33 呑め
19/08/17 サブタイトル、及びキッカのセリフ変更
「呑め(酔っ払い親父風)」 → 「呑め」
それじゃあ、もうひとつの販売予定のモノを宣伝しておこう。
売るのはもちろん薬だ。
ポーションっていうほうがメジャーなんだろうけど、私は自分の基にしたゲームに準じて、これからはトニックと呼びましょう。
そういやこれ、ゲームではまったく気が付かなかったけど、アルコール飲料になるのかな? いや、錬金薬はゲームだと基本材料だけで作るけど、リアルだと蒸留だのなんだのをするわけで。レシピを見るに、そこで使うのが水じゃなく、基本アルコールを使うんだよね。いや、蒸留するんだから、アルコールはとんでるのかな?
まぁ、私は【聖水】で代用できるみたいだけど。
万能だな、【聖水】。
ただ【聖水】は販売する予定はない。というか、できない。呪文書化をやってみたけど、できなかったんだ。どうも常盤お兄さんが独自に追加した魔法は呪文書化はできないみたいだ。【清浄】とかもできなかったし。
錬金に関しては、早いうちにその製法技術を公開したいんだよね。魔力と錬金台と素材とお酒さえあればできるから。魔力を流しながら薬を煎じるようなものだから、そんなに難しいことじゃないしね。
いや、ひとりで大量に薬を造って卸すなんてことになったら、大変どころじゃないでしょう? 休む間もなく薬を造り続けるとかごめんですよ。
と、それはまだまだ先の事だ。
いまは錬金薬の有用性を宣伝しましょう。
「ティアゴさん、あともうひとつ売り物にする予定のものがあるのですよ」
私は話を切り出した。
「もうひとつ? それはなんだね?」
「薬ですよ。見たところ、ここでも消耗品の類を販売しているみたいですけど、薬は見当たりませんね。薬の類は販売していないんですか?」
私が問うと、受付嬢さんたちが互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
火口箱やロープ、携帯食料とかは受付の端っこに展示されてるけど、薬は見当たらない。
「薬品の類なんですが、これまで組合に卸していた薬師のひとりが一年前に事故で亡くなりまして、以降、いろいろとあって、現在は組合では販売しておりません。
現状、商人が他所から仕入れ、独自に販売しているものだけです」
シルビアさんの言葉に、私は目を丸くした。
「商人が売っているだけって、これだけの規模の都市で、薬師とかひとりもいないんですか?」
「いや、それなりにはいたんだが、今云った事故の関係でな」
「……街の一角を吹き飛ばした婆さんのせいで、同じ薬師ということで、街にいづらくなってみんな引っ越したとかですか? 教会まで吹き飛ばしたから」
おぉぅ。みんな、なんともいえない微妙な表情になったぞ。
どうやら私の云った通りみたいだね、これ。
どれだけの爆発だったんだろ。あの一帯が吹っ飛んだっていっても、爆発の規模がどのくらいだったのかは想像がつかないんだよね。
「なんで知ってるんだ? 身分証とか云っていたところをみると、最近ここに越して来たんだろう?」
「はい、その爆発跡地に家を建てて引っ越しました!」
手を挙げてフレディさんに答えた。
「おいおい、引っ越すのはともかく、よりにもよってそこで薬屋をやるのか?」
「店舗にするつもりはないですよ」
うん、フレディさんの云わんとすることは分かるよ。
だから店舗にはしない。というか、基本的に家は作業場兼寝床だ。
完全にゲームと同じ仕様になってるけど、店番とかする気ないしね。それ以前に、私に接客は無理。絶対やらかしてトラブルを起こすのが目に見えるもの。
「それで、他の薬師さんたちは引っ越したんですか?」
「えぇ、さすがに教会も吹き飛ばしたのはまずかったですね。そのせいで住民が薬師に対して懐疑的になりましてね。いまでは皆、自前で薬を作っていますよ。まぁ、簡単なものだけですが」
「私が薬を作って売るのは問題がありますかね?」
「問題はないが、さすがに効いてもらわないと困るぞ」
「それはいまお見せします」
サミュエルさんとティアゴさんにそう答えると、いまも隅にいる狩人っぽい男女のところへと向かった。
そう、目的は右腕を包帯でぐるぐる巻きにしているお兄さんだ。
