんメニューに入るけれど、ほら、じゃがいもがまだ数が出回っていないからね。今日、用意されていたモノが無くなったらそれで終わり、というわけにもいかないじゃない。
ということで、ふつうのかき揚もメニュー入り。玉ねぎと人参をメインに、他になにか適当に加えればいいんじゃないかな。豆とか、三つ葉っぽい何かとか。
さて、料理対決のほうだけれど、かなり審査が難航したよ。
クレープ対おせんべいの対決になったよ。
芋を串刺しにしてたドワーフさんは、やっぱりジャガイモが崩れちゃったんだよね。おかげで微妙に見栄えが悪いことに。なんであんな斬新なことをしたんだろ?
普通に下茹でして、バター炒めにでもすればよかったのに。いや、それを串に刺して出すというのも、アレだけどさ。
そしてけんちん汁っぽいものを作ったおじさんは、まぁ、目新しさがないというか、予想の範疇内の味であったということもあって脱落。
決して不味いわけじゃなかったわけだけれど、
クレープ対おせんべいの軍配は、クレープに上がったよ。
食感の差でおせんべいが負けた感じだね。
もっとも、おせんべいと云っても、あれだ、ぬれ煎餅っていうんだっけ? 湿気って柔こくなった感じのおせんべい。いや、酷い云い方だと思うかも知れないけど、私にとってはぬれせんべいはそんな認識だ。
いや、嫌いというか、気にくわないんだよ。おせんべいは固くないと。さすがに石みたいに固い奴は辛いけど。
柔っこいのが食べたかったら、口にくわえて固いのを柔っこくすればいいんだ。
……行儀悪いって注意されたこともあるけど、私としては美味しければいいのだ。
いや、私のおせんべい論はどうでもいいんだ。
鬼人のお姉さんの作ったおせんべいは、食感がふにょっとした感じのモノで、味付けは甘いもの。砂糖水でも塗って焼いたのかな? そこに塩で味のアクセントを付けた感じ。
パリッと固くできたのなら、また違う審査結果になったんだろうけれど。
……地味に、私の料理の時にポテチを出したのが響いた可能性があるけど。
さて、私が今回出した料理は以下の通り。
じゃがいものかき揚、爆裂ポテト、ちゃきん絞り、そしてポテトチップ。ついでにせっかくだからと、私が以前興味本位で錬金台を使って作ったアクアビット。
アクアビットは、じゃがいもで作った蒸留酒だ。いや、料理酒代わりにならないかなと思って、サンレアンに住み始めた頃に作ったんだよね。ワインを使って調理したら、なんというか、これじゃない感が酷くってさ。実際、このアクアビットは癖もなくて使いやすいんだよ。ただ料理酒用だから、味はお察しだ。ルナ姉様が勝手に飲んで文句をいうくらいには。
仕方ないので香りづけを味付け? 的なことをしたよ。だからこれはリキュールの類になるのかな。
とりあえず、ルナ姉様からは合格点がでるくらいのものにはなっているよ。
考えてみたら、この時はお酒を飲まされるようなことはなかったんだよね。なぜたんぽぽ酒と蜂蜜酒のときには、女神さま方はあんなにはっちゃけたのか。
私の出したラインナップをみると、なんかどこぞの居酒屋料理みたいになってるね。爆裂ポテトが明太ポテトみたいに見えるのが原因だけれど。
で、食べて貰っていて思ったことは、辛いものに飢えているのか? と思うような感じの反応。
唐辛子系の辛さが、こっちの人の気質にあっているのかな。爆裂ポテトがえらい勢いで消えたよ。結構な量があったのに。いくらカプサイシンが食欲を増進させるといっても、胃袋の容量が急に増える訳でもないのに。
そういえば昨年も、国王陛下はもの凄い食べてらしたな。良く入るなぁ、とか感心してたんだっけ。
すくなくともディルガエアとテスカセベルム王城の厨房では、唐辛子っぽいものを見かけていない。
