330 やぁ、目が覚めたかい?
私だ。
数日間、表に出っぱなしなどという異常な状況であったのだから、暫くは表に出ることもないだろうと思っていたのだが、そうもいかないようだ。
実際のところ、私は云わば寝ていたようなものであったのだが、昨晩、突如として私だけ呼び出しを受けた。
なにをどうやって私だけを呼び出したのかはさっぱりだ。まったく、本当に神様というのはなんでもありだな。
私をいつもの神様方との邂逅の場所、私の家のメインホールを模した場所でまっていらしたのは大木様。それとなぜか常盤様まで。
このことを知ったら、アレは盛大に羨ましがって、落ち込むことだろうな。
さて、私が呼び出された理由はというと――
「帝国の動向に関しての速報だよ」
大木様は仰った。
「ディルガエアからの抗議は、当然のことながらまだ帝国に届いていないわけだけれど、教会と冒険者組合は即日、帝国に抗議をしたよ。帝国としては、事実関係をまったく把握していない状態だから、後日云々となったけれどね。で、その事実確認を本日したわけだけれど、抗議に関しては無視することに決めたみたいだね。
再度なにかしらあったとしても、エルツベルガー家のやらかしたことだからと、一切の責を負うつもりはないようだよ」
「それで通ると思っている当たり、そこの皇帝陛下はもとより、重鎮連中もたかが知れているね」
「今年の頭に代替わりしたばかりの皇帝だけれど、皇帝となる前は自身の支配する地方の首長、王であったはずなんだけれどねぇ。なんでそんなのが選出されたのか……っていえば、察しはつくだろう?」
「やれやれ、どうして合議制の政治形態はこうも簡単に腐敗するのか。どいつも似たり寄ったりなのかな?」
「御名答」
ふたりで嘆いている……というよりも、茶化しているといったほうがいいような様子だ。
ふむ。帝国としては、いわゆるトカゲの尻尾切りをしたつもりなのだろうが、一応は皇族の人間がやらかした案件だ。一切の責任をとらないというのは、有り得ない事だ。だがそれを押し通すということは、それだけ教会と冒険者組合を侮っているということか。
「さてと、帝国はこう決断したようだよ。ディルガエアからの抗議が届けば、少しは考えも変わるかもしれないけれど、まぁ、たかが知れてるだろうね。
でだ。きちんとした報復をする気はないかい?」
大木様は笑みを浮かべたようだ。
あぁ、いや、いまはドラゴンの姿だからな。表情などまともに読めんよ。甚平を着こなした金竜が目の前にいる光景を、なんと評したものか。
「報復、ですか?」
「そう、報復。そろそろ連中を締めないといけない時期にきていると思うんだよ。相当、鼻持ちならない連中の集まりになりつつあるからね。
少しばかり不愉快でもあったから、僕も報復のひとつとして、転移アイテムに関しては凍結したよ。今後、ダンジョンから産出されることはないよ。それと、いま帝国に残っている転移アイテムの効力も凍結。もう、ただのガラクタ、置物になっているよ」
あらら。可哀想に。
「確か、教会でも転移の魔道具は利用していたのでは?」
「いらないだろ。どうせこれまで使ったことはないんだ。なくなったところで問題はないさ。無くなって困るなんていうなら、定期的に避難訓練でもやればいいんだ」
大木様が大きく両手を広げてそういうと、その隣で常盤様がくっくと笑っている。
「で、君はどうする? 僕としては是非とも暴れてきてもらいたいんだけれど」
「なにをやってもいいのですか?」
「問題ないよ。あぁ、でも神罰代行として行ってもらうよ。今回の報復、というか、罰を与える理由は、余計なことをしないようにするため。このまま放っておくと、テスカセベルムと同様に世界獣にアプローチ可能な技術を生み出す方向に進みそうだからね。連中には再度、神をきちんと畏れてもらいたいものだね」
大木様が肩を竦めてみせた。
「ナルキジャ様もテスカカカ様同様、人類から距離をとっていたのでしょうか?」
「いや。それなりに接触はしているようだよ。ただ、王侯貴族共は興味がないようだけれどね。君に無体を働いたアレが、貴族共の基本と思っていいよ」
「あー、選民思想に染まっている感じですか?」
「そんな感じだね。ちゃちゃっと行って、脅しつけてきて欲しい。粛清してしまっても構わないよ。ただ、神の尖兵であることを示すことを忘れずにして欲しい」
「【粛清者】、というものを深山さんは作ったんだろう? その姿で行けばいいよ。組織のシンボルもできているんだろう?」
できているもなにも、ゲームに準拠したものですよ、常盤様。右手の手形が組織のマークですから。
「了解です。今からですか?」
「いや、明日の晩。彼女が就寝した直後からだよ。今からだと、たいした時間は取れないだろう? 現場へは僕が送るよ。帝都に聳える城だ。君も見ているだろう?」
それは覚えている。尖塔がいくつもある石造りの城。西洋風のいかにもな城だ。
さてと、それじゃ、ひとつ疑問を。
「ところで、なぜ私なんです?」
厄介な私などよりも、あっちのほうがまだ穏便に事を進めるはずだ。
大木様と常盤様は互いに顔を見合わせ、示し合わせたかのように肩を竦めた。そして常盤様はこう答えられた。
「彼女の状態がかなり怪しい。安定していない。今回のことで、箍が外れた感じかな」
「だとしても、危険人物たり得ませんよ。基本的にアレは人畜無害です。己の不運に周囲を巻き込む程度で。危険人物たる所以は私がいたからですよ。云うまでもなく」
