343 秘密兵器、それはピーラー
「私の記憶が確かならば――」
料理対決司会進行のイルダさんの台詞に、私は噴き出した。
いや、確かにこのイベントはその台詞で有名なテレビ番組が元ネタだけどさ。
あぁ、そういえばララー姉様がイルダさんに見せたんだっけ? ……あれ? というか、どうやって映像やらを引っ張って来たんだろ? 考えるに、私の頭の中からだよね? さすがにそれはちょっとアレなんだけれど……。今晩にでも確認しておこう。
「――昨年、ここで肉の饗宴が開かれたのだ。腕に覚えのある料理人たちが生み出す料理に舌鼓を打つ審査員たちを見、唾を飲みこむしかできなかった」
イルダさん、ノリノリだなぁ。……なんか、目の色がおかしい感じがするけれど。緊張感とテンションが上がり過ぎて、おかしくなってないかな?
イルダさんの様子を見るに、妙にオーバーアクションで司会を行っている。
「それから一年、第二回料理対決。昨年は我々に身近な肉料理対決であったわけだが、肉以上に身近な食材を忘れてはならない。そう、主食として、我々にとって非常に馴染みのある食材だ」
イルダさんが食材を載せてあるテーブルの所へと移動し、食材を覆い隠すように掛けられているシーツに手を掛けた。
「今回の料理対決のテーマはこれ!」
ばさぁっ! っと、シーツを剥ぎ取る。
シーツの下から現れたのは、山のように盛られた馴染みのある様々な――
「い・も!」
わぁぁぁぁっ!
うわぁ、なんだかギャラリーから歓声が上がったよ!? え、そんな歓声が上がるようなことなのこれ? お芋だよ!? それにしても今年はギャラリーが多いなぁ。後ろの方の人、見えるのかな?
「さぁ、料理人たちよ、調理開始だ! 存分にその腕を揮うがいい!」
手を振り上げ、イルダさんは調理開始を宣言した。
「アレキュイジーヌ、って感じかしらね。なんだか定番の台詞になりそう」
「キッカ様、その言葉は?」
「調理開始とか、そんな感じの意味の言葉ですよ、確か。私の母国語ではないので、発音はかなり怪しいですけど」
フランス語としてもおかしいとかいう話もあったようなないような。
「今回も食材を取りに行くのは最後ですか?」
「はい。十分に残るでしょうから。各種芋っていっても、バレ芋とジャガイモにサツマイモ。あとは……なんだか見慣れないお芋がありますね」
なんだか縞々の細長いのがあるよ。
「あれは縞芋ですね。当たり外れが多いので、あまり好んで食べられてはいませんね」
里芋系のお芋かな。里芋も縞ができるし。あんな長くないけど。
「下拵えの問題だったり、保存の問題だったり、最悪なのは育てた土壌の問題の場合もありますね。私の知ってるお芋と同じようなものでしたら、煮っころがしにしたりすると美味しいんですけどね」
深山家の煮っころがしは味が薄いというか、控えめな味だけれどね。お店とかの煮っころがしって、大抵は芋の味が死んでて食感しか残っていないんだよね。あぁ、いま気が付いたけれど、もしかしたら泥臭さを消すために、完全に煮汁の味にしてるのかな?
