335 合うというならビール
競馬の方は盛況のうちに無事にレースを終えることができた。よくよく考えたら、馬の故障とか落馬とか色々と事故の可能性もあるんだよね。
実のところ、そのあたりのところが不備だらけだと遅まきながらに気が付いて、レースそっちのけで貴賓席で王妃様方と相談をはじめていたよ。
これにより、次回開催時には安全面も十分に強化されることだろう。
そうそう、アンラでも競馬場の建設が始まっているらしい。その内、アンラとディルガエアとで交流戦とか行われるようになるかもしれないね。
まぁ、現状、ディルガエアでの競馬の目玉はバイコーンなので、アンラの競走馬とは一線を画してしまうだろうけれど。アンラにはモルガーナ様に贈った番一組しかいないしね。
あぁ、それとは別にミストラル商会の事に関しての話もでたよ。王家が手を回して、食堂関連の妨害を排除したそうだ。結果として、アンラの冒険者組合(【キトリー】は海中に沈んでいるため、実質、傭兵と狩人のみの組合)にも食堂が併設されることになったそうだ。これでカニクリームコロッケが入手できるようになったと、モルガーナ様はご満悦だ。それと徹夜して作ったりしていたというのに、そのことをすっかり忘れていたリバーシ。これに関してはアンラにて今年の頭辺りから流行り初めて、なんだか社会現象を引き起こしているようだ。
ミストラル商会はこの分だと、アンラではボードゲームが主力商品、ディルガエアでは食品、香辛料を主力とした商会になりそうだね。あ、こっちの世界にもボードゲームっぽいものはあるよ。三目並べとか五目並べだけれどね。
綿あめについて。綿あめに関してまったく情報のなかった方々には結構な衝撃を与えた模様。
貴賓席にいたなかでは、オクタビア王妃殿下とマルコス宰相閣下、そしてエメリナ様とリスリお嬢さまくらいだったからね。デュドネさんがかなり混乱してたよ。他の貴族の方々、主にお嬢様方がメイドに買いに走らせていたくらいだ。モルガーナ様は製法の出所が私と知って、綿のように変化したお砂糖に関し、考えるのをやめたらしい。このことは微妙に憂慮するべきだったんじゃないかといまさらながら思っているけれど、この時は“金太郎飴とか作ったら衝撃を与えそう”とかアホなことを考えていた気がするよ。
さてさて、ただ今の時刻は夕刻の六時ですよ。もちろん、イリアルテ家に戻っていますよ。そして明日は食堂での料理対決。ということで、夕食の準備を終えた厨房をちょっとお借りしていますよ。
いや、どうにも芋料理でインパクトのあるものができなくてさ。結局、ポテトグラタンとか当たり障りのないものを作るつもりだったんだけど、ついさっきひとつ思いついたんだよ。
それは昔読んだ小説に載っていたもの。確か、アニメの小説版だったかな? かなり古いアニメで私は見たことがないけれど。で、そこに爆裂ポテト……だったかな? そんな感じの名前の料理がでていたんだよ。余りの辛さに一皿食べるために水を十杯以上飲むことになる料理。お値段最安値。ということもあって、注文する者は貧乏人かなにもしらない余所者くらいと書かれていたものだ。
こいつを作ろうと思う。もっとも、辛さは抑えるよ。明太ポテトの廉価版みたいになるかな? スパイシーな料理は結構ウケがいいのはリサーチ済みだ。サンレアンで、ベレンさんのお店で激辛コロッケが爆売れしているのがその証拠。ベレンさんはその事実に、頭を抱えているというか、持ち帰りのコロッケが一番売り上げを上げている事実に思い悩んでいるようだけれど。
いや、持ち帰りは回転率とかないからね。店頭販売で出した側から売れている状態な以上、レストランとしてのほうの売り上げが負けるのは仕方ないかと。なにせ貴族向けというか、お金持ちを対象としたお店が持ち帰りの店頭販売を始めた結果、ちょっと懐に余裕のある冒険者とかも買いに来るようになっちゃったからね。
そもそも、持ち帰り用の商品に、メンチカツも加えたのが間違いだったと思うのよ。
さて、それじゃあ、爆裂ポテトを作って行こう。辛さは抑えるから、ピリ辛ポテトって感じになるかな。
じゃがいもを茹でて、バターでソテーするだけだ。その際にデスソースをちょろっと加えるだけ。
……チーズも加えたい衝動に駆られるな。それは後で作ろう。チーズを削って用意しないと。
そんなわけで出来上がりましたよ。ででん!
「見た目には普通にジャガイモを炒めたものと変わらないな」
「そりゃ、ソースはちょこっとしか加えていませんからね。これでも結構な辛さですよ。あと二滴も追加したら大変なことになると思います」
漂う香りからして、結構キているものになっているはずだ。
では、いざ実食
フォークでぶっすりと刺して、パクリと。隣ではナタンさんも試食中だ。
うん、辛い! でも美味しい。けど、ちょっと物足りない。
やっぱりチーズを加えよう。削ったチーズをできたての上に掛ければいい感じじゃないかな?
