333 大盛況みたい
おはようございます。キッカです。
……? あれ? なんだろう、なにかしっくりこない。むぅ?
考えどもわからない。わからないなら放置だ。わからんものは幾ら考えてもわからん。身体的なものではなく、気分的なものだから、さした問題はないだろう。
さて、本日は競馬ですよ。こともあろうに私の名前のついたレースが組まれてしまったのですよ。
本日行われるレースは【芸術祭記念レース】と【ミヤマ賞】。それとエキシビジョン的なレースが一本。まだ競走馬が少ないからね、レースの数も少ない。いずれ芸術祭中のレースに関しては、芸術祭初日と最終日に行うようにするそうだ。
何十年か先には、日本で行われているみたいに連日レースが組まれるようになるのかもしれない。
……自分でなんとなしに提案しちゃったものが、こんな規模になったことでちょっとばかり怖気づいていたりするよ。転けたらどうしようって。
いや、王妃殿下とアンラの女王様が乗り気でやっているんだから、多分、大丈夫。賭けも盛況なら採算もとれるだろうし、ついでに貴族の方々の馬自慢もできるってことだから、新たな娯楽っていう点も含めて一石三鳥ってものだよ。
さて、そろそろ起きようかと思うのだけれど、右腕をリスリお嬢様にがっつり掴まれて動けませんよ。
なんでこんなに懐かれたのかなぁ……と、思っていたのだけれど、ある程度は推測がついたよ。いや、メイド長さんからちょこっと話を聞いてね。リスリお嬢様、いわゆる対等な友人、というか、打算のないつきあいをする他人というのが、私ぐらいらしいんだよ。
まぁ、なんだ。最初にあった時の、助けたお礼に“道を教えてください”だなんていうのは、私ぐらいだろうしねぇ。
使用人の人たち? いや、そこには雇用者と被雇用者としての線引きがあるから。
で、なんでリスリお嬢様がこんな有様になったのかというと、状況と環境とが組み合わさった結果かな。それに加えてリスリお嬢様の性格。なんというか、微妙に融通が利かない性格しているからねぇ。そのせいで私もしょっちゅうお説教されてるし。いや、心配を掛ける私にも問題があるんだけれどさ。
さて、学園でのリスリお嬢様の周囲の状況というのは以下のような感じ。
まずは長女のイネス様。イネス様はバレリオ様譲りのあの性格のせいで、かなり学園でやらかしていたようだ。なにごとも面白ければいい、を最優先にしていたせいで、なんというか、奇行ととられるようなこともしていたようだ。そんな自由なイネス様に、当時、学園で特別講師を一時的にしていたクリストバル王弟殿下が一目惚れして、口説きまくっていたという話は伝説になっているらしい。
そして長男のダリオ様。ダリオ様はアキレス王太子殿下のご学友という立場で、これまた学園では有名。さらには有能であったことから、ご令嬢の方々からはいろいろとアプローチされていたそうだ。
そしてリスリお嬢様が入学したわけだけれど、これがなんというか、厄介な状況になってしまったようだ。まず、上のふたりが王家と繋がりがある。イネス様に至っては王家に嫁入りが決まっていたわけだし、ダリオ様はアキレス王太子殿下の側近にはならなかったものの、覚えのめでたい立ち位置だ。そしてなによりダンジョン利権を牛耳っているイリアルテ家。となるとだ、寄ってくるわけですよ。王家とお近づきに~とか、ダンジョン利権のおいしいところを~なんてのを目的とした令息共とか、それを面白く思わない令嬢どもの嫌がらせとか。まぁ、それに業を煮やして、卒業に必要な単位を取るだけ取ってとっとと卒業しちゃったわけなんだけれど。
そんな学生二年間のせいで、リスリお嬢様、私と一緒で人嫌いで人間不信なんだよね。私とは真逆で、自分から他人を突っぱねてる感じで。私は逃げ回ってるだけだからなぁ。リスリお嬢様はあれだ、イリアルテ家の自由な性格部分が悪い方向で発露した結果なんだろうね。
だいたい貴族の婚姻なんて、基本的に政略結婚であるのだから、リスリお嬢様もその辺は割り切っていたハズなんだよね。ただねぇ。政略結婚って、両家にとって利があってこそ成り立つものであってね、一方的に搾取しようって考えて婚姻を結ぼうって云うのは無いわけですよ。でもリスリお嬢様のところにはそんな輩ばっかり集まってたらしい。
そういえば、解毒剤のレシピを組合に売り渡した時に、その需要の高さを説明されたけれど、そういった問題があったのかもしれないね。
ヤッちまって既成事実を作ってしまえばこっちのもの、みたいな。
背景を除けば、リスリお嬢様の学生時代って私と随分似通ってるんだよね。
同類相哀れむような感じにはなりたくはないから、その辺りは気を付けるとしよう。
★ ☆ ★
はい、競馬場にやってきました。私はエメリナ様とリスリお嬢様について来たわけですが、競馬場に入る前にちょっと寄り道をしていますよ。
ほら、屋台の話があったじゃないのさ。どんな状況なのか、ちょこっと見てこようと。屋台の立ち並んでいるエリアは、まさに人、人、人でごった返している。大盛況だよ。
さすがにここへエメリナ様とリスリお嬢様が向かうのは問題なので、お二方は場内へ。で、私はベニートさんとイルダさん。そして教会から私の護衛に派遣されているジェシカさんとラトカさんと一緒に……屋台通りとでもいえばいいかな? ほとんど縁日といってもいいような状況だよ。ほら、参道にそって左右に屋台が立ち並んでいるでしょう? そんな感じ。
さて、私の目当ては綿あめの屋台。私が提案したこともあるし、気になるんだよ。エメリナ様もこの屋台には関わっているから気にはなっていようだけれど、馬車から見えたこの光景に絶句してたよ。
屋台の並んだ通りが、こんな有様になるなんて思いもしなかったんだろう。商業地区の屋台の並んだ大広場とか通りが、こんなすし詰めに近いありさまになるなんてことないからね。
そんななかを、私たちは普通に余裕をもって進んでいますよ。
なぜそんなことになっているのかというと、私の怪しげな恰好とかではなく、先頭をすすむリリィとリビングメイルのせいだ。
リリィはともかくも、魔人の鎧は見た目雰囲気共におどろおどろしいからね。みんなが勝手に避けてくれるよ。
ちょっと申し訳ない気もするけれど、勝手に避けてくれるんだから仕方ないね。
ちなみに。隊列は先頭にリリィ、左右にジェシカさんとラトカさん。で、背後にベニートさんとイルダさんだ。私を囲むような感じで移動しているよ。
そんなわけで、この混雑の中、さしたる苦労もせずに綿あめの屋台へと到着したんだけれど――
「なにをやっているんですか……」
私は呆れたような声を上げた。
「みればわかるだろう、綿あめを作っている」
王宮料理長さんが誇らしげに言った。
いや、本当、なにをしているのさ。何故に料理長さんが屋台で綿あめを作っているのよ?
