342 料理対決は開催される
眠い。
昨日もそうだったけど、なんだろう、すっごい疲れてる気がするんだよね。疲れてないんだけれど疲れてる感じ。そんでもって、なんだかお腹が膨れてる感じ。
この異常に燃費の悪い体は、朝には空腹で仕方ないんだけれど。いや、食べなくても死なないんだけれどさ。
……。
……。
……。
ははは。考えてもなにも浮かばないや。そもそも私は物事をあれこれ考えるのは嫌いなんだよ。いちいち気にして考えてたら、きっととっくの昔にどっか高いところから飛び降りるか、枝ぶりのいい木からぶらさがるかしてただろうし。
それだけは絶対に避けなくちゃいけないからね。だから私はいちいち考えない。臨機応変と嘯いた行き当たりばったりでここまで来ちゃったんだから、いまさら頭を使おうとか無理なのよ。
なんだか気味が悪いけれど、悪いことになっているんなら、きっと神様方がなにかしら警告をしてくれるでしょ。
……いや、リリィなら知ってるかな? 多分、なにかあったとしたら私の寝ている間だろうし。
ということで訊いてみよう。
『……知らない』
……。
なんだろう。いま、間がなかったかな? なにが厄介って、リリィには加護の類が一切効かないんだよ。だから嘘をつかれてもそうだと分からないのよ。
『本当に?』
『本当だよ』
じぃ……。
手に持ったリリィをじっと見つめる。
くそぅ、表情固定のビスクドールの顔色なんてわからないよ。こういう時に限って、こやつはいつもの無表情の顔芸をやらないし。
『ふたつで十分ですよ! 分かってくださいよ!』
なにを云っているんだお前は。
おはようございます。キッカですよ。
どうにも昨日につづいて、いまひとつ調子がしっくりしないけれど、まぁ、概ね元気……かな?
さて、本日は料理対決ですよ。
出す料理はいろいろ模索してはいたんだけれど、いまだに決めかねているんだよ。
いや、調理中のパフォーマンスを考えるとさ。去年はお肉を叩くあれがインパクトがあったわけだけれど。
今回は地味かなぁ。
そういや、恰好はどうするのがいいんだろ? 去年はフルアーマーで行ったわけだけれど。一応、確認しておこう。
「キッカちゃん次第かしらねぇ?」
朝食時、エメリナ様はこう仰った。
「私次第ですか?」
「そう。去年も云ったけれど、勧誘をする者が出てこないとは云えないのよねぇ。たとえ相手が伯爵相当だとしても、所詮は相当だろう? といって、金貨で殴りつけてくるような輩はいるのよ」
金貨で殴りつけてって……あれか、札束で叩いてくるって表現と一緒かな? あぁ、さすがにそんなのは嫌だなぁ。
「まぁ、キッカちゃんはお金持ちになっているから、そんなのは無駄なんだけれど、それを知らない人は多いでしょうしね」
「勲章をつけていけばどうでしょう?」
「うーん……一般には勲章の認知度が低いから、あまり意味はないんじゃないかしら? 伯爵相当の勲章なんて、今年キッカちゃんの為に造られたようなものだし、貴族間でも知っている者は限られていると思うわよ。一応、絵図で連絡は来ているけれど」
私はどこのワーカホリックなドイツ軍兵士だよ。いや、あの人のやらかしたことは、普通に頭がおかしいとしか思えなかったからね。記録を見たけれど、なんで重症なのに爆撃機に乗ってヒャッハーとかしにいくのさ。しかも出動記録を偽造して、おとなしくベッドで寝ていたことにして戦争しにいくとか。
そんな有様でやたらと戦果をあげるから、ついにはあげる勲章がなくなって、新しく勲章を作る羽目になったというのは有名な話だ。
「……今年も大人しく鎧で参加しますね」
「作業しにくいと思うけれど、お願いね」
「それでエメリナ様、今年のゲストはどうなっているんですか?」
私は尋ねた。昨年は、組合長であるカリダードさんと国王陛下がゲスト審査員として来ていたんだよね。カリダードさんは組合本部へ異動となってサンレアンにいるから……あぁ、そうか。いまは総組合長が来て居るんだっけね。ティアゴさん。
国王陛下はどうなんだろう? やたらとフットワークが軽いけれど、去年は無断で来ていたために、あとで王妃殿下にこっぴどく叱られたとか聞いたけれど。
「今年も去年と同じ感じかしらね。冒険者食堂の責任者と組合の代表。ことしは総組合長ね。そして国王陛下」
「大丈夫なんですか? 去年は飛び入りで審査員になって、そのあとも打ち上げに参加していましたけれど、確か王宮では行方不明になったって大騒ぎになってたんじゃ!?」
