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338 覚悟はいいかな?


 思うところがあって、城内に入る前に礼拝堂へと足を運んだ。礼拝堂正面の大扉は開け放たれたままになっていた。


 スケルトン兵に先導させ、中へと入る。そしてその状態にため息をついた。


「やりやがったねぇ……」


 礼拝堂内は酷い有様だった。打ち倒された神像。砕き割られたシンボル。


 ははは。神を信じないのは結構なことだが、これを行ったバッソルーナがどうなったかくらいは、情報を得ているだろうに。それとも、馬鹿馬鹿しいと一笑に付しでもしたのか? まぁ、教会相手に戦争をするつもりで兵を集めていたんだ、すぐ目の前のここを破壊するのは当然か。


 先ほど壊滅させた兵士共がその兵なのだろうが、神を殺すには練度が足りなすぎるな。少なくとも私と同レベルの人間であの数を揃えないと。それでようやく、じゃれつく子猫程度のことはできるだろう。


 つんつんとスケルトン魔術師が私の肩をつついた。見ると、礼拝堂の奥の一点を指差している。


 僅かに無事に残っていた長テーブルと椅子のところに、やたらとでっぷりとした人物が座っていた。この灯りもなく、真っ暗な中で、その人物はひとり頭を抱えているようだ。


 ふむ。あの服装から察するに、神官のひとりだろう。昨晩会ったシスターの上司だろうか? ……にしては、神官らしからぬ姿だな。法衣がはち切れんばかりじゃないか。不摂生もいいところだ。


「やぁ、こんな暗い中、なにをしているんだい?」


 声を掛けてみる。ビクリと震え、突っ伏していたテーブルから身を起こして辺りを見回しているが、私を見つけることはできないようだ。


 あぁ、そういえばここは真っ暗なハズだ。外も雲って暗いとなれば、まったくの闇となっているだろう。


 私は【灯光】を近くの床へと掛けた。楕円形の光の玉が床へと当たり、そこで発光をはじめる。その灯りではじめて私を視認した神官は、私の姿に驚いたのか、腰を抜かしたように椅子から転げ落ちた。


「やれやれ、傷つくじゃないか。ボクも君と同じく教会に属している者なんだが」

「し、【粛清者】!?」

「なんだ、知っているじゃないか。あぁ、ボクは【ゴースト】というんだけれど、見知り置く必要はないよ」

「わ、私を、殺しに来たのか?」


 やたらと怯えているな。


「へぇ、そんなことをいうってことは、思い当たることがあるわけだ」


 そういって、私は演技がかった振る舞いで辺りを見回す。あぁ、もちろん、無防備にというわけじゃない。スケルトンたちが護っているからできることだ。


「この酷い有様はなんだい? 君はここの責任者なんだろう?」

「わ、私の、私のせいじゃない。私はこんなことを望んでは――」


 尻餅をついたまま這いずる彼のそばに屈む。


「ねぇ、君は神を信じているのかい? さっきは祈りもせずに頭を抱えていたようだけれど」


 囁く。


 彼は怯えたように後退ろうとし、背後に立っていた英雄スケルトンの足に阻まれた。逃げられないその事実に、彼はまた頭を抱えた。


「なにを怯えることがあるのさ。“はい”か“いいえ”で答えられることじゃないか。さぁ、早く答えるといい」


 ははっ。なんだろうね。ちょっと楽しくなってきたよ。私がこんな感情をもつなんて、これこそ異常事態だ。はははっ!


 そして彼は答えた。【看破】が反応する。嘘確定だ。昨晩のシスターの言の裏付けがとれたということだ。それにしてもこの状況で嘘を云えるとは、この怯えた様子も演技ということか? まぁ、どうでもいいな。


「安心するといい。君はボクがここで始末するよりも、教会に処分を任せた方が面白そうだ。審神教神官の立会いの下、己の罪を懺悔するといい。もしかすると、許されるかもしれないよ?」

「な、なにを云って……?」

「あの皇帝の元で上手く立ち回っていたのだろう? どれだけ金を集め、どれだけ金を撒き、どれだけ金を懐にいれたのかな? せめて痩せ細った姿であれば、適当な言い訳をしても説得力があったかもしれないね。

 君は嘘をついた。もはやなにを云っても信用するに値しない。実を云うとね、君に関しては少しばかり調べたんだよ」


 彼の目が見開かれる。


「そうだ。折角だし練習しよう。いきなりやったのでは、きっと手際が悪くなるからね」

「なにを云って――」

「彼を取り押さえて」


 スケルトンたちが彼をしっかりと押さえこむ。これでちょっとやそっとでは身動き一つできないだろう。


 私は懐から短剣を抜いた。【ゴースト】に持たせる短剣として選んだのは魔人の短剣。一応は暗殺者であるのだから、光を反射しない色味の短剣とした。黒檀鋼の短剣は、私が普通に使っているからな、さすがにそれを使うわけにはいかない。


