339 アレを阿呆などと云えない
まったく、なにをやっているんだろうな、私は。まったくらしくない。
行動に無駄な遊びが出てきている。徹底的に絶望させよう、或いは、完膚なきまでに破壊しようというわけではない。
単に、その選択の結果を見たい、という欲求からの行動だ。あの愚かな皇帝の、選択を間違えたと思い知った顔を見たいというだけの。
あれから皇帝の胸にナイフを突き立てようとしたところ、皇帝がごねだしたのだ。
いや、それも至極当然のことか。ナイフで突かれようとされたなら、誰でも騒ぎ立てるというものだ。
曰く、私、【ゴースト】は神子の代理としてきたのだろう? 報復は代理任せになどせず、当人が来るべきだ。というようなことを宣ったのだ。そしてその言に私は乗った。
その方が面白いというだけの理由で。なにせ“私”には暗殺者相手にやらかした事実があるからな。あのことはそれなりに教会暗部には知れ渡っていることだ。
これではアレを阿呆などと云えないな。
さて、前庭まで戻ってきたわけだが、準備をするとしようか。ひとまず皇帝には『ボクがやる以上に、酷いことになるよ』とだけ言い残して来たからな。人的被害だけにしておく予定だったが、適当に城も破壊するとしよう。ただ、やりすぎて倒壊するような事態は避けなくては。
巻き込まれて生き埋めにでもなったら目も当てられない。間抜けの極みだ。
さて、【不可視の指輪】で姿を消している間に着替えを済ませてしまおう。
恰好はいつもの黒のゴスロリドレスにレース編みの黒い帽子。アンララー様に頂いた髪色変更のペンダント。今回はバレッタは無し。髪はまとめずそのままで行こう。他の装飾品はブレスレットにイヤリング。あぁ、あと装飾品ではないが、目隠しはしていく。もちろん、これもアンララー様から頂いた、目を覆い隠してもきちんと見ることのできる黒い布の目隠しだ。そうだ! 薬壜ホルダーも装備しておこう。太ももに装備するホルダーだ。良くナイフなどを装備しているアレの薬壜版だ。これには回復魔法魔力軽減の付術をしてあるからな。
こんなところでいいか? 魔法も回復、攻撃、召喚は使い放題となっているし、問題ないだろう。防御面に不安はあるが、これに関してはこのままで構わない。
よし。それじゃ、姿を現わす前に護衛をだしておこう。
インベントリからオートマトン、ミーレスを二体。そして前庭で適当に暴れさせておくために、システルニーナも出しておく。
これでよしと。あぁ、そうだ。システルニーナには、天に向けて火炎砲をぶっ放して貰おう。こちらを伺っているであろう、城下に対するパフォーマンスだ。
さて、指輪を付け替えて、あらためて進むとしよう。
さぁ、皇帝陛下。君は本当に愚かだ。【ゴースト】に粛清されておけば、テスカセベルムの王と同様の、僅かな恐怖に怯えて暮らすだけで済んだものを。
私は残酷だぞ。
怯え、遠巻きにこちらを伺っている生き残った兵士たちをよそに、私たちは堂々と正面から城内へとはいる。真っすぐ皇帝の元へと進む前に、適当な部屋へと入り、準備をおこなう。
付術台をとりだし、金の指輪ふたつに付術をする。これで必要なものの準備は完了だ。
部屋を出、誰もいない通路を進む。時折、轟音と共に地面が揺れる。システルニーナが派手に暴れているようだ。システルニーナには城壁や兵舎などを破壊するように命じてある。日本の城でいうところの本丸、今、私たちのいる場所と礼拝堂の破壊は禁じておいた。下手に破壊などして、倒壊でもしたらさすがに私でも助からん。礼拝堂に関してはいわずもがなだ。あぁ、厩に関してはなにも命じなかったな。もし馬を殺してしまったら、少しばかり心が痛むな。まぁ、生き残った兵士共が逃げ出すのに使っていることを願おう。
城内に残っている皇帝以外の連中は、先に確認した時と同じ場所に留まったままだ。ここまで派手に騒いでいるのだ。待機している、というわけでもないだろう。
部屋の隅にでも縮こまって、ガタガタと震えているのだろうか? 神に祈っているのかどうかは定かではないが。
まったくの邪魔をされることもなく、私は易々とつい先ほどまでいた場所にまで辿り着いた。
近衛ふたりの死体が転がる部屋の前。
扉は開け放たれたまま。
そして皇帝はその扉に潜んでいる。ははは、本当に期待を裏切らない皇帝陛下だ。あぁ、まったくもって【生命探知】は便利だ。快哉を叫びたくなる。
ふふふ。せっかく皇帝陛下も悲壮な思いであがいているのだ。ならば、ここは乗ってあげよう。
私は二体のミーレスを背後に従え、無造作に室内へと踏み込んだ。
直後、私の前に飛び出した皇帝は、手にしていた短剣を私の胸に突き立てた。
勝ち誇った、いや、安堵した? そういった感情を綯い交ぜにした引き攣った顔をした皇帝は、たちまちミーレス二体に殴られ、取り押さえられた。
笑い声が響き渡る。
私を殺せたことが、事の他うれしいのだろう。
それを見ながら私は歯を剥き、サメのような作り笑いを浮かべた。
その私の様子を見ていた皇帝は、尻切れトンボのように笑い声を途切らせた。
よろけもせずに突っ立ったままの私は、胸に刺さったナイフを無造作に掴み、一気に引き抜いた。たちまち私の体を金色の光が包み込む。
ケホッ。
多少、肺も傷ついたのだろう。軽く咳き込み、喀血する。だが問題はない。昨年のように傷を放置するようなことはしているわけではない。