そういえば、ジャガイモの千切りとチーズを一緒にフライパンで炒めて、オムレツっぽいものに仕上げた料理もあったな。卵を使っていないから、オムレツとは云えないけれど。
それも作ってみようか。ただ、チーズを馬鹿みたいに使うんだけれど。
テスカセベルムでくすねたチーズがまだまるごと残っているし、作ってみよう。でもその前に、チーズを掛けたピリ辛ポテトだ。
ということで、試作二品目。チーズを加えたバージョンだ。
「こっちのほうが食べやすいな」
「ソースの尖った部分が丸くなりますね」
見た目を良くするなら、なにか適当なハーブも刻んで和えるといいかな。
ということで、三皿目を作りましょう。ジャガイモは多めに茹でておいたから、あと二皿分くらいは作れるしね。
そして三皿目の試食を――というところで、
「お姉様、ズルいです」
リスリお嬢様にみつかった。
「リスリ様、夕ご飯はもう食べたでしょう」
「……なんでしょう? 凄く揶揄われているような気がします」
リスリお嬢様は顔をしかめた。
勘がいいなぁ。私もリリィに影響されて、変なネタ台詞をちょろちょろ云うようになっちゃったんだよね。今のはネタ台詞といえるものでもなく、普通の台詞になったけど。ほら「お爺ちゃん、ご飯は一昨日食べたでしょう」っていうやつが元だ。
「キッカちゃん、それは普通のジャガイモのバターソテーに見えるけど」
「例の辛いソースで味付けをしました。お酒のお供にはいいんじゃないかと」
リスリお嬢様と一緒に現れたエメリナ様に、私は答えた。
ジャガイモ、ソーセージ、ときたらビールって感じがするよ。もの凄くベタな感じのドイツな感じだ。たまーにお兄ちゃんがこの組み合わせでお酒飲んでたし。
「ワインと合うのかしら?」
「合うというならビール……エールのほうじゃないですかね」
今度は四人でじゃがいもをつつく。後ろでは料理人のみなさんが同じ料理を作って、あーだこーだと批評? している。
「キッカちゃん、ビールってなにかしら?」
「ホップという実を使って発酵させたエール……ですかね?」
答えるとエメリナ様はなにごとか考え出した。
うん。失言したね、私。でもお酒、エール関連はイリアルテ家が手を出さない方がいいと思うんだ。あまり多岐に手を伸ばすのもアレだし、すでにそっちで地盤を固めている貴族もいるしね。
というか、エール関連で一番なのはナバスクエス伯爵だって聞いたとおもう。
「実はね、キッカちゃん。ナバスクエス伯爵から、格闘兎の子供ができたら譲ってほしいって云われているのよ」
「は、はい?」
「そのビールってお酒の作りかたは知っているのよね?」
「えぇ。エールよりは作るのが楽らしいですよ。時間は倍くらい掛かるらしいですけど」
確か、温度管理がエールよりは低温で出来るから、楽だったんじゃなかったかな?
「それじゃ、伯爵のところでそのビールを作らせましょう! 兎と交換条件で、醸造所のひとつでも開けてもらうわ。
あ、もちろん、きちんと契約書をつくって、キッカちゃんには相応の報酬を払うわよ」
「お母様。そこはお姉様のいい値でいいのでは?」
「そういうと、キッカちゃんお金を受け取ってくれないわよ」
リスリお嬢様が半ば目を細めて私を見つめた。
「お姉様……昨年のお婆様の努力は……」
「いや、その、私はみなさんに大変お世話になってますしね、この程度でお金を頂くのはどうしても申し訳ない気分に――」
「ですから、それだと私たちの外聞とかがですね……」
「だから値段を付けて貰っているんじゃないですか」
私は胸を張って云った。ほぼ開き直りだけれど。
いや、なんども云われている事なんだけれどね、どうしてもさ……。
私がお金のことでこうも躊躇するのには、一応、理由もあるんだけれどね。いや、私を産んだあの女が原因なんだけれどさ。なんというか、正当な報酬であるんだろうけれど、どうしてもアレと同じ人間になったような気がしてね。それだけはどうしても嫌なんだよ。
くそ、今も思うけれど、あの時に絞め殺しておけばよかった。あぁ、でも、お父さんのお葬式の時に殺人っていうのも……。いや、もうどうにもならないんだけど。
「ということで、金額はお任せします。そもそも基準が分かりません。と、発酵に使うホップは、先に農研に渡した方がいいですよね?」
「それは、それだけで食べられるものなの?」
どうだろう? 醸造に使う以外のことなんて知らないよ。そのことを素直に云うと、エメリナ様はほんのすこし考え込んだ。
「そういう作物となると、試験栽培とかは後回しになりそうねぇ。それに、醸造以外に使わないのであれば、市場も限られたものになるわね。農研には通さなくてもいいでしょう。明日にでも伯爵を呼んで話をしてみましょうか」
またあっさりと。侯爵家が呼べば、伯爵は参ずるとは思うけれど。……あれ? ということは、料理大会に呼ぶのかな?
「お酒のほうの開拓はしていなかったから、楽しみだわー」
「あまりエールと変わらないとは思うんですけれどねぇ」
そんなことを云いながら、私は不敵に微笑むエメリナ様を眺めていたのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。