もしかしたら、この大陸にはないのかもしれないね。となると、現状、唐辛子系の料理を出せるのは私と、サンレアンのベレンさんのお店だけってことになるわけだ。
基本的にスパイス系はミストラル商会に回して栽培して貰っているからなぁ。そろそろナツメグとか回って来そうな感じなんだけれど。ララー姉様、ズルして一気に育てたっていってたし。
まぁ、スパイス系は気長に待とう。カレー粉はそろそろ本格的に商業ルートに載せるみたいだけれど。いまのところは極一部にしか来ていないからねぇ。
そんなこんなでただ今打ち上げ中です。
私も鎧を脱いで、昨年同様、料理を作って右左と走ってますよ。とはいえ、昨年よりは大分余裕があるけれど。今年は座って食べる余裕がある。
この辺は、食堂の料理人さんたちが育っているってことなんだろうなぁ。
まぁ、勝手の分からん料理を、いきなり手際よく作れっていうのは無理な話だからね。さすがに一年も揚げ物を作っていれば、天ぷらだって、初見でもどうにか出来るってものだよ。
「侯爵夫人、来年度は場所を変えて開催する気はないかね?」
あれやこれやと、料理人さんたちに天ぷらのコツ的なものを説明して、二階の打ち上げ会場に戻ったところ、丁度、国王陛下がエメリナ様にそう訊ねていた。
「いまのところは考えておりませんが」
「だが、今年の観客数をみるに、来年はもっと増えよう。そうなるとさすがに、門前広場でイベントを行うには問題が出て来よう」
……なんだろう、すごい真面目なお話になっているけれど、持っている焼き芋のせいで台無しな気がする。
料理対決時、じゃんけん大会の時に配った焼き芋は、細身のちょっと食べ甲斐のないサイズのもの。でもいま国王陛下が手にしているのは、そこそこに大きいサイズのものだ。
あ、そうそう。じゃんけん大会で焼き芋を配った時には、剥いた皮をその辺に捨てないようにと厳命して、空っぽのくず入れ(中身が空の樽)を出して置いたら、みんな大人しく従ってくれたよ。
ちょっと意外だった。もしかしたら、清掃組合が怖かっただけかもしれないけど。
「ですが、メインが調理ですから、そういった機材がしっかりしたところでなければ。コンロはともかくも、石窯は持ち運びできるようなものではありませんしね」
「観客のことも考えると、闘技場が一番よいのだがなぁ」
「武闘大会の休息日に、料理対決を入れるのですか?」
「うむ。今日の様子を見て思ったのだが、後ろの方の観客はよく見えなかっただろう? 闘技場ならばそれも問題あるまい。石窯に関してはどうにかしよう。闘技場の一室を厨房にしてもよいしな。窯を使う場合には、そこを使えばよかろう。若干、移動に時間はかかるやも知れんが」
国王陛下の提案に、エメリナ様が思案し始めた。
……やっぱり両手でもってる焼き芋が色々台無しだよ。
それはさておいて、今年の状況を見るに、会場の変更はしたほうがいいと思うよ。広場を埋め尽くす勢いで人が増えてたからね。
さすがに通行の邪魔になるレベルなのは問題だよ。
それになにりより、国王陛下の提案だもの、断るのは相当度胸がいるよ。
……奥の席で、リスリお嬢様とアレクサンドラ様がハラハラした顔で様子を伺っているし。
「キッカちゃんはどうしたらいいと思う」
「はい?」
おふたりのテーブルにかき揚の盛り合わせを配膳したところ、エメリナ様にそう問われた。
「聞いていたでしょう?」
「えぇ、まぁ、聞こえましたけれど。いいお話だと思いますよ。会場の都合もして頂けるわけですし。なにより、観客のことを考えると、門前広場で行うのは難しくなるんじゃないかと。事故が起きても大変ですし」
「事故?」
エメリナ様が首を傾げたので、私は説明した。
誰かが転倒して、将棋倒しにでもなった場合の恐ろしさを。普通に人死にが出る事故だからね。
