327 展示会
今日はお出掛けをしますよ。成すべきことをしておかないと、後半、大変なことになりそうだしね。
そんなわけで、本日二十四日は、品評会の会場へと来てます。ジラルモさんに頼んで、翠晶シリーズを展示して貰っているからね。きちんと挨拶はしておかないと。
というか、予想以上に広いな会場。回るのにどれくらいかかるだろ?
品評会だけれど、現状はまだ品評会は行われておらず、作品が一般公開されているだけの状況だ。独立を目指す人はここでパトロンを探したり、貴族の御用職人を目指そうと躍起になっているよ。
最優秀賞とか決めるらしいけれど、それはお祭りの最終日に行われるそうだから、いまは普通に展示会だ。
あ、いくつかは“売約済み”の札がついているね。
展示されているのは武具ばかりではなく、装飾品や調度品などさまざまだ。金属細工だけではなく、木工品や家具もあるね。家具はもう半分くらい“売約済み”の立札が立ってるよ。
さて、展示会場に来たわけだけれど、もちろんひとりじゃありませんよ。
現状、私はひとりで出歩くことが許されてないようなものだからね。私の護衛を自称しているリリィはもちろんのこと、王都では私の保護者のようになっているベニートさん。そして教会からジェシカさんともうひとり女性騎士が護衛として派遣されてきたよ。私よりひとつ年上のラトカさん。ノルヨルム出身とのことだ。赤毛で褐色肌の、いかにも溌溂とした体育会系の人だ。人なんだけれど――
今朝方、私と会った途端にしどろもどろになったと思ったら、頭を抱えて蹲るという事件がありましてね。
ジェシカさん曰く、ラトカさんは私のファンなんだそうな。
えーっと、どんな顔をすればいいのかな? いや、今日はララー姉様謹製の目隠し装備なんだけれどさ。
王都だと仮面は悪目立ちをするからね。いまは着けていないんだよ。ゴーグルも仮面と似たようなものだから、消去法で目隠しになっているよ。
家具の並ぶエリアを抜けると、今度は彫像やら食器やらが展示されるエリアへと入った。
ここは瀬戸物関係かな? あ、ガラス細工もあるね。ガラスのほうは残念ながら透明度はいまいち。こればっかりは、技術上仕方ないかな。
順路をたどって会場を進む。この会場も、博物館(仮)と同様に、灯り系の装飾品を身に着けたスタッフをそこかしこに配置することで、暗さを解消しているようだ。
そういや、灯り関連はダンジョンから見つかったりしていないのかな? 魔石を電池代わりにする魔道具があるんだから、ありそうなものだけれど。
なんか、私を誘拐した連中は監視カメラなんかを実用していたっていうし、それに比べたら灯りなんてねぇ。
いや、光源が電球とかだったりしたら、数は産出しないだろうし、すぐ割れるし、なによりこっちの技術力じゃ作れないと思う。
まぁ、灯りに関しては現状の魔法で十分か。そもそも科学技術の発展に関しては、神様方はお望みじゃないからね。
やたらと警備の厳重だった装飾品エリアを抜けて、やっとこさ目的地であった武具エリアへと到達した。
えーっと……ジラルモさんはどこだろ? 確か、この品評会の役員? だったよね。具足師なわけだし、この武具エリアにいると思うんだけれど。
「わ、わわ、私が訊いてまいります」
いまだにガチガチな様子のラトカさんが敬礼して、近くのスタッフの元へと走っていった。
なんだか転びそうだけれど大丈夫かな。
「元気な方ですね。お嬢様、お疲れではありませんか?」
「大丈夫ですよ、ベニートさん。足はすこぶる好調です」
「それはそれは。やはり、ダンジョン産の回復薬よりも、遥かに効能がよいのですね」
ベニートさんの言葉に私は首を傾いだ。
「どういうことです?」
「ダンジョン産の回復薬で欠損を修復したとしても、すぐには以前のように動かすことはできないのですよ」
あぁ、リハビリが必要になるのか。……ん? じわりじわりと生えて来るんだよね? それに合わせて動かせていれば、リハビリなんて不要だと思うけれど、もしかして完全に修復されるまで動かないってこと?
うわぁ……だとすると、欠損を治せるけれど、それまでの期間はすごい不自由になるわけだ。
うん。もしまた欠損しても、ダンジョン産のお薬には頼らない方向でいこう。あの気持ち悪さと痛さは嫌だけれど、長期の不自由よりはマシだ。
いや、そもそもそんな事態にならないようにしようよ、私。
……といってもこれまでの酷いことって、私がでしゃばってなにかしたって訳じゃないよね。
月神教のあれは完全にとばっちりみたいなものだったし、今回のだって、作業補助用に作ったアウクシリアが見られたのが原因ってだけだし。
交渉をすっとばして、いきなり誘拐なんて普通思わないよ?