常盤様が真剣な顔で私を見つめた。
「君は自覚しているんだね?」
「えぇ、もちろん」
「……彼女はどこに?」
「彼女でしたら――」
私は答え、その答えに、常盤様は酷く深くため息をつかれた。
★ ☆ ★
影に紛れ、城内を進む。ある程度進み、【道標】で進むべき通路を確かめつつしゃがみ歩く。
目指すは皇帝の寝所。まずはそこで騒ぎを起こしてから、この城内を引っ掻き回すことが本日の目的だ。
殺人は行わない。
直接的な示威行為だけだ。それと、皇帝に対し警告的な意味合いもある。本格的に殺人も含めた行いをするのは、明日の晩からだ。きっと、厳重な警備が敷かれていることだろう。
まぁ、それこそがこちらの望むところ。本日の目的のひとつでもある。
神を侮辱することがどういうことかを、存分に思い知ってもらうとしよう。
昼間、あれは展示会会場でかなりやらかしていた。少なくとも、これまでならリリィのロケットパンチを見せびらかすような真似はしなかったはずだ。なるほど、常盤様が憂える訳だ。あれに仕事を頼んだ場合、なにか予想もつかないことを思い付きでやらかしそうだ。
と、ここが皇帝の寝所か。ふむ。さすがに警備はしっかりといるな。外から入るか。
通路側から入ることを諦め、適当な近くの部屋へと侵入し、窓から小さなバルコニーへと出る。皇帝の寝所にはプランターがいくつも置かれたベランダがある。だがそのベランダは独立しており、他の場所からは伝って行くことはできない。
まぁ、当然のことといえるな。簡単に侵入できる作りになど、なっているわけがない。もっとも、私にはなんの問題も無いが。
自身に軽量化の魔法を掛け、身をかがめ、バルコニーからベランダへと一気に跳ぶ。
約十メートルほどを跳び、着地とともにごろんと一回転。あやうくプランターのひとつを倒しかけたが、問題なく飛び移ることに成功した。寝所にいる人数は二名。室外に二名。隣室に二名ずつ。影共がひのふの……四名か。なかなかに厳重なように思える。
こうなると皇族にプライベートなどないのだろうな。性交渉時も護衛されているのだろうし。
窓に近づき、【開錠】の魔法を掛けてロックを解除する。わずかに開けた窓からするりと入り込む。ここは丁度影となっていたから、見られなかったハズだ。……よし。【生命探知】で見る限り、影共に動きはない。
私はそろそろと進み、皇帝のベッドの側にまで進む。天蓋付きのベッド。
あぁ、そうか。ベッドに天蓋って、なんのためにあるのかと思っていたが、プライバシーを護るためか。これなら、いたしていても、護衛達に見られることはないからな。……声は聞かれるだろうが。
私はベッドにほど近い場所に置かれた丸テーブルの所にある椅子に腰掛けた。私の隠形技能の賜物か、堂々と座っているにも関わず、いまだ影共は私の侵入に気が付いていないようだ。
これなら、一切気が付かれることなく、暗殺して帰ることも出来そうだ。
さて、現在の私の格好だが、上下ともに暗殺者装備だ。唯一頭だけ、骨鎧の素材で造った、頭巾付きの竜司祭の仮面を身に着けている。その白い仮面の左半面には、べたりと赤黒い手形が張り付いている。
【ゴースト】。それがこの仮面を身に着けた【粛清者】の名前だ。
それじゃ、皇帝を起こすとしようか。
【聖水】の魔法を発動する。基本的に私の使える魔法は、型通りのことしかできない。が、訓練さえつめば、いろいろと変容させることも可能である。
たとえばこの【聖水】の魔法であるが、基本はソフトボールサイズの水の球を撃ちだす魔法だ。だが訓練さえ積めば、その大きさも変化させることも可能になる。まぁ、それに伴って、使う魔力もまた増減するが。
私はパチンコ玉ほどの大きさの水玉を作り出すと、それを皇帝へと向けてゆっくりと飛ばす。
水玉は天蓋から垂れるカーテン? の隙間を潜り抜け、すっかり寝こけている皇帝の頬に当たった。
いきなりの水の感触に、皇帝は跳ね起きた。影共の様子に若干の変化が生まれる。
もう少し大人しくしていろ。
影共に向け【魅了】の魔法を放っておく。よし。これで私は、ここでふんぞり返っていてもおかしくない存在になったわけだ。少なくとも連中にとっては。
飛び起き、頬に手を当てつつ辺りを警戒している皇帝に、再度、水球を当てる。すると、今度こそ水の飛んできた方向を知り、慌てたようにベッドから姿を現した。
若いな。見たところ、三十代半ばくらいか。若く見えるだけとしても、いいところ四十半ばくらいではないだろうか。
皇帝はあたりを見回している。すぐ目の前に私が座っているというのに、いまだに気が付かない。
やれやれ。それじゃ、こっちに注目してもらうとしようか。
私はテーブルの真ん中に【灯光】を撃つ。するとテーブルの中央に向けて放たれた光の球は、そこでぽわんと弾み、輝き始めた。
その光に驚き、こちらに視線を向けた皇帝は、足を組み、優雅に座っている私に気が付きたじろいだ。
へぇ、私を確認しても、護衛を呼ばないのか。……もしかして、影武者か? いや、それはないか。【道標】は目の前の寝間着の中年男性を示している。
うん。問題ない。この男が皇帝本人だ。それじゃ、はじめるとしようか。
私は驚き、硬直している皇帝に向かって声を掛けた。
「やぁ、目が覚めたかい? ちょっとお話をしようじゃないか、皇帝陛下」
感想、誤字報告ありがとうございます。