そう。大騒ぎになってたんだよ。国王陛下は大丈夫っていってたけれど、全然大丈夫じゃなかったんだよ。審査員をしていたことは判明して、王宮から捜索にきた人もいたらしいんだけれど、その時には打ち上げで冒険者食堂の二階に引き籠っていたから、気付かれなかったんだよね。冒険者食堂の一階は、新商品がイベント後から始まったこともあって、お客でごった返していたし、二階の貴族スペースは、当時はまだ極一部の人しか知らなかったこともあって、見事陛下は隠れおおせたんだよ。
なんか、お仕事をふたつみっつすっぽかしたみたいなんだよね。
当人はお酒飲んで料理食べてはしゃいでらしたけど。
私? 私は料理を作りまくってたよ。いや、厨房がもう完全な修羅場状態で、お皿を洗うほうに人を回すことも出来なくなってたからね。基本的に二階の打ち上げ用の料理が大半だったけれど。
「今年はきちんとスケジュールを取ったらしいわよ。また打ち上げにも参加するらしいわ」
「城下の小イベントが、国王陛下公認の国家イベントみたいになっちゃいましたね」
「そうねぇ。でも規模は大きくしないわよ。さすがにあれ以上大きくすると、試食がねぇ」
あぁ、食べきれませんよね。今年も参加者は四人。ゲストの私を含めて五人ですからね。
「それでキッカちゃん。なにを作るのか決まったのかしら?」
「はい。なんとか決めました。昨年にくらべると地味になるのは仕方がないと諦めました。それと、エメリナ様には目新しい料理にはならないかと思います」
「あら残念」
「お芋関連の料理はあらかた出しちゃったんですよねぇ。そもそもジャガイモは、そのまま蒸かしただけでも美味しく頂けちゃいますからねぇ。じゃがバターなんてジャガイモ料理の代表のひとつですよ」
あとは肉じゃが。……そうだ、肉じゃが作るか。お肉は鹿か猪になるけれど。
「お姉様、今年は私も行きます」
リスリお嬢様が宣言した。その手には、すっかりイリアルテ家では定着した食パンがある。一時期、「焼いたパンをまた焼くのですか!?」と、トーストに驚いていた頃が懐かしいよ。
「イネスお姉様が王弟殿下と一緒に見学にくるそうですよ」
「クリストバル様もですか?」
「今回の食材の提供は農研からなのよ。試験栽培がことの外上手くいったみたいで、余剰分を回してもらったの。家族特権みたいなものかしらね」
そういえば、今年から選定した貴族領へと種芋の配布が始まったんだっけ。
一日の勲章伝達式後の食事会で、ナバスクエス伯爵と話した後に、ディルガエアの端っこ、えーっと、南西部のアンラと帝国との国境に接している男爵領の領主様が挨拶にみえてね。サツマイモの栽培権を手に入れたらしいんだよ。土地がやせていて、ルナ姉様の祝福があっても作物がうまく育たない場所だったらしいんだけれど、サツマイモが良く育っていると泣いてたよ。
この時点で、あれ? とか思ったんだよ。農研で一度、サツマイモの栽培は失敗しているんだよ。ほら、土地が肥えすぎてて、芋が育たず葉っぱがはびこってしまって。で、私が原因を教えたわけだけれど、それを聞いてこの男爵さんのところに試験栽培をお願いしたみたい。上手くいけばそのまま育ててくれという条件で。
この男爵領、特産物もなく、まさに貧乏貴族だったわけだけれど、サツマイモのおかげで光明が見えたと私の手を取ってぶんぶんと振り回されたよ。
いや、喜んでもらえてなによりだよ。この男爵様、見た目が“戦闘力たったの五か、ゴミめ”とかいわれた農夫みたいで憎めない感じの人なんだよ。朴訥というか純朴と云うか。貴族として大丈夫なの? というくらいに。
なんか、一大産業になっているみたいだから、サツマイモが広まるのもそう時間がかからないだろう。
そういった意味では、今回ギャラリーに配る予定の焼き芋はいい宣伝になるかな。
そんなわけで、準備をして、冒険者組合へと向かっていますよ。冒険者組合は狩人の狩って来た獲物とかの受け入れもあるから、基本的に街門広場に接したところにある。要は街の端っこってとになる。
王都の冒険者組合本部は東門広場。他の北、西、南には、獲物の受け取りを行うだけの簡易事務所があるだけだ。
さて、その広場には今年も審査員席と簡易厨房が作られ、周囲には観客が集まっていた。
さすがに客席とかを勝手に作ることはできないから、ギャラリー皆、立ち見が殆どだ。
イリアルテ家からは、主催者であるエメリナ様。そして今年は予定をしっかりと空けて、リスリお嬢様とアレクサンドラ様が一緒だ。ダリオ様は相変わらず、アキレス王太子のお手伝いをしているようだ。王都に来ると必ず助力を頼まれるあたり、かなり信頼されているのだろう。