「さすがにそんなことになったら、主催者の責任と云うか、評判にも傷がつきますしねぇ」
多分、こっちの法関連であれば、責任は問われないと思う。でも悪評はつくだろうし、イリアルテ家をよく思っていない、昔からの貴族はこれ幸いとあれこれ仕掛けてくるだろう。
「そうねぇ。夜会や茶会で嫌味を云われるのも腹立たしいものね。
陛下、イベントの内容は変えずとも問題ありませんね? 貴族お抱え料理人の腕を競う場、とされるのは、このイベントの趣旨が変わってしまいますので」
エメリナ様が国王陛下に確認する。うん。料理対決イベントは、市井に埋もれている、腕のいい料理人の発掘だからね。もしくは何らかの原因で落ちぶれた料理人の救済。
昨年の優勝者のベレンさんは後者だね。今年の優勝者のドワーフさんは前者。鬼人のお姉さん共々、エメリナ様がスカウトしてたよ。ドワーフさんは独自でやっていくと固辞したけれど、鬼人のお姉さんは【エマのお菓子屋さん】で働くことになったみたいだ。
「もちろんだとも。だが、こっちでも良い料理人はスカウトしてもよかろ?」
ニヤリとする国王陛下に、エメリナ様は笑っていた。
「そういえば国王陛下、今年は大丈夫なんですか? 昨年は時間を取ったと仰っていましたけれど、しっかり公務をいくつかすっぽかしたらしいじゃないですか」
「し、仕方なかろう。キッカ殿の料理が美味いのが悪い!」
「えぇ……。私の腕は家庭の主婦レベルですよ。王宮の料理人さんたちの足元にも及ばないと思うんですけど」
「キッカちゃん、それは彼らを買いかぶりすぎ」
「え、でも、リリアナさんとか凄いじゃないですか。でしたら、王宮料理人の方々はもっと腕が上なのでしょう?」
私は首を傾けた。確かに、料理長さんはいまだにカニクリームコロッケを作れないみたいだけれど。
「キッカちゃん。料理の腕でいったら、ルイス料理長よりリリアナのが上よ」
は?
「もちろんフィルマンやナタンの腕は、リリアナに劣るものではないわ。というより、このふたりがリリアナを鍛えたようなものね。そのリリアナがめきめき上達するモノだから、ふたりもこのままだと立つ瀬がなくなると思ったのか、更に腕をあげる結果になったのよ」
「ルイスとはえらい違いだ。あやつ宮廷料理長の座に胡坐をかいて、腕を腐らせたようなものだからな」
あぁ、それでか。
私は国王陛下からお礼を云われた時のことを思い出した。確か、料理長の鼻っ柱をへし折ったことを感謝されたんだった。
……いまにして思うと、あの怖い顔のおじさん、どんだけ増長してたんだ?
そして奥で給仕をしているリリアナさんが頬を赤くしている。よっぽどうれしかったのか、緩みそうになる口元を引き締めているよ。
「ところでキッカ殿、審査の時から聞きたかったのだが、この酒はどうしたのだ?」
「それですか? 市井にも出回ってる芋酒ですよ。ただ、原材料はじゃがいもです。それにレモンとハーブで風味を添加したものですよ」
「ほほぅ……。キッカ殿、詳しく話を訊いても良いか? いや、単刀直入に云おう。私の醸造所でこの酒を作っても良いか?」
国王陛下の言葉に、私は口元を引き攣らせた。
思わずエメリナ様に視線を向ける。するとエメリナ様は肩を竦めて見せた。
「私はお酒関連に手を出す予定はないわよ」
えぇっ……それじゃ断れるわけがないじゃないですか。
「え、えっと、国王陛下、ひとつ問題があります」
「なにかね?」
「このお酒、蒸留酒なので、蒸留設備が必要になります」
私は答えた。
近く、ナバスクエス伯爵にもビールのことで話をすることになっているし、なんだかお酒のことばっかりになってきたよ。
かくして、私はこれだけは決意したのです。
間違っても飲まされたりしないようにしよう。
誤字報告ありがとうございます。