さすがに理由を訊いてみたよ。
「もちろん、俺が一番上手く作れるからだ」
いや、サムズアップとかしなくていいから。どっからかシャキーン! とか効果音が聴こえてきそうだ。
「それに王妃様から直々にご命令いただいたんだ。俺がやらないわけがないだろう!」
私は眉をひそめた。
「それって、綿菓子を作れるようになった料理人を何人か出してって要請であって、料理長さんを指名したわけじゃないですよね? というか、今日の王宮の料理ってどうなってるんです?」
「ドミニカに任せてきた。俺が居なくても問題なく回せるはずだ」
ドミニカさんというのは副料理長さんのことだ。三十歳くらいの女性で、女戦士かと思えるくらいに体格のいい人だ。見た目に反して、すごい繊細な料理を作る。もっぱら盛り付けの指示はドミニカさんがしている感じだね。料理長に盛り付けをさせると豪快になるから。あ、豪快と云っても、ワイルドな感じになるわけじゃないよ。
「まぁ、大丈夫っていうなら、私が心配することじゃないね。それで、販売状況はどんな感じ? 王妃殿下とエメリナ様に報告するから」
「キッカ殿が?」
「そう。この混雑だと、視察にも来れないしね。それで、どんな感じ?」
「作るのが間に合わん状態だな。できれば今しばらくここにいて欲しいくらいだ」
手を休めずに料理長さんが答えた。
なるほど。私がいる間は販売が止まるから、その間に在庫をつくりたいと。というか、それこそまさに飛ぶように売れているんだね。お値段設定が高めなのに、大盛況みたいだ。
綿あめひとつ銀貨一枚だよ。日本円だと三千円くらい。……たっか! ちっちゃいハーブ玉が悪銅貨一枚くらいだったから、二十倍のお値段だよ。まぁ、ハーブ玉は飴ではなく、ハーブを混ぜたよくわからない塊なんだけど。良く言っても美味しくはない。不味くもないけど。まぁ、嗜好品ではなく、薬品あつかいの代物だしね。いわゆるのど飴的なものだ。口に含んで溶かすっていう点では飴と一緒だし。
それが飛ぶように売れていると。まぁ、お砂糖がびっくりするくらい高いからなぁ。この値段も止む無しなのかな?
「それじゃ料理長さん、おひとつくださいな」
「ひとつでいいのか?」
「ここで大量に買い占める訳にもいかないでしょ。かといって買わないわけにもいかないしね」
はよせいや、と云わんばかりの視線を感じるしね。とりあえずひとつだけ買えばいいや。
もし王妃殿下……あ、モルガーナ女王も来ているんだっけ。所望されるかな? まぁ、されたら在庫から出せばいいや。足りなければズルをすればいいし。
綿あめをひとつ受け取って、銀貨を渡――
「いやいやいや、受け取れないから」
「そういうわけにもいかないでしょ」
私は側に控えていた接客要員であろう助手のひとに銀貨を押し付けた。
「それじゃ、頑張ってくださいね」
そうして私たちは屋台通りを後にした。
「あの、キッカ様?」
「なんですか? ジェシカさん」
「それは、食べ物なのですか?」
ジェシカさんが問うてきた。
あぁ、確かに。初めて見れば、これが食べ物とは思えないよね。綿あめの名称通り、綿にしか見えないもの。
「甘いお菓子ですよ。私が在庫を持っていますから、あとでお渡ししますね」
私が答えると、ほんの一瞬だけジェシカさんは顔をほころばせた。すぐに真面目腐った顔に戻っちゃったけれど。
ジェシカさん、甘味が好きだからね。
かくして、またしてもモーゼのごとく割れた人波の間を通り、私たちは競馬場内へと入ったのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※キッカのバフの付け忘れについて
基本的にキッカがポンコツだからということに他なりません。習慣化していないのが原因です。他に一番の理由はあるのですが、それについては、ここでは割愛します。
あと、こんなところで襲われないだろう、と思っている場所などでは、当然、バフなんてかけません(組合での暗殺者騒動)。リンクスの姿でクラリスと戦ったときは、戦う気などまったくなかったのにうっかり戦闘に突入したことと、神様謹製装備を過信していたことが原因となります。
基本的に【表】はバフを忘れるのがデフォです。