329 見覚えのある兵士
警備の人たちの詰める部屋にお邪魔していますよ。
あの不埒な連中八名は別室で拘束中だ。いまは治安維持隊の到着を待っているところだ。
さすがに人数が八名と多いからね。警邏している兵隊さんはすぐにみつかるけれど、これだけの人数を引っ立てるとなると、応援が必要だからね。
で、ちょっと連中と話してみたかったんだけれど、みんなに全力で止められたよ。
これは……どういうことだろう?
私が連中に危害を加えられると思われたのか? それとも私が連中に危害を加えると思われたのか?
簡単な取り調べみたいなことをしたんだよ。なんであんな迷惑行為をしたのかね。
で、返って来た答えが、連中の師匠? のグスキの言い分と同じなんだよ。
「この武具はグスキ師が作り上げたものだ。どこの誰かも分からぬ者が、それを自身が作ったと騙り、出品しているなど言語道断だ。すぐに展示を取りやめ、我々に引き渡せ!」
……いや、マジでこう云ったんだよ。びっくりだよ。こんなんで渡して貰えると思ったのかしらのね? つか旧レブロン男爵領へ異動させられた、テスタロッサ子爵? テスタロッサ? いや、違うな。あれ? なんて云ったっけ? まぁ、どうでもいいや。その子爵のとこの小倅の云ったことと一緒だよ。
それを聞いて、ジラルモさんが盛大なため息をついていたよ。
「あのナイフ事件はこいつらも知っているはずだろうに。そういや、あいつらの仲間が王宮に盗みに入ったんだっけな。本当にロクなことをしねぇな……」
あははは……。
ただでさえ運営側で忙しいだろうに、あんな連中の相手もするとなったら、ぼやきたくもなるよね。
「もうどうでもいいか。あんな連中はとっとと治安維持隊に押し付けて終わりだ」
「お疲れ様です」
「本当、お疲れだよ。だが一番の災難は嬢ちゃんだろう。こうなったらアダルベルトを通して、こっちに警備を回してもらうか」
顎に手を当て、ニヒルな雰囲気で視線を左斜め下に向けるジラルモさん。
なんかすごいこと云いだしたんだけれど。仲がいいのは知ってるけど、さすがにダメなんじゃ? というかさ――
「なんで国王陛下経由で兵士を回してもらうの?」
「王子殿下直轄の部隊が今年は暇をしてるはずだからな。警邏してるだけならこっちに回してもらった方がいいだろ」
……私物扱いしてない? 国のエリート部隊だよ?
「まぁ、それはこっちの仕事だから、嬢ちゃんは気にするない。でだ嬢ちゃん。嬢ちゃんの武具の問い合わせが大量に来とるぞ」
「あぁ、販売の話?」
「おぅ、どうする?」
「売らないよ。というか、あれは売れないよ」
ジラルモさんが藪にらみ気味で私を見つめた。
「……売ったらダメな奴か?」
「あぁ、うん。そう。まったく自重しない上に、ズルもして作ったやつだから、性能がおかしなことになってるんだよ」
「ズルってなんだ?」
私は目を逸らした。
「嬢ちゃん?」
「色々と秘匿してる技術があるんだよ。まさか鑑定盤で工神だなんて判定されるとは思わなかったよ」
「なにをやったんだよ」
「だから秘密だって」
そんな胡散臭いものを見るような目で見ないでよ。
「親方ーっ! 兵士さん方が到着しましたー」
お弟子さんが治安維持隊の到着を伝えにきた。
「ほらほらジラルモさん、いかないと!」
「それじゃ、連中を連れてってもらうか」
「ジラルモ師、いまさらですが、本当に任せて問題ありませんか?」
立ち上がったジラルモさんに、ジェシカさんが訊ねた。
「あー、酷かったからなぁ。まぁ、問題ない。去年の事件の後からまともになったからな。隊長が大掃除をしてからは、多少は信頼できるようになったな」
「それでも多少なんだ」
「ん? 嬢ちゃん、知ってるのか?」
去年、確かバレリオ様が紹介してくれたよね。いや、紹介というか、私にお詫びに来たんだよ。
