332 さっぱりわからない
さぁ、夜は長いようで短い。夜明け前には撤収しなくてはならないことだし、ここは手数を増やすことにしよう。
まぁ、やることは度を越した悪戯なんだが。
皇帝の寝所に賊が入ったということで、既に騒ぎになり、王城、いや皇城というべきか? まぁ、どっちでも構わないか。とにかく、寝ていた騎士や兵士たちも叩き起こされ、城内を駆け回っている。
私はと云うと、城に併設されている礼拝堂に潜んでいる。今のところは静かなものだが、すぐに誰かしらやってくることだろう。
さて、騒ぎを起こすに当たってやることは、派手な幽霊騒ぎだ。あれがテスカセベルムの王城で昨年やったことだな。それと似たようなことをして、本日は帰る予定だ。
本格的な戦争は明日の晩だ。
手数を増やすために、まずはスケルトンチームを通常召喚する。五体で召喚枠一枠扱いであるから、計十体召喚することが可能だ。通常召喚とした理由は、時限で送還されるからだ。なんのかんので、基本の一分から三分にまで召喚時間が伸びていることだし、騒ぎを起こすには十分だろう。それに、目の前で突然消えるなどという現象も、いい演出になるはずだ。
スケルトンたちには何をやらせるわけでもない。ただ城内を駆け回ってもらう。それだけだ。だが英雄と覇者はそれだと不満であろうから、戦闘も許可しておこう。ただし、相手を殺すことは厳禁だ。
それらのことを伝え、スケルトンたちを放った。あぁ、そうそう。装備はデフォルトのみすぼらしいものを装備させている。以前、あれが与えた黒檀鋼装備などは目立つ上に高性能すぎる。それに初期装備の方がおどろおどろしく見えるというものだ。
さて、私も騒ぎを起こしにいくと――おや?
いましがたスケルトンたちが飛び出していった礼拝堂の大扉から、ランタンを手にした女性神官が慌てた様子で入って来た。
扉を閉めるや、その扉に背を預けてへなへなとへたり込む。ガタガタと身を震わせて、なにごとかブツブツと云っている。
すっかり怯えているな。骨とかなんとか聞こえるから、恐らくは飛び出していったスケさんたちと遭遇したのだろう。
……まぁ、暗がりでいきなり動く骸骨と遭遇したら怖くはあるな。
「やぁ、シスター。こんばんは。どうしたんだい? 酷く怯えているようだけれど」
「ひぃっ!? だ、誰ですか!?」
目に見えてわかるほどにビクリと震え、女性神官があたりをおどおどと見回す。
あぁ、見えていないのか。私は【夜目】の指輪で見えているが、彼女には手のランタンの灯りしかないからな。
礼拝堂の中央から彼女の方へと進み、ランタンの光の届く範囲にはいる。途端に、彼女は震えあがり、ぽろぽろと声も出さずに泣き出してしまった。
……あぁ、いまの私の恰好ではそうもなるか。暗がりから髑髏もかくやというような真っ白な仮面を付けた人物がでてくれば、驚きもするだろう。
「驚かせてしまったみたいだね。ボクは【ゴースト】。【粛清者】のひとりだ。粛清者については知っているかい?」
「月神教の……暗殺者……」
「ふむ。間違いではないけれど、正しくもないね。より正しくいうならば、神罰執行代行者だ。ボクの直属の上司は教会の人間ではないからね」
私は進み、へたり込んでいる彼女の前に屈み、視線を合わせる。
「ひとつ君に質問しようか。君は神を信じているのかな?」
私のその問いに、彼女は自身かいかに敬虔な信者であるかを語った。いや、この云い方だと彼女がこれ見よがしに云ったように感じるな。
単に、彼女は神を信じていると云い、毎日の日課を述べ立てただけだ。
【看破】への反応は無し。彼女の言葉に嘘はない。ここにいるということは、恐らくは皇宮付きの神官ということだろう。ならば、あの皇帝のように無神論者であるかと思ったんだが。
更に質問をし、彼女がこの礼拝堂の責任者である主教に命ぜられて、ここの様子を見に来たことを聞きだした。その主教に関して訪ねたところ、完全に皇帝の腰巾着となっており、水神教を掌握すべく、いろいろと画策しているらしい。
もっとも、上手くはいっていないようだが。