なにより即死級の傷だ。ナイフを引き抜くと同時に発動した【死の回避】が、たちまちの内に傷を修復する。
「……あぁ。痛みは酷いが、心臓が止まったところで苦しくなるということはないのだな。まぁ、激しい運動などをして酸素を大量消費している状態であるならともかく、ただのんびりと歩いているだけなら、血中の酸素のみでも問題ないということか」
手の甲で口元を拭う。たぶん、頬の方まで血の跡がついているだろうが、今この時ばかりはいい演出だと思おう。
私はあらためて皇帝に視線を向けた。私の【陽光の指輪】による光の下、その姿ははっきりと見て取れる。
「はじめまして、皇帝陛下。帝国では、初対面の相手の心臓にナイフを突き立てるのが礼儀なのだろうか? また随分と斬新な挨拶なことだ。なるほど、どんな相手とも対話はしない。交渉もしないということか。全ての事柄は自分が決定し、他者はそれに唯々諾々と従え、ということなのだな。まったく傲慢じゃないか。実に不愉快だ」
きっとあれなら、『挨拶』を『挨殺』と頭の中で文字を変えつつ、会話をするのだろうな。などと、馬鹿げたことが思い浮かぶ。
皇帝は顔をひきつらせたまま、ただ私をじっと見つめている。
「ふむ。皇帝陛下、あなたが私を呼びつけたのだろう? なにか云ったらどうだい? それとも、この無粋なナイフがあなたが用意した言葉の全てだということなのかな?」
「なぜ……なぜ生きている?」
「ん? あぁ、ディルルルナ様より頂いた加護の力だよ。この辺りの事はかなり知られている筈だが? 特に隠したりはしていないからね。当然あなたも知っているだろう? 帝国にだって、諜報員のひとりやふたりいるのだろうし」
私はつい先ほどまで私の胸に突き刺さっていたナイフを指先で摘まんで、プラプラとさせた。その刃は私の血で濡れている。
皇帝は大きく見開いた、血走った目で私を見つめたままだ。
「わ、私を、私をどうするつもりだ? 皇帝である私を手に掛ければ、どうなるのか、知った上でのことだろうな?」
「私が私を殺した相手に報復することになにか問題でも? 国家の問題? そんなものは私の知ったことではないよ。そもそも私はどこの国にも属していないからな」
首を傾げ問う。顔には口を開いた笑みを浮かべたままだ。さぞかし気味の悪いことだろう。
皇帝は口元を引き攣らせた。
「私を殺したりしなければ、私も交渉次第ではなにもせずに帰ったかも知れない。でもね、皇帝陛下。あなたはもう行動を起こしてしまったのだよ。私の心臓に、こんな安物の刃を突き立てた。だから、これから起こることはどうやっても変えられないし、変えるつもりもない」
黒檀鋼の短剣を抜く。
この期に及んで逃げ出そうとバタバタと暴れ始めた。だが人の力ではオートマトンの拘束から逃れるのは無理というものだ。
「大丈夫、私はあなたを殺したりはしないよ」
そういって今度こそ、私は皇帝陛下の胸に短剣を突き立てた。
私が行ったこと。それは胸を切り開き、心臓に、大動脈と大静脈に金の指輪を嵌めただけだ。こんな場所に装備したわけだが、それでもしっかりと効果は発揮している。
ひとつは【恐怖】と【火炎】の付術の施された指輪。【恐怖】はいわずもがな。そして【火炎】は、攻撃魔法を使えるようになる、などというものではなく、装備者に炎ダメージを与え続ける効果だ。呪いの指輪のようにも思えるが、外せなくなるわけではないのだから、単なる欠陥品といえよう。
もうひとつは【自己回復力増強】。いわゆるリジェネレート。回復魔法が掛かり続けるというわけではなく、肉体の回復力、再生力を増強する指輪だ。これに関しては少しばかり苦心した。なにせ【火炎】の炎ダメージを丁度相殺するように調整したからな。
このふたつの指輪の効果により、皇帝は残りの人生、気の触れることのできない程度の恐怖と、延々と身を焼き焦がされる苦痛に苛まれることになるだろう。肉体が焼ける側から回復するのだから、命に別状はない。ただ延々と火あぶりにされる感覚を味わい続けるだけだ。
もしこの苦しみから逃れたければ、いましがた私がやったように胸を切り開き、心臓の血管を切って指輪を外せばいいだけだ。
この作業をするに当たって、胸に短剣を突き立てたところやたらと暴れられて面倒だったため、一度首を落としてから胸を切り開くという方法を取った。
なに、首を斬り落としても、脳が機能停止するまで約五分は猶予はあるのだ。その間に胸を掻っ捌いて指輪を引っ掛け、あとは究極回復薬をぶっかければいいだけだ。最後に、心臓を再起動するために電撃を撃ち込めば作業は完了だ。
作業開始から三分と掛かっていない。これならなにかしら後遺症がでることもないだろう。……多分。少なくとも、あの暗殺者は精神に異常をきたしただけで、肉体面ではなんの問題もないと聞いているからな。きっと皇帝陛下も大丈夫だろう。あの暗殺者は、複数回連続して殺したからおかしくなったのだろうし。
さて、システルニーナを回収して帰るとしよう。
私は意識を失ったままの皇帝の状態を確認すると、帰るべく執務室を後にした。
あぁ、そういえば教会が帝国に対して聖戦を起こすとのことだ。礼拝堂の破壊もあってか、ナルキジャ様が焚きつけたようだ。
きっと明日の帝都は、騒がしくなることだろう。
誤字報告ありがとうございます。