334 よくひとつの国にまとまってますね
観客席中央部に作られている貴賓席へと入ったところ、私は挨拶をする間もなく抱きすくめられた。
なぜ私はこうも抱き着かれるんだろ? ……子ども扱い?
私の背丈だと、こっちだといいとこ十二、三歳くらいの扱いだしねぇ。何故に縦に伸びなかったのか。栄養バランスとか色々と考えて食事は作ってたのに。
一般観覧席……観戦席? とは隔離するように作られている貴賓席へと入ったところ、ちょいちょいと私を呼び寄せ抱き着いてきたのはモルガーナ女王。……いや、もう代替わりをしたはずだから女王ではないのか。太后かな? いや、太后だと先代の王の妃ってことになるから、ちょっと違うな。
「あぁ、此度は災難だったわね。無事で何よりだわ」
そういってモルガーナ様が力強くぎゅうっと抱きしめる。
あぁ、誘拐騒ぎに関してはもう知っているのか。さすがアンラというべきか。というか、胸に押し付けられて呼吸が困難になるという事象を、私はいま実感していますよ。地味に苦しいんですがこれ。
「姉さん。それくらいにして。キッカちゃんが苦しそうよ」
「オクタビアはズルい。キッカちゃんと触れ合えているんでしょう?」
「二ノ月に会って以来、今月まで顔も見ていないわよ」
呆れたような声で、オクタビア様が答えた。オクタビア様もなんだか微妙にごまかす云い回しをしているよ。
でも変わらず、私は抱きしめられたままだ。
私は助けを求めるように、なんとか首を回してオクタビア様に視線を向けた。
「あ~……その、ね。姉さん、昔っから娘が欲しいって云っていたのよ」
私の視線に答えるように、オクタビア様が教えてくれた。
というか、そんなベタな理由でしたか。
「いいじゃない。キッカちゃんだってまだ小さいんだし」
「小さいのは事実ですし、これ以上背丈が伸びるのも望み薄ではありますが、私、十八ですよ」
モルガーナ様が私を離し、じっと私を見つめる。
「十八?」
「はい。十八歳です。再来月には十九になりますよ」
「え?」
「元々、日本人は幼く見えますからねー。そんな中でも私は背が低いこともあってこんな有様ですし」
一人前なのは胸だけだよ。なんでここだけ育ったかな。
「姉さん、私を見ないでよ。私も驚いているんだから」
あれ?
「えーっと、組合には年齢の申告はしてあるはずですけど」
「デュドネ?」
アンラの宰相閣下……いや、いまは前宰相かな。デュドネさんが顎に手を当て考え込むような仕草をしていた。
「確か、年齢に関する情報はなかったと記憶しています、モルガーナ様」
「キッカちゃん?」
「あれ? 確か、組合に登録した時に、年齢を云った記憶はあるんですけれど」
確か云ったよね? 申請書には書いたっけ? 名前のスペルが分からなくてあれこれ……あ、そういや、名前しか書いてないね。あのあとゴタゴタして、書類の不備の部分はタマラさんが書いてくれてたんだっけ。
あれ? ということは、申請書に年齢を記載する欄がなかった?
「まぁ、年齢なんて些細な問題ね」
「むしろ、私は幾つくらいに思われていたんでしょう?」
「セレステと同じくらいかと思っていたのよ、最初は」
十歳かー……。
「その後、リスリ嬢と同い年くらいかと思い直していたのだけれど」
十三歳かー……。いや、リスリお嬢様はもう十四歳だけれど。
リスリお嬢様のしっかりさ加減を見ると誉め言葉なんだろうけれど、実のところは一般的な意味での十三歳だからなぁ。その頃の私は……かなり暴走しまくってた覚えがあるな。お兄ちゃんに色仕掛けをしかけ捲ってた頃だ。それもかなり馬鹿げた方法で。プレゼントは私、なんてことをガチでやってたアホの子だったからな、私。あああ、黒歴史もいいところだ。
あれから五年も経っているというのに変わっていないってことなのかな? 見た目と行動が一致しちゃってた感じ? 基本的に、私は思い付きで動いてるだけだしなぁ。しかもその思い付きをスコンと忘れて放置したりもするし。
冗談じゃなしに後先考えないしなぁ、面倒臭いから。
「年齢なんて些細なことよ。それでキッカちゃん、目隠しをしているけれど……まさか、今回の騒動で目を?」
「あぁ、これはいつものことですよ。私が素顔で出歩くと、平伏す人がでるので」
目隠しを外す。仮面やゴーグルではないのは、それだとこういった席ではいろいろと問題があるからだ。いわゆるTPОというやつだ。
「この通り、大丈夫ですよ」
「……知っているとは云っても、こうして間近でみると心臓が止まりそうになるわね」
モルガーナ様がたじろいだように私から離れた。なんというか、畏れ多いという雰囲気がありありと見て取れる。
「いうほど似ていないというのはご存じでしょう? 以前、私とアンララー様が並んでいるところを見たことがあるじゃないですか」
ララー姉様にお説教というか、ぶっとい釘差しをされた時に、私、パンケーキを配膳しましたよ。
私がいったところでモルガーナ様は思い出したのか、顔を少しばかり引き攣らせ――あの、オクタビア様? なんだかお顔が怖いのですが?