芋の味のしない煮っころがしなんて芋で作る意味がねぇ! って、お父さんが良く云ってたっけ。
恐ろしいことにね、お父さんが良く作ってたヤツガシラの煮物……多分、ただの塩ゆでなんじゃないかと推測はしているんだけれど、いまだに再現できないんだよ。本当、あれ、どうやって作ってたんだろう。出汁も使っていないことは判明してるんだけれど。
出汁をいれると、芋の煮あがりが茶色くなるからね。お父さんの作ってた煮物は、芋が青紫がかった灰色になるから。要は、ただ水煮した時みたいな色ね。
またひさしぶりにチャレンジしてみようかなぁ。私の中では、あれが芋料理の最高峰なんだよなぁ。
「キッカ様、皆様、食材を取り終えたようですよ」
「あ。はい、それじゃ、こっちも取りに行きましょう」
今回使う食材は、ジャガイモ、サツマイモ、人参(赤)、玉ねぎ、山羊乳。草猪のバラ肉。小麦粉。他調味料諸々(いくつかは持ち込み)。
卵が無い? うん、スパニッシュオムレツは見送りにしたんだよ。
それじゃ、調理をしていきましょう。
ティッカさんには焼き芋をお願いする。数は三十本。今年もじゃんけん大会をやる予定だから、上位三十名に配る予定だ。あ、一位は別だから、配るのは二十九本。一本はイルダさんに食べてもらう。
私たちの分? それはあとで焼けばいいんだよ。
リリアナさんにはジャガイモの皮むきと下茹でをお願いする。
私は人参と草猪バラ肉の下準備だ。油も火にかけて、出汁も準備しないと。
今回、私が作るものは以下の通りだ。肉じゃが、爆裂ポテト、ジャガイモのかき揚げ、ちゃきん絞り。そしてティッカさんが焼き芋。あ、あと油がもったいないから、ついでにポテチとかも作るよ。
さてさて、調理をするわけだけれども、地味に芋の下準備は大変だ。皮むきに時間がとられるのよ。なので、今回は秘密兵器を投入してリリアナさんに渡してあるよ。
秘密兵器、それはピーラー。
リリアナさん、包丁でもかなり速い速度で皮むき出来るけれど、ピーラーを渡したら更に早くなったからね。ちなみに、私はピーラーを使えません。自分でもよくわからないけど、どうにもダメなんだよ。技巧をドーピングすれば大丈夫かと思ったら、それでもダメでね。もう、この道具と私はとことん相性が悪いんだと思うことにしたよ。
上手く剥けない、手を切る、ということになってね……。
そうそう、今回は地味かと思っていたけれど、ひとつパフォーマンスができることがあったんだよ。
ということで、下茹で用の大鍋に水をたっぷりいれてコンロにドン。そして取り出しましたるは【火炎の杖】。そう、攻撃魔法の杖だ。火炎放射を出すやつね。
こいつを使って湯沸かしの時間を短縮しますよ。このままだと湯を沸かすだけで十分、二十分かかりそうだからね。
ちなみに、これは魔法の杖の販促も兼ねているよ。まだあんまり売れていないみたいなんだよ。魔法の杖の基本セットを二十組限定でサンレアンの冒険者組合で販売しているんだけれど、誰もが様子見みたいでね。お値段が高めなのもあるけれど。
杖と生命石のセットで金貨五枚で販売されている筈だ。あとこれに別途魔石が必要になるけれど、それは充填用だから、各自用意してくれということだ。
ということで、火炎放射発射! 杖から放射される炎を鍋の中にぶち込む。とんでもなく荒っぽいけれど、これでも一応お湯を沸かすことが出来る。あれだ、焼けた石を放り込むのと一緒だよ。
え、全然違う? こまけぇこたぁいいんだよ!
あ、またみんなびっくりした顔でこっちを見てるよ。
「時間がなくなりますよー」
そうそう、今回の参加者さんはかなり異色な感じだ。
ドワーフが二名。鬼人が一名。人間が一名。みなさん屋台を出している方で、自分のお店を出すための資金を得るために、今回の大会に応募したようだ。
今回は前回と違って、優勝者への褒賞は賞金:金貨二十枚だけだ。日本円換算だと、だいたい二百万とちょっと。二百三十万くらいかな?