それはそうだろう。教皇は例外なく神との邂逅をしているし、神官の一定数には【祝福】という形でなんらかの力が神より与えられているのだ。
そのことを知っているのならば、そうそう無神論者になどなろうはずもない。帝国ではどうかはしらないが、ディルガエアでは女神ディルルルナが降臨したりなどしているのだからな。
ふむ。帝国に対しての粛清であるならば、大木様が行う方が適任だとは思う。六神の方々はいまひとつ力の制御ができていないらしいからな。アレカンドラ様がディルルルナ様を止める際に、大陸を沈めるからダメといったことは、誇張でもなんでもないようだしな。
大木様と常盤様が、なぜ今回のことを私に任じられたのかは不明だが、思考するのは私の役目じゃない。私の報復にも合致するし、やりたいようにやるとしよう。
私は立ち上がった。彼女はまたも震え上がった。
「あ、あの、わた、私は、殺されるのですか?」
いまにも泣き出しそうな顔で彼女が私を見上げている。
私は仮面に手を当てると、それをインベントリに格納して素顔を晒した。途端、彼女が息を飲むのが聞こえた。
彼女は目を見開き、呆けたように私を見つめている。
「いいかい、シスター。今宵、ここで私と会ったことは誰にも云ってはいけないよ」
私は唇に人差指を当てる。女性神官は涙目のままコクコクと頷いた。
「それともうひとつ。きっと皇帝は愚かな判断を降すだろう。君は明日一番にここを離れ、教会へと戻るといい。そうしないと、巻き込まれてしまうよ」
再び彼女はコクコクと頷いた。
「いい子だ」
私は彼女の頭を撫でると、礼拝堂を後にした。
仮面を被り直す。視界の右上にあるタイマーはすでに消えている。再度スケルトンチームを召喚し放つ。
さて、今度は私も遊ぶとしよう。
スケルトンたちは城内でやりたい放題のことをしていた。特にスケルトン兵はふざけているとしか思えないことをやらかしていた。
これが個性というものだろうか。スケルトン兵、スケルトン弓兵は、騒ぎで起き出して来ていたメイドたちを追いかけ回している。スケルトン弓兵はテーブルクロスを被って、いわゆる“お化け”の真似までしている。
スケルトン魔術師は城壁へと登り、そこで天にむけて雷魔法をバリバリと放っていた。夜の暗がりの中、金色のスパークに演出されたスケルトン魔術者、いかにも大魔法使い的な雰囲気を作り出していた。そして英雄と覇者は、近衛や警備の兵士たちと立ち回りをしている。英雄と覇者は兵や弓兵とは違い、ふざけるようなことは一切していない。
私はというと【声送り】と【幻影】。このふたつの言音魔法を使って混乱をさらに大きくしている。任意の場所に声と姿を出せるこのふたつの言音魔法は、攪乱させるにはもってこいの魔法だ。【幻影】のクールタイムが一分と長いの玉に瑕だが。
基本的には【声送り】で注意を引き、引っ掛かった人物の背後に【幻影】を出すという感じだ。振り向くとそこに青白い幽霊のような幻影がいるというのは、なかなかの恐怖のようだ。
既に五名ほど腰を抜けさせ、内二名は失禁までしていた。
意外に幽霊の類に関しての耐性はないようだ。私がやったのは幻影と声の演出だけなんだがな。
そこかしこでクスクス笑いや囁き声がする程度であったのだが、それだけで城内のメイドたちを震え上がらせるには十分であったようだ。
私とスケルトン十体。たったそれだけの戦力で、ここまで簡単に引っ掻き回せると思わなかった。まぁ、本来ならダンジョンでしか存在しないスケルトンがうろついている時点で、異常事態であるのだろうが。
礼拝堂をでてから一時間ほど経過しただろうか。ようやく、城の警備連中が統制を取り戻してきた。
この遅さは致命的だろう。まったくもって練度が低すぎる。私にとっては非常に好都合ではあったが。
では、最後にロクでもないことをして、撤収することとしよう。
城内の大広間へと移動する。式典の時などに使われる場所だ。感覚的には【謁見の間】というイメージの場所といえば分かりやすいだろう。
ちなみにだ。実際の謁見の間は大して広くはない。広くはないとはいえ、宴会場くらいの広さはあるが。