そういえば、オクタビア様って、アンララー様の熱心な信者でしたっけね。
「姉さん、アンララー様と邂逅されたの?」
かくして、姉妹で言い争いのようなことが始まった。
背後でデュドネさんとマルコスさんが、示し合わせたようにため息をついている。
国王陛下? 国王陛下はレース開催の挨拶をするために、別所で待機をしているよ。
さて、解放されたことだし、今のうちに席に座ってしまおう。あぁ、そうそう、綿あめだけれど、貴賓席に入ったところで、王妃殿下付きのメイドであるマリナさんに渡してあるよ。あぁ、渡したのは、私のインベントリに入れておいたやつね。さすがにここまで晒して持ってきたものを渡すのも気分的に……ねぇ、だったので。
マルコスさんに目を向けると、問題ないとうなづいてくれたので、そそくさと言い争いをしているふたりを脇を通って席へとつく。
先に来ていたリスリお嬢様はセレステ様、アレクサンドラ様と談笑中だね。バレリオ様とダリオ様は、また騎手として出場するからここにはいない。エメリナ様はバレリオ様のところかな? エステラ様とセシリオ様はまだ来ていないみたいだ。
あ、サロモン様が手招きしているから、隣にお邪魔しよう。
「やぁ、キッカ殿。無事なようでなによりだ。いや、無事というわけではなかったのだったな」
「サロモン様、お久しぶりです。ご心配頂きありがとうございます」
「ふふ、キッカ殿、安心するといい。我々とてただ黙っているつもりはないからな」
は?
「パクスアルにちょっとな。いつまでも我らを田舎者と侮っている帝国の身の程知らず共に思い知らせてくれる。可愛いアレックスを泣かせてくれおったしな」
……えーっと、私を口実に、やらかそうとしてませんか? いまの台詞に気が付いたアレクサンドラ様が困ったように苦笑いをしていますよ?
「まぁ、我々がどうこうする以前に、帝国はすでに教会を敵に回してしまったからな。今後は臣民を制するのに教会は使えんよ。それどころか、臣民が敵になりかねん状態で、どう国の舵取りをしていくのか見ものというものだ」
「教会と衝突してるんですか?」
「そのようだぞ。地神教は非公式ながらそう話しているぞ」
は、早くないかな? そういえば、水神教には報告したって大木さんが云ってたっけ。教皇猊下が脳溢血おこして倒れたとか云ってたね、確か。
大雑把に空白の四日間のことは聞いたけれど、もうひとりは何をやらかして、というか、なにを仕込んできたんだろ。
教会と組合を焚きつけたっていうのは大木さんから聞いたけど、具体的にはどう焚きつけたのかは知らないんだよ。
すごく怖いんだけれど!?
いや、勢いに任せて帝国をぶっ潰す! とか私もいったりしたけれど、さすがに今は頭が冷えて多少は穏便になってるんだよ。
さすがに戦争の原因とかになったら、巻き込まれた人たちに対して申し訳ないどころの気持ちじゃなくなるんだけれど。
なんか【陽神教】のことなんかどうでもよくなるくらいに大事になってる気がする。
あぁ、そういえば、【陽神教】がいまどうなっているのか、大木さんに聞いておくのを忘れたよ。大木さんが殺る気になってる時点で恐ろしいんだけれど、現状、どうなっているんだろ?
「キッカ殿? どうかしたかね?」
私がオロオロとしているのが見て取れたのだろう、サロモン様が心配そうな声を上げた。
「い、いえ、予想以上に大事になってしまったので狼狽えているだけです。戦争とかになったりしませんよね?」
「それは問題ないだろう。ディルガエアからの食糧供給が途絶えるのだからな。強きに出てくることはあるまい。それに、帝国の戦力でディルガエアに戦争を掛けようなどと思わんだろう。我が国の穀倉地帯を狙っての侵略戦争を仕掛けるほど馬鹿ではあるまいよ」
そら農民のひとりひとりが、普通に騎士と殴り合えるくらいの能力を持ってる可笑しな国だからね、ディルガエア。ゲームとかで云えば、国民全員がラスボス前の村の村民状態みたいなものだし。集団戦の訓練がされていないだけで、個人の戦闘能力は普通に他国の一般兵士より強いからね。
「もともと八つの小国がひとつに集まっているだけの国だ。一枚岩とはほど遠いのだ。例え皇帝が戦争を起こそうとしても、他の公家が止めるだろうて」
「なんだか、お話を聞いているだけだと、よくひとつの国としてまとまっていられるなと、不思議に思えるのですけれど」
「大昔の食糧危機から小国が手を結んで生まれただけの国だからな。支配者の八公家も基本的に己の利しか考えておらん連中だからの。それぞれが己の状況にあわせて動いておるだけで、どこも国の行く末など考えておらん連中だ。まぁ、それだけにひとつの国家として扱うのも面倒なわけなんだが」
あぁ、本当に張りぼて国家なのか。冗談じゃなしに、八公家を全て潰した方が、国家として安定するんじゃないかなぁ。支配者がいなくなれば、どこかしら力があって野心のある家がまとめに走るだろうし。
「……本当、よくひとつの国にまとまってますね。ひとつになって結構な時間も経っているでしょうに」
「ある意味ひとつの奇蹟だな。戦争などで併合したわけではないからな」
そういってサロモン様は、ニヤリとした笑みを浮かべながら肩を竦めてみせた。
感想、誤字報告ありがとうございます。