 血のような赤いラインの入った禍々しいデザインの短剣。それを目にした彼は体を硬直させた。なんとかこの状況から逃れようとしているようだが、スケルトンたちはビクともしない。


「大丈夫。約束した通り、ボクは君を殺したりしないよ。安心するといい。うっかり殺してしまっても、すぐに生き返らせてあげよう。それじゃ、はじめようか」


 彼はなにごとが云ったようだが、そんなものは聞き流し、私は彼の胸に短剣を突き立てた。




 【生命探知】の指輪を装備する。これで指輪は【夜目】【攻撃魔法魔力軽減】【召喚魔法魔力軽減】と合わせて四つ。指輪四つは少々見栄えが悪いな。隣り合った指に嵌めると、効果が発揮されないという謎仕様だから仕方がないが。


 覇者スケルトンが閉じられた正面扉を大斧で粉砕する。手にしている大斧は竜骨の大斧だ。竜の肩甲骨より削りだした逸品だ。もう一体の覇者スケルトンの得物は竜骨の大剣。二体とも非常に物騒な感じだ。


 英雄スケルトンは、一体が竜骨装備フルセット、もう一体が黒檀鋼装備フルセットと、こちらもかなり物騒な様相だ。


 スケルトン十体と共に、堂々と正面から城内へとはいる。城内は明るかった。それこそ、現代の建物のように。ダンジョンから産出された道具、技術をもとに灯りがとられているようだ。電気ではなく、魔力で輝かせているのだから、魔灯とでもいえばいいのだろうか? それが天井から吊るされている。


 見た目的には、裸電球が吊るされているような感じにも思える。さすがに形状は裸電球ではないが、それを連想させる。


 この灯りなら【夜目】は不要か。というよりも、明るすぎてやや問題だな。【夜目】の指輪を外し、代わりに【陽光】の指輪を嵌める。これで、灯りの無い場所に入ったとしても問題はない。せいぜい、私が不意打ちできなくなるくらいだ。もっとも、スケルトンたちと共に行動するのだから、不意打ちをする予定はない。


 玄関ホールにたち、周囲をゆっくりと見回す。


 人がいない。あまりにも人が居なさすぎる。


 【生命探知】の指輪の範囲は二十メートル。この範囲内には誰もいない。クールタイムも経過しているし、言音魔法の【霊気視】も使ってみよう。

 やはり人が少ない。ざっとみたところ、十数名しか見当たらない。これだけの規模の城だ。本来なら三桁の人間が常駐している筈だろうに、これはどうしたことだ? この数だと、料理人の総数程度しかいないぞ。


 まぁいい。昨日の事で、皇帝のいる場所は凡そ見当はつく。そこへ真っすぐ向かうとしよう。


 ん? 礼拝堂にいた神官? あれは放置してきたよ。もちろん、生きているとも。嘘をつくわけにはいかないからな。いろいろと垂れ流されたことには辟易としたがね。


 さぁ、進むとしようか。




 なんとも拍子抜けだ。あっさりと皇帝の執務室へと着いた。【道標】を使ったのだから迷うということはないのだが、道中、一切の妨害がなかったのだ。

 執務室前には護衛であろう近衛騎士がふたりいたが、そのふたりもスケルトン兵二体にあっさりと倒された。


 これは近衛が弱いのか、それともうちのスケルトンが強いのか、判断を迷うところだ。こっちとしては手加減のつもりで最弱のスケルトン兵を当たらせたのだが。

 いくら経験を積んで強くなっているとはいえ、あっさりと騎士を切り伏せるとは思いもしなかった。確かに持っているのは竜骨の剣と神鉄の剣とはいえ、近接戦闘は武器で決まるわけでもないだろうに。


 室内にはふたりしかいない。


 さて、どうでるかな? 


 よくある映画のように、最後の障害との戦闘後にラスボス戦、という感じかな?


