325 見舞金ですか
私は必死に渋面を作りつつ、目の前に座るアレクサンドラ様を見つめた。アレクサンドラ様は私と目を合わせようとしない。
別に私は怒っているわけではない。とんでもなく恥ずかしいだけだ。
「いくらなんでも覗き見ははしたないと思います」
お茶を淹れているイルダさんに視線を向ける。
「キッカ様は病み上がりではありませんか」
病み上がりなのかなぁ。もう足も治したし、現代科学医療と違って、神秘医療だから、後遺症も何もないんだけれど。
「痛みにうなされているのではないかと思ったのです」
「うなされって……」
えぇ……。さすがにそこまで酷い唄だったとは思いたくないんだけれど。えぇ……。
地味にショックなんだけれど。
「ノックくらいするのが礼儀というものでしょう?」
「うなされているのなら、意識などないでしょう」
ぐぬぅ。
「ですから、私たちはそっと扉を開けて見守っていたのです」
いや、それはおかしい。
「うなされていると思ったなら、ちゃんと入ってきて介抱してくださいよ」
「人形様がいらっしゃいますから。問題のあるときは報せていただけますし」
私はリリィを見た。
リリィはいつものように、キャビネットの上に鞠を抱えて座っている。私の視線に気付いてパタパタと手を振った。
……あれ?
なんか矛盾してない?
「イルダさん?」
それは覗きの正当性を示していませんよ?
イルダさんの首が右を向いた。
「いや、目を逸らさないでくださいよ」
「こちら、本日のお茶請けとなります」
ポテトチップがでてきた。
いや、なんでお茶請けがポテチなの!? あれか、またナタンさんが作り過ぎたのか!?
ハーブティーにポテチはあうのか?
いや、そうじゃなくてさ。
「わかりました。それじゃ、丸くないプチトマトは無しです」
「ちょ、え? 丸くないプチトマトってなんですか!?」
うわ、すごい食いつきよう。本当にどれだけトマトが好きなのよ。
……トマトに変な成分とか入ってないよね? リコピンに中毒性があるなんて聞いたことないよ?
あ、丸くないプチトマトっていうのは、細長い奴ね。
やっとイルダさんが折れたよ。なんでこんなにかたくなだったのかは、さっぱりだけれど。
「お姉様、本当に失礼をしました」
「アレクサンドラ様は悪くありません。覗きを始めたイルダさんがいけません」
「申し訳ありませんでした、お嬢様」
なんだかトマトで謝らせてるみたいだな、これ。……それにしても、お嬢様って呼ばれるのにも慣れてきちゃったなぁ。
ポテチをいただく。
いまさらだけれど、ポテトチップの上品な食べ方ってどうするんだろ? クッキーと同じ感じでいいのかな。
そしてハーブティーとポテチの相性は微妙だと私は思う。
むぅ。
「その、お姉様、お姉様の唄は、素晴らしかったですよ」
「慰めは不要です、アレクサンドラ様。自分の力量はわかってますから」
一時期、歌唱力をあげようと根本部分から矯正したりはしたことがあるんだよね。割りばしを銜えて発声したりとか。
あぁ、銜えてっていっても、忍者の巻物みたいに、横に銜える訳じゃないよ。口……顎? の矯正になるのかな。割りばしを口の両端に突っ込むだけだけれど。
これが地味に効果があったんだよね。私としては不思議でならなかったんだけど。
「なにを云っているのですかお嬢様。お嬢様はもっと唄うべきです。そして、私たちに癒しを!」
なんだかイルダさんが妙に力説している。
なんというか、イルダさんは遠慮がなくなったよね。まぁ、仲良くして貰っているから、別にいいんだけれど。
「勘弁してください。恥ずかしいんですよ」
「歌詞はわかりませんでしたが、とても綺麗な歌声でした」
綺麗って……日本語で唄ってたからかなぁ。母音のはっきりした言語は綺麗に聞こえるとか聞いたことがあるし。
そういや、なにかのアニメ(米国産)で、べらんめぇ調の日本語が美しいとかなんとかって話があったなぁ。まぁ、あのアニメ、いわゆる風刺アニメと云うか、いろいろ皮肉った内容が多いものだったから、素直に受け取っていいのかは限りなく怪しいけれど。
「唄の話はもう勘弁してください」
慰められてるみたいで、どんどん悲しくなってくるよ。
「あ、あの、お姉様。なにを作っていたのですか?」