あぁ、いや、日本でも似たようなものだったっけ。変なのと学校で追いかけっこする羽目になったこともあったし。なんでリアルで追いかけっこ系のホラゲのサバイバーみたいなことやらなくちゃなんないのよ。しかも捕まったら殺られるじゃなくて、犯られるだからね。アハハ……。
結局、こっちでも似たようなものってことか。まったく、私の星の巡りはどうなってんだろ?
あぁ……本当に奥底に引き籠った方がいいかな?
「キッカ様!? いまなんと?」
「はい?」
目を瞬いて、慌ててジェシカさんに目を向けた。
ジェシカさんが驚いた顔をしたまま硬直していた。
あちゃー、もしかして口に出てた? 教会としては、今の私の言葉は看過できないよね。
「あー……なんというか、あまりにもトラブルに巻き込まれるんで、大物ダンジョンの最奥にでも引き籠った方が安心かなと思いましてね。あそこなら絶対に、誰も辿り着くことはできないでしょうし。まぁ、それ以前に、そこに辿り着けないと話になりませんけれど」
私は肩を竦めた。
「お嬢様、ダンジョン踏破は絶対に無理なのですか?」
ベニートさんが問うた。
「ダンジョン【バンビーナ】。数あるダンジョンの中で、最初に造られた実用型のダンジョンで、難易度はもっとも易しいダンジョンだそうです。頑張れば、最下層に辿り着くことは難くないでしょう。
ですが、三十五階層から最終の四十階層までが地獄です。その六階層すべてにルームガーダーが配置されています」
私は各階層のボスの話をした。どんなに頑張っても、恐らくはケルベロスで詰む。奇蹟的に倒せたとしても、最終階層のあのスライム二体は討伐不能だろう。あれは【狂乱候】がいたことと、私が疲れ知らずだったからどうにかなっただけだ。
あぁ、私は飲まず食わずでも死なないけれど、普通に疲労はするよ。でも私の技能のせいで、回復魔法は怪我だけでなく疲労も回復できるようになってるんだよ。だから疲労知らずなのさ。
素人同然だった手斧の扱いが、スライムの討伐時点で達人級になっていたことから、どれだけ斧を振り回していたのかを察して欲しいよ。
「多分、大物ダンジョンも最下層は一緒で、四十五階層から下は各階にボスがいると思うんですよ」
私は言葉をつづけた。
「問題なのは、ディルガエアに未曽有の被害をもたらした地竜級のやつが、恐らくは最下層ボスの中でも最弱、ってことなんですよねぇ」
まぁ、馬鹿でかいだけらしいから、倒すのはさほど問題ないと思うんだよね。全身から電撃を放射するってわけでもないし。登っちゃえば攻撃し放題だろうしね。
ただ、アルゼンチノサウルス級の四つ足スピノサウルスみたいな竜だからねぇ。あれだ、某狩りゲーに登場する山みたいな竜、あれに似てるよ。後ろ足で立ったりはしないけれど。
あれ? なんかみんなフリーズしてるよ?
「どうしました?」
「あ、あの、キッカ様? 古竜クラスの地竜よりも強い魔物がいるのですか?」
「いますよ。というか、地竜はデカいだけですからね。恐らくは上層にいるシャモティラヌスが群れで狩りをすれば、さしたる損失も出さずに勝てるんじゃないですかね?」
アルゼンチノサウルスも、普通に肉食竜に狩られて食べられてたらしいしね。大きいというのは必ずしも良くはないのだ。
「どれだけの魔境なんですか、ダンジョン【ミヤマ】は」
ジェシカさんの言葉に、私は顔をしかめた。
ダンジョン名が【ミヤマ】になったわけだけれど、やっぱりなんか嫌だなぁ。【キッカ】にされるよりはマシと思っていたけれど、こうして聞くと……。
こっちの人は、こういうのを誇りに思ったりするのかな? ダンジョンは資源ではあるけれど、災害原因でもあるしねぇ。
「訊いてまいりました。なにか、揉め事が起きているそうです」
戻って来たラトカさんの言葉に、私は顔を引き攣らせた。
「あの、キッカ様?」
「あははは。本当。私の運命を呪いたくなりますよねぇ」
絶対揉め事って、私が関係していることだ。
「ラトカ、なにが起こっているの?」
「鍛冶師の一団が徒党を組んで、ある展示物を撤去し、即座に渡せと騒いでいるそうです」
「あー……これ、絶対に私の翠晶武具が原因ですね」
絶対そうだ。
ナイフ騒動の関係から、翠晶シリーズを出すことにしたけれど、断れば良かったかなぁ。
あぁ、いや、貴族の方々の間で噂になっちゃったから、後の面倒事防止のために出したんだっけね。あれは売っちゃっても……って、それはマズいか。付術はしていないけれど、全力で強化したから、おかしなことになっているんだっけ。
はぁ、面倒臭いことになりそう。
「それじゃ、いきましょうか。面倒なことはとっとと終わらせましょう」
私は諦めて、揉め事が起きているという一画へ、ラトカさんに案内されて進むのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。