「こんにちは。いまの私たちの話は聞こえていましたよね? 不躾で申し訳ありませんが、薬の効能を見せるための被験者になっていただけないでしょうか?」
いきなりの申し出に、ふたりは目をぱちくりとさせていた。
「もちろん、薬代とかは戴きませんよ」
うん、自分で云っておいてなんだけど、凄い胡散臭いな。見た目も仮面で酷いしな。……いっそのことペスト医師の仮面でも作っとけばよかったかな。面白半分にホッケーマスクなんて作ってないで。
あの仮面のデザイン、おどろおどろしくて好きなんだよ。そういえばあの仮面、当時としては、防疫に関して凄い理にかなった構造してるんだってね。
と、変なこと考えてないで、返事を聞かないと。
ふたりは顔を見合わせ、どうしたものか考えているようだ。
「それで、お兄さんはその腕、どうしたんですか?」
「あぁ、熊に殴られたのよ。どっちが早いか勝負だ! みたいなことをやって」
「キュカ、さすがに俺だってそこまで馬鹿じゃないぞ。逃げ切るのは無理と判断したんだ!」
「結局殴られて、あたしが仕留めたんじゃない。腕がもげなかっただけめっけもんよ!」
話によると、狩りの最中、熊と至近距離で遭遇。お兄さんが殴られ腕が大変なことになった直後、キュカさんが見事熊の目を射貫いたのだそうな。
矢は見事脳にまで達し、熊は死亡。お兄さんは大けがを負うものの、命を拾った。それが三日前のこと。
今日ここにいるのは、ダンジョンからポーションが発見されるのを期待してとのことだ。現在、領都内で販売されている薬では完治が難しいらしい。
うんうん。デモンストレーションには丁度いいね。当人たちは切実だから、こんな風に思われるのはたまったもんじゃないだろうけど。
まぁ、傷が治るんだから、問題ないよね。しかも無料だ!
「怪我、見せてもらえます?」
「いや、さすがにそれは……」
「リカルド、折角の申し出よ。それにポーションが都合よく見つかって、売りに出されるかなんてわからないわ。そもそも買える値段かどうかもわからないのよ」
そのキュカさんの言葉に、リカルドさんは、ぐぅ、と呻くような声を出すと、テーブルの上に右腕をゆっくりと、左手で持ち上げるように載せた。
そして丁寧に包帯を解いていく。時折びくりと体を震わせ、顔を顰めていることから、かなり痛みがあるのだろう。
やがて包帯が外され、出てきた腕は酷い状態だった。
おぉぅ、こいつは酷いな。添木を当ててあるけど、これ折れたっていうより砕けたって感じだね、腕がパンパンに赤紫色に腫れてるのに、歪んでるのが分かるよ。
それに酷い裂傷。少し臭うね。化膿してるんじゃないかな? 感染症も起こしてる? だとしたらこのままだと死んじゃうよ!?
よく破傷風とかに罹らなかったな。運が良かったんじゃないかな?
熊と殴り合いして生き残ったんだし。
とはいえ、これは……。
「もしかして、熱とか出てるんじゃありません?」
訊いてみた。
「い、いや、大丈夫」
「こういうことであんたの云うことは信用ならないわ」
そういってキュカさんがリカルドさんの額に手を当てる。
「あっつ! 酷い熱じゃないのよ! なんで黙ってたの!?」
「そんなに熱いか?」
「自覚無いの!?」
キュカさんが声を上げた。
ふむ。このまま薬で治るかな? 大丈夫と思うけど、【清浄】で膿とかは除去したほうがよさそう。いや、それだと誤解を招きそうだな。
痛いだろうけど、洗うか。
「傷口を洗って、膿を流しましょう。さすがにこれだと薬を使っても……」
「そうね。あんた、痛いだろうけど我慢しなさい。行くわよ」
私たちがいうと、リカルドさんはたじろいだ。
ご、ごめんね。痛いだろうけど我慢してください。
かくして、リカルドさんを引き摺るように、組合裏手にある井戸にまで行き、リカルドさんの傷口を洗い流す。
フレディさんたちとサミュエルさんが手伝ってくれたよ。ありがたい。
受付嬢さんたちは持ち場を離れる訳にはいかないし、ティアゴさんも足がね。下手に同行すると、邪魔になるって分かってるんだろうなぁ。
井戸から水をくみ上げ、ざーっと傷口を洗い流す。骨折しているから、膿を絞り出すとかはできないけど。
だから洗ってる際に、ちょちょいと【清浄】を掛けた。