リスリお嬢様曰く、ダリオ様はいまひとつ頼りにならないと、辛辣な評価をされているけれど。でも昨年のワイバーン騒動の時には、しっかりと私の動向とかをチェックしている辺り、結構な切れ者だと思うんだけれどね。妙な動きをしていたのは確かだけれど。
いや、なんというか、私がワイバーンを落として回っていたと疑ってるって、エリーさんから聞いたからね。エリーさんはエリーさんで、どっからその情報を仕入れて来たんだと怖くもあるけど。さすがは月神教の諜報(それも上級?)というところか。
バレリオ様は相変わらず新ダンジョン関連の人事で忙しい模様。……あれ? 国王陛下、こっちに来てていいの? 一緒に頭を悩ませていなくちゃいけないんじゃ? ……まぁ、いいか。一日程度の遅れでなにかが変わるようなことでもないだろう。ダンジョンは逃げないんだし。
そうそう、アレクサンドラ様はもの凄くご機嫌だ。どうも手鞠作りに酷く嵌った模様。小さな手鞠ふたつをストラップのようにして、腰の所から下げている。ベルトがあるわけじゃないから、縫いつけてあるのかな。意外なことに、いい感じにアクセントになっていて凄い合っているんだよね。この辺りはセンスの高いアレクサンドラ様ならではかな。私が真似ると滑稽なことになりそうだ。
ということで、会場入り。私はメタルボーンアーマーにエプロンを付けての参加だ。鉛色の鎧にピンクのエプロンというのは、どうみても似合っているのかいないのか。少なくともデザインがユーモラスな玉ねぎ鎧じゃなかったら、みっともないことこの上なかったことだろう。
「リリアナさん、ティッカさん、今年もお手伝い、よろしくお願いしますね」
「お任せくださいませ、キッカ様」
「その、私のことは犬とでもお呼び頂ければ」
いや、だからティッカさんはなんで自分の名前に折り合いがついていないのさ。いまだに私と名前と(アムルロスでの)発音がほぼ一緒なのがダメなの?
なんかその言い回しだと、私の名前は犬に付けるのがお似合いだって云われてるみたいなんだけれど。
そのことをいったら平伏された。勘弁して。
リリアナさんに視線を向ける。
「ティッカはキッカ様を信奉していますから。もちろん、私もですが」
「えぇ……私は宗教の開祖とかにはなりませんよ」
「さすがに宗教云々はありません。私はディルルルナ様を信奉しておりますから。ですが、敬愛し、師と仰いでいるのも事実です」
は? 師? いや、なんのことよ。一緒に料理を作ったこととかしたけれど、正直、調理の腕はリリアナさんのがずっと上だよ。
私は家庭料理レベルだし、基本ものぐさだから腕も一定のところからあがらないしね。
「おかげさまで、【神の霊気】を使うことができるようになりました。これで、もう二度と不死の怪物に後れを取ることはございません。またしてもゾンビの襲撃などがあるようでしたら、見事亡ぼしてみせましょう」
ぐぐっと、リリアナさんが拳を握る。
【神の霊気】を使えるようになったんだ。ということは限界を突破したのか。凄いな。でもこれから先はちょっと修行をゆるめるように云った方がいいかな。変質する可能性がでてくるから。この様子だと魔物化とかはなさそうだけど、エルフ化とかしそうだ。
ということで、ちょっと注意をしよう。
「へ、変質ですか?」
「そう。可能性があるから、ここから先は、ゆっくりと魔力を体に馴染ませないと危ないらしいよ」
「わかりました。気をつけます」
と、リリアナさんは答えたんだけれど……。
「でも、エルフ化したのなら、イリアルテ家に暇願いを出した後には、キッカ様に仕えることができますね」
いや、ちょっとなにを云いだしているんですか、リリアナさん。
そしてティッカさんはなにを羨ましそうにリリアナさんを見てるの?
あれ? 私ってそんなに人気があるの? せいぜい、抱き枕枠くらいと思っていたんだけれど。主にこの無駄な胸の弾力のおかげで。
そんなやりとりをしつつ、控室で待つこと暫し、ついに料理対決がはじまった。
会場入りし、今年も司会進行を務めるイルダさんが拡声魔道具のスイッチを入れて会場の中央へと進む。
奥には審査員の皆様。あ、料理協会……だっけ? の会長さんは、今年はちゃんと審査員席にいるね。
はて? すると、今年の解説役はだれがするんだろ?
そんなことを考えていると、イルダさん大会開催の挨拶を始めた。
イルダさんが大仰に両手を広げ、朗々と台詞を読み上げる。
「私の記憶が確かならば――」
ぶふぅっ!?
かくして、私は噴き出す中、料理対決は開催されるのでした。
誤字報告ありがとうございます。