そういや、あの時、結構きっついことを云った覚えが……。
「隊長の子爵さんがお詫びに来たんですよ」
「詫び?」
お弟子さんの後について進みながら、ジラルモさんが首を傾げた。
「ジラルモ師、昨年の神罰事件の元凶共の最後の被害者がキッカ様です」
「は?」
「知らなかったんですか?」
「馬鹿共が神罰を受けたって訊いて、ざまを見ろとしか思っていなかったからな」
ジラルモさんについて進んでいくと、丁度、連中が兵士たちに引っ立てられていくところが見えた。
人だかりの出来ている中、引っ立てられていく。
なんか、昔、時代劇で見たような感じだよ。手首をロープで括られて、八人全員が繋がれているよ。
でだ、見覚えのある兵士がいるんですが。辞めてなかったんだね。
私は足を止めた。顔を合わせない方がいいだろう。
「どうしました? キッカ様」
「いや、見覚えのある兵士がいたので」
「お知合いですか?」
ラトカさんが訊いてきた。やっとまともに話せるようになってきたよ。まだちょっと固いけれど。
「いえ。むしろ会わない方がいいんじゃないですかね?」
「なぜですか?」
「去年の事件の時に私をメイスで殴り倒した兵士なんですよ。仕返しでちょっと魔法――って、待って、待って、剣を抜いちゃダメですって」
無言で剣を抜いて歩き出したラトカさんを慌てて止めた。
「ご安心ください。すぐに憂いを晴らして参ります」
「いや、憂いになんて思っていませんから」
そういうとラトカさんは足を止めた。そしてそこでほんの少し顔を顰めたかと思うと、ラトカさんは私に問うた。
「キッカ様を殴ったのは、あの中の誰です?」
「え? あのひときわ大柄な兵士ですけど」
「あのモーニングスターを持っている兵士ですね」
再び歩き出そうとするラトカさんの腕を掴んで止める。
「いや、だからダメですって。ジェシカさんも止めて――なんでジェシカさんも抜剣してるんですか!?」
ジェシカさんがニコリと笑った。
いや、こんな風にジェシカさんが笑うの初めて見たんだけれど。いつも真面目腐った顔をしてるのに。怖いんだけれど!?
「キッカ様、昨年、話されていた兵士ですね? あの後、我々も捜したのですが、治安維持隊内の人事の変動も激しく、かなりの人数が解雇されており、見つからずじまいだったのですよ」
「え、あの、ジェシカさん?」
ジェシカさんは笑顔だ。……でも目が笑っていない。
「問題ありません。無実の無抵抗の者を喜んで殴るような輩が犯罪取り締まりを行うなど言語道断です。この場で断罪してしまいましょう」
「だからダメですって!」
私の失言ひとつでこんなことになるのか。
とりあえず、私が掴んでいる間は歩かずに止まっていてくれる。多分、無理に進み、私を引き摺るわけにはいかないと考えているからだろう。
あー、もう。どうしよう?
あぁ、ジラルモさんが額に手を当てて項垂れてるよ。
「あー、ふたりとも、気持ちは分かるが止めてくれ。流血沙汰はさすがに勘弁だ」
「しかしですね、ジラルモ師」
「大丈夫だから。あとで治安維持隊の隊長に話を通しておくよ」
そのジラルモさん言葉で、ふたりは渋々ながらも剣を収めた。
あぁ、もう、勘弁してよ。本当に。
「ジラルモ師は、治安維持隊隊長であるバスケス子爵とは懇意にしているのですか?」
「いんや、顔も知らんよ。だがアダルベルトに云っときゃどうにかなんだろ」
「ジラルモさん!?」
あまりなことをいうジラルモさんに、思わず私は声を上げた。
適当すぎる。なんか、やらかしてる時の私を見てるみたいなんだけれど?
かくして、私もまたため息をひとつついたのでした。
「ご安心ください、お嬢様。きちんと抗議しておきますので」
あはは……ベニートさんまで。
感想、誤字報告ありがとうございます。