これで膿とかはきちんと除去できたはずだ。
再び室内に戻り、リカルドさんの腕をテーブルに載せた。
うん。さすがに痛みがキツかったのか、リカルドさん、真っ青になってる。
ほんと、ごめんなさい。でも普通はこうするしかないしね。消毒液があれば一番だろうけど、そんなものないし。
とにかく、これで準備は完了。治療をちゃちゃっとやっちゃいましょう。
ごそごそとポシェットを漁り、トニックを二本出す。一本は下級回復薬。もう一本は万病薬だ。
万病薬は早いとこ素材を確保しないとなぁ。在庫を増やしたい。
えーと、どっちからがいいだろ? ふむ、まずはこの粉砕骨折を治しましょ。
私は万病薬を突き出すと、こういった。
「呑め」
「ちょ、なんでどっかの酔ったおっさんみたいにいうの!?」
キュカさんが驚いて私を凝視している。
ふふ、ちょっとしたお茶目だ。
リカルドさんは顔を引き攣らせていたけど、左手で壜を受け取ると、器用に片手で蓋を外し、グイっと飲み干した。
リカルドさんの体の周囲を光が走る。
うわ、なんか『みし、めきっ』って感じの音がしたぞ。
あ、リカルドさん涙目になって歯を食いしばってる。
お、光が消えた。
で、肝心の腕だけど、うん、腫れも引いて、微妙に歪んでたのがきちんと滑らかになっている。多分、砕けていただろう骨が、しっかりと綺麗にくっついたみたいだ。さっきの音は、歪んでくっつきだしてた骨が矯正された音かな?
そして裂けた傷口からは、ピンク色や白色の肉が覗いている。
「それじゃ次はこれを飲んで」
下級回復薬を渡し、空き壜を回収。
痛みで完全に憔悴しているリカルドさんを見て、キュカさんがリカルドさんから薬壜を取り上げると無理矢理飲ませた。
うん、このおふたりは恋人さんなんだろうけど、これはどういう感じの関係なんだろう? キュカさんがしっかり尻に敷いてる?
再び光がおどる。
傷口の肉がたちまち盛り上がり、あっという間に修復されていく。
「おぉ、凄い。もう治った!」
見ていたチャロさんが、驚いたように声を上げた。
傷は綺麗に塞がった。塞がったが――
「あー、ちょっと痕が残っちゃいましたね。怪我した直後とかなら残らなかったんでしょうけど」
「そんなのちっとも構わないわよ!」
うわぁっ! キュカさん、急に抱き着かないでくださいよ! 転ぶかと思った。
「ありがとー! 医者にも行ったんだけど、どこも切断するしかないって云われてたのよ! こんな綺麗に治ったなんて信じられないわ!」
ぎゅぅぅっと、思い切り抱きしめるキュカさん。
ちょ、ちょっと苦しいです。
リカルドさんはリカルドさんで、呆然とした表情のまま、自身の目の前で右手を握ったり開いたりしていた。「は、はは、嘘だろ。夢だよ、これ」とかぶつぶつ云ってるけど。
どっこい、夢じゃありません! 現実、これが現実ですよ!
というか、誰か助けてくれませんかね。
キュカさん、苦しいです。
「ティアゴさん。こんな感じの薬なんですけど、どうでしょう?」
あまりの効果に驚いたのだろう、呆然としたままのティアゴさんに声を掛けた。
うん、リリアナさんを治した時もこんな感じだったからね。その驚きはわかりますよ。
「い、いや、待ってくれ。それは本当に薬か? ダンジョンから見つかるポーションも大概なのに、それはそれ以上だぞ」
「まぁ、薬といっても錬金薬、いわゆる魔法のお薬ですから。
問題は、いくらで売るのが妥当なのか分からないんですよねぇ。ただ、あまり高い値段で売りたいとは思いませんけど。素材さえあれば量産できるので」
私がそう云うと、ティアゴさんは隣のサミュエルさんに半ば確認するように訊ねた。
「いくらって、これ、値段がつけられるのか?」
「これは、困りましたね。いずれ魔法の件で、侯爵様と教会を交えて話し合いを持つことになるのですし、その時に決めるしかないでしょう」
「そうだな。さすがに我々だけでは決められん」
ティアゴさんとサミュエルさんが半ば頭を抱えてるな。
うーん、薬としての性能が良すぎるってことだよねぇ。
まぁ、売るのがダメなら、勝手に作ってもらえばいいんだよ。
とりあえず、私は呪文書でお金がある程度入りそうだから、薬の儲けはなくてもいいし。
ふむ、ならこんなのはどうだろう?