日本人的感覚だと、応接室にしろなんにしろ、なぜにこうも広くせねばならないのか不思議でならない。広すぎて機能性を欠いているようにも思える。
大広間では豪奢な甲冑を身に着けた大柄な男が、大声でつぎつぎと指示を出していた。
見たところ、なかなかの美丈夫だ。
男は有無を言わせず命令を降していく。
なるほど。この人物が浮足立っていた警備共を立ち直らせたのか。それじゃ、こいつをどうにかすれば、また混乱するかな。
どう料理するか暫し考え、なかでも飛び切り酷いものを選択する。
大丈夫だとは思うが、安全性を鑑み、【不可視】の指輪で姿をけして彼の背後に隠形モードで近づく。
これから私のやることは、可笑しなことだ。本来なら有り得ない事象だ。個人的にはインベントリを扱う能力を一時的に拡張しているのではないかと思っているのだが、それにしては自身の技量も関わっていることからよくは分からない。
なにをするのかと云うとスリだ。
まずは腰にぶら下がっている剣を拝借する。さらにはサブウェポンと思われる短剣も。
剣と短剣とで、それなりの重量が減ったはずだが、この人物はそのことにまったく気付かない。
私はさらに続ける。
鎧一式、鎧下、さらには下着に至るまでまるっと頂く。はっきりいうが、自分でもどうやってスッているのかさっぱりわからない。そもそも履いているブーツを、足を上げさせもしないでどうやって脱がせているのか。
かくして、男は全裸となった。
だがそのことにまったく気が付いていない。とはいえ、すぐに気付くだろうが。
周囲にいた騎士たちが顔を引き攣らせているのがわかる。状況が把握できていないのだろう。それはそうだ、それこそ、瞬きしたら全裸になっていた、というような状況なのだから。
飲み物らしきものを運んできたメイドが全裸の男をみて顔を引き攣らせ、硬直していた。彼女の視線が股間に向いていることはこの際、見なかったことにしよう。
その様子に、男もなにかしら不審に思ったのだろう。
だが男が自身の有様に気付く暇など与えない。
【錯乱】!
同士討ちを引き起こす眩惑魔法を掛ける。なに、武器も鎧もないのだ。そうそう人死にがでるようなことにもなるまい。
「うぉぉぉぉぉぉぉあっ!」
全裸になった男が雄たけびを上げた。雄たけびに合わせ、全身の筋肉が膨れ上がるのがわかる。
なるほど。狂乱させると肉体はこんなこと……に……え?
男の股間の一物も、隆々と屹立していた。
え? あれ?
私が目を瞬いている間に、男は近くの騎士に襲い掛かった。どういう意味で襲い掛かったのかは不明だが、掴みかかっている。
ここに来て、呆気に取られていた他の騎士たちも動き始めた。そして私も。
「ご、ご乱心! 殿下がご乱心なされた! 取り押さえろ!」
年配の騎士が叫ぶ。
だがお前も全裸になるんだよ!
年配騎士の装備をすべてスリ取る。続けて、他の騎士たちの装備も全てスリ取り、大広間内の男たちは全て全裸となった。
そして騒ぎの中心に向けて【狂暴化】の魔法を放り込む。範囲魔法だ。全裸の男達全員がその効果範囲にはいっている。
巻き込まれる前に距離をとり、剥ぎ取った装備は広間の隅に適当に並べておく。
近くに、先ほど入って来たメイドがへたり込んでいるが……放置して置いていいだろう。指を開いた状態の手を顔に当て、不穏な笑い声を上げているし、関わり合わない方がいいに決まっている。
彼女の視線の先をみると、予想とは別の方向で酷いことになっていた。
……おかしい。単に殴り合いになるだろうと踏んでいたのだが。いや、殴り合っている連中もいるんだが、その、なんだ。
なぜ性交行為に走っているのだ? そもそも皇太子を混乱させた途端、ソレが屹立していること自体がおかしいのだ。性欲を増進させる効果などないハズだぞ。
……だが、目の前で起こっているのは男同士の乱交だしな。男所帯の騎士団とかだと、衆道は普通だと聞いたこともあるが。あとは山羊を相手にするとか。
いかん、気持ちが悪くなってきた。私にはこの手の趣味はないからな。精神が受け付けん。
かくして、私は混乱した大広間から逃げるように【転移の指環】を起動したのである。
感想、誤字報告ありがとうございます。