私の有様に、困ったような顔でアレクサンドラ様が訊ねた。
あぁ、うん。年下の子に気を遣わせるのはいかんな。しっかりしよう。
「手鞠ですよ。子供の遊び道具ですね。もっともこれは、工芸品といったほうがいいようなものですけれどね。この模様は私のお気に入りです」
私がリリィに向けて手を上げると、リリィが両手で持った鞠を投げて寄越した。
ひさしぶりに作ったけれど、上手くできたんだよ。
鞠をアレクサンドラ様に渡す。すると彼女は鞠をくるくると回して、模様を観察している。
「これが遊び道具なんですか?」
「そうですよ。さすがにこれで鞠つきをする気はないですけれどね」
「綺麗ですねぇ」
「刺繍みたいなものですけれどね」
「刺繍なんですか? 確かに、糸で作ってありますけど」
ぱっと見だと、どうやって出来ているのかわからないよね。私も不思議に思って、思わずネットで、作成キットを買っちゃったんだし。
「作ってみますか? 確か、刺繍も淑女の嗜みですよね」
「私にも作れますか?」
「大丈夫ですよ」
そんな話をしていると、扉を叩く音が聞こえた。
すかさず私はイルダさんを見つめた。イルダさんはなんだかバツの悪そうな顔をしつつも、応対のために扉へと向かった。
ややあって、イルダさんと一緒に来たのはメイド長さん。メイド長と云っても、凄く若い。イメージ的にはお年を召した方がやってるように思えるけれど、イリアルテ家王都邸のメイド長さんは、三十歳くらいの方だ。
「失礼します、お嬢様。見舞金が届いております」
「見舞金ですか」
私は目を瞬いた。
「はい。王宮を通して、先ほど当家へと届けられました」
メイド長さんが羊皮紙を差し出した。
えーっと……あぁ、見舞金を送ってくれた方、というか家か。え、なんで王宮……国を通して私の所に届いたんだ。
ん~? あ。あぁ! 私がイリアルテ家に厄介になっているからか。贈り物となると、ややこしいことになるのかな?
王家に宰相閣下に王弟殿下、エスパルサ公爵……現公爵? それともサロモン様かな? 目の前にご令嬢がいるわけだけれど、訊くのもなんだよね。そしてイリアルテ家にナバスクエス伯爵、あと、なんだか面識のない貴族家が並んでるけれど、これはなんだろ?
首を傾いで、メイド長さんに視線を向けた。
「お嬢様とは直接面識のない貴族家からも見舞金がきていますが、そちらはお嬢様の調剤した薬で救われた方々からですね」
「……はい?」
「御髪に悩みを抱えていた御婦人方です」
あ、あぁ、貴族の鬘問題か。あれ、数滴で効果がでるから、普通の一本分でかなり保つんだよね。いまはもう調剤が面倒だからって、薬を複製してくれる白い小瓶で毎日増やしてるだけだけれど。毎日一本ずつしか増えないけれど、それで十分賄えてるんだよね。
……全部まとめると白金貨数枚くらいになりそうなんだけれど。えぇ……。さすがに多過ぎやしないかな。
傍から見たら、私宛かイリアルテ家宛かわからないものね。
というか、お見舞金か。今回の誘拐騒ぎへの見舞金だよね。いや、それとも足のほうかな?
うーん……足も治ってるんだけれど、戴いた以上はしかたないか。
「快気祝いを用意しないとなぁ」
「快気祝いとはなんでしょう?」
アレクサンドラ様が首を傾いでいる。見ると、メイド長さんとイルダさんも不思議そうな顔をしている。
あれ? もしかしてこっちって、快気祝いってない感じかなのかな?
「元気になりましたよ、と、お見舞いをくださった方にお返しをすることですよ。大抵は消えもの……残らないものをお返しにおくりますね」
「残らないもの、ですか?」
「はい。食べ物関連ですね。お菓子とかなんですけれど……頂いた額をみると、ちょっと普通のお菓子とかでは足りなさそうですね」
ふむ、となると、まだだしていないお菓子をお返しにつくろうか。素材はこっちで揃うもので作って。
手にしたリストを眺めながら、私はなにをお返しに作ろうかと思案し始めたのでした。
感想、誤字報告ありがとうございます。
※ドービングによる歌唱力の上昇ですが、正確には歌唱技術の上昇です。すいません、前回紛らわしい書き方をしました。
いわゆる、教科書通りの歌唱を完璧に出来る、ということです。酷い云い方をすれば、上手いだけの個性のない歌い方になっているということです。