「ティアゴさん。ここの隅っこでいいので、この薬を作る設備を置いてもいいですか? 材料さえあれば誰でも使えて、薬を作れるようにしておけば、みんな勝手に作るんじゃないですかね?
もしくは調合担当の者を置いて、素材を持ってくれば薬にします的なことをするとか。もちろん、その場合は調合手数料をもらえばいいわけですし」
ティアゴさんとサミュエルさんが顔を見合わせた。
「どう思う?」
「問題ないと思いますが、ここで作らせたものを高額で転売する輩がでるのでは?
あとは、薬の素材の問題がでてきますね。独占とばかりに根こそぎ採取されようものなら、あっという間に森から消えますよ」
おぉぅ、次から次へと問題が。確かにそういうことも考えないとダメか。
そうなると畑で栽培とかになるかなぁ。
まぁ、その前に、こっちの素材をチェックしないといけないんだけど。
まずはこっちの素材だけで作れるレシピを見つけないとね。とりあえず小麦はあるから、あと一種類見つければいいだけだ。
「レシピは公開しますけど、現状だと、こっちのどの植物から作ることができるのか不明なので、それが分かるまでは保留にしておいてください。
近いうちに、森まで行っていろいろと採取して確かめてみますから」
そういうと、ティアゴさんとサミュエルさんが相談を止め、私をじっと見つめてきた。
「現状では作れないのか?」
「いや、私、異国の出ですし。このあたりの植物関連はさっぱりですからね。回復薬は結構いろんな素材から作れるので、探せばなにかあるでしょう。多分大丈夫ですよ。最悪、私が持ってる青茜を栽培すれば、小麦と調合して作れますから」
問題は、他の効果も付くってことだ。確かHP増強だっけ? 結果的には効果増大ってことだから、まぁ問題ないか。
と、いけないいけない。一番の目的を忘れるところだった。
「ティアゴさん、これをどうぞ」
万病薬を渡す。
「これは?」
「リカルドさんに飲ませた、一本目の薬です。一応飲んでみてください。古傷に効くかどうかは試したことがないので。もしかすると、その右足が治るかもしれません」
受け取った壜を凝視し、ティアゴさんは口元を引き攣らせた。
「おいおい、現状では貴重なものなのだろう? それを無闇に消費するのは――」
「いえ、飲んでください。その薬がどの程度まで効くのか確認もしたいのですよ」
ディアゴさんがサミュエルさんに視線を向ける。
「ティアゴ、飲んでおきなさい。厚意は受け取るものですよ。それにこれはその薬の効能の確認です。賄賂などには当たりませんよ」
サミュエルさんの言葉に苦笑いを浮かべ肩を竦めると、ティアゴさんは薬を飲み干した。
あー、うん。賄賂とか全然考えてなかった。ごめんなさい。
ティアゴさんの体の周囲を光が巡る。
光が消えると、ティアゴさんは右足を床に押し付けるようにぐりぐりとし始めた。
「どんな塩梅です?」
「膝がぐらつかない。痛みもない。嘘だろ? 治った?」
「あぁ、よかった。効きましたね」
空き壜を受け取る。
「でも本当に訳の分からん薬だな。この薬の云う『病気』の範疇はどれだけ広いんだろ?」
本気で首を傾げたくなるよ。これの原料、蟹の殻と鷹の羽なんだよ。
「あの、あれは、どういう薬なんです?」
「あれですか? あれは万病に効く薬ですよ。なぜか骨折とかも治しますけど」
「骨折やギルマスの古傷は病気じゃなくて、怪我だと思うんですけど」
「私もそう思いますよ。だから訳の分からん薬なんですよ、これ。あ、ゾンビ病も早期なら治りますよ。多分」
ぴょんぴょん跳ねてるディアゴさんを見ながらそう云ったら、シルビアさんが硬直した。
「ゾンビ病、治るんですか?」
「多分。完全にゾンビ化してしまったら、さすがに無理ですけど」
そう答えたところで、私は肝心なことを思い出した。
「ところで、ひとつ確認したいんですけど、いいですか?」
「なんでしょう?」
「私の申請はどうなったんでしょう?」
「あ」
うん。見事に忘れられてたよ。
というか、細かい説明、規約とかまるで聞いていないよ。
どうやら思っていた以上に時間が掛かることになりそうだ。
さてと。
あのー、キュカさん、そろそろ離れてくれませんか?
誤字報告ありがとうございます。