 スケルトン兵のふたりが、うやうやしく両開きの扉を開く。


 一際明るい執務室内。正面に見える執務机では、皇帝が両肘をつき、口元で手を組んでいる。

 そう、某アニメの指令のように。


 テーブルの脇には礼装の騎士のような恰好の壮年男性がひとり。


 素早く視線だけで周囲を確認する。怪しげな魔道具の類は見当たらない。巧妙に隠されているのかもしれないが、不明な以上、過剰に警戒しても仕方あるまい。最悪、一度までは死ねるのだ。せいぜい、意識を失わないようにするとしよう。


「やぁ、こんばんは、皇帝陛下。昨晩の予告通りに神罰を運んできたよ。あぁ、受け取りのサインはいらないよ。こっちで君の血で勝手に書くことにするからね」

「貴様……」


 皇帝が身じろぎもせずに私を睨みつける。


 ふむ。目つきがおかしいな。悲壮感が漂っている。目の下に隈があるわけでもないが、非常に疲れ果てているように思える。


「ところで、ここに来るまで誰ひとりとすれ違うことも無かったんだけれど、どうしちゃったんだい? 昨晩ボクがお邪魔した時には、結構な人数がいたと思うけれど。それはそれは楽しいパーティをしたわけだし」


 私は肩を竦めて見せた。


「誰も彼もここを離れた。それだけだ。筆頭侍女が暇取ったことを皮切りにな」

「へぇ。それじゃあ、まだ神を信じる殊勝な者もいたんだね。皇帝が神を欠片も信じていないのだから、てっきり城勤めの連中もそうだと思っていたのに」


 今夜、神罰が落ちることは、城内の者のほぼ全員が知っていたハズだ。なにしろ昨晩やったことのひとつが、その周知だからだ。


 言音魔法【声送り】で、そこかしこで囁き声を立てていたわけだが、その中で神罰の予告を何度も囁いたからな。無意味なクスクス笑い声や怨嗟の声も囁いたが。


 その声を受け、そうそうに逃げ出した者が大勢いたということだ。


 ん? もしその声を受けて、城がもぬけの殻になっていたらどうしたのかって? その時はここを更地、とまではいかないけれど、城を潰すつもりだったよ。


「ふん。それも貴様を殺し、教会も潰せば済むことだ。なんの問題も無ければ、皆戻って来るだろう」


 その皇帝の言葉を受けるかのように、控えていた壮年男性が細剣を手に立ち塞がった。


 ……細剣? いや、あれ、刀じゃないか? 鍛冶屋はいろいろと見て回ったが、刀は存在していなかったハズだ。となると、恐らくはダンジョン産か。


 ダンジョン産の刀とか云うと、出鱈目威力の代物しか思い浮かばないが。


「年端もいかぬ少女を斬るのは心が痛みますが、悪く思わないでください」


 刀を構える。その構えは示現流の蜻蛉の構に非常に酷似している。さすがに日本の剣術が伝来しているわけなどないから、この人物が実戦の果てにここに行き着いたということだろう。


 皇帝が自信満々なところから察するに、相当に強いんだろう。


 インベントリ経由で指輪を付け替える。魔力軽減指輪二種を外し、ドーピング指輪二種を装備。筋力+技巧と敏捷+知力を上昇させる指輪だ。どの能力上昇も優良だが、特に知力は必須だ。頭の回転が早くなり、知覚力が増すのが大きい。

 あぁ、頭の回転が早くなるというのは、よく、事故にあうと世界がスローモーションに見えるというだろう? そういう状態にできるんだよ。


 私は後ろ腰に差してある魔人の短剣をゆっくりと抜いた。そしてふたりの目の前で、これ見よがしに刀身を撫でる仕草をする。


「ボクのことを気にする必要はないよ。はじめよっか」


 呑気な調子でいう私に、彼はダンと踏み込み刀を振り下ろす。真っすぐ縦にではなく、横から斜めに滑るように刀が迫って来る。


 さすがに速い。けれど、こっちもドーピングで速度はおかしくなっている。


 インベントリ経由で一気に盾を装備する。装備する盾は竜鱗の盾。もしかすると竜の鱗を割って私の腕も落とすかもしれないが、威力は大幅に殺せるはずだ。死ななければ問題ない。


 左手に衝撃が走る。よし、問題なく盾で止めた。その止まった瞬間を狙い、魔人の短剣を走らせ斬り付ける。これで終わり。


 私の短剣を腕に受けた彼は、体を硬直させて転倒した。


 目を見開いたまま硬直している彼の側に屈み込み、短剣をその胸に刺しこんだ。


 はい。さようなら。


 正々堂々? そんなものは知らないな。ここにいるのは暗殺者、【粛清者】である【ゴースト】だ。さっきこれ見よがしに短剣を撫でたのは、左手に隠し持った【麻痺毒】を刀身に塗り付けるためだ。


 さすがにこうもあっさりと最後の砦が殺されると思ってもいなかったのか、皇帝は呆然としていた。


 竜鱗の盾は……ふむ。無傷か。さすが私の作った盾というところだろうか。とりあえず、あの阿呆を褒めてやりたい気分だ。恐らくこれも、調子に乗ってやらかした結果だろうが。


「さぁ、皇帝陛下。覚悟はいいかな?」




 私はスケルトンたちを背に従えながら、皇帝陛下に問うた。


感想、誤字報告ありがとうございます。

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