茶髪のドワーフさんは、バレを作っているね。ジャムなんかが準備されてるから、私が去年屋台で食べたやつみたいなのを作るのかな? ……いや、かなり薄く焼いているね。クレープっぽいものかな? ほほぅ。
もうひとりのドワーフさんは……なにをやっているんだろう? 皮を剥いたバレ芋とジャガイモを交互に金串に刺してるけど。お湯を沸かしてるね。え、あの状態のを茹でるの? 茹で上がったのを串に刺した方がいいんじゃないの? ジャガイモは煮崩れしそうな気もするけど……。まぁ、いいか。
鬼人のお姉さんは、普通にバレ餅? いや、違うな。網が用意されているし。え、もしかしておせんべい? いや、ジャガイモせんべいなる物があるのは知っているけれど、微妙に里芋、山芋っぽいバレ芋でできるのかな? 小麦粉との配合を変えているんだろうけれど。
そして最後の人間中年男性。普通に煮物を作っているよ。見た感じはけんちん汁みたいだね。
おっと、お湯が沸いたね。お湯を他の鍋ふたつに少し移してと。それじゃ大鍋にはリリアナさんが剥いてくれたジャガイモをどぼんと。五分で茹で上がるから、茹で上がったらバターで炒めてデスソースを加えて爆裂ポテトを作ってしまおう。
別の鍋のひとつにはサツマイモをどぼん。これはちゃきん絞り用だ。
そしてもうひとつ、片手鍋の方には粉末出汁(乾燥させた昆布を砕いて粉末にしたもの)を加えて、じゃがいもと人参、玉ねぎ、草猪のバラ肉をフライパンで炒めてからお鍋に。醤油とお砂糖で味を整えてやれば肉じゃがだ。白滝がないのが悔やまれるな。
それじゃかき揚を作って行こう。
ボウルに小麦粉入れてー、水入れてー、溶いてー、ジャガイモの細切り放り込んで混ぜ込んで、あとは揚げる。
~♪
鼻歌混じりで揚げていく。
本当は揚げたてを食べてもらいたいところだけれど、試食の順番待ちがあるからね。それは諦めるしかない。ということで、先にこうして揚げちゃってるんだけれどね。
よし、かき揚完了!
ジャガイモはどうかな? 串を刺して茹で加減を確認する。うん。大丈夫。
お湯を切って、また鍋にじゃがいもを戻して、その上からチーズを下ろして、特製デスソースを二滴ほど落として、蓋をして一気に振る。粉吹き芋みたいな作り方をしているけれど、これで大丈夫かな。デスソースの関係上、落としたところに辛味が集中するだろうから、どうにかならないかという苦肉の策なんだけれど。
出来上がったものを大皿に出し、ちょっと味見。
……だ、大丈夫そう? あ、辛っ。ま、まぁ、このくらい……痛っ。あ、やば。思ったより酷いぞこれ。昔、お兄ちゃんに連れていかれた激辛カレーよりはマシだけれど。
これは山羊乳も一緒に出した方がよさそうだ。
つぎはちゃきん絞りだ。
茹ったサツマイモを潰して、山羊乳とお砂糖を加えて練って、それを布巾でぎゅっと絞る。
……予定していたよりもちょっと多くできたな。十個の予定だったんだけれど、十七個もできたよ。これはみんなで味見してしまおう。
どれ、ひとつ味見……よし。いい出来。
おさらにふたつ載せてと。
「リリアナさん、お口開けてください」
「キッカ様? な――うぐ!?」
ポテトチップを揚げているリリアナさんの口に、ちゃきん絞りをひとつ放り込んだ。一口サイズだから問題ないだろう。
それじゃ、次は焼き芋をひたすら作っているティッカさんだ。アシスタントをお願いしたけれど、一番面白くないお仕事担当になっちゃったからなぁ。あとでなにかリクエストを聞いて作ってあげよう。でもその前にこれだ。
ティッカさんの口にもちゃきん絞りを放り込む。
……む?
なんか顔を真っ赤にしてイルダさんがこっちをみてるね。
いや、この光景に萌え要素なんてどこにもないよ? なんかそんな感じの視線だけれど。
私、今、鎧エプロンだからね。しかも玉ねぎ鎧だよ。
ユーモラスなデザインの鎧が、ちゃきん絞りを食べさせてるだけだからね?
こうして、予定していたひと通りの調理は終わったのです。
誤